Research Digest (DPワンポイント解説)

ワーク・ライフ・バランス実現への課題

解説者 武石 恵美子 (法政大学キャリアデザイン学部 教授)
発行日/NO. Research Digest No.0067
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仕事と生活の調和を図るワーク・ライフ・バランス(WLB)の実現にあたっては、育児・介護休業などの制度導入の重要性が注目されがちで、ともすれば社員に対する福祉施策ととらえられ、経営への負担が懸念されがちである。足下の状況を見ると、震災の影響による経営環境や雇用情勢の悪化で、WLBに対する社会や経営層の関心が低下することも懸念される。しかし、長年WLB問題の研究を続けている武石教授は、REITI研究プロジェクトでの日本、イギリス、ドイツ、オランダ、スウェーデンの5カ国の働き方に関するアンケート・データに基づく研究結果を踏まえ、WLBの先進国である欧州諸国では、「国際的な競争を行うためには、企業内で多様性(=ダイバーシティ(Diversity))を活かすことが不可欠」との認識が浸透しつつあり、WLBは、多様な能力や価値観を持つ人材が能力発揮する条件整備という点で、経営戦略の一環と位置づけられていると指摘する。

企業が実施するWLB関連施策は、節電のための時短やフレックス勤務など通常とは異なる働き方への対応をスムーズにするなど、危機対応への効果が期待されることに加え、少子高齢化の進展により介護問題の当事者となる男性中堅職員への対応など、今後ますます重要性が高まっていく。

――どのような問題意識から、今回の研究に取り組まれたのでしょうか。

私自身、女性の労働問題を中心に研究してきましたが、日本の女性は、M字カーブが残っていたり育児中の就業率が低かったりと、他の先進国とは異なる就業パターンをとっていました。同じ正社員の中でも男女間格差がかなりあったところに1990年代後半になると非正規労働が急増し、非正規労働者の増え方は女性の方が大きいため、男女の格差の固定化につながりました。こうした男女間、就業形態による分断の深刻化は、女性のキャリアに大きな影響を与えたのです。

もちろん、男女雇用機会均等法や育児・介護休業法などの法律は整備されてきましたが、こうした制度は男性の働き方をモデルにして、「働く女性」をそこに近づけていくというのが基本的な発想でした。しかし、元々日本の男性の働き方が世界の中でも特殊なのですから、そのスタイルを育児や家事労働の大半を担っている女性にも踏襲させようとする政策は、うまくいきません。

こうした中で、やはり男性の働き方の課題というものを、明確に社会に提起していく必要があると考えました。米国などで注目されるようになったWLB社会の実現は、働き方を変えるキーワードになるのではないかと思い、90年代後半から男性を含めた働き方の問題を研究テーマにしてきました。

バランス ≠ 同じ重さ

――WLBの目指すものは何なのでしょうか。

ワーク・ライフ・バランス(WLB)というと、「バランス」という言葉に引っ張られ、天秤のように仕事と生活の両方が同じ重さでなければならないと考えられがちです。でも、バランス状態というのは、人によってさまざまですし、同じ人でも時期によって変化していきます。仕事と生活が常に同じ比重で釣り合っているのではなくて、仕事に重点を置くこともあれば、生活に重点を置く場合もあります。そのように多様なバランス状態を前提としたWLB社会の実現を考えていく必要があるのです。

日本でWLBを実現するための取り組みにおいては、育児休業制度や短時間勤務制度など、企業側が個人のWLBを支援するための制度や施策が重視されがちです。確かにこうした制度や施策の導入は重要ですし、企業の取り組み状況を外部から測る尺度としても有用です。しかし、実際には制度があっても利用しづらいことも少なくないですし、仮に育児休業を取得できたとしても「育児の時に休みが取れれば、全てのバランスが取れる」というようなものでありません。先述のように多様なWLBの実現を図るためには、一律の制度や施策を導入するだけでは不十分なのです。

そこで重要になるのが、職場におけるマネジャーの役割です。仕事の進め方など、部下ひとりひとりの状況を把握して考慮しながら、職場での仕事をこなしていけるように調整をしていくことが求められます。色々な時期に、多様な種類のバランスが選べるという職場環境を設けて維持することが必要となるのです。

ただし、これまでWLBに関する研究の中では、職場のマネジメントの重要性は指摘されながらもそれを実証的にとらえた先行研究が少ないのです。多様な働き方を実現させるような現場におけるマネジメントはどうすれば可能になるのかが重要な研究テーマではないかと思いました。

