Research Digest (DPワンポイント解説)

現代・起亜自動車の合併に関する定量的評価

解説者 大橋 弘 (東京大学大学院 経済学研究科教授)
発行日/NO. Research Digest No.0076
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なぜ、日本企業の利益率は、海外企業と比べて大変低くなっているのだろうか。その要因の1つとして、経済産業省の産業構造ビジョン2010では、製造業を中心に同一業種内で競合する企業の数が非常に多いことが挙げられている。一方、国内の競合企業数の点で日本と対照的なのは、韓国企業だ。韓国では、グローバル市場への展開を念頭に置く企業が多いことに加え、97年のアジア通貨危機を契機に、産業の大集約化(「ビッグディール」)が政府の関与の下で実施され、1社当たりの国内市場規模拡大が図られている。

それでは、こうした産業内での企業の集約化は、企業の効率性と国内の消費者にどのような影響を及ぼすのだろうか。RIETIの「新しい産業政策プログラム」のプログラムディレクターである大橋PD/FFらは、現代自動車という韓国を代表する輸出企業の合併事例について分析を行い、国内市場と海外(輸出)市場の双方に影響を及ぼすメカニズムを定量的に明らかにした。

――どのような問題意識からこの論文を執筆されたのでしょうか。

企業が合併や統合する場合、一般的に2つの相反する効果が生ずると考えられています。1つは、企業が合併することによって企業数が減るために市場競争が弱まり、そのために価格が上がったり品質が下がったりという形で、消費者が不利益を被る「競争制限効果」というマイナス面です。これが、日本も含めた多くの国で、企業の合併に何らかの規制がかけられている理由です。もう1つは、企業結合により企業の生産性が向上するというプラス面の「効率性向上効果」です。企業合併によって生産性が向上することが価格の低下という形で反映され、企業のみならず消費者側にもメリットが生まれると考えられます。

合併が社会や国民経済全体に及ぼす効果・影響を把握するためには、この2つの効果のトレードオフを考える必要があります。さらに、昨今のようにグローバル化が急速に進んでいることを踏まえれば、国内での企業結合が、企業の輸出などグローバルな活動に関してどのような効果を及ぼすのかという点についても考察が必要になります。しかしながら、合併の効果について「国際競争力」の視点から分析しているものは先行研究にもほとんど見当らないこともあり、本研究はアカデミックな観点からも興味深い研究といえるのではないかと思います。

産業集約・再編を通じて輸出拡大を図る韓国企業

――なぜ、研究対象に韓国の企業を選んだのでしょうか。

グローバル化が進む中、「国際競争力」の観点から企業合併に注目が集まっています。たとえば経済産業省の産業構造ビジョン2010では、日本の産業構造の行き詰まりの一因として同一産業内の企業数の多さが指摘されていますが、他方で韓国では主要産業での1社当たりの国内市場規模は日本企業よりも軒並み大きい点が挙げられています。中でも政府主導で産業集約を行った成功事例の1つとして1998年に韓国の現代自動車による起亜自動車の買収がよく知られています。現代・起亜の2社は合併当時の国内業界第1、2位を争う自動車会社で、2社合わせると韓国乗用車市場の60%以上のシェアになります。最近、韓国企業のグローバル展開がわが国でもマスコミなどで取り上げられることが多いですが、こうした韓国企業の成功の背景にあるメカニズムを、現代・起亜自動車の合併事例を分析することを通じて少しでも明らかにできればという思いがありました。

――合併前後の韓国の自動車産業の状況を簡単にご説明ください。

韓国の自動車産業は1990年代後半以降、アジア通貨危機の影響を受けて、各社財務状況が悪化していました。特に起亜自動車は1997年に不渡りを出したことで政府などの管理下に入り、翌1998年に現代自動車に買収されました。合併前の韓国の主要な乗用車市場は現代、起亜、大宇、サンヨン、サムスンの5社でしたが、現代・起亜の合併後も合従連衡が相次ぎ、現代・起亜、GM大宇、サンヨン、ルノー・サムスンの4社体制となりました。

――合併により価格などに変化はあったのでしょうか。

先ほど述べたように、現代と起亜の2社を合わせると、韓国乗用車市場におけるシェアは60%を超えます。そのため、高い市場シェアによって企業間の競争が制限されてしまい価格が上昇するのではないか、という懸念が韓国国内にありました。

実際にデータを観察すると現代・起亜の合併以降、同社車種の販売価格が上昇していることが見て取れます。この点をさらに分析するためにDID(Difference-in Differences)分析を行いました。合併当時会社の車種(treatment group(実験群))とそれ以外の企業の車種(control group(対照群))との間での価格の違いを企業結合時点の前後で比較をすることによって、企業結合が事後的にもたらした効果を評価する手法です。

