Research Digest (DPワンポイント解説)

企業間取引における卸売業の役割

解説者 齊藤 有希子 (上席研究員)
発行日/NO. Research Digest No.0098
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企業間取引において、卸売業の役割が改めて注目されている。古く長い歴史があり、その役割については何となくイメージされながらも、データを用いた実証的な研究が少なかったのが卸売業だ。空間経済を専門とする経済産業研究所の齊藤有希子上席研究員がネットワーク分析の手法などを用いて研究。その結果、卸売業は取引コストを減少させ、取引ネットワークの地理的な広がりに重要な役割を持つことを確認した。卸売業の研究で突破口が開かれたネットワークデータの分析は、地域政策をはじめ実際の政策立案での活用も期待されている。

――どのような問題意識から卸売業の役割に注目し、論文を執筆したのですか。

経済活動を行う上で、サプライチェーン、仕入先、販売先との関係は企業の業績を決めるとても重要な役割を果たしています。これまで、企業の取引関係ネットワークの構造、地理的な広がり、震災の波及、企業のパフォーマンスとの関係などについて研究してきましたが、卸売業に注目したのは、卸売業というのは企業と企業をつないで、効率的なネットワークを構築するのに重要な役割を果たしていると考えたからです。

取引には地理的要因などによるコストがかかりますが、卸売業は遠方にある企業と取引を行うことに対して重要な意味を持つでしょうし、多様な企業と取引するときにも重要な役割を果たしていると思われます。それで研究しようと思ったのです。

共同研究者の大野由香子准教授(慶應義塾大学)は産業組織が専門、大久保敏弘准教授(同)は国際貿易を主に研究していますが、同じような問題意識を持っていたため、一緒に研究することになりました。

――企業間の取引ネットワークについて、従来の研究ではどのようなことが分かっていて、卸売業についてはどの程度、研究が進んでいたのでしょうか。

卸売業に関する研究は、国際貿易の分野で進んできました。企業ベースで見ると、直接輸出ができる企業は、生産性が非常に高い企業です。卸売業経由で間接的に輸出できるのは、次に生産性が高い企業。生産性が低い企業はローカルでしか関係を結べないなど、それぞれの企業の生産性による取引のネットワークの違いが議論されてきました。

卸売業を利用することで、たくさんの企業が貿易に参加できるようになります。また、卸売業はたくさんの取引を媒介しているので、さまざまな情報などが蓄積されます。そのため、コストが高い地域に進出するときに、よく卸売業が利用される。そういう国際貿易の観点から、卸売業の役割に関する議論はありました。ただ、それが国内ではどうか、国内の取引ネットワークにおいて、卸売業がどのような役割を果たしているのかという研究はされておらず、卸売業がどのような企業をつないでいるのかも分かりませんでした。

――今回、卸売業の役割を分析するにあたって、どんな手法を用いましたか。研究に使用したデータと分析の方法について教えてください。

データは東京商工リサーチの企業レベルの取引データを使いました。企業間取引データは日本が誇るべきデータで、80万社の企業に対して、400万件くらいの取引のデータがあり、どの企業がどの企業と取引をしているのか、さらに取引先の取引先も分かる優れたものです。卸売業には小売とつながる卸売業を含めて色々なタイプがありますが、今回は製造業と製造業をつないでいる卸売業だけを研究対象としました。

データベースをどう構築したかというと、直接取引する製造業企業と間接取引をする製造業企業比較するため、間接取引については、販売する側の製造業の企業から見たときに、卸売業を利用してどんな企業とつながろうとしているのか、つながる先の情報を平均的な値としてつくります。逆に購入する側の製造業の企業が卸売業を通じてどこからモノを購入しているか、平均的な企業の性質を考えます(表1)。回帰分析により、企業の規模が大きい方が利用するのか、集積地にいる方が利用するのか、そうした観点から誰が卸売業を利用しているのかを考えました。それにプラスして、卸売業と製造業の距離や製造業と製造業の距離、卸売業が加わることで距離がどう変わるかを分析しました。すなわち、誰が卸売業を利用するのか、そして距離はどうなっているかという2つの分析を行いました。

