Research Digest (DPワンポイント解説)

自然災害・人的災害の経済的影響と共助メカニズムの有効性

解説者 澤田 康幸 (東京大学大学院 経済学研究科 准教授)
発行日/NO. Research Digest No.0068
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地震や津波、台風・洪水などの自然災害や、戦争・経済危機などの人的災害は、いずれも個々人の生活や社会全体に大きな影響を与える。しかし、そうした災害の対処に充てられる資源が有限である以上、その配分はエビデンス(科学的証拠)に基づいて適切に行われる必要がある。こうした要請に応えるべく、澤田康幸FFは、世界の国々に関する1960年以降の長期間にわたって比較可能なデータを用いて、多様な災害の種別に経済的影響の比較研究を行った。また、自然災害の影響がより深刻である途上国における災害時の共助メカニズムの有効性について、ベトナムのデータを用いて検証している。

今回の研究から、短期的にはすべての災害が経済にマイナスの影響をもたらし、特に自然災害と戦争の悪影響が大きいが、長期的には自然災害と戦争は逆に経済に対してプラスの影響をもたらす一方、経済危機は長期にわたってマイナスの影響を残すことが明らかになった。澤田FFは、自然災害に対しては短期的に徹底した政策的対処が必要で、経済危機に対しては長期にわたる対策が不可欠であり、そうした考え方から限られた資源を有効に配分する政策が必要であると主張する。

近年、急増する?災害

――災害に関する論文を2本続けて発表されていますが、まず「自然災害と人的災害が生み出す経済厚生インパクトの比較分析」について、研究された動機を教えてください。

この研究は2年ほど前に始めたものですが、当時、自然災害が増加のトレンドにあるのではないかと考えたことが出発点です。中国・四川省の大地震(2008年)、またインド洋の大津波(2004年)やハリケーン・カトリーナ(2005年)、阪神・淡路大震災(1995年)も記憶に残っていますし、最近でも東日本大震災、ハイチ地震、アイスランドの火山噴火が起きています。このように人々の生活に大きな悪影響を与える自然災害の発生が、全体としてここ20年ぐらいで急激に増えていて、データを見てみますと特に洪水や台風・ハリケーンなどの水文・気象に関連した災害の増え方が目立ちます。

災害にはこうした自然災害のほかに、リーマン・ショックやアジア通貨危機、メキシコ、アルゼンチンの経済危機や、戦争、内戦、テロ事件のような暴力的災害、そして、今回の東日本大震災で起きた原発事故やJR宝塚線の脱線事故、飛行機の墜落事故のような「技術的災害」もあります。また、経済危機・暴力的災害・技術的災害をまとめて「人的災害」と呼ぶこともできます。

災害は、個々人の生活や社会全体に大きな影響を与えますので、大災害が1つ起きると人々の意識はその特定の災害に強く引き付けられますが、他方、ある時期を過ぎるとその災害への関心が急速に薄れ、メディアの扱いも小さくなり、義援金の額も減少するという傾向もあります。災害への政策的な対処では、こうしたいわば「意識のぶれ」が生み出すバイアスを是正し、短期・中長期の時間軸を区別しながら、限られた資源をいかに適切に配分してゆくかが問題になります。そこで、対策を講じる際の前提として、さまざまな種類の災害がもたらす影響を実証的な見地から厳密に比較分析しようと考えました。

――分析にはどのようなデータを使用しましたか。

100カ国以上の国別のマクロデータを元にして、1960年以降の長期間にわたって比較できるように選びました。どの災害が国内総生産(GDP)や消費水準で測られる人々の生活に深刻な影響を与えるか、はっきりしたエビデンス(科学的証拠)を示すことができるように配慮しました。

自然災害や戦争は長期的にはプラスの影響

――分析の結果、分かったことはどういうことでしょうか。

災害が起きてからの期間と、災害のタイプ、また、国のGDPの規模などによって、災害がその国の経済に与える影響が異なることが分かりました。

まず期間の違いについてですが、発生から1~3年の短期間で見ると、世界全体の平均で見て、1人当たりGDPを引き下げる効果が一番大きいのは技術的災害を含む自然災害で、1つの自然災害が発生すると1人当たりGDPが年率で1%程度引き下げられます。

