Research Digest (DPワンポイント解説)

社長交代と企業パフォーマンス:日米比較分析

解説者 権 赫旭 (ファカルティフェロー)
発行日/NO. Research Digest No.0102
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不適切会計問題などの企業不祥事をきっかけに、日本企業の企業統治が改めて問われている。日本企業でも米国企業でも企業業績が悪化すると、社長あるいは最高経営責任者(CEO)が強制的に交代させられ、新たな経営トップは立て直しを担う。権 赫旭RIETIファカルティフェローは泉 敦子氏(ワシントン大学)とともに、日本と米国企業の株主構成に着目し、社長の強制交代と企業業績の推移について、日米企業の比較を分析した。その結果、投資からの利益を追求する個人投資家や機関投資が株主に多い米国企業では、社長の強制交代が起こると、新CEOは利益の出ない部門のリストラを行い資産と従業員を減らし、短期間で業績を回復させていることが分かった。これに対し、企業業績の最大化が経営の目的になっていない日本では、社長の強制交代が起こると負債比率は下がるが、短期間に企業業績が改善することはなかった。

日米企業で違う株主の構造

――「社長交代と企業パフォーマンス」の日米比較分析を研究された動機は何でしょうか。

これまで、日本経済の長期停滞について研究してきました。日本経済がなぜ長期間にわたって低迷したのか、その原因の分析に携わってきました。その結果、日本には経済の新陳代謝機能が落ちたこと、ICT(情報通信技術)の分野における新しい技術の活用が、米国に比べて十分でなかったこと、という問題があることが分かりました。

しかし、これらの要因だけでは、日本経済の長期低迷原因を十分に究明できませんでした。そこで、さらに長期低迷の原因を探っていくと、日本企業のパフォーマンスが米国企業に比べて良くないこと、その背景に企業経営者の資質の問題があることが浮かびました。つまり、企業トップのマネジメント、企業経営に責任を持っている人の資質、意思決定の早さ、企業経営においての問題意識、経営ビジョンといったことにおいて、問題があるのではないか、ということです。

企業経営において社長という存在が重要かどうかについて、社長が交代したときの企業パフォーマンスの変化で測ろうと考えました。社長交代には、強制的なものと自発的なものがありますが、社長強制交代後の企業戦略やパフォーマンスの変化に絞り、調査していくことにしました。また、企業のパフォーマンスが悪くなったときに、日本企業は経営者に何を期待しているのか、それらは米国と比べてどうなのか、こうしたことが分かれば、日本企業のパフォーマンスを良くしていくための議論のきっかけになるのではないかと考えました。

――研究にあたって、日米の企業について、それぞれどのような仮説を立てられましたか。

故青木昌彦先生の研究をはじめとして、多くの研究で強調されているように、日本と米国では企業を取り巻く制度、利害関係者や株主構成も違います。これによって社長交代以降の企業パフォーマンスも日米間で違うだろうと考えました。

米国では企業の主要な株主である個人投資家や機関投資家が、株主の得る利益の最大化を常に求めていて、企業の取締役会もこうした株主の利益を保護するために企業経営を監視する役割が期待されています。

このような構造を背景に、米国では、株主の利益の最大化、つまり企業パフォーマンスの最大化のためにCEO(最高経営責任者)を交代させるのではないか。企業パフォーマンスが低下した際に取締役会はCEOを強制交代させ、新たなCEOは企業パフォーマンスを改善させるために、利益が出ていない既存事業を整理します。このため、CEOの強制交代の後には、企業の資産規模と従業員数が縮小して、企業パフォーマンスが改善するという仮説を立てました。

これに対して、日本企業の場合は、大株主にメーンバンクが名を連ねている場合が多くあります。また主要な取引先が大株主となっている場合もあります。このため、日本の取締役会は米国の場合と違って、株主の利益の最大化、つまり企業パフォーマンスの最大化を目指しているわけではありません。日本企業の場合は企業の存続と雇用の継続が優先されます。

