Research Digest (DPワンポイント解説)

高生産性企業は新事業所を高生産性地域に立地するか?―日本の工業統計調査のパネルデータに基づく実証分析―

解説者 深尾 京司 (ファカルティフェロー)/権 赫旭 (ファカルティフェロー)
発行日/NO. Research Digest No.0072
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企業の立地と生産性の間には、どのような関係があるのだろうか?これまでの研究で、都市部や産業集積地の近郊に立地する事業所ほど生産性が高い傾向があることが知られている。しかし、立地場所に優位性があるために生産性が高くなるのか、それとも生産性の高い企業ほど優れた立地を選択しているのか、という因果関係については、ほとんど研究が行われていなかった。

こうした中、深尾FF、権FFらの研究グループは、工業統計表の個票データを使った分析で、工場ごとの生産性を、工場固有の属性(操業年数や規模)のほか、その工場がどの企業に属しているか(企業効果)と、どこに立地しているか(立地効果)に分解した。今回の研究結果からは、企業立地の政策に関する多くのインプリケーションが導き出される可能性がある。

「企業効果」と「立地効果」

――どのような問題意識から、この論文を執筆されたのでしょうか。

深尾:経済学の分野では、最近、日本を含めた色々な国で、企業レベルのデータを使って、産業や国・地域の特色を理解しようという研究がひろまってきています。そうした研究の結果わかってきたことは、経済学的に見て最も重要な全要素生産性(TFP)というパフォーマンス指標が、同じ地域、同じ産業であっても、企業ごとに少なからず違いがあることです。さらに、生産性が異なれば、輸出の有無や雇用の状況といった企業の行動も異なる、つまり企業の生産性と行動の間に関係があることも明らかになりました。このように、生産性の高低が雇用の創出などの企業行動に影響を及ぼすとすると、企業間、また同じ企業であっても工場(事業所)間で生産性の違いがなぜ生じるのかという点に興味が湧いてきます。

では、一体なぜ、工場間で生産性が異なるのでしょうか。考え方としては次の2つがあります。1つは、こうした生産性の差は、企業ごとに効率性や知識などが異なることが背景にある、というものです。企業の国籍や事業内容・人員規模、蓄積されたさまざまな技術知識など、企業ごとの属性が各工場の生産性に影響を及ぼすのではないか、という議論です。これを私たちは「企業効果」と呼んでいます。もう1つの考え方は、工場間で生産性が異なる要因を立地による差に求めるものです。たとえば、大企業やサプライヤー、潤沢な天然資源の近くに立地すると生産性が高いとする研究もあり、労働者の質も含めた立地場所による要因から違いがうまれるとする考えです。こちらは「立地効果」と呼びます。

生産性に関する研究は、これまで、こうした企業ごとの属性である「企業効果」を重視する見方と、立地の差である「立地効果」に立脚する見方の、それぞれの視点から研究が積み重ねられてきており、両方の見方を一緒に考慮して議論する形にはなっていませんでした。そこで、この2つの効果を峻別して分析し、ある工場の生産性のうち、どのぐらいが企業属性による効果で、どのぐらいが立地分の寄与によるものなのかがわかるようにしたいと考えました。

――先行研究はあまりなかったわけですね。

深尾:今回のように、企業の属性と立地の属性を同時にとらえた実証研究は、国内のみならず海外でもほとんど見当たりませんでした。

権:ディスカッション・ペーパーの本文でも触れているように、理論モデルについては先行研究があります。Baldwin and Okubo(2006)などはその代表例です。このほか、海外直接投資の分野では、米国への投資に関して、本社所在地と投資受入国の立地条件について研究が行われています。

企業生産性を測定・比較する研究には関連データの積み重ねが不可欠

――先行研究が少なかったのは、データの制約などがあったのでしょうか。

深尾:私たちの研究では工業統計表の個票データを、政府統計ミクロデータの2次利用の許可を得て利用しています。このデータ利用自体は初めてというわけではなく、これまでにも他の研究に利用されていますが、今回のような切り口で行った研究はこれまでにほとんど例がないのです。

権:データとして重要なのは、工業統計表だけではありませんので、その意味ではデータの制約があるといえます。具体的には、企業の属性と地域の属性という2種類のデータをそろえて分析するというのは、一口で言うのは簡単ですが、実際にはかなり大変です。

さらに、企業の生産性を測るためには、産業別のデフレーターや、資本ストックの推計などをする必要がありますので、そうしたデータがすべてそろってないと、企業や事業所レベルの生産性を分析する作業はできません。幸い、私たちは細かい産業レベルのデータベースを活用できたのでこの問題をクリアーすることができました。このデータベースはJIPデータベース(日本産業生産性データベース、Japan Industrial Productivity Database)と呼ばれるもので、RIETIの東アジア産業生産性プロジェクトで一橋大学のグローバルCOEプログラムと協力して開発したものです。

