Research Digest (DPワンポイント解説)

無保証人貸出の導入と企業の資金調達・パフォーマンス

解説者 植杉 威一郎 (ファカルティフェロー)
発行日/NO. Research Digest No.0108
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担保や保証人に過度に依存しない貸出を推進するため、日本政策金融公庫中小企業事業本部(当時・中小企業金融公庫)が導入した無保証人貸出は、2014年2月に「経営者保証に関するガイドライン」が適用された前後からその利用が急増した。個人保証を求めない貸出は企業のリスクテイクを促す一方で、経営の規律付けを失わせる可能性もある。果たしてその効果はどのようなものだったのか。植杉威一郎RIETIファカルティフェローは、大規模な貸出データを用いた分析により、無保証人貸出が当初予想しなかった効果をもたらしたことを明らかにした。

中小企業金融向け施策の中での位置づけ

――現在行われている中小企業金融に関する施策の概略と、その中における今回の研究対象の位置づけ、研究を始めた動機について教えてください。

株式市場や社債市場での調達手段を持たず、情報の非対称性などの理由から金融機関からの資金調達も難しい中小企業に対しては、さまざまな金融面での施策が講じられています。日本における中小企業金融向けの施策は大きく分けて、政府系金融機関による直接貸出、民間金融機関の行う貸出の信用保証、それ以外の3つからなっています。それ以外には、エクイティ資金の供給、金融円滑化法などの関連法規の整備、金融機関や企業向けのガイドライン整備などのさまざまなものが含まれています。

こうした中で近年、中小企業の資金調達をより容易にする、もしくは企業が新規事業に乗り出しやすい環境を整備するという目的で、政府によって担保や個人保証に依存しない貸出の推進がうたわれてきました。無担保貸出であれば、土地や建物などの不動産を持たない企業でも資金調達ができますし、経営者による個人保証を求めない貸出であれば、経営者は失敗した場合の損失を気にせずに積極的に事業を行うことができます。

こうした政府の方針を踏まえて、政府系金融機関の1つである日本政策金融公庫中小企業事業本部(以下、公庫中小事業)は、2004年度に無保証人貸出、2005年度に無担保貸出を導入しました。無担保貸出については2008年8月に制度が大幅に拡充されたために利用が急増しました。一方、無保証人貸出についてはなかなか利用が増えませんでしたが、中小企業庁と金融庁が音頭を取り金融機関や中小企業関係団体が意見交換をした結果、2014年2月には、どのような場合に経営者が個人保証を提供しないで金融機関から貸出を得られるのかという点を整理した「経営者保証に関するガイドライン」が適用され始めました。このガイドラインが示される前後から、公庫中小事業による無保証人貸出の利用も急激に増加しました。

無担保貸出についてはすでに分析をしていましたので、今度は無保証人貸出に注目してその効果を明らかにしたいと思いました。また、10年ほど前に中小企業庁に勤務して中小企業白書を執筆した時の経験から、新たに実施される政策の効果を定量的に把握することは、政策担当者にとっても有用な知見だろうと考えました。これらが今回の研究を始めた動機です。

――無保証人貸出制度を導入することの効果をどのように予想していたのでしょうか。そのあたりについてお聞かせください。

借入をした企業が返済できない場合に、その企業に代わり、他の者が自らの資産を提供するなどして返済を約束するのが保証です。経営者本人保証とは、借入をした企業の経営者が保証を提供するもので、中小企業が資金調達する場合にはよく使われます。公庫中小事業は、無保証人貸出制度を導入することで、こうした経営者による個人保証を貸出時には求めない仕組みを作ったわけです。ここで重要なのは、無保証人貸出にはプラスとマイナスの2つの効果が理論から予想されることです。プラス面としては、経営者がリスクをとって新しいことにチャレンジできるという効果があります。一方でマイナス面としては、経営者への規律付けがなくなる(モラルハザード)、質の低い企業が集まる(逆選択)といった可能性があります。保証人付き貸出であれば、会社が倒産すると個人保証を提供していた経営者は自分の財産を失うので、倒産しないように経営努力を払うことが期待されるのですが、無保証人貸出では、そうした規律付けがなくなるというモラルハザードの懸念があります。また、自ら質が低く倒産確率が高いことが分かっている企業ほど無保証人貸出を得るという逆選択の懸念もあります。実証分析を行う際には、これらプラスとマイナスの効果のいずれが強く観察されるかが焦点となります。

