Research Digest (DPワンポイント解説)

被災地以外の企業における東日本大震災の影響-サプライチェーンにみる企業間ネットワーク構造とその含意-

解説者 齊藤 有希子 (研究員)
発行日/NO. Research Digest No.0078
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2011年3月の東日本大震災により、被災地の企業は大きな影響を受けた。企業間の結びつきの強さは、日本企業の競争力の源泉ととらえられているが、この強いつながりにより、今回の震災の影響はサプライチェーンを通じて、被災地から距離的に遠く離れた企業にまで波及した可能性がある。そこで、被災地以外の企業への影響について、齊藤有希子Fは、中小企業を含む80万社の取引先データから、被災地以外の企業の被災地企業との取引関係を分析した。その結果、「取引先の取引先の、また先の取引先」まで含めると、全国的に9割の企業が被災地企業と結びついていることが分かった。

齊藤Fは、震災のような大きなショックの影響は、取引関係を通じて被災地から距離的に遠く離れた企業にも波及する可能性があるので、企業は、異なる地域に複数の取引先を持っておくなど、長期的なリスク分散を考えておく必要があると指摘する。

サプライチェーンを通じて波及する影響

――東日本大震災について、被災地以外の企業への影響をテーマに研究された動機は何でしょうか。

これまで、主に企業間の関係が企業のパフォーマンスに与える影響について研究してきましたが、千年に一度といわれる東日本大震災を経験して、研究者として何ができるのかを考えました。日本の競争力は企業の結びつきの強さによるものであるといわれています。東日本大震災によりこの結びつきが断たれれば、サプライチェーンを通じて被災地域以外の企業活動にも影響が及びます。

2004年に新潟県中越地震が発生した時、被災しなかった企業にもサプライチェーンを通じて大きな影響が出たと報道されました。取引先の取引先が中越地方にあった企業に、そのつながりを通じて企業活動に重要な影響があったのです。大型地震による大きなショックは、企業のいくつものつながりを経て影響が広がります。東日本大震災を受けて、被災地と被災地以外の企業との関係についても、このような影響が波及する経路であるサプライチェーンの構造を把握する必要性が認識されました。こうした企業間の取引関係を通じての震災被害の影響を分析する際に重要なことは、企業間の取引ネットワーク構造をつかむことです。なぜなら、取引ネットワーク構造の違いによって、取引関係を通じて間接的に被害を受ける企業の数が異なり、企業がいくつかの取引先の段階を通じて被災地企業と結びついていれば、その企業が認識していなくても、震災の影響が波及してくるということがあるからです。

東日本大震災からの復興にあたっては、被災地以外の企業も健全である必要があります。したがって、被災地以外の企業に及んだ震災の影響もきちんと評価すべきであると考えました。

スケールフリーとスモールワールド

――企業間の取引ネットワークについて、これまでの研究では、どのようなことがわかっているのでしょうか。

企業間の取引だけでなく、人間関係など社会学で観察されるものも含めて、多くの国で観察されているネットワークの構造に、スケールフリーとスモールワールドという構造があります。まずスケールフリーの構造ですが、企業間の関係については、取引先の数が「べき分布」を示していることです。「べき分布」は聞き慣れない言葉かもしれませんが、わかりやすい例では、富の分布を調べると、一握りの人たちが大部分の富を占めているという事実があります。これを企業の取引先の関係についてあてはめると、一握りの企業が非常に多くの企業と関係していることを指します。このような、多くの企業と関係している企業は「ハブ企業」と呼べます。さらに、「ハブ企業」同士の取引関係でも、一段と関係する企業が多い、さらなる「ハブ企業」が存在していて、企業間の取引関係は階層的な構造になっていることが確認されています。「べき分布」は、なぜそういうことが起きるのかについて、いろいろ議論されて解明が目指されていますが、都市の規模など、企業を取りまくいくつかの現象についても、あてはまるものです。

次にスモールワールドですが、これは文字通り「小さな世界」を意味します。人と人のつながりを考えてみると、世界はとても大きいのに、人と人との間は、ほんの少しのつながりで結びついています。このような結びつきは、企業間の取引ネットワークにも見られ、企業と企業の間はすべて短いリンクでつながっています。このため東日本大震災のような大きなショックが起きると、企業の間でその影響は波及しやすいと考えられます。

このように、企業間のネットワークはスケールフリーとスモールワールドの構造を持っています。ネットワーク分析によって、このような企業間の関係性をいろいろ調べることができます。たとえば、特定の企業の取引先、その取引先の取引先などを調べれば、企業間がどのような結びつきをしているかがわかります。また、こうした結びつきの経路を調べることによって、震災だけでなく、企業業績の悪化や倒産などの大きなショックが企業間でどのような経路で波及するかを分析することができます。さらに、ネットワークにおける企業の位置と企業業績との関係や企業の取引先変更と業績変化の関係を分析することにより、ネットワーク構造と企業のパフォーマンスの関係も調べることが可能になります。