したがって、日本企業で社長の強制交代が起きるのは、企業の存続が問題になり、メーンバンクにとって債権の回収に不安が出たとき、また出資した資本の保全が問題になるときが考えられます。このようなときには企業のパフォーマンスは悪化しています。

日本企業では、米国と違って、どの利害関係者も企業パフォーマンスの最大化を目的として経営を監視しているわけではないので、社長の強制交代によって企業パフォーマンスが改善するとは限りません。

また、日本企業の大株主は企業の資本回収を目的にしているので、新社長が企業の外部から選任された場合、こうした大株主の目的に沿って、新社長は企業の負債比率を下げる経営をすると考えられます。

企業パフォーマンスの変化を比較

――研究にはどのようなデータを使いましたか。

日本企業については、取締役員や執行役員のデータを東洋経済新報社の『役員四季報』によりました。企業財務データはS&P社の『Capital IQ』を使用しました。株主構成の情報は日本政策投資銀行の『企業財務データバンク』を使いました。『役員四季報』から探した社長交代が、通常の社長交代か強制交代かは、次のように判断しました。まず、2000年から2007年までのすべての社長交代について、新聞記事を検索して記事内容から社長交代が強制的なものであったかどうか判断しました。ただ、企業は通常、社長の強制交代を公にしないので、社長の年齢が60歳未満で、辞職の理由が体調不良でない場合は強制交代と判断しました。このような判断の方法は、米国での分析で広く使われています。

米国企業の執行役員のデータはExecucompから、取締役員のデータはRisk Metricsから得ました。企業財務データはS&P社のCompustatによりました。社長強制交代の判断は日本の場合と同じで、そのデータは米国の先行研究の論文のものを共有させていただきました。

――分析の方法はどのようなものですか。

この論文の主要な貢献の1つは実証分析方法にあります。企業パフォーマンスが産業レベルや企業レベルの外的ショックによって悪化した場合、社長が交代しなくてもパフォーマンスは改善することもあります。そこで、この研究では、こうした問題に対処するために、計量経済学の手法であるマッチング法を使って分析をしました。社長の強制交代をした企業に特徴が似ている社長強制交代をしていない企業を選び出し、両者のパフォーマンスを比較しました。マッチングはさまざまな変数と方法(バンドマッチングとプロペンシティースコアマッチング)を使い、結果が頑健性を持つかどうかについて慎重に確認しました。また、時系列モデルを使って、社長を強制交代した企業の強制交代後のパフォーマンス予測をし、実際の企業パフォーマンスと比較するという分析も行いました。

リストラで業績を回復させる米国企業

――分析の結果、社長の強制交代と企業パフォーマンスの関係について、日米の企業で、それぞれどのようなことが分かりましたか。その結果と仮説の関係はどうでしたか。

まず、社長の強制交代が起きた前年に、日米企業ともにROA(総資産利益率)は悪化していました。社長の強制交代が起きると、米国企業ではROAが改善したのに対して、日本企業では改善が見られませんでした。

図:メディアンcontrol-group-adjusted ROA(バンドマッチング)
図:メディアンcontrol-group-adjusted ROA(バンドマッチング)
注:グラフは社長を解雇した企業のメディアンcontrol-group-adjusted ROAを社長強制交代前後3年間の推移を示したものである。コントロール企業はバンドマッチングで選択した。社長強制交代を行った企業のROAをコントロール企業のメディアンで調整した。社長強制交代前後3年の財務データがない企業はサンプルから除外した。ピリオド0に社長は強制交代している。

