Research Digest (DPワンポイント解説)

応急仮設住宅の建設と被災者の支援:阪神・淡路大震災のケースを中心に

解説者 宇南山 卓 (ファカルティフェロー)
発行日/NO. Research Digest No.0077
ダウンロード/関連リンク

震災復興の第1歩として、まず、被災者の住む場所を確保する必要がある。そのため、災害が起きると、災害救助法に基づき、応急仮設住宅としてのプレハブ住宅が相当数、迅速に建設、供給される事が望ましいと考えられている。しかし、応急仮設住宅の建設は非常にコストがかかる。阪神・淡路大震災の際は、土地の整備費などを含めると、1戸当たり350万円が必要で、これは神戸市の借家世帯の支払う家賃(中位値)の5~10年分相当となる。一方で、東日本大震災では家賃補助という形で弾力的な仮設住宅の供与(みなし仮設住宅)が行われた。

こうした状況を踏まえ、宇南山卓FFは、現行制度による対応について、阪神・淡路大震災のケースに基づいて、効率性などの観点から評価を行った。分析結果を踏まえ、宇南山FFは、災害救助法に基づいた緊急支援のパッケージについては、改めて考えなおす必要があると提案する。

――どのような問題意識から、この論文を執筆されたのでしょうか。

東日本大震災や阪神・淡路大震災のような大災害からの復興において、住宅政策が最も重要なスッテプの一つだというのが研究を始めた第1の理由です。また、震災復興が停滞する中で、応急仮設住宅(プレハブ)の建設だけは迅速に決定され、その提供が始まっていました。応急仮設住宅についてはなぜ早く意思決定ができるのかを明らかにしたいという関心もありました。

――応急仮設住宅の素早い提供は、2つの大震災への対応だけの特徴なのでしょうか。

応急仮設住宅の建設は、大規模災害が発生すれば適用される一般的な政策です。というのも、災害救助法という法律に基づいて実施される措置で、大規模災害が起きた際の対策パッケージの一部分なのです。

災害救助法をベースに供与されるため、応急仮設住宅には災害救助法の考え方が適用されます。特に重要なのは、「現物給付の原則」と「現在地救助の原則」が適用されることです。現物給付の原則とは、現金ではなく現物で対応すべきとするもので、災害発生時に物資が不足して、現金では役に立たないという実情を考慮したものです。また、現在地救助とは、支援は被災した自治体から供与するという原則で、実際の救助の主体が都道府県知事であるという実務上の制約から来るものです。

避難所の設置や、人命救助など災害救助法の枠組みで実施される他の施策にこれらの2原則が適用されることは適切です。しかし、応急仮設住宅の供与に関しては、その妥当性は必ずしも自明ではありません。応急仮設住宅は災害時の応急措置という短期的な側面と、被災地の住宅復興の過程という長期的な側面があるからです。言い換えれば、仮設住宅の建設に人命救助などと同等の緊急性があるのか疑問があるということです。

――阪神・淡路大震災でも「現物」と「現地」の原則にかかわる疑問が生じたのでしょうか。

現物主義については、阪神・淡路大震災の際にも大きな問題でした。財産権の観点から、政府が個人資産の形成に関与すべきではないとされ、現金支給をタブー視する議論がされていました。緊急対応として現物を支給するという方法であれば、財産権の議論を避けられるため、プレハブの建設が一般的な対応となっているのです。

現在では、被災者生活再建支援法という法律が制定され、現金での被災者支援をする枠組みができています。しかし、依然として現金給付への抵抗感は強いようです。

阪神・淡路大震災では、現地主義の原則の制約はあまり強くは意識されませんでした。被災者数は多かったのですが、被災地は神戸を中心とした狭い地域であったため、主に兵庫県内の問題だったからです。一方、東日本大震災の被害は都道府県をまたぐ広域であり、原発事故もあったため、県境を超えた避難者が続出し、現在地主義という制約が大きくのしかかりました。

災害への対応という点で、国も大きな役割を果たしますが、それは主に財政的な負担に限定されます。被災住民に直接対応するのは地方自治体です。災害救助法では救助主体を都道府県知事としており、それを市町村が補助するという形になっています。東日本大震災のような広域災害の場合、県外に避難した「元県民」に各県がどのように支援できるかが大きな問題になるのです。

災害救助法の枠組みに対する効率性からみた疑問

――日本における仮設住宅の建設・供給が抱える問題点は何でしょうか。

今回の論文で問題提起したかったのは、特に現物主義の制約についてです。具体的には、効率性の観点で見て、災害救助法にもとづくプレハブの建築という現行の仮設住宅の提供方法が最善なのかということです。

応急仮設住宅の建設は非常にコストがかかります。阪神・淡路大震災の際は、土地の整備費などを含めて1戸当たり350万円かかりました。これは神戸市の借家世帯の支払う家賃(中位値)と比較すると、およそ5~10年分に相当し、総額は1689億円にのぼりました。