分析した結果、合併は現代・起亜車種の価格に対してほぼ影響を与えていない、ないし負の影響を与えたという結果が得られています。また、確かに車種価格は合併以前と比較すると上昇しているものの、その変化は主に車種性能の向上に起因することも確かめられました。97、98年のアジア通貨危機以降、韓国家計の所得向上に伴って販売車種も高級化・大型化が進み、それを受けて価格が上昇しているという解釈になります。

図表1:合併前後における価格変化の要因分解
図表1:合併前後における価格変化の要因分解

もう1つ指摘される点として、現代・起亜の輸出の変化です。国内販売は1998年のアジア通貨危機による一時的なショックを除いてほぼ一定規模で推移しているのに対し、輸出については2000年以降現代・起亜は大きく拡大しています。ウォン安という韓国の輸出に有利な為替レートであったという可能性も示唆されますが、現代・起亜の拡大はその他国内企業(大宇など)と比較しても著しく、合併が輸出拡大に何らかの役割を果たした可能性が示唆されます。

合併インパクトの精査にシミュレーション手法が有用

――なぜシミュレーションを用いて分析したのでしょうか。

合併の効果を検証する上で先ほどの手法は非常に有用性が高いものです。しかしながら、合併インパクトの精査に当たっては、以下の2点が指摘されます。1点目として、先ほどの分析は「合併しなかった場合の現代・起亜車種」という比較対象として他の国内企業の車種を用いた上で、合併前後の価格の変化を比較しています。車種のサイズや馬力などの性能の条件は調整していますが、データ上観察されないブランドイメージなどを考えると適切な比較対象であるかは考慮の余地があります。もちろん、合併した場合としなかった場合の双方のケースについて、現実のデータを得ることは不可能です。しかし、経済学の理論を使えば、シミュレーションにより実際には無いはずのデータを実験的に出すことができるのです。これは、2010年にRIETIで発表した「八幡・富士製鐵の合併(1970)に対する定量的評価」(DP:10-J-021 / RIETI Highlight30号にResearch Digestを掲載)で用いたものと同じ手法です。今回の研究でも、企業の国内競争、輸出行動に関する構造モデルを構築し、企業の行動を定式化することで、現実には存在しない「合併しなかった現代自動車」と比べるというシミュレーション分析を行いました。

図表2:国内販売・海外輸出の推移
図表2:国内販売・海外輸出の推移

また2点目として、上述のDID手法は企業結合の背景にある経済学的なメカニズムを捨象しているという点が指摘できます。合併が価格に与えた影響が競争制限効果、効率性向上効果いずれから生じているものかを知るためには、韓国自動車市場の需要・供給構造を考慮して分析を行う必要があります。特に、現代・起亜合併では輸出市場も論点となっています。輸出行動もモデルに取り込んだ上でシミュレーションを行うことで、どのようなメカニズムを通じて合併が価格や輸出に影響を与えたかについて、論理的に議論ができるようになります。

――合併審査の観点からシミュレーション分析にはどのような利点がありますか。

どこの国においても、合併に規制をするかどうかの審査は事前に行われます。つまり、規制を担当する官庁は、合併が起きる前に、合併後の影響について考えなければなりません。過去のケースに関する事後的な検証と異なり、合併規制において審査時点では、当該の合併事案について、合併しなかった場合の仮想データはもとより、合併後の企業行動に関する直接的なデータすら存在しません。そのような制約を抱えながら、規制担当官庁は合併審査に当たらなければいけないのです。企業のグローバル展開が進み、どんどん複雑化・多様化している現代のビジネス環境において、事後的な検証法ではなく、事前検証の手法があれば有益なはずです。

この論文では、理論に基づいたシミュレーションで得られた仮想現実のデータを活用して、検証を行うという方法を採用しましたが、この手法は、合併前のデータのみを用いてシミュレーションに依拠しつつ将来の合併の効果を評価することが可能であるために、合併の事前審査のツールとしても利用価値が高いのではないかと思われます。

もちろん、シミュレーションが役に立つためには、依拠するモデルが現実をきちんと反映していることが前提です。その点を確認するために、実際のデータを経済モデルがシミュレーションを通じてきれいに再現できる点が確認されました。

合併による海外輸出の促進によって企業体質が強化

――現代と起亜の合併効果についてどのような評価ができるのでしょうか。

まず供給構造を推定した結果、合併によって現代・起亜車種の限界費用が8.4%低下したことが判明し、合併による効率性向上効果の存在が確認されました。事実、現代・起亜は合併後に両社間の生産プラットフォームの統合や自動車部品の共有化などの生産改善活動を積極的に進めており、このような動きが合併による効率性向上として現れたと考えられます。