次に影響が大きいのは紛争や戦争で、共に0.4~0.5%程度引き下げます。経済危機がそれに続きますが、引き下げ率は0.2%にとどまる可能性があります。

表. 災害の1人当りGDP(年率)への影響
表. 災害の1人当りGDP(年率)への影響

それに対して20年間の長期的な影響を調べた結果、自然災害と紛争や戦争は、短期間の場合と逆に1人当たりGDPを押し上げることが分かりました。自然災害は年率0.6~1.2%程度、紛争や戦争は0.4%~0.9%のプラスの影響をもたらします。一方、経済危機の場合は長期間で見ても影響はマイナスで、その規模はマイナス0.5%~0%程度でした(表)。

次にGDPの規模による違いを見ると、短期間の影響について、小国の場合は自然災害が非常に大きく、大国の場合は戦争の影響が大きく、いずれもマイナスに作用することが分かりました。

災害のタイプ別で、自然災害や戦争の影響が長期間ではプラスに転ずる、というのは、既存の研究でも同様の結果になることが示されています。たとえば、日本は第2次世界大戦で国内の資本ストックに大きな打撃を受けましたが、そのマイナスの影響から驚くほど早く回復したことを示す研究論文があります。

災害が長期間でプラスの影響を生む原因としては、災害前の時点で生産性が低かった企業が災害の影響で撤退をせざるを得なくなる一方で、生産性が高かった企業は被災後も存続して伸びていくという、いわば、シュンペーターの言う「創造的破壊」が起きて、淘汰の動きが加速されることにより、経済活動が増幅されたものと既存研究では議論されています。ただし、災害による「創造的破壊」という表現は予期せず被災し、大きな物的・人的損害を被った企業・世帯の立場からすると適切な言葉ではないかもしれません。

一方、経済危機が長期間で見てもマイナスの影響を残すことについては、次のようなことが考えられます。自然災害は目に見える物理的なダメージがあり、そこからの復旧や復興のプロセスも目に見えるものとなります。このため、復旧や復興についての政策的合意がまとまりやすいと考えられます。これに対して、経済危機は目に見えないので、それに対する意思決定に時間がかかってしまうことや、有効な処方箋が必ずしも明らかでないという可能性が指摘できます。

経済規模での影響の違いについては、一般に自然災害は地理的に限定されたものであるため、大国の場合はその国の経済全体に占める影響が限られているのに対し、小国の場合は自然災害のインパクトが大きくなる傾向があると考えられます。

経済危機に対しては長期的な関与が必要

――どのような政策含意が導かれますか。

自然災害では短期間でのマイナスの影響が非常に大きいため、災害直後から徹底した対策をとることが必要でしょう。他方で、経済危機の場合は長期間マイナスの影響が続くため、政府が短期のみならず長期にわたって根気強く関与していくことが必要になります。

――今後の研究課題は何でしょうか。

さまざまな大災害は、実際には複合して起こるものです。関東大震災の後に経済危機が起こりましたし、アフリカでは自然災害が経済危機をもたらし、それが紛争につながるといったことがありました。今回の東日本大震災に関しても、原発事故のように自然災害が技術的災害を生み出し、大惨事となってしまいました。このような、大災害が複合して発生するメカニズムについて、もう少し研究を深める必要があると思っています。

保険市場が未発達な途上国

――次に「自然災害に対する、自家消費と消費リスクシェアリングの役割」で、途上国における災害と経済の関係を研究された動機は何でしょうか。

途上国では、市場が未発達なので、主要産業である農作物の作柄が天候に左右されるという「天候リスク」、熱帯の地域では感染症などにかかりやすいといった「健康リスク」、また、多様な経済取引における契約を履行させる法的基盤が弱いことによる「契約のリスク」に対する有効な市場メカニズムが弱いなど、さまざまなリスクの問題が顕在化しています。

そうしたリスクの中で、とりわけ深刻なのが自然災害のリスクです。自然災害に関する国別のデータを見ると、自然災害が発生する確率は先進国と途上国で差はないのですが、途上国では災害に対する政府の政策や市場の機能が不十分であり、1つの災害が生み出す経済的・人的被害の程度が途上国ではより大きくなることが知られています。このような問題に迫るべく、ミクロレベル、すなわち人々や世帯の目線で途上国における災害と経済厚生との関係を研究しようと考えました。

――自給と消費のリスクシェアリングに焦点を当てられた理由は何でしょうか。

コミュニティの中で食糧のような生活必需品をお互いに融通しあう「消費のリスクシェアリング」、つまり村落内での助け合いが実際に行われているのかということに関しては、これまでに相当数の研究が行われ、多くの論文が経済学のトップジャーナルに掲載されています。しかし、こうした既存研究では、とりわけ途上国の農村地帯では重要である自家消費分を明示した分析を行っていません。自家消費は、発展途上国の農村地帯では、リスクに自己対処するための重要な要素であると思われるので、今回の研究で自家消費分を明示的に分析することが既存研究への重要な貢献になるものと考えました。また、自然災害に対するリスクシェアリングという分析も途上国を対象とした研究はほとんどありません。

