Research Digest (DPワンポイント解説)

地域間の人的資本格差と生産性

解説者 徳井 丞次 (ファカルティフェロー)
発行日/NO. Research Digest No.0087
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ほとんどの地方が、人口減少や高齢化といった日本経済全体の構造的な問題に直面しているうえ、企業活動のグローバル化が一段と進む中で近隣アジア諸国などとの厳しい立地競争にさらされている。徳井丞次ファカルティフェローは、国勢調査のデータを使って都道府県別の人材の質を相対比較する指数を作成し、1970年から最近までの地域間人材格差の変化とその要因を分析した結果を踏まえ、「困難を切り抜けるための方策は色々と論じられているが、地域の経済発展を支える人材供給の質を決めるのは、その地域のなかでの人材育成力にほかならない」と強調する。

――まず、この研究に取り組んだ問題意識から教えてください。

直裁的な問題意識としては、地方経済が厳しい局面に突入していることがあります。おそらく30年前であれば、日本全体の経済が伸びている中で、地方の経済も全体に歩調を合わせて伸びていましたので、置いていかれるという感覚は無かったと思います。ところが現在、地方経済はとても厳しい状況にあります。その背景としては、人口減少と高齢化という日本経済全体が取り組むべき問題が地方では前倒しで起きていることに加え、かつては経済活動のより多くの部分が国内で完結していたので、その中で地方は地方なりの役割を果たせていたわけです。ところが、ご存知の通り、経済活動のグローバル化が進んで、地方はより労働コストが低いアジア地域と競争しなければならなくなったということがあります。

そうした事態を打開するための産業政策として、地方自治体のレベルでは、未だに「工場団地を整備して工場を誘致する」という発想が強いのですが、このような既存のタイプの企業誘致活動をしても、円高などが進んで経営環境が厳しくなると撤退されるというようなことが地方の工業団地では起こっています。そうしたときに、よくいわれるアイデアの1つが、もっと高付加価値の産業を呼ぶ、別のいい方をすると「工場」の誘致ではなく知識集約型の産業、いわゆる「研究開発拠点」を誘致してくればよいではないかという考えです。確かにそうなればよいのですが、なかなかそうは簡単にいきません。なぜ簡単にいかないのかというと、実は知識集約型の産業が来るためには知識集約型の人材が一緒に来るか、あるいは元からいるか、いずれかである必要があるためです。これから地方がやろうとしている新しい産業誘致というのは、実は人材の供給とかつてより関係性が強くなっていると思います。そういうことが今回の研究テーマの問題意識といえます。

また、私が参加しているRIETIの産業・企業生産性向上プログラム(プログラムリーダー:深尾京司FF)が、日本の地域間生産性格差や産業構造を分析するための基礎データとして、一橋大学とも共同で「都道府県別産業生産性データベース」(Regional-Level Japan Industrial ProductivityDatabase、略称R-JIP)を作成し始めました。このデータベース作成作業そのものも、今回の研究と密接な関係があります。地域の生産性を比較するためには、労働をはじめとする生産要素の投入をできるだけ正確に測ることが必要になります。今回の研究は、そのうち地域間の労働投入の質を計測しようという部分を担っていて、その結果はデータベースにも反映されています。

都道府県別の人材の質を相対的に比較

――地域の人的資本の「質」をどのように比較していますか。

人的資本とは経済学の用語のひとつですが、要は人材のことです。労働の供給というものは単に投入された時間で測るのではなく、質を考慮しなければなりません。基本的な考え方は、労働の投入をさまざまな属性に切り分けて、それぞれの属性ごとの生産性を比較し、それを考慮して全体の指数をつくるということです。先行研究のうちの多くは、人的資本の水準の測定に、労働者の平均的な教育水準の違いのみを使っています。しかし、人的資本の形成には、学校教育を通じたもののみならず、オン・ザ・ジョブ・トレーニングのような就業を通じた経験の重要性がしばしば指摘されています。今回の研究では、国勢調査のデータを使っていますので、性別、学歴、年齢、就業している産業といった複数の属性を同時に考慮して都道府県間の人材の質を相対比較する指数を作成することができました。この指数を使い、1970年から最近までの地域間人材格差の変化とその要因を分析しています。

――分析するうえでは色々なハードルもあったのではないですか。

1つは、労働者の属性別の生産性格差をどう計測するかという点です。経済学の伝統的な手法では、賃金の格差が生産性の格差を反映しているものとみなす手法があり、今回もそのように扱っています。確かに最近のミクロデータを使った研究では、実際の生産性格差と賃金格差の間には乖離があると指摘するものがいくつも出ています。しかし、私が以前に行った別の研究では、確かに両者には乖離はあるものの、さまざまな属性の労働投入を集計して労働投入指標にしたところではさまざまな乖離が相殺し合って、私たちのように属性間の賃金格差を使っても、ミクロデータから直接計測した生産性格差を使っても、意外と大きな違いは出てこないという結果になっています。そこで、地域データという制約もあり、より簡単な賃金格差で置き換える手法を使っています。