シミュレーションに基づいた分析の結果をみると、現代・起亜の合併会社の価格は、合併後に1.0%の上昇となりました。ただ、合併の価格への影響を排気量別にみると、興味深いことに軽・小型の車種では3.0%上昇したのに対し、大型の車種は0.4%低下しました。

国内販売への影響は、平均して若干の価格上昇があったために、合併会社で2.3%のダウン、市場全体で見ると1.6%の減少となりました。

これに対し、輸出は大幅な増加となり、合併会社で326%も増加しました。市場全体で見ても、133%増と大幅に伸びました。輸出の変化に比べて国内変化の割合が非常に小さいことから、国内価格の上昇で国内販売が低下した分を輸出で埋め合わせるというよりは、合併に伴う効率性の向上効果によって、輸出が拡大したと考えられます。

以上の点を、利潤という側面から見てみると、消費者の便益(経済学では消費者余剰と呼びます)は1.0%減でしたが、生産者の国内利潤(生産者余剰[国内分])も3.6%増と小幅増にとどまりました。これに対し、生産者の輸出利益(生産者余剰[輸出分])は187%増と大幅な伸びとなりました。簡単にまとめると、国内では合併によって消費者にとっても生産者にとっても、利益面はそれほど大きく変わらなかったのですが、海外市場、つまり輸出ではかなり稼いだということになります。この点は、従来日本でいわれているような国内の超過利潤をダンピングの原資として輸出を拡大するような姿とは全く異なることが見て取れます。現代・起亜合併は、国全体の利潤(総余剰)では8.6%増となりました。

図表3:現代・起亜合併のインパクト
図表3:現代・起亜合併のインパクト

現代・起亜の合併は、(1)消費者を犠牲にした生産者の利潤拡大がない、(2)生産性の向上効果により国際競争力が向上し、輸出で大きな利益を得ている――ことから、社会的にも、国民経済全体から見ても成功した事例だということができます。

確かに、消費者の利益(消費者余剰)は若干のマイナスになっていますので、その点に注目して、合併のデメリットを論じることも可能でしょう。しかし、国全体のレベルで見ると利益は大きくプラスになっており、合併効果は海外展開の活性化に最も強く示されているのです。合併によって増加した利潤の8割以上が輸出活動から得られていることが推定の結果明らかになっており、生産者の国内利潤と消費者の利潤だけをとらえて比較しても、社会経済にさまざまな影響を与える合併という出来事の全体をとらえたことにはならないのです。

グローバル時代の合併を評価するには、効率性向上効果と国際競争力の視点が不可欠

――本論文の政策的な含意についてお聞かせください。

合併に対する規制は国ごとに異なります。仮に、現代・起亜と同様の合併案件が日本で起こり、公正取引委員会の事前審査にかかったとすると、合併が承認される可能性は小さいと見込まれます。

現代と起亜のケースでは、韓国政府は合併当時の韓国独占禁止法および施行令に「当該企業合併が産業の合理化もしくは国際市場における競争力の強化に資するのであれば、これらの効果が競争制限効果を上回る限りにおいて合併が認められる」とあったことにより合併を承認しました。この合併に対する韓国政府の事後評価がどうであったかはわかりませんが、今回の研究からは、合併による海外事業活動の活性化が、経済社会全体にとって与えるプラスの影響が見過ごせないものであることが明らかになりました。

日本の市場規模の拡大が見込めない中、世界のさまざまな市場で日本企業と競合している韓国企業の合併成功の事例は、今後の日本企業に対する規制体系のあり方を考える上で、価値のあるものだと思います。

――最後に今後の研究についてお聞かせください。

企業結合について、先に研究した製鉄会社の合併のケース(「八幡・富士製鐵の合併(1970)に対する定量的評価」(DP:10-J-021))も、短期的な観点からは消費者余剰を減らすという、消費者にデメリットが生じるものの、長期的な視点から見ればプラスの効果があるというものでした。合併の効率性向上効果は重要なテーマですので、今後も他の合併事例について、研究を重ねていきたいと思っています。

解説者紹介

ノースウェスタン大学経済学博士号取得。2000~03年ブリティッシュコロンビア大学経営学部助教授。2003年から東京大学大学院経済学研究科助教授、2012年4月より現職。主な著作は"Intra-plant Diffusion of New Technology: Role of Productivity in the Study of Steel Refining Furnaces," Research Policy(2012), "Did U.S. Safeguard Resuscitate Harley-Davidson in the 1980s?" Journal of International Economics(2009)、「八幡・富士製鐵の合併(1970)に対する定量的評価」経済学論集(2010)など。