これは社長の強制交代の1年後でも3年間の平均でも同じでした。企業の価値については、米国企業では社長の強制交代後に大きく改善していましたが、日本企業では3年間の平均値では改善が見られるものの、1年後では統計的に意味のある改善が見られませんでした。売上高伸び率については、米国企業では1年後でも3年間の平均でも社長の強制交代はプラスに作用しましたが、日本企業の場合は統計的な有意性がまちまちでした。また、企業の資産規模については、日本と米国ともに社長の強制交代後に縮小していますが、米国企業の方が、縮小率が圧倒的に大きくなりました。従業員数については、社長の強制交代後に日米の企業ともに縮小していますが、日本企業は米国企業よりも縮小幅が小さくて、社長の強制交代と従業員数の縮小は日本企業の場合、統計的な有意性がありませんでした。負債比率については、日本企業では社長の強制交代後に負債比率が低下していますが、米国企業では低下していないことが分かりました。日本企業について、金融機関と外国人投資家の株式保有率が高い企業に関して、それぞれ社長の強制交代後の企業パフォーマンスを分析してみました。その結果、統計的な有意性があるものは得られませんでした。また、日本企業について、新社長が企業内部からの起用である場合と、外部からの登用である場合について、やはり、それぞれの企業パフォーマンスを分析しましたが、どちらも統計的に有意な結果は得られませんでした。

このような分析結果は、仮説どおりになりました。企業パフォーマンスが悪化すると社長の強制交代が起こるというのは日米共通のものです。社長の強制交代後に企業パフォーマンスがどうなるかというと米国企業は良くなりますが、日本企業は回復していないという結果になりました。これは、ROA、企業価値、売上高伸び率ではっきりしています。なぜこのようになるのかについては、米国企業では、企業パフォーマンスが悪化して、社長の強制交代が起きると、新社長は企業を立て直すために資産と雇用を減らすリストラ(事業の再編成)を実施して、事業の選択と集中を進めます。これに対して、日本企業では社長の強制交代後にこのような動きは起こりません。日本企業の場合は、リストラはできないけれども、負債比率は下げています。日本企業では、利害関係者が企業の存続に強い関心を持っていて、取締役会も企業の存続を目的に経営を監視しているため、企業パフォーマンスが悪化して社長の強制交代が起きた際にも、企業が長く生き延びるための環境づくりとして、負債の返済には動きますが、前社長が展開してきた事業について、採算が悪いからといって、簡単にはリストラできないのが実情です。

こうした分析結果は、仮説で前提とした、日本と米国の企業統治のあり方の違いに基づくものだと考えられます。米国では投資からの利益を追求する個人株主と機関投資家のウエートが高いため、社長の強制交代後に企業パフォーマンスが短期間で改善するという仮説が裏付けられました。また、強制交代によって就任したCEOは資産と従業員を減らすことで企業パフォーマンスを回復させています。これに対して、日本の企業では金融機関などとの株式の持ち合いによって、企業パフォーマンスを最大化させるという経営監視が行われていないという仮説が、分析結果によって示されました。

経営者がリストラできる環境が必要

――今回の研究から、日本企業にとって、どのようなインプリケーションが得られますか。

日本企業の社長という立場は、前の社長のときに企業パフォーマンスが悪化して社長が強制交代しても、新社長が企業内部からの起用であっても、外部からの登用であっても、すぐにはリストラができない環境の中で、企業を立て直すのは大変だと思います。

日本企業のコーポレートガバナンス(企業統治)をめぐっては、会社法の改定などの制度改革が実行されています。しかし、それだけではなく、米国のように、社長の強制交代が起きたら、新社長がただちに雇用も含めたリストラに取り組めるような、労働市場に関する制度づくりやセーフティネットの整備も必要です。米国では、リストラによって従業員が解雇されても、新たな職を探せる労働市場が存在しているためにリストラがしやすいからです。日本企業はメーンバンクが大株主に名を連ねるなど、株主構成の面からも経営上の制約がある中で、労働市場などの補完的な制度を整備することによって、社長が責任を持って経営権を執行できるようにならくてはいけないと思います。

米国型のコーポレートガバナンスをしていた東芝の不適切会計の問題で日本企業のコーポレートガバナンスの在り方が問われていますが、制度上の問題以前に、制度をうまく運用するための環境整備が必要であると思います。日本の社長は強制交代があっても企業内部から起用される場合には、その会社に育ててもらったという立場から、今まで築かれた事業をリストラすることは難しいことが多いわけです。このように、新社長が企業パフォーマンスを良くしようと思っても、大胆なリストラができないという環境を変えていくべきであると思います。