企業間の取引についての研究成果では、東京大学空間情報科学センターによるアドレスマッチングサービスを利用し、データにある80万社の住所情報を緯度・経度情報に変換して、企業間の取引がどれぐらい近くでなされているかを分析しました。その結果、これだけ交通手段が発達している中でも、半数の企業が40キロメートル以内の企業と取引し、9割の企業が400メートル以内の企業と取引していることがわかりました。このことから考えると、震災の影響は距離的に遠くの企業には及ばないのではないかという考えが浮かびます。しかし、一方で、スモールワールドという企業の結びつきの特徴を考えると、距離的には遠くにある企業でも震災の影響があるのではないかとも考えられます。そこで、実際にどれぐらいの企業が被災地企業と取引しているのかを調べることが必要になってきます。

中小企業含め80万社から分析

――今回の研究に使われたデータにはどのような特徴がありますか。

できるだけ多くの企業をカバーしているデータを使いたいと考えました。上場企業以外の取引データは入手するのが難しいのですが、今回使用した東京商工リサーチのデータは、中小企業を含めて80万社を調査しています。調査時点は2005年で、産業分類、創業年、3期分の売上高と利益金、従業員数、住所情報があります。また、取引先企業については、1社につき24社までの取引先を調べています。日本の企業数は180万社といわれ、活動していない企業も多くあることから、80万社のデータであれば、企業間のネットワーク全体を網羅的に見ることができると考えられます。取引先企業はIDによって識別されていますので、取引先の、また取引先というように順を追って取引先のネットワークを調べることが可能になります。このデータには全体で400万の取引関係がとらえられていて、その中から多くの取引先を持つハブ企業を特定することもできます。

――具体的な分析はどのようにされたのでしょうか。

被災地を青森県、岩手県、宮城県、福島県の4県の太平洋沿岸の44市区町村として、これら被災地にある企業の取引関係を追っていきました。企業毎のIDにより、仮に同じ社名の企業が複数あったとしても混同することなく、1社ごとに取引関係を直接の取引関係、その先の取引先の取引先、またひとつ先の取引先というように順に追っていくことがプログラミングによって可能となります。こうして取引先の段階によって地域的に被災地企業の取引先がどのように分布しているかを調べるために、取引の段階ごとに取引先の企業が全体に占める割合を算出しました。

さらに、すでにまとめた研究で使った緯度・経度情報を用いて、これら取引先企業が地理的にどのように分布しているかを地図上にプロットしました。

3段階目までの取引先は9割が関係

――分析の結果、どのようなことがわかりましたか。

被災地企業の取引先は地理的に近いといわれていますが、実際には取引関係において、いくつか先の取引先になると全国的に分布していることがわかりました。東北地方における被災地企業の割合は17%ですが、直接の取引先を含めると34%になり、さらに取引先の取引先まで含めると82%に上がります。東北地方以外では、たとえば関東地方では、被災地企業の取引先は3%にとどまりますが、取引先の取引先まで含めると58%と半数以上の企業が関係しています。取引先の取引先まで含めた比率では、被災地から遠く離れた中国・四国や九州でも半数近くに上り、全体では6割近くに達することがわかりました。さらに取引先の取引先の、また取引先という3段階目まで含めると、全体ではちょうど9割に達し、中国・四国など被災地から遠方の地域も含め各地でも9割前後に上ります(表1)。このように、すべての地域で被災地企業と関係がないという企業はほとんどないことから、企業間のネットワークのスモールワールドという構造の特徴が確認できました。つまり、被災地から距離的には遠く離れていても、サプライチェーンを通じて震災の影響を受ける可能性があるのです。

さらに、緯度・経度情報を使った分析では、被災地企業の直接の取引先は企業全体に占める比率では少ないのですが、その地理的な分布は全国的に広がっていることがわかりました(図1)。このように地理的に広がった直接の取引先を核として、それぞれの地域において、取引先の取引先の数が増えると考えられます。

表1:地域別の企業の割合
表1:地域別の企業の割合
図1:被災地企業の取引先の地理的ひろがり
図1:被災地企業の取引先の地理的ひろがり

距離的に遠くても影響被る可能性

――分析の結果を踏まえて、政策や企業行動にどのような提言ができるでしょうか。

東日本大震災のような大きなショックが起きた時には、企業は被災地から遠く離れていても、サプライチェーンによる影響を考えなくてはいけないということです。被災地の企業は震災によって設備が崩壊するなどの影響を受け、生産活動ができなくなる場合もあるでしょう。こうした震災の影響は被災地企業にとどまらず、被災地から遠く離れた企業にも及ぶと考えられます。たとえば、仕入れ先企業が被災して生産ができなくなれば、ほかの仕入れ先を探す必要がありますが、その企業の技術が特殊なもので、仕入れている製品がほかの企業からは仕入れできないような場合には、被災地以外の企業の生産にまで影響が及ぶ可能性もあります。また、販売先が被災地にある場合は、新たな販売先を見つける必要が出てくることも考えられます。これまで、日本の産業の競争力は取引先とのつながりの強さにあると考えられてきました。しかし、今回の分析で明らかになったように、このような取引先とのつながりの強さに支えられた競争力は、震災のような大きなショックに対してより脆弱である可能性があります。