――保証人の有無や担保の有無による貸出の効果を明らかにするという問題意識で行われた関連研究は、これまでにありましたか。

さまざまな金融機関が提供する貸出や借入側の企業に関するデータをまとめて、無保証人貸出や、無担保貸出を得る企業の特徴や事後パフォーマンスを分析した研究は数多くありますし、私もこうした研究を行ってきました。しかしこれらは、1つの金融機関が企業に対して有保証人と無保証人の2つの貸出メニューを提示して選ばせるという制度の効果を分析したものではありません。保証を求めない貸出の効果を正確に測るためには、今回のような大規模な制度変化に注目する必要がありますし、そのような検証を個人保証について行った研究はこれまでにないと思います。

日本政策金融公庫の貸出データを最大限活用

――今回の研究で使われたデータは決定的に重要な意味を持っているように感じます。

公庫中小事業による政策評価プロジェクトの一環としての研究であるために、匿名化された個別貸出データを利用できたことが何よりも重要です。これにより、公庫中小事業の貸出先企業を、無保証人貸出を受けた企業と有保証人貸出を受けた企業とに明確に区別することができます。また、公庫中小事業自身による企業の内部格付情報も分析に役立ちます。内部格付情報は、公庫中小事業が企業の状態を、財務諸表に表れないものも含めてどのように評価しているかを示しているためです。

これらの情報を用いて、無保証人貸出を得た企業と有保証人貸出を得た企業とを比較し、無保証人貸出利用企業にはどのような特徴があるのか、内部格付が高い企業が利用するのかそれとも低い企業が利用するのかを明らかにすることができます。その上で、無保証人貸出を得た企業と、内部格付も含めて似たような属性を持っているが有保証人貸出を受けた企業を選び、それぞれの事後パフォーマンスを追跡することができます。

――そうした非常に貴重なデータを定量的に分析することで、どういう発見が得られましたか。

予想していたものとは全く異なる結果が得られました。無保証人貸出を利用する企業の質は低いと予想していました。前年度に分析をしたところ、無担保貸出を利用する企業の信用リスクは有担保貸出を得る企業に比して高かったため、無保証人貸出も同様の傾向にあるだろうと考えたのです。ところが調べてみると、無保証人貸出を選んだ企業は、有保証人貸出を選んだ企業より内部格付が高く、かつこの傾向は経営者保証ガイドラインの適用後により強まっていることが分かりました(表1参照)。さらに、無保証人貸出利用企業は、事後パフォーマンスの改善幅においても、有保証人貸出利用企業を上回っています。

表1:公庫借手の特徴(保証人有無別・年度ごと)
1(有保証人)
内部格付
2005 3.41
2006 3.55
2007 3.40
2008 3.25
2009 3.49
2010 3.19
2011 3.19
2012 3.30
2013 3.46
2014 3.93
(ガイドライン前) 3.35
(ガイドライン後) 3.87
後-前 0.52***
Total 3.39
2(保証人免除特例)
内部格付
2005 3.09
2006 3.02
2007 2.88
2008 2.61
2009 2.999
2010 2.88
2011 2.75
2012 2.51
2013 2.19
2014 2.094
(ガイドライン前) 2.76
(ガイドライン後) 2.09
後-前 -0.67***
Total 2.35
平均の差の検定 ((1)-(2))
内部格付
2005 0.32*
2006 0.54***
2007 0.52***
2008 0.64***
2009 0.49***
2010 0.31***
2011 0.45***
2012 0.79***
2013 1.26***
2014 1.83***
(注)内部格付は1から12までに区分けされている。数字が小さいほど格付けが良いことを示す。

