Research Digest (DPワンポイント解説)

高齢化、地域間所得格差と産業構造:R-JIPデータベースおよびR-LTESデータベースを用いた実証分析

解説者 深尾 京司 (プログラムディレクター・ファカルティフェロー)
発行日/NO. Research Digest No.0100
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「地方」が高齢化と経済停滞に苦しんでいる。深尾京司RIETIプログラムディレクターらが①なぜ一部の県で高齢化が顕著なのか②高齢化県と非高齢化県では、労働生産性および全要素生産性(TFP)にどのような差があるのか③高齢化県の財・サービス純移入はどの程度か、などを分析したところ、高齢化県では労働生産性とTFPが低いことが分かった。

また高齢化県は財・サービスの純移入率が高く、豊かな都道府県から多くの所得移転を受けていることも分かった。15年後には日本全体の高齢化率が現在の高齢化県と同水準になるが、深尾氏は「現時点で高齢化県が享受している財・サービスの純移入を15年後に日本全体が享受することは不可能。社会保障制度・政策の抜本的な修正が必要」と主張する。

供給能力が日本経済の足かせに生産性の向上が必要不可欠

――RIETIでは2011年度から「産業・企業生産性向上」プログラムという大規模な研究事業が進んでおり、その一環として本研究が実施されたとお聞きしました。まずプログラムの全体像を教えてください。

日本の人口は減少に転じました。少子化・高齢化が顕著で、労働投入の増加による経済成長は期待できない情勢です。これまで需要不足が日本経済の足かせと言われてきましたが、ここへきて供給能力が大きな問題になってきました。経済活力と豊かさを保つには、生産性の向上が必要不可欠です。

では産業や企業の生産性は、どのように決まってくるのでしょうか。また生産性を高めるには、どのような政策が有効なのでしょうか。それらを明らかにすべく始動したのが「産業・企業生産性向上」プログラムです。私がプログラムディレクターとして全体を統括しています。

――このプログラムには、どのような特徴があるのですか。

第1の特徴は、基礎資料となる産業別・地域別のデータベース(DB)を構築・更新し、原則として全データを公開することです。例えば一橋大学との協力により、日本産業生産性(JIP: Japan Industrial Productivity)DBの更新・拡張を進めました。また新たに中国産業生産性(CIP: China Industrial Productivity)DBを構築しました。日本の都道府県別および産業別の全要素生産性(TFP: Total Factor Productivity)も測定し、都道府県別および産業別の資本ストックや労働属性も推計しました。

第2の特徴は、企業レベルのミクロデータを用いて産業レベルやマクロレベルの状況を理解することです。過去の実証研究はミクロデータだけ、あるいはマクロデータだけを使ったものが多く、両者を合体させたのは珍しい試みです。

第3の特徴として、海外と積極的に連携しています。例えばアジア開発銀行研究所(ADBI)、シンガポール国立大学、米ハーバード大学などと協力し、アジア諸国の産業構造と生産性を計測して世界の他地域と比較する"AsiaKLEMS"ネットワークの構築を進めています。また日本のデータをOECDなどさまざまな国際機関に提供しています。

――プログラムの中に多くの研究プロジェクトがあるそうですね。

プロジェクトは第1期(2011年4月~2013年3月)、第2期(2013年4月~2015年3月)とも7つです。第1期は「東アジア産業生産性」「日本における無形資産の研究」などでした。多くの研究者が第2期も継続的に参加し、研究を深化させています。

――本研究はどのプロジェクトに属しているのですか。

「地域別・産業別DBの拡充と分析」(第2期)です。このプロジェクトは、震災復興を重視して第1期に「地域別生産データベースの構築と東日本大震災後の経済構造変化」という名称で発足し、その後、地域間経済格差問題全般を分析しています。7つのプロジェクトの中で日本国内の「地域」に焦点を当てたのは本プロジェクトだけです。リーダーは第1期、第2期とも徳井丞次先生(RIETIファカルティフェロー・信州大学経済学部学部長・教授)です。