もう1つは、指数作成上の問題、つまりある地域と別の地域の労働の質の差が何倍になるのかを測るときの難しさがあります。今回のような場合と違って、時間の経過に伴う変化を測るときには、経済構造自体は短時間では大きく変化しないと考えることができますから、出発点の経済構造を基準にしたうえで目的の変数がどう変化したかを測ることができます。仮に経済構造が徐々に変化していくと考えなければならない場合でも、こうした1期間で捉えられる変化を積み上げていけばよいわけです。

ところが、2つの異なる地域を比較する場合には、両者の間で産業構造や資本投入の構成、労働投入の構成、全要素生産性の水準など、労働の質以外にも、さまざまな面で違いがあります。したがって、A地域の経済構造を基準にしてA地域とB地域の労働の質の格差を計測するのと、B地域の経済構造を基準にして同じことを行うのとでは得られる結果が異なります。経済構造をトランスログ関数という関係で表すことができるものと仮定すると、このように基準とする経済構造を入れ替えて2種類の指数を作ってからその幾何平均をとったものが、トルンクビスト指数と呼ばれる比較的扱いやすい指数式に帰着させることができることが知られています。私たちはこの方法を使っています。

この方法は、もともとはクロスセクション・データ間の全要素生産性格差を測る手法として提案され数多く使われていますが、その手法を今回の研究では地域間の労働投入の質を測る手法として使いました。具体的には、まず各地域の労働投入の属性構成の違いとそれらの間の生産性格差を反映した労働投入指数を、この方法で作ります。それと、単純に労働時間数で測った各地域の労働投入との差を求めて、これを地域間の労働の質格差と呼んでいます。地域間の労働投入の質格差を測った分析はこれまでにもありましたが、私たちの計測方法のメリットは数多くの労働属性を同時に考慮して、きちんとした根拠のある指数式に基づいてその計測を行ったところだということができます。

地域間の差異は最大で3割

――分析の結果、どのようなことが確かめられましたか。

最初に着目したのは、労働投入の質の指数が、地域間でどれほど乖離しているかという点です。1970年の時点と最近の時点を比べると、地域間の差異はこの40年間でかなり縮小しています。しかし、均等になっているわけではなく、依然として差が残っているのです。労働投入の質が最も高いのは東京都でした。その指数と1番低い地域の指数と比べると、東京都は1番低い地域の約1.3倍になります。地域間で最大3割の差異があることについての感慨は人それぞれでしょうが、この結果は40年前の1970年に比べると大いに地域間格差が縮まった結果なのです。

そうした地域間の差を確かめた上で、次に、地域間の労働の質の差と、地域ごとの労働生産性の間に何らかの関係があるかどうかを確認しました。その結果、この2つには正の相関が見られました。また、労働の質の地域間の差自体は、かつてよりも縮まっているのですが、労働生産性の方の格差はそれほど縮まっていないのです。これはどういうことかというと、労働の質の差は縮まってはいるのだけれど、小さな差がより大きな労働生産性の差をもたらすようになっていると解釈できるしょう。こうしたことが起きている背景については、あくまでも推測ですが、この40年の間に経済がサービス化したり、知識集約化したりということがあると考えています。

図:人的資本の質の地域間格差指数(東京都1の指数)2008年
図:人的資本の質の地域間格差指数(東京都1の指数)2008年
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――質の格差が縮まった要因はどこにありますか。

それを考えるには、今回の研究で分析を行った「性別」「年齢別」「学歴別」「就業している産業別」という4つの属性の中のどれが質格差をもたらした要因として重要であり、それらがこの40年間でどう変化したかを分析することになります。

40年前は、主に2つのことから差が生じていました。1つは、就業者の学歴です。もう1つは、それぞれの地域でどういった産業が立地しているかということです。どちらの要因についても、この40年間で地域間の差が縮まってきていますが、なかんずく、産業の要因が消えてきているのです。この理由は、地域間で産業の立地が変わったということよりも、産業間の賃金の格差が縮まったためです。つまり、ある地域にどのような産業が集中して立地しているかということは、かつてほど人的資本の質に影響を与えなくなっているということです。サービス業と製造業はもとより、サービス業の中での差も小さくなっています。

つまり、1970年時点では地域の就業者の学歴構成に加えて産業立地が人材の質格差の重要な要因となっていたのですが、その後の約40年間で後者の要因は剥落し、就業者の学歴構成のみが重要な決定要因として残っているということができます。また、就業者の性別や、年齢構成といった他の要因については、時系列の変化に注目した場合には、年齢の要因が効く地域もあるのですが、横串で見て年齢構成が大きく影響しているとはいえず、これらは地域間の差を生む要因とはいえませんでした。

――若い世代など、労働者の移動が影響を与えているのではないですか。

人材は、集まりやすいところに益々集まる傾向があります。今回の研究では、こうした人材の移動、とくに若い人が就学や就業の為に、都道府県を跨いで東京をはじめとする首都圏へ流入していることが、地域間での人材の質の違いに繋がっているのではないかということについても、分析を行っています。