職場のマネジメントでは、どの職務をどの人に配分するか、配分した職務をどのように管理していくか、さらに職場のレベルアップのために育成をどのように行うかなどが問われます。そう考えると、職場のマネジメントをうまく遂行するには、人事政策や管理職の育成なども必要になってくることが分かります。

――国際比較はどのような国を対象としましたか。

今回の研究は、RIETIの「ワーク・ライフ・バランス施策の国際比較と日本企業における課題の検討」研究プロジェクトとして行いました。調査の準備段階では、中国や韓国などアジアの国についても研究しましたが、国際化が進展して競争が激化している中で、日本の将来にとって方向性を示すようなモデルになる国として、欧州の国を比較対象にして選びました。日本があいかわらず長時間労働を続けている一方で、フランスでは1ヵ月間もバカンスをとりますし、ドイツは欧州の中でも総労働時間が短いわけですが、いずれも国際競争の中で企業経営が成り立っているわけです。こうしたことがどうやったら可能になるのだろうというのが、素朴な問題意識です。

研究の成果を政策的な提言に結びつけていくためには、同じような問題を抱えている国々を扱うよりも、日本から見て少し先を行く欧米が、それまでに抱えていた問題をどのように解決してきていて、その後にどのような問題にぶつかっているのかということを研究することにより、日本への示唆が得られるのではないかと考えました。

――国際調査では、どのようにデータを集めたのでしょうか。

今回の研究で用いたデータは、上述の研究プロジェクトの中でアンケート調査を実施して収集したものです。対象国は日本の他、イギリス、オランダ、スウェーデンの4ヵ国で、具体的な質問の内容や調査の方法など、設計段階から関与しました。また、今回のデータは、内閣府経済社会総合研究所(ESRI)の研究で収集するドイツのデータと相互利用する前提でしたので、当初から両者によるワーキンググループを立ち上げ、調整を行いました。

日本については企業経由で従業員宛のアンケートも配布・回収できたのですが、海外はそうはいかず、企業調査と従業員の調査は全く別の方式で実施することになりました。結果、日本は、企業1677社、従業員10069人から回答が得られ、企業側と従業員側の回答をマッチングさせたデータセットが作成できました。イギリスの場合は企業202社、従業員979人、ドイツは企業201社、従業員1012人から回答を得ています。ここで、従業員調査はホワイトカラー正社員に限定しています。

――国際比較を通じて明らかになった日本の労働者の基本的な特徴は何でしょうか。

日本の労働者の労働実態に関する特徴は3点あげられます。まず、周知のことですが、平均労働時間の長さです。第2に、労働時間の柔軟性という点での課題があげられます。現在の働き方は、9割以上が「フルタイム勤務」です。実際の労働時間をみても、たとえばドイツでは、始業時刻が6時台の人が13%、7時台が31%で、実に半分近くの人が8時前に仕事を始めていますし、こうした人達の多くは早い時間に退社しています。つまり、労働時間が短いだけでなく、時間帯にも多様性があるのです。一方、日本では始業が8~9時台に集中していますし、仮に早く出社しても必ずしも退社が早くなるとは限りません。第3の特徴が、就業場所も柔軟性に欠け、欧米のような在宅勤務が少ないということです。

表1. 正社員の週当たり平均労働時間(従業員調査)
表1. 正社員の週当たり平均労働時間
表2. 現在の勤務形態(複数回答)
表2. 現在の勤務形態

――欧州は伝統的に生活を重視してきたのでしょうか。

欧州も工場労働が中心だった時代は、生産ラインの存在によって、労働時間や働くスタイルが決められていました。つまり、ブルーカラーを念頭に置いた労働時間管理が行われていたわけです。しかし、こうした考え方がもはや国際化時代にはそぐわなくなっていると受け止められているのです。国際的な社会で競争力を高めるためには、同質化した組織よりも個々人の多様性(Diversity)を生かすことの方が重要であるとの危機感を企業が持つようになったからこそ、生き残りにつながる多様性を保つために、さまざまな施策が採用されているのです。

しかし、日本の労働時間管理は今でも、ブルーカラーを念頭に置いた管理という古い枠組みから脱しきれていません。国際化が進む今日、ホワイトカラーにも画一的な働き方の枠組みで職場管理をしていれば、非効率な長時間労働が是正されていかないのは無理もありません。こうした働き方では多様化する社会に柔軟に対応できませんから、システムとしてきちんと対応する必要があります。それが結果として働く人のWLBの実現につながっていくと考えられます。