ベトナムを選んだ理由としては、まず、自然災害の深刻な例である鳥インフルエンザの大流行によって甚大な被害が出たこと、そして、ベトナムは毎年のように洪水の被害を受けており、国連の防災プログラムを実施している国連国際防災戦略(UNISDR)が、ベトナムを自然災害のリスク分類5段階でリスクが高い方から2番目のLevel 4に入れているように、ベトナムの自然災害のリスクが総じて非常に高いことが挙げられます。

――分析に使用されたデータの特徴を教えてください。

データの選択にあたっては、ベトナム家計の代表性があるデータが必要であると考えました。そこで、ベトナムの国家統計局(GSO)が、全国調査として2006年に実施したVietnamHousehold Living Standard Survey(VHLSS)2006という多目的の世帯調査データを拡張することを目指しました。今回の研究では、このVHLSS2006調査対象の中から代表性のある4地域の全対象世帯、計約2000世帯を選び、特に我々の研究目的に沿った項目について2008年初頭に再調査を実施し、VHLSSのデータとマッチさせてパネルデータを構築しました。対象とした4地域は自然災害のうち、鳥インフルエンザと洪水の被害がともに深刻な地域を1つ、どちらか一方が深刻な地域をそれぞれ1つずつ、そして両方の被害が軽微な地域の合計4地域を選びました。これらの地域は、農村が多いことから、消費に占める自家消費の割合は平均して4割となっています。また、VHLSSのパネルデータと我々のデータでは自家消費と消費支出を区別しています。こうしたことにより、2006年から2007年にかけて災害の影響が消費、所得の変化にどう出ているかが把握できる世帯パネルデータを作成することができました。

追加調査の質問項目の作成に当たっては、行動経済学においてしばしば議論されるように、「人々は自然災害が起きる前には、災害が自分にはふりかからないだろうと考える」というような見方も把握できるよう、鳥インフルエンザや洪水の発生確率という人々のリスク認識度、仮想的な災害保険に対する購入・支払い意志額、さらにリスクに対する選好も分かるように工夫しました。

分け合いの機能、広域災害には機能せず

――分析の結果、分かったことは何でしょうか。

消費のリスクシェアリングは、対象地域である省全体という広い枠組みの中では、分け合いのためのリスクのプールが成り立つようなメカニズムはできていないことが分かりました。つまり、広域の災害に対しては、共助のメカニズムは成立しにくいということがいえるでしょう。しかし、より狭い地域、例えば村がいくつか集まったコミューンの単位について見てみると、そこでは分け合いのメカニズムがうまく機能しているようです。インドやパキスタンを対象にした既存の研究では、途上国では村の内部ですら分け合いのメカニズムが完全には機能していない、という結果が多いのですが、今回の研究では、特に自家消費の調整による自助的なリスク対処を考慮した場合は、そうした自助が補完する形で村内部での分け合いが機能している可能性があることを発見できました。そして、我々の研究では、既存研究の分析結果が、自家消費を明示しないことによる計量分析のバイアスによるものであることも示しています。

次に、分け合いのメカニズムの中身についてです。分け合いには、直接お金やコメなどの現物がやりとりされる場合と、ある人が働けない時に、他の人が農作業を代替するといった労働交換のように、さまざまな形態が考えられます。我々の分析では、ベトナムの場合は、お金の貸し借りを通じたリスク分散のメカニズムが特に重要であることが分かりました。

3つ目に、分け合いには「コミットメント」の問題があります。潜在的には、自分の状況が良好な時には、助け合いの仕組みから逸脱し、他の人を助けないというインセンティブがありますので、自発的な分け合いのメカニズムが機能しないという理論的な可能性があります。ところが、今回の研究では、ベトナムのコミューンにおいては、こうした仮説が支持されないということが分かりました。ベトナムのコミューンにおいては、人々の間に強い信頼関係が存在し、分け合いのメカニズムが機能する要因の1つになっていると考えられます。

――2つ目の研究結果からどのような政策インプリケーションが得られますか。

分け合いのメカニズムは、コミューンという村落レベルではうまく機能していますが、より広い単位では機能していないことが分かりました。これは考えてみれば当然なことで、より広域でのリスクシェアリングをきちんと機能させるためには、フォーマルな保険市場の取引を支援していくことが必要になるでしょう。