――本研究では、何を分析したのですか。

日本における労働生産性の地域間格差は1980年代から拡大しています。驚くほど大きな拡大ではありませんが、それ以前の高度成長期に格差が急速に縮小していたことを考えると、状況が大きく変わったといえるでしょう。

一方、高齢化のペースは都道府県によって大きく異なります。図1が示すように、秋田県や島根県の現在の高齢化率(総人口に占める65歳以上人口の比率)は全国平均の15年後、東京の25年後の水準に相当します。高齢化県、つまり現時点で高齢化している秋田県や島根県は、日本全体が将来的に経験する状況を先取りしていると考えられます。

図1:65歳以上人口比率(1884~2040年)
図1:65歳以上人口比率(1884~2040年)
出所)1884~1918年のデータは本籍地人口からの推計。1920~2010年のデータは国勢調査(各年、総務省統計局)。2015年以降のデータは国立社会保障・人口問題研究所の予測

高齢化県と非高齢化県を比較労働生産性とTFPの差を分析

以上を踏まえ、本研究では、①なぜ一部の県で高齢化が著しく進んだのか②高齢化県と非高齢化県を比べると、労働生産性およびTFPにどのような差があるのか③高齢化県を1つの国とみなした場合、貿易・サービス収支の赤字(財・サービスの純移入)はどの程度で、どのようにファイナンスされているのか。また、それによって高齢化県の産業構造はどのような影響を受けているのか――などを分析しました。

――本研究には、どのような革新性があるのでしょうか。

生産性と高齢化の関係についての実証研究は国内外を通して、ほとんど見当たりません。つまり本研究はまったく新しい研究であり、視点・問題意識そのものが革新的なのです。高齢化に関して日本は世界の最先端に位置しています。秋田県や島根県はそのまた最先端なのですから、それを対象とした分析は自ずと世界に類を見ない研究になります。

――分析には主に2種類のデータベースを活用したそうですね。

1つは「都道府県別産業生産性(R-JIP: Regional-Level Japan Industrial Productivity)」データベース、もう1つは戦前期日本県内総生産(R-LTES: Regional-Level Long Term Economic Statistics)」データベースです。R-JIPは「地域別生産DBの構築と東日本大震災後の経済構造変化」プロジェクトが一橋大学と協力して構築しました。47都道府県別、23産業別に1970年以降の名目・実質付加価値、資本・労働投入、産業別TFP水準の格差、県別・産業別のTFP上昇率などを収載しています。R-LTESは一橋大学経済研究所が中心となって構築しました。産業別の労働生産性や人口移動を明治初期から計測しており、今夏公表の見通しです。詳しくは一橋大学のウェブサイト( http://www.ier.hit-u.ac.jp/Japnese/databases/index.html#09 ) をご覧ください。

――本研究の知見をお聞きします。まず高齢化については、どんなことが分かりましたか。

秋田、島根など一部の県の高齢化率が高いのは、それらの県で数十年前に人口流出が起きたためです。なお戦前・戦中も地方からの人口流出が活発だったことが分かりました。高度成長期に若者が「金の卵」などと言われて地方から都会に移動したことはよく知られています。実際に人口移動は1950~1970年の高度成長期に最も盛んだったのですが、それ以前も地方からの人口流出は活発でした。

――「高齢化と労働生産性の関係」および「高齢化とTFPの関係」については、どのような知見が得られましたか。

高齢化県では労働生産性、TFPのいずれも低い傾向があることが分かりました。これは「高齢化すると生産性が下がる」ということではありません。高齢化県と非高齢化県を比べた場合、「高齢化県の方が相対的に生産性が低い」ということです。図2は高齢化と労働生産性の関係を示していますが、高齢化県の方が労働生産性が低いことが分かります。

図2:高齢化と労働生産性
図2:高齢化と労働生産性
出所)R-JIPデータベース2013、国勢調査(総務省統計局)

高齢化県で低い労働生産性TFPの低さが主因

――高齢化県では、なぜ労働生産性とTFPが低いのでしょう。

労働生産性は、①資本装備率②労働の質③TFP―に要因分解できます。われわれの計算では、高齢化県で労働生産性が低い最も大きな要因はTFPの低さでした。乱暴にいえば、「TFPが低いから労働生産性が低くなっている」というわけです。