また、米国にはあるけれども日本にはないものとして、経営者の市場が挙げられます。日本で社長の強制交代が起きた場合、新社長が企業の外部から来たとしても、大株主から来ることが多く、出身母体がみな利害関係者であることが多くあります。そうすると、新社長は思い切ったことが言えない。米国では、企業パフォーマンスが悪化した企業で社長の強制交代が起きると、優秀な経営者が大胆なリストラに取り組んで企業を立て直し、再建が終わると、その経営者はより良い報酬の企業に移って行きます。日本の場合には、アサヒビールを立て直した樋口広太郎氏や、日本航空(JAL)を再建した稲盛和夫氏がいますが、こうした人たちは、その後、相次いで違う企業を再建したかというと、そうではありません。日本でも、企業の立て直しに腕を振るうことができる優秀な人材がいると思いますが、そうした人たちが活躍できないのは、もったいないと思います。ソニーやシャープが窮地に陥った際も、内部からしか社長を選任しなかったことは問題だと思います。

――今後の研究課題は何でしょうか。

まず、今回の研究で明らかになっていない部分について、共同研究者である泉敦子さんと一緒に追加的に研究したいと思っています。その1つとして、米国と違って社長交代で企業のパフォーマンスが回復していない日本企業は、なぜ社長を交代させるのかについて理論的に考察したいと思います。次に、もしコーポレートガバナンスが企業利潤最大化を目的に行われていなければ、株主の資産の損失、資源の非効率的な利用など、日本のマクロ経済に負の影響を与えていると考えられます。ミクロ単位で起きている資源の非効率的な利用がマクロ経済における損失がどれぐらいなのかについて理論モデルを構築した上で定量的な分析を行いたいと考えています。

これからも日本経済の長期低迷の原因を探る一環としての、企業経営者の在り方と企業パフォーマンスの関係についての研究を続けたいと思っています。日本の経営トップの在り方について、社長だけでなく、もう少し幅広く見てみたいと思います。日本の企業でも、社外取締役を選任して、指名委員会、監査委員会、報酬委員会の各委員会を設置する、委員会設置会社に移行する企業が出てきました。このような制度の変更によって、これまでのような内部からの昇格だけではなく、外部からの登用も含めて、新しい人たちが企業の経営に加わるようになりました。これによって、どう企業の経営が変わるのか。その影響を企業側だけではなくマクロ経済においても調べたいと思います。もう少し具体的には、可能であればアンケート調査、事例研究等を通じて、取締役会で企業の経営に関する意思決定がどのように行われ、どれだけ時間がかけられているのか。こうしたことと、企業パフォーマンスの関係が分析できれば、企業経営者の在り方と企業パフォーマンスについて、より深い議論ができると思います。

日本労働者の人的資本の水準は米国に比べて高いと思います。しかし、経営者のチームについて考えると、もっとリーダーシップを発揮すべきだと思います。日本の企業はリーダーたちのレベルが米国の企業に比べて劣るのではないでしょうか。これはなぜか、ということを人材育成の視点から、今後研究していきたいと思います。また、一橋大学経済研究所の児玉直美准教授の研究で示されたように米国の企業では経営者のチームの中に、女性やさまざまな人種の人が入るなどといった多様化が進んでいます。このような経営のリーダーたちの多様性と、企業パフォーマンスの関係についても、研究していければ、と考えています。

解説者紹介

1997年に来日。一橋大学経済研究科にて、修士課程、博士課程を修了。2004年経済学博士。2003年一橋大学経済研究科 助手、2004年一橋大学経済研究所COE非常勤研究員、2005年一橋大学経済研究所 専任講師を経て現職。主な著作物:"Resource Reallocation and Zombie Lending in Japan in the 1990s," (with Futoshi Narita and Machiko Narita), Review of Economic Dynamics , 18, 2015: 709-732. "Why did Japan's TFP Growth Slow Down in the Lost Decade? An Empirical Analysis Based on Firm-Level Data of Manufacturing Firms," (with Kyoji Fukao), Japanese Economic Review , 57, 2006:195-228.