その方法の1つとして、農作物が不作の時に補償する、作物保険という仕組みがあります。しかし、不作であったことを認定するためのコストが高かったり、また不作ということにして保険金を受け取ろうとするという、モラルハザードの問題があるなど、被害査定が難しいため、発展途上国では被害認定による通常の作物保険がうまく機能していないことが知られています。これに対して、最近では、たとえば降雨量のように人間が操作できない指標を「インデックス」として、降雨があらかじめ決められた閾値を下回る場合に保険金が支払われるような仕組みの保険がデザインされています。このような「インデックス型保険」は世界銀行などの国際機関が世界中で多様な試験的事業を実施していますし、インドなどでは商業ベースの保険契約も行われています。こうした新しい考え方が今後は必要になっていくでしょう。自然災害による所得の変動は深刻な一方、特に鳥インフルエンザや洪水など広域に悪影響を与える大きなリスクに対して、人々がインフォーマルにリスクをプールし、分け合う仕組みを作ることは困難です。したがって、今後はこれら自然災害などに対応するインデックス保険なども設計していく必要があるでしょう。これについては、すでにさまざまな国際機関がグローバルな再保険会社などと連携しながら実験的試みを行っています。

――今後の研究課題は何でしょうか。

インデックス保険について、今後は損害保険会社と連携しながら保険契約の設計にも積極的にかかわるとともに、保険メカニズムの有効性についての厳密な実験や統計的検証も行っていきたいと考えています。

東日本大震災、長期の復旧・復興が必要に

――2つの研究結果を踏まえて、今回の東日本大震災の経済的影響および今後の復興に関する政策的インプリケーションとして、どのようなことがいえるでしょうか。

3点あると思います。まず1点目として、最初の研究では、自然災害の影響は短期的にはマイナスであるけれども長期的にはプラスという研究結果が得られました。しかし、より詳細な自然災害種別の結果を見てみると、地震や津波被害については、長期的に経済成長に貢献するという結果は得られていません。今回の東日本大震災でも、津波の被害によって町全体が壊滅するような事態が起こりました。このような物理的被害は長期間にわたって残るため、今回の大震災の悪影響は長い年月に及ぶものと思われます。したがって、復旧、復興に当たっては、短期の支援に加えてかなり長期にわたる忍耐強い取り組みも必要になると考えられます。

2点目として、色々な政策を実行するための限られた資金・資源の配分は冷静に行われる事が必要です。今回の災害のマイナスの影響は、最小限に留めなければなりませんが、災害の復興・復旧に当たって、政治的に光の当たる課題や、政策の実施がより容易である分野にのみ資源が配分されるというような「歪み」に対して常に留意すべきと思います。国全体としての限られた資源の「バランスのとれた配分」については、学術的な根拠に基づいた政策議論が必要で、そのためには基礎となるデータの収集が不可欠と考えます。さまざまな政治力学で議論が先走っていくことのないよう、研究は、政策を設計し・実行する際の「羅針盤」になるべきと思います。

3点目は、得られた知見を積極的に発信して国内外で共有し、国際的な公共財にしていくことが非常に重要です。今回の大震災の被害は甚大ですが、精神医学の言葉でいう「失見当」状態に多くの人が陥ると、冷静な判断が難しくなり、パニックが起きて社会が混乱します。今後、こうした事態に備えるためにも、またよりよい政策立案のためにも、質の高いエビデンスの蓄積とその共有が求められていると思います。

解説者紹介

澤田 康幸顔写真

澤田 康幸

1999年スタンフォード大学大学院 経済学部博士課程Ph.D. 取得。1999年-2003年東京大学大学院 総合文化研究科 国際社会科学専攻 助教授を経て、2002年4月より現職。主な論文は、"Did the Financial Crisis in Japan Affect Household Welfare Seriously?" Journal of Money, Credit, and Banking 43(2-3), 297-324, 2011(縄田和満・井伊雅子・Mark J. Lee 氏との共同論文); "How Do People Cope With Natural Disasters? Evidence from the Great Hanshin-Awaji (Kobe) Earthquake," Journal of Money, Credit, and Banking 40 (2-3), 463-488, 2008(清水谷諭氏との共同論文);澤田康幸(2010)「自然災害・人的災害と家計行動」池田新介・大垣昌夫・柴田章久・田渕隆俊・前多康男編・宮尾龍蔵編『現代経済学の潮流2010』東洋経済新報社