秋田県、島根県といった高齢化県は、30~40年前の時点ですでに相対的にTFPが低かったのです。賃金水準も低かったので、より高い所得を求めて都会への人口流出が起こり、高齢化が進行しました。この間、都道府県間のTFP格差は安定的に推移したため、現時点でも高齢化地域でTFPが低く、そのために労働生産性も低くなっているのです。

――秋田県や島根県では、なぜ30~40年前の時点で、すでに相対的にTFPが低かったのでしょう。

立地条件の違いが作用していたのではないでしょうか。例えば国際貿易のやりやすさでは、大陸との交易が敗戦後縮小したため、少なくとも1980年代までは、太平洋ベルト地帯が有利で、日本海側は不利でした。人口や産業の集積による経済効果という観点なら広大な後背地を抱えた東京や大阪に近い地域が有利で、遠い地域が不利になります。このように立地条件のよい都道府県のTFPが相対的に高くなり、そうでない県のTFPが相対的に低くなったと考えられます。

――都道府県間のTFP格差が安定的に推移したのはなぜでしょうか。国際的に見れば、「A国ではTFPが大幅に伸びたが、B国ではTFPが停滞した」ということが起こります。これと同じことが、都道府県の間では起こらないのでしょうか。

国際的に見れば、「A国は政策・制度を改正してTFPを伸ばしたが、B国は改革を実行しなかったためTFPが停滞した」ということが起こります。例えば日本は明治維新により政策・制度を抜本的に変え、他のアジア諸国に先駆けてTFPを高めました。

しかし日本国内では事情が違います。日本は1国1制度ですから、どの都道府県に行っても政策・制度は基本的には同じです。こうした状況では、都道府県間のTFP格差はなかなか変わらないのです。

――財・サービスの純移入については、どのような知見が得られましたか。

高齢化県は純移入率が高いことが分かりました。本研究では都道府県別に、県内総生産に対する財・サービス純移入の比率を計算しました。国でいえば貿易・サービス収支赤字の対国内総生産(GDP)比に相当する数字ですが、2011年度は秋田県で18%、鳥取県で20%という高さでした。この移入は豊かな都道府県から高齢化県への政府による所得移転によって支えられています。図3は高齢化率と社会保障費(年金・医療)の純受取の関係を示していますが、高齢化県では社会保障費の純受取が県内総生産の15%近くに達しています。

図3:65歳以上人口比率と社会保障費(年金・医療)純受取
図3:65歳以上人口比率と社会保障費(年金・医療)純受取
出所)『県民経済計算』、『平成23年度版都道府県別経済財政モデル』(内閣府経済社会総合研究所)、『国勢調査』、深尾・岳(2000)より推計

――本研究の政策的なインプリケーションは、どのようなものでしょうか。

高齢化がTFP水準を引き下げるという因果関係は確認されませんでした。むしろ逆の因果関係が働いていると考えられます。「高齢化が進めばTFPが停滞するのではないか」と懸念する声がありますが、その恐れはないでしょう。

なお高齢化の程度の地域間格差は、低所得地域から高所得地域への人口移動の減少により、一段と縮小していくと予想されます。人口移動が減少する要因としては、①人口移動の担い手である10代や20代の若者が減少する②移動のインセンティブとなる地域間所得格差が高度成長期と比較して縮小した―などが挙げられます。

――さきほど財・サービスの純移入に関する知見をうかがいました。これには、どのようなインプリケーションがあります。

高齢化県は豊かな都道府県から多くの所得移転を受けていますが、これは日本国内だからできることです。15年後には日本全体の高齢化率が現在の秋田県や島根県と同水準になりますが、高齢化県が現時点で享受している財・サービスの純移入や年金・医療費の純受取を、15年後に日本全体が享受することは不可能です。日本の対外純資産はGDP比でたかだか60%ですから、10%の純輸入率を10年間維持することさえ難しいのです。もちろん他国から巨額の所得移転を受けることも期待できません。したがって高齢化が遅れている地域の居住者が将来的に経験する老後は、現在の高齢化県より厳しいものになります。これに備えて社会保障制度・政策を抜本的に修正しなければなりません。

――「日本は1国1制度だから都道府県間のTFP格差が維持されている」ということですが、裏を返して「TFP格差を縮小・逆転させる上で地方分権が有効である」と言うことはできますか?