深尾:データをパネル化するのは大変ですが、RIETIや慶応義塾大学などにおける蓄積を生かすことができました。こうした積み重ねによって、地域レベルで個々の工場の生産性を測るという作業が可能になったといえます。

生産性を各工場に固有の属性や企業効果/立地効果などに分解

――企業の生産性を推計する方法について簡単にご説明ください。

深尾:個別企業の生産性、つまり全要素生産性(TFP)の測定は次のように行います。まず、製造業を52の産業分類に分け、産業ごとに、ある企業の総生産が同一産業の他の企業に較べて多いのか少ないのか、生産のために投入される労働と資本と中間財が他社に較べて相対的に多いのか少ないのかを比べます。成長会計のアプローチを使い、比較的小さな投入で、アウトプットが大きい企業は生産性が高いというように計算することで、各工場の生産性が測定できるわけです。

次に、そうして得た各工場のTFPの推計値を、各要素に分解します。具体的には、①工場固有の属性(操業年数や規模)、②観測年、③企業効果(どの企業に属しているか)、立地効果(どこに立地しているか)、です。私たちにとって関心があるのは、③の企業効果と立地効果です。

使用したデータは工業統計表の1997年から2007年までの11年間にわたるパネルデータで、地域の単位は市町村です。推計に使われたデータ数は合計で18万9270にのぼります。

今回の研究に限ったことではないのですが、私たちは工業統計表という国土全体をカバーするデータを使っているからには、日本全体の動きを念頭に置いて分析を行いたいという問題意識を持っています。そうしたことから、今回の研究でも念のために11年間にわたって推計結果の産業別の平均値をグラフにしたところ、電気機械製造業のTFP上昇が他の産業よりも高いという結果になりましたが、予想通り、日本全国の製造業と同じ動きをしていることが確認されました。

生産性が高い企業の工場は生産性の低い地域に立地する

――企業効果と立地効果の視点からの解析結果はどうなったのでしょうか。

深尾:分析の結果、工場レベルの生産性のばらつきの大きな部分が企業効果(どの企業に属しているか)、立地効果(どこに立地しているか)の2つの要因で説明できることがわかりました。そして、相対的にみると、企業効果の方が立地効果よりも若干大きいという結果が出ました。しかし、今回の研究メンバーの1人が、このことを企業の生産性の専門家が集まる研究会で発表したところ、参加者は「立地効果は、そんなに大きいのか」と一様に驚いていたそうです。おそらく、地域の生産性を研究している方々にこの結果を見せたならば、「企業効果の方がそんなに大きいのか」と驚かれるのではないかと思います。そうした意味では、この2つの効果の双方が大きく、共に無視できないというのが最初の発見です。

次に、相関関係を見てみると、驚いたことに工場の生産性の水準に対する企業効果と立地効果の間には負の相関があることが明らかになりました。つまり、生産性の高い企業は生産性が低い地域に工場を設け、逆に生産性の低い企業は生産性が高い地域に工場を設けているのです。この結果は、生産性の高い企業は生産性の高い地域に工場を設けるというBaldwin and Okubo(2006)の理論の推測とは逆になります。彼らの論文は、1企業が単独の事業所をもつようなモデルで考えられていて、消費者に近い場所が生産性が高く、生産性の高い企業はそうした生産性が高い場所に近い都市に立地します。しかし、都市部は生産コストも高くなるため、生産性の高い企業しか生産性の高い地域には入っていけないという議論です。

図表1:各産業の生産性に対する企業固有の効果(横軸)と立地固有の効果(縦軸)
図表1:各産業の生産性に対する企業固有の効果(横軸)と立地固有の効果(縦軸)

私たちの発見はこれとは逆で、生産性の高い企業は、生産性の低い場所に立地するというものです。その理由としては、生産性が高い企業は、物流などのロジスティックスの面で優位性があるので、都市部からの距離があるなど、多少不便で生産性が低い地域であっても高いコストをかけることなく創業することが可能なのではないかという仮説を立てています。そうした生産性が低くて不便な地域は、生産に関わる要素価格が安いので、そのメリットを享受できるということになります。一方で生産性が低い中小企業や創業から間もない若い企業は、ロジスティックス関連をこなす余力が小さいので、事業コストが高い都市に進出する道を選ぶということになるのではないかと考えられます。