結論から言えば、現物主義にこだわらず、現金支給によって被災者の自主的な住宅再建や賃貸住宅への入居を促進させれば、より望ましい支援になると考えています。

――現物主義が本当に必要なのか、という疑問ですね。

現物主義が採られている最大の理由は、緊急時には住宅の供給がなく現金では住宅が手に入らないからです。しかし、阪神・淡路大震災の際、被災地や隣接地における空き家の状況を示した資料をみれば、その前提は必ずしも正しくないことが分かります。

地震発生時には被災地市町村には13万戸程度の空き家が存在し、隣接市町村にも20万戸の空き家があったと考えられます。再建が必要とされた住宅戸数12.5万戸を大きく上回っています。つまり、プレハブを建設しなくとも被災者を収容する住宅の確保は可能だったのです。

図表1:被災地・被災地隣接地域の空き家の状況
図表1:被災地・被災地隣接地域の空き家の状況

実際、東日本大震災のケースでは、災害救助法の弾力運用という名目で、借り上げによる応急仮設住宅が認められました(みなし仮設住宅)。これは、実質的に家賃補助という現金給付による応急仮設住宅の供与です。現金支給は被災者にもメリットがあると考えられ、自発的に現物のプレハブを供与されたよりも多くの被災者が、家賃補助による仮設住宅の提供を選択しました。

――このような問題は他国でも起きていますか?

現物主義の有効性については、日本だけでなく、米国のノースリッジ地震や台湾の集集地震などでも疑問視されています。海外のケースでも共通しているのは、住宅に対するニーズの多様性です。誰を対象に、何を提供すべきなのかを決めるのは難しく、政府が一律に現物で提供することは非効率になりがちです。

もちろん、現金給付の場合には、被災者はお金をもらうだけで本当に住む場所などを確保できるのか、という点を考慮する必要があります。しかし、少なくとも日本のほとんどの災害では、既存の空き家を活用することで十分に対応可能でした。

緊急対応と救貧政策が混在する現行の仮設住宅建設政策

――仮設住宅の建設・供給はあまり意味がないということですか。

誤解がないように強調したいのは、被災者の住宅の確保に対する支援が不要であるとか、役に立たないと言っているのではありません。議論のポイントは、災害救助法に基づくプレハブ建設が必要なのかという点です。

これは、住宅再建を緊急時の対応とみなすか、長期的な復興支援とみなすかの議論です。緊急性を重視すれば、現物でなければならず、できる限り被災者に一律の支援をする必要があります。一方で、長期の復興支援とみなせば、現金給付が被災者のニーズをより反映することができ効率的です。また、特に大きな打撃を受ける貧困層をより重視するということも可能になります。

――応急仮設住宅と災害救助法の関係をもっと議論しようということですね。

応急仮設住宅は災害救助法が想定する緊急対応という枠組のなかにすっぽり包まれているわけではなく、むしろ境界上に位置するような曖昧なところがあります。というのも、災害救助法は緊急対応が基本ですから、迅速性を重視して、被災者の所得や保有資産の有無などを区別せずに無差別に支援するはずです。しかし、実際には貧困被災者の対策としての側面もあります。

実際、阪神・淡路大震災では、仮設住宅への入居者のうち、世帯主が65歳以上の高齢者世帯は約4割を占め、年収200万円未満の世帯が半数以上を占めました。

図表2:応急仮設住宅入居者調査と全国消費実態調査による世帯収入
図表2:応急仮設住宅入居者調査と全国消費実態調査による世帯収入

応急仮設住宅の目的を、文字通りの応急措置とすべきか、貧困被災者対策とすべきかが明白ではなく、両者が渾然一体となっているようです。その混乱が実際の運用でも被災者の不満や非効率性につながっているようです。

緊急対策の枠組みから仮設住宅を独立させるべき

――これまでの議論をまとめますと、応急仮設住宅はどのような方向を目指すべきでしょうか。

災害救助法に基づいた緊急支援のパッケージについて、改めて考えなおす必要があると思います。具体的には、応急仮設住宅の建設は災害救助法から独立させるように災害救助法を改正すべきです。災害救助法は緊急性の求められる対策に集中して、応急仮設住宅の建設は長期的な住宅再建の一部として位置づけ、別の枠組みで考えるべきです。

また、応急仮設住宅は貧困被災者対策としての側面を明確にしつつ、現金給付に切り替えるべきです。その上で、他の住宅政策との連携を強めれば住宅政策としても貧困被災者対策としても効率的になります。具体的には、公営住宅法に基づく復興公営住宅の建設や、被災者生活再建支援法に基づく支援金、生活保護等の他の低所得者支援策との整合性を確保しながら、より迅速に被災者を恒久住宅に収容することを目指すべきだと思います。