確かに地方が独自に制度・政策を立案・導入できれば、都道府県間のTFP格差の縮小や逆転につながる可能性があります。ただし各地方政府が優秀・賢明で、政策の立案・遂行能力が高いことが前提になりますから、実現するのは容易ではなさそうです。

――本研究で分析し切れなかった点はありますか。またプログラムおよびプロジェクトについて、今後の方向性を教えてください。

都道府県間には物価の違いが存在しますが、本研究ではそれを考慮した分析ができませんでした。この点については、プロジェクトから新たな論文を発表することになると思います。また、データの充実を目指しています。R-JIPは現時点では1970年以降のデータしかありませんが、1955年まで遡れるようにしたいと考えています。

明治時代の初期小さかった地域間の所得格差

――最近、このディスカッションペーパーとも重なる研究の成果をまとめた本を刊行されたそうですが、概要を教えてくだい。

一橋大学と連携し "Regional Inequality and Industrial Structure in Japan: 1874-2008"(丸善出版)を出しました。国内外7人の研究者による共著で、国内からは信州大学の徳井丞次先生、武蔵大学の攝津斉彦先生らに参加していただきました。日本の地域間の労働生産性および1人当たり所得の格差や産業構造の違いを1874年から分析しています。

――どのような知見がありましたか。

明治時代の初め、日本国内の地域間の所得格差は意外なほど小さかったことが分かりました。これは、江戸時代に全国各地で農村型の手工業が発展したためです。こうした産業形成は「プロト工業化」と呼ばれ、日本だけでなく欧州などでも観察されています。

江戸時代には各藩がこぞって産業を振興しました。この結果、綿・絹織物、和紙、ろうそく、塩などが手工業によって盛んに生産されました。これは産業革命後の工場を中心とする近代的な製造業とはまったく違う産業形態です。資本やエネルギーの投入量はごく小さなものでしたが、こうした産業が各地で育ったため地域間格差が小さかったのです。

その後、明治時代の前期には格差が拡大しました。要因はさまざまです。例えば開国による輸入品の流入で、農村型の手工業的な綿織物産業は壊滅的な打撃を受けました。また大阪などでは近代的な綿紡績業が発展し、輸入代替的な金属・機械工業も発展しました。当時、商業の収益率が高かったのですが、商業は一部の都市に集中しました。これらの要因により格差が広がったのです。

――江戸時代は基本的には各藩による自治体制で、言うなれば分権型の時代でした。これと地域間格差の小ささに関係があるのでしょうか。

そういう視点が必要なのかもしれませんね。近代には欧州が大いに発展したのに対し、中国は発展が遅れました。これについては「欧州では多くの独立した国家があり、それらが競い合ったため発展が促進された。これに対して中国は中央集権で、競争が抑制されたため発展が遅れた」という見方があります。日本の江戸時代は各藩が生き残るために産業を振興し、その結果として地域間の格差が大きくならなかった可能性があります。これは現在の日本にとって参考になるかもしれません。

解説者紹介

1987~1989年米国イェール大学客員研究員、1989年一橋大学経済研究所助教授、1992~1994年日本銀行金融研究所客員研究員、1996~1997年イタリアボッコーニ大学客員研究員などを歴任。1999年より一橋大学経済研究所教授、2013~2015年同研究所所長。主な著作は"Regional Inequality and Industrial Structure in Japan: 1874-2008"(丸善出版)、「失われた20年と日本経済-構造的原因と再生への原動力の解明」(日本経済新聞出版社)、「生産性と日本の経済成長:JIPデータベースによる産業・企業レベルの実証分析」(宮川努共編著・東京大学出版会)など。