表1:直接取引と間接取引のデータ
販売時(Sample 1)
製造業 直接取引先 間接取引先
直接取引 売り手製造業 買い手製造業
間接取引 売り手製造業 卸売業 買い手製造業
(平均値)
販売時(Sample 2)
製造業 直接取引先 間接取引先
直接取引 買い手製造業 売り手製造業
間接取引 買い手製造業 卸売業 売り手製造業
(平均値)

――研究によって、どんなことが分かりましたか。

1つ目の、誰が卸売業を利用するのかについては、仕入と販売で逆の傾向が出てきました(表2)。大きい企業ほど販売するときに卸売業を利用するということです。いままでの貿易の議論だと、卸売業を利用するのは小さい企業かと思ったのですが、販売するときには大きい企業が卸売業を利用している。逆に、購入するときには小さい企業が卸売業を利用していることが分かってきました。仕入れる立場と販売する立場で全然違うものが見えてきたのです。

表2:卸売業の利用(取引レベルの回帰分析)
卸売業の利用確率
販売時(Sample 1) 販売時(Sample 2)
販売する企業の規模
販売する企業の地域の密度
購入する企業の規模
購入する企業の地域の密度
全ての変数は1%有意水準で有意である。

さらに集積地か、非集積地か(表の地域の密度)で見ると、販売するときは集積地にいる企業が卸売業を利用するのですが、仕入れるときには非集積地にいる企業が卸売業を利用するということが見えてきた。イメージとしては、非集積地の小さな企業と集積地の大きい企業があったとき、集積地の大きな企業から卸売業に卸して、非集積地の小さな企業に納めていくような形が見えてきました。

考え方としては、どちらかというと大きい企業の方が大量生産により、ゼネラルなモノを扱っているのに対して、小さい企業はもう少しスペシフィックな、その企業でしか使えないようなモノを生産している。そうすると、大企業は直接、スペシフィックなモノをそれぞれの企業から購入し、卸売業は利用しない。一方で、販売するときには卸売業を利用して流通させていく。小さい企業は卸売業を利用して非集積地でモノを購入するわけです。

また、2つ目の距離の分析からは、製造業が直接取引をする場合に比べ、卸売業は買い手の製造業に近く、売り手の製造業から離れて立地していることが確認されており、これらの結果から、以下のように解釈することができます。小さな企業が購入する時には実際に代金を支払えるかなど、信用関係のようなものが必要ですが、卸売業は購入する地方の小さな企業の近くにいることにより、支払い能力を把握することが可能であり、離れた大都市からモノを購入して地域に流通させていく、そのような形で卸売業が機能している構造が分かってきたところです。

――地方の人口減と大都市集中が問題となる一方、流通の合理化・効率化の流れも加速しています。卸売業の今後の役割についてどうお考えになりますか。

地方と大都市の二極化の背景には、サーチコストやモニタリングコストなど地理的要因によるコストがあります。これに対して、卸売業は地理的なコストを克服する役割を持っています。海外と取引するときにも卸売業を利用することによって、地理的要因に依存するコストを減らすことができるわけです。同じように、地方の小さい企業が大都市に直接アクセスすることはできないけれども、卸売業が入ることによって大都市と取引することができるようになる。そのように地理的要因を克服するために、卸売業は地方にとって重要なハブの役割を担っていくのではないかと思います。

直接取引や電子商取引で、流通は効率的になっていくでしょうが、それでも卸売業の役割は必ずあると思います。卸売業が入ることによって、地方の小さい企業の支払い能力をモニターしたり、信用を与えることによって、地方の卸売業が重要な役割を果たすのではないかと思います。地方の支払い能力がそれほど高くない小規模な企業にとっては、卸売業が地域金融的な意味も含めて重要な役割を果たすのではないでしょうか。地方の金融機関は取引企業とのマッチングの機能を果たしているといわれていますが、卸売業はもともと製造業だったところも多く、商品のマーケットのことをよく分かっています。そういう人たちが卸売業を担うので、よりマッチング機能を持つことができるということでしょう。地方にとって、卸売業は地方の金融機関とは別の役割があるのではないかと思っています。