予想外の結果をもたらした原因は何だったのでしょうか。公庫中小事業が設定した無保証人貸出制度の内容に一番大きな要因があったと思います。公庫中小事業は、無保証人貸出の金利を有保証人貸出に比してやや高くしただけではなく、無保証人貸出に財務制限条項を付けました。具体的には、債務超過になったら繰上償還を行う(〜2014年1月)もしくは債務超過もしくは2期連続赤字になったら金利を追加的に加算する(2014年2月〜)という条件を設定したのです(表2参照)。繰上償還や金利加算といったより厳しい貸出条件が適用されるのを避けるために、もともと質の高い企業、将来債務超過や赤字に陥らないことを予想している企業だけが、無保証人貸出を利用したと考えられます。これが、当初の予想とは全く違う結果が出た原因だと思います。

表2:無保証人貸出の内容
保証人免除特例(2014年2月以降) 旧保証人免除特例(2004年度〜2014年1月)
対象となる貸出制度 全ての直接貸付 2004年度は新企業育成貸付のみ
2005年度から全ての直接貸付全ての直接貸付
貸付時の加算利率 格付及び担保の有無に応じて0.0%〜0.4% 一律0.3%
財務制限条項の内容
(必須条項:任意条項は別途設定可)
二期連続減価償却前経常赤字の禁止
債務超過の禁止
純資産額の維持
第三者への貸付、出資及び保証の禁止
モニタリング時期 決算期ごと 決算期ごと
財務制限条項違反時の措置 違反後、最終期限まで0.3%を加算 繰上償還指示
財務制限条項違反時の猶予
(やむを得ない場合に限る)
任意条項のみ可 必須条項、任期条項とも可

――この発見から導かれる直接的な政策的インプリケーションはどういうものですか。

無保証人貸出は、経営者による個人保証を求めない制度なので、企業のリスクテイクを促進するかもしれないが、借り手に対する規律付けは弱まるのではないか、と予想していました。ところが、同時に設定された条件によってその効果は予想とは正反対のものとなりました。信用リスクが低い企業、事後的に内部格付が良くなる企業が無保証人貸出を利用することは、公庫中小事業の収支にプラスの効果をもたらす一方で、企業の積極的な事業活動を促進したかどうかについては今後の検証課題であり、まだ確たることは分かりません。無保証人貸出を導入するといっても、制度の細かい内容によってその結果が大きく異なってくる可能性があるので、その設計には細心の注意を払う必要があるし、意図した効果が得られたかどうかを常に検証して制度改善に役立てていくことが必要です。これが直接的な政策的インプリケーションだと思います。

なお2016年4月からは、公庫中小事業による無保証人貸出の仕組みが再度大きく変わりました。これまで質の高い企業を選別するために役立っていたと思われる財務制限条項もなくなり、貸出利用の段階で一定の条件を満たしていれば、上乗せ金利もなく全ての企業が無保証人貸出を利用できるようになりました。これもまた大きな制度変更であり、どのような効果がもたらされるかを注意深く見守っていく必要があります。

中小企業金融に関する施策の今後

――中小企業への政策金融の分野は、従来は一律的なイメージがありましたが、きめ細やかな制度設計をすれば、相応の効果が得られる可能性があるということですか。

その通りです。中小企業は多様なので、講じる施策によって効果を持つ中小企業のタイプも変わります。小規模企業を主な対象とする国民生活事業本部(旧国民生活金融公庫)にも「経営者保証免除特例制度」はありますが、今回、無保証人貸出の仕組みを全面的に見直し、無保証人貸出の大幅な利用増加が見込まれるのは、日本政策金融公庫の中でも比較的規模の大きな中小企業を扱う中小企業事業本部です。経営者保証のガイドラインにもある通り、個人保証を必要としないのは経営者本人と企業の資産が分離されている場合なので、無保証人貸出が可能となる中小企業も自ずと対象が限られます。