企業にとって直接の取引先を管理するという意識は日常的にあります。しかし、取引先の取引先となると、その管理は日常的にはあまり考えられていないのが実情です。取引先の取引先は地理的にかなり離れた場所にも立地していることが今回の分析でわかりました。東日本大震災のような災害が起きた時には、企業が認識していなくても、サプライチェーンによる影響を受ける可能性があります。企業は、サプライチェーンによって震災のようなショックの影響を受けるリスクをどう分散するかということを、日頃から考えておかなければならないでしょう。東海大地震など新たな災害の起きる可能性も指摘されている中で、企業はスモールワールドという、震災などの影響の波及を受けやすい取引関係の構造の中にいることを認識して、リスクを分散させるために、異なる地域に取引先を複数持つなどの長期的な対策を考えるべきです。

また災害が起きた時に、その影響からどう回復を図るのか、行政としてどのような援助ができるのか、集中的なサポートがいいのか、広域的なサポートがいいのか、なども検討しておく必要もあります。

取引先の変更と業績の関係を研究へ

――今後の研究課題は何でしょうか。

今回の研究では、東日本大震災によって個々の企業が受けた影響の大きさについての事後的な調査はしていません。被災地以外の地域の企業が、いくつかの取引先を通じて被災地の企業と結びついている場合、被災地の企業が震災で大きな影響を受けたとしても、その企業の代わりになることができる取引先があるのであれば、代替することも可能になります。震災によって企業のパフォーマンスがどう変わったのかを、企業間のネットワークの変化と合わせて研究すれば、こうした企業行動と、それによって企業のパフォーマンスに表れる結果もわかってくるでしょう。東日本大震災からの企業活動の回復は早かったと一般的にはいわれていますが、震災によってどのように企業活動が落ち込んだのか、そこからどのように回復したのか、ということが重要です。

現在、一橋大学と帝国データバンクが共同で企業ネットワークに関する研究に取り組んでおり、この研究に参加しています。帝国データバンクの調査は40万社を対象に、取引先のほかに企業の業績も調べており、取引関係がどう変わったか、それによって企業のパフォーマンスがどう変わったかを分析することが可能です。また、平常時と震災のような大きなショックが起きた前後を比較して、震災によってどれだけの企業が廃業などによって退出したかも調べることができます。

私はもともと、企業間の関係性が企業のパフォーマンスにどう影響しているのか、を研究してきました。震災などの大きなショックは企業のパフォーマンスに短期的な落ち込みをもたらしますが、そこからの回復過程において、取引先を変更するということが企業のパフォーマンスに良い影響をもたらすのではないか、という見方があります。これは、平常時であれば変更されない取引先が、震災などのショックをきっかけに、企業のパフォーマンスにとって、より良い関係へと変更される可能性を考慮した見方です。果たして、そのような取引先の変更がパフォーマンスに良い結果をもたらすことがあるのか、平常時における取引先の変更と合わせて分析し、企業のパフォーマンスとの関係を研究したいと考えています。

日本企業については、「系列」と呼ばれる取引関係がよく取り上げられます。「系列」は日本企業の強さを支える企業間の関係のようにいわれてきましたが、一方、取引関係を変更することにより、企業のパフォーマンスが良くなる可能性がある、とすれば、系列という固定的な関係は企業のパフォーマンスにとってマイナスの作用を及ぼす可能性があるかもしれません。たとえば、共同研究をする場合でも、同じ相手と組んで研究を続けていると、得られる知識が固定化しがちであり、違う相手と組むことが知識を広げることにつながる、ということがいわれます。企業のパフォーマンスにとっても、サプライチェーンの中で取引先を変更するということが重要なのではないでしょうか。

ただ、こうした取引先の変更と企業のパフォーマンスいうことについての研究は、今まで、ケーススタデイはありますが、統計的な研究はあまりなされていません。企業間の関係をミクロベースで見た研究は意外に少ないのが実情です。幸いなことに日本の調査会社は企業の取引先を重視して調べていますので、取引先に関するデータはあります。日本以外では取引先のデータはあまりなかったので、企業の取引関係に関する研究は困難だったのですが、聞くところでは、米国でも日本のように取引先の調査が始まっているようです。米国に取引先と企業のパフォーマンスに関する研究で先を越されないように、取引先の変更と企業のパフォーマンスについて統計的な調査をしたいと考えています。

解説者紹介

2002年東京大学大学院理学系研究科物理学専攻博士課程修了(博士号取得)。1999年4月~2002年3月日本学術振興会数物系(DC1)研究員。2002年4月~2012年3月富士通総研経済研究所研究員(2007年6月より上級研究員)。CRD協会非常勤研究員、RIETI研究会委員、一橋大学経済研究所特任准教授、科学技術政策研究所客員研究官などの兼務を経て、2012年4月より現職。