――今回の研究から、地域経済政策などにおいてどんな提言ができるでしょうか。

卸売業は、遠方の企業とマッチングしてくれるインフラのような重要な役割を地域で担っています。そうした関係を把握しながら政策をとることが重要だと思います。

具体的な政策というところまではいきませんが、地域をネットワークとしてとらえる。そして、地域の中での役割に加え、地域の外とどうつながっているのかというネットワークもとらえる。すると、どの企業が重要な企業であるかということも変わってくると思います。例えば、業績だけで見ると良くないところでも、その企業が抜けることによって全体にどう波及するかを考えると、その地域にとってとても重要な核であることが見える場合もあるわけです。地域の状況を考えるとき、個別に見るのではなく、ネットワークとして把握することがとても重要です。それも地域の資産として把握した上での政策が重要だと思っています。

実際、経済産業省中小企業庁の地域政策の中でも、取引ネットワークを把握するためのシステムを構築し、地方自治体の職員が見られるようにしようという動きもあります。地域の中で何かショックがあったとき、例えば震災のときに、どこにどういうリスクが発生するのか考察するために、ネットワークを把握して地方自治体が色々な政策をとるように促していこうという動きが少しずつ出てきています。ネットワークデータを研究や分析ばかりでなく、実務や政策立案の現場でも活用していこうという動きです。

データを見ることで、企業の役割が再認識されることがあります。今まであいまいなイメージだったものが、統計的に分析することができるようになってきています。実証的な分析を加えることによって、具体的なインプリケーションが出せる研究がどんどん積み重ねられるといいと思います。

――今回の論文で残された研究課題や、今後の研究計画についてお聞かせください。

卸売業の役割については、もう少し多面的にデータを見ていきたいと思っています。おそらく、卸売業は信用を与える機能として働いていると推測しているのですが、売り掛けや買い掛けのデータと合わせることにより、分析を深めていきたいと思っています

大都市の企業同士や大企業同士をつないでいる卸売業などもあります。地理的な要因を克服する卸売業の役割もあるでしょうが、多様な相手との取引やたくさんの相手との取引をサポートする卸売業もあるでしょう。距離に依存しないものとして働く卸売業の役割など色々なものがあると思いますので、更に多面的な研究をしたいです。

それと、卸売業に限らず、地域をもっとネットワークとして見ていきたいと思っています。卸売業のほかにも、色々なハブというのがありえます。取引のハブもありえますし、大学など知識創造という意味での地域ネットワークのハブもあります。色々な形のネットワークは、それぞれの地域の強みになると思います。そういう取引ネットワークや知識波及ネットワークを分析していきたいですね。

また、地域のネットワークを考える上で、集積の効果を考慮しないといけません。集積の効果として、取引コストを下げる、知識波及を促す、労働者を共有できるなどがありますが、地域の中でそれらがどのように働いているのか、生産性の向上に結びついているのか、さらに深く見ていくことによって、地域活性化へのインプリケーションが出てくるかもしれません。その集積の効果のメカニズムをより明らかにしたいですね。集積の効果のメカニズムをとらえた上で、地域をネットワークとしてとらえ、地域外とのネットワークを考慮し、政策的なインプリケーションにつなげていけたら面白いと思っています。

解説者紹介

2002年3月 東京大学大学院理学系研究科物理学専攻博士課程修了(博士号取得)。1999年4月~2002年3月 日本学術振興会数物系(DC1)研究員。2002年4月~2012年3月 富士通総研経済研究所研究員(2007年6月より上級研究員)。CRD協会非常勤研究員、RIETI研究会委員、一橋大学経済研究所特任准教授、科学技術政策研究所客員研究官などを経て2012年よりRIETI研究員。2014年4月~現職。
主な著作物:"Strong Customer/Supplier Relationships: A key to enterprise growth in Japan," (with I. Uesugi) in High Growth Enterprises: What governments can do to make a difference, OECD Studies on SMEs and Entrepreneurship, OECD Publishing, 2010