その方法を簡単にご説明します。まず、多くの人は中学卒業ぐらいの年代(10-14歳)までは出生地にいると考えます。その後、その人達が進学、就職しても中学卒業時の地域に留まっているとすると、その地域のその世代の就業者の構成はどうなっているのかという仮想的な計算をし、その結果を実際の数字と比較しました。仮想的な計算をする上で、進学率については「学校基本調査」を、死亡率については「人口動態統計」の数値を使っています。

分析の結果、確かに、質と人数の両方を併せたボリュームでみると、都市部に集中する傾向があります。しかし、質だけに限ってみた場合には、意外にもそのような傾向がないのです。個々の地域の中には、質の高い労働者が流出する頭脳流出や、いわゆる出稼ぎタイプのような人材の流出がおきている地域など、色々な特色があるのですが、全国のデータを一緒になって俯瞰してみると、ボリュームでみたような傾向はなくなるのです。そのように全国を俯瞰した意味で、労働の質に対しては、労働者の移動はそれほど影響を与えているわけではないという結論を出しました。

地域での人材育成が重要

――どのような政策的含意が導き出されますか。

若年労働の移動が、人材の質に対してそれほど影響を与えていないということからすると、地域の人材供給の質の差を生んでいるのは、地域ごとの人材の育成力だという結論になります。

最初にお話したように、知識集約型産業の地方への誘致が難しいことは承知していますが、私は大企業の役員の方々にお会いする機会があると、「長野県に研究開発拠点を誘致できませんか」と自分の地域への知識集約型産業の立地をアピールすることがあります。そうした際にいただいた答えの中で印象深かったのは、研究開発拠点を誘致する上でネックになるのは、地代、税金、インフラといった会社側の運営に関するものだけではなく、そこで働く人材の確保であるという点です。つまり、大企業の研究開発拠点で活躍する人は、高学歴であるだけでなく、30代、40代の年代層の人たちです。そういった人たちが、そこへ行って住んでもいいと思うかどうか。もっといえば、その人たちが結婚していたなら、奥さんや子供がそこへ行って住んでもいいと思うかどうか。そういうところからも立地が制約されることになるわけなのです。

結局、産業をより高付加価値型に転換していくには、ニワトリが先か卵が先か、というようなことになりますけど、人はそう簡単に動いてくれないのであれば、非常に古典的ではありますが、地域で人材育成しながら産業に結び付けていくということにもう一度立ち返る必要があるのではないかと思います。地域内で人材を育てていかないとなかなか産業のレベルアップにつながっていかないのではないでしょうか。

――地域レベルでの産業政策を考える上でのポイントは何でしょうか。

地方にも色々な企業があって、小規模でもグローバルに展開して、既に海外の人材を積極的に活用し始めているところもあります。そうした企業の経営者や人事担当者は、大企業のように人材がどんどんやってくる中から選別できるとは思っていないので、自分のところで人材を育てたいという気持ちがあります。そうした気持ちと、それに応える人材をどのように結びつけていくかというところに課題があります。

地域の産業政策というと、工場立地の為のスペースを開発し、それを宣伝して企業が進出してくるように呼び込もうという発想が相変わらず多いと感じます。しかし、意外と気付いていないのではないかと思いますが、各地域の都市としての魅力をレベルアップしていくという意味でも、地域全体の取り組みが必要なのです。人材供給の面でも地域の特性をよく分析し、その地域の強みを発見してそれを伸ばしていくことが重要だと思います。

――今後の研究課題は何でしょうか。

今回の研究では国勢調査のデータを使いましたので、分析の範囲としては性別、年齢別、学歴別、産業別という属性区分に留まっています。この産業別の部分を、更にブレイクダウンして職種の情報を加味することができると、分析結果として今回の研究とは違った姿が出てくる可能性はあります。ただし、職種を加味する為には別のデータを利用する必要があります。国勢調査は全数調査だという利点があるので、就業構造基本調査のように職種が含まれるサンプル調査のデータをうまく組み合わせながらデータを細分化していくことにより、職種属性を加えての分析を実現できる可能性があるのではないかと考えています。

また、冒頭でお話しした「都道府県別産業生産性データベース(R-JIP)」についても、もう少しブラッシュアップする余地があると思っています。労働投入の方は、こうして地域間の差を随分細かく見て加味したのですが、アウトプットの方も、とりわけサービス産業などでは地域間で随分価格差がありますので、そこをしっかり考慮して生産性の分析をもう一度やり直したいと思っています。

解説者紹介

信州大学経済学部講師、助教授を経て、1999年より現職。主な著書:「投資と技術革新資本のヴィンテージ、研究開発と生産性」(『日本経済グローバル競争力の再生』(79-109)・香西泰・宮川努・日本経済研究センター編/日本経済新聞社2008年)、「資本に体化された技術進歩と新規投資」(『生産性と日本の経済成長』(157-181)・深尾京司・宮川努編/東京大学出版会2008年)