――立地効果についてもう少しご説明ください。

深尾:立地効果というのは新しい指標です。分析では立地効果と名づけていますが、その内容はまだ完全にはつかみ切れていませんので、今回の研究で色々と調べてみました。結果として、賃金や土地のコストと正の相関を持つことがわかりましたし、産業が集積している地域ほど、立地効果が高くなることも判明しました。

権:先ほどお話した企業効果と立地効果の負の相関について、ダイナミックなテストを実施してみました。操業年数が長い工場の場合、立地を決めた当時とは立地条件が変わっている場合もありますので、この点を考慮に入れて、新規企業を対象に立地効果について分析をしてみました。その結果、やはり企業効果の高い企業は立地効果の低い(要素価格の低い)地域を選んで立地することがわかりました。

図表2:産業別の立地効果の上位10市町村
図表2:産業別の立地効果の上位10市町村

低生産性地域は低い要素価格を武器に生産性の高い企業を誘致すべき

――本論文の政策的な含意について、お聞かせください。

深尾:まず、生産性の低い地域が企業誘致を考える場合は、生産性の高い企業を誘致する方が手っ取り早いということになります。高い生産性を持つ企業にとっては、生産性の低い地域への進出は、低い生産要素コストを享受できるからです。

権:ですから、地方に工業団地をつくる際に「大企業は来ないだろう」と小規模なものにしてしまって、生産性の高い大企業が進出したくてもできないといった事態は避けるべきでしょう。

深尾:次に、生産性の低い中小企業を誘致するのであれば、立地の利便性を確保することが重要になります。中小企業にとっては、生産要素のコストが低くても、それを享受するための活動を色々しようとしても、物流などのロジスティクス面の余力がないので、利便性の提供が大事になります。

第3に、海外直接投資(FDI)を考えれば、大企業は海外に行きやすいということが示唆されます。つまり、多少、物流面や利便性で難があってもそれを乗り越えていくことができるので、大企業は生産要素価格が低い海外にメリットを見出します。逃げ足が速い大企業と、そうした余力の少ない中小企業などでは、円高などの経営環境の変化に対する行動は異なるのです。日本経済の空洞化現象というように、ひとまとめにして分析するのではなく、企業によって経営環境の変化に対する対応の仕方が異なることを理解すべきです。

――最後に、今後の研究について聞かせてください。

深尾:都市部でない地域で、かつ、産業集積があるという点で興味があるのは産地です。日本にはさまざまな地域、あるいは業種で産地が存在しますが、産地に関する分析は出来ていません。この点にもっと踏み込んでみたいと思います。

権:立地の効果が何で起きているのか、今回の研究で産業集積と正の相関があることはわかりましたが、より詳細に調べてみたいと思っています。今、RIETIと科学技術政策研究所(NISTEP)と共同で、スピルオーバーなど立地効果にどのような要因が影響を与えているのかを調べているところです。

それから、企業データについても、もっと詳細な項目に踏み込んで分析したいと思います。たとえば、研究開発との関連とか、どのような取引先を持っているのか、さらには、どのようにサプライチェーンとつながっているのか、などに関心があります。この論文では、企業自身のデータを使って分析していますが、サプライチェーンのような企業外のデータも使って、どのような経路で生産性の格差が起きているのか、をより詳細に分析できないかと考えています。

深尾:最後に今回の論文の問題点についても触れておきたいと思います。1つは、推計上の制約のために、複数の工場がある企業のみを対象にして、工場が1つしかない企業は除外している点です。こうした複数の工場を持つ企業は、都市部に本社機能や研究開発、地方では単純な生産基地というように社内分業の体制をとっているのであれば、工場立地という視点からの分析では不十分で、企業内の分業に関する分析がもっと必要であるという指摘があり得ます。また、論文の限界として、企業が立地していないところはデータが無いので分析できません。これは仕方のない事ですが。

解説者紹介

1984年東京大学大学院経済学研究科博士課程修了、1989年一橋大学経済研究所助教授、1999年から一橋大学経済研究所教授。1987-89年にイェール大学経済学部に客員研究員として滞在、1992-94年に日本銀行金融研究所客員研究員。主な著作は、『対日直接投資と日本経済』(日本経済新聞社・天野倫文氏との共著)、『生産性と日本の経済成長:JIPデータベースによる産業・企業レベルの実証分析』(東京大学出版会・宮川努氏との共編著)など。


ソウル大学国際経済研究科修了。一橋大学経済研究科修士課程、博士課程修了。2003年一橋大学経済研究科助手。2004年一橋大学経済研究所COE非常勤研究員。2004年経済学博士取得。2005年一橋大学経済研究所専任講師。2006年より現職。