――東日本大震災で認められたみなし仮設住宅のように弾力的な運用でも対応可能ではないでしょうか。

弾力運用はあくまで現在の法的な枠組みを維持したままでやっていくことになるので、根本的な解決にはつながりません。災害救助法の枠組みの中に応急仮設住宅が位置づけられたまま現金給付に切り替えれば、緊急時の対応と貧困被災者対策が渾然一体となっているという歪みがさらに拡大する恐れがあります。

具体的には、これまでプレハブの仮設住宅であれば入居しなかったような相対的に所得の高い被災者も、現金給付であれば受給を希望する可能性があります。緊急対応のままでは、そうした被災者を排除することは困難です。そうなれば、予算には限りがありますので、結果的により貧しい被災者への支援が減ることになります。応急仮設住宅の供与を、貧困被災者の支援であることを明確にしていれば、現金給付で効率性を確保しながら、より適切な支援が可能になると期待できます。

――現金給付には問題はないのでしょうか。

最大の問題は不正受給が生じる可能性です。現物支給であれば、不正をしてまでプレハブに入居するケースは少ないかもしれませんが、現金の支給となると不正受給が起きる可能性は高まります。これは、現在実施されている弾力運用でも避けられないはずですので、今回の経験をしっかりと検証して、今後の制度設計に活かしてもらいたいと思います。

また、災害救助法の「被災者は無差別に支援する」という枠組みから貧困被災者対策への移行をするなら、受給者の資格を審査する必要がでてきます。実際の災害発生時に誰が「貧困」であるかを審査するのは時間的に難しい課題でしょう。たとえば、対象となる住民の登録をするなど、平時に備えておく必要はあるでしょう。

被災地域の復興の観点からは現金給付は不利となる恐れも

――もうひとつの原則として、現在地義がありますが、これは問題ないのでしょうか。

あまり注目されませんが、こちらも問題があると考えています。現地主義の原則が、災害後の人の移動を阻害している可能性があるからです。本研究の中で、国勢調査を使ってそのインパクトを推定してみました。それによれば阪神・淡路大震災の際に、震災がなければ県外に転居しただろうと考えられる人数よりも、実際の県外転居は約1万9000人も少なかったと推定されます。

図表3:被災地・被災地隣接地域の空き家の状況
図表3:被災地・被災地隣接地域の空き家の状況

これは、被災者の支援が都道府県単位で実施されるため、県外に転居することで支援を受けられなくなることを避けるために転居を断念したのだと考えられます。県外に親戚がいるなど、被災者が県外転居を希望する可能性は十分にあるのですが、現行制度ではその対応ができないのです。現金給付に切り替え、国が支給することにすれば、現地主義に拘る必要はなくなるでしょう。

――現地主義の原則で縛られないとなった場合、デメリットはありますか。

被災者にとっては自由に住む場所を選ぶことが望ましいですが、被災地にとっては現住所を離れる人が増えれば増えるほど、地域の復興が遅れる可能性が大きくなるという問題点があります。その意味で、被災者と被災地のどちらを重視するのかということが問われています。

ただ、ここで考えなくてはならないのは、その地域が震災後も、政策的に人口規模を維持することは可能かということです。今回の東日本大震災のように、既に人口が減っているような地域で震災が起きた場合、現地主義を維持したとしても、被災地の人口が回復することを期待するのは容易ではないでしょう。

――今後の研究課題をお聞かせ下さい。

応急仮設住宅の建設を災害救助法から独立させた場合、政策として最も近い政策は公営住宅の活用です。避難所から仮設住宅へ、そして県営や市営の住宅に移ると流れは、阪神・淡路大震災でも見受けられました。阪神・淡路大震災において、公営住宅がどのような役割を果たしたのか、そして応急仮設住宅の建設とセットしてどのような対策とすることができるのかについて、議論してみたいと思います。

解説者紹介

2002年4月慶応大学総合政策学部講師、2003年4月京都大学経済研究所講師、2004年東京大学大学院経済学研究科博士課程修了。2006年10月神戸大学大学院経済学研究科助教授、2007年4月神戸大学大学院経済学研究科准教授(名称変更)、2012年10月より一橋大学経済研究所附属社会科学統計情報研究センター准教授。主な著書に「顕示選好理論による真の物価指数の計測:ミクロデータの活用」美添泰人・大瀧雅之編『家計のミクロ統計分析』((財)統計情報研究開発センター刊・2002年)、「日米の輸出入統計と品質調整」松本和幸編『国際収支と経済成長』(日本評論社・2003年)、「プロダクト・イノベーションと経済成長:日本の経験」吉川洋・藤田昌久編『少子高齢化の下での経済活力』(日本評論社・2011年)