――中小企業金融に関する施策には、経済全体の効率性を増すプラスの効果を持つものもあれば、マイナス効果を持つものもあると思います。これまでのさまざまな実証分析を通じて得られた経験則はあるでしょうか。

日本の中小企業金融向けの施策では、信用保証、政府系金融機関による直接貸出、金融円滑化法などは、多くの場合で企業の資金調達可能性を改善してきました。これはかなり頑健な結果だと思われます。一方で、施策が事後パフォーマンスに正負いずれの効果をもたらすかという点についての結果はまちまちで、あらかじめ効果のありようを予測することはできないと考えています。

――特に、政府系金融機関の在り方についてはどうお考えですか。

政府系金融機関による直接貸出については、同程度の規模で講じられている信用保証との役割分担が大きな論点だと思います。信用保証の場合、貸出を行うのはあくまで金融機関であり、公的主体である信用保証協会が貸出案件を見つけてくるわけではありません。このため、金融機関がどのように信用保証を利用しようとしているかという点に常に注意しておく必要があります。その一方で、危機時の貸出や特定分野への貸出の保証割合を高めてリスクを積極的に受け入れることにより、金融機関による貸出を大規模に促すことができます。

一方の政府系金融機関による直接貸出の場合、人員面での制約と個別の企業向け貸出に要する審査コストを考えると、緊急時に貸出を拡大する能力には信用保証よりも厳しい制約があります。一方で、今回検証した無保証人貸出など、民間金融機関が行わないことを、自らのイニシアティブで実施できる強みがあります。信用保証と政府系金融機関それぞれの長所短所を踏まえて、分担して民間金融機関にはない金融機能を提供することが望まれます。

――今後のご自身の研究テーマや関心を教えてください。

第一は、貸出市場における公的関与の定量的評価を継続して行うことです。公庫が無担保・無保証人貸出以外にも行っている資本性ローンなど新たな試みについての検証を考えています。政府の貸出市場への関与の仕方は、重要な政策課題であり続けます。郵政改革の一環として政策金融の枠組みが大きく変化した2000年代半ばを振り返ると、実証的な知見に基づく政府系金融機関の在り方についての議論が不足していたと感じます。こうした非効率を繰り返さないためにも、政府系金融機関を含めた公的関与の何が役に立って何が役に立たないのかについての知見を蓄積していきたいと考えています。

第二は、少し毛色は違いますが、銀行貸出と不動産市場との連関をより詳しく知ることです。銀行貸出は、土地や建物の担保としての価値の変動を通じて、不動産市場の動向と密接な関係を有してきましたし、日本におけるバブル崩壊後の長期低迷や最近の世界的な金融危機は、不動産市場の変調が銀行貸出を通じて実体経済に影響を及ぼした結果です。金融規制当局も、不動産市場の変動に対してどのように金融システムの安定性を維持するかという点に強い関心を有しており、不動産市場の動向を反映したマクロプルーデンス指標を作成しています。その一方で、今回の検証の対象となった無保証人貸出や無担保貸出のように、不動産の担保価値に依存しない貸出手法も多く用いられるようになってきています。貸出市場と不動産市場との適切な関係の在り方を探る上でも、不動産価格が銀行貸出にどのような影響を及ぼすのか、反対に貸出市場の動向が不動産市場にどのように影響するのか、といった点をデータに基づいて明らかにしていきたいと考えています。

解説者紹介

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植杉 威一郎

2007年一橋大学経済研究所世代間問題研究機構 准教授、2010年経済産業研究所上席研究員(非常勤)、2010年経済産業省大臣官房政策審議室付、2011年一橋大学経済研究所 准教授、2015年同教授。2011年より現職。
主な著作物:"Natural Disasters, Damage to Banks, and Firm Investment," International Economic Review, forthcoming(細野薫などとの共著), "Are Lending Relationships Beneficial or Harmful for Public Credit Guarantees? Evidence from Japan's Emergency Credit Guarantee Program," Journal of Financial Stability, Vol. 9 No. 2, June 2013. (小野有人、安田行宏との共著)など。