――WLBの実現というのは企業にとって、新しい時代に即した戦略的なアプローチになるわけですね。

重要なのは、どのような人材戦略をとるかということです。人事管理の本来的な目的は従業員の生産性を高める働き方をどう構築するのが適切か、ということであり、WLB施策はそのための手段です。つまり、多様性に富んだ社員の、さまざまな能力を引き出すための手段がWLB施策なのです。

関連制度を整備しても残る企業と従業員の認識ギャップ

――企業がWLB支援に取り組んでいれば、従業員の評価も高まるのではないですか。

実は必ずしもそうでもないのです。日本の場合、企業と従業員との間で、WLBに対する見方にギャップがあります。企業サイドは、仕事と生活の調和に向けた促進的な制度を導入していると自己評価していても、従業員からは評価を得られていないケースもあります。今回のアンケート結果では、日本の従業員の評価に一番つながっているのは、労働時間削減の取り組みでした。WLBについて、女性に対する支援というように狭い範囲に目的を限定してしまうと、本来目指すべき「仕事と生活の調和」という広い意味での目的から、かけ離れてしまいます。従業員福祉的な発想からの休業制度など体制の強化だけでは不十分で、労働時間を短縮するような働き方の改善が同時に求められるのです。

――WLBを実現するためにはどのようなことが必要なのでしょうか。

現在の労働時間を減らしたいと考える「過剰就業意識」について、日本の場合、労働時間が短い(週35時間未満)層でも、過剰就業意識を持つ人が多いことがわかりました。これは仮に短時間勤務制度を利用していても、自分が望むだけの時間短縮は実現できていない可能性を示しています。これに対し、英独では長時間労働でも過剰就業意識との関連性は日本ほど強くはありません。英独では、短時間でも長時間でも働き方をある程度個人で選択できるという状況があるのではないかと推測されます。これに対して、日本は労働時間の自己決定がしにくい状況があるようです。こうした実態がWLB満足度の低さにつながっています。

フレックス制についても、日英では評価が異なります。というのも、日本では実態としてフレキシブルな働き方がなかなか浸透していないため、制度が導入されても労働時間や勤務パターンには大きな変化はみられないなど、働き方の柔軟性確保の制度としては十分に機能していないからです。

図1. ワーク・ライフ・バランス満足度
図1. ワーク・ライフ・バランス満足度

重要なのは現場実態に即したインフォーマルな支援

――どのような政策的なインプリケーションが得られたのでしょうか。

日本の企業は制度導入を重視しますが、先述のように、従業員はその点を必ずしも評価しているわけではありません。育児や介護など、特別な事情がある従業員だけが利用できる制度整備に力を注ぐよりは、むしろ、企業全体の労働時間を減らす取り組みの方が重要で、その意味では職場マネジメントの役割が大きいのです。

この点、参考になるのはイギリス企業のケースです。イギリスの企業インタビューの際に、皆さんが口をそろえていったのは、インフォーマルなサポートが大事だということでした。WLB関連の制度があるからといって、それを使った方が良いケースばかりではないのです。たとえば、短時間勤務制度は、短時間の勤務で済む代わりに賃金カットにつながりますし、その人の将来のキャリアにとってもマイナスになり得ます。ですから、事情により一定の期間、週に1~2日だけ早く帰らなくてはならないような場合、一律に制度を適用するのではなく、現場のマネジメントの裁量で、ある日に短時間にした分を別の日に多めに働いて埋め合わせをするというような運用ができれば、賃金カットにつながる短時間勤務制度を利用しなくても、従業員は働けることになります。そして、状況を見ながら、再び通常のフルタイム勤務に戻せばよいというわけです。

私が5年前にインタビューしたときは、イギリスでも制度の重要性が指摘されていましたが、制度の定着とともにインフォーマルな支援が強調されてきました。短時間勤務を単純に当てはめるのではなく、もっと柔軟に対応した方が、従業員のキャリアにとっても、企業が多様な人材を活用する上でも重要になるのです。そうしたマネジメントの基本は、上司が部下を信頼するという考えにあることを感じました。

日本でもマネジャーの役割の重要性が認識されてきましたが、管理職への意識啓発などが実施されるあたりで終わっています。多様な人が働く職場でコミュニケーションをとりながら部下の育成、マネジメントができる管理職の育成を人事戦略の中に位置付けるべきだと思います。

――WLB施策は重要な企業戦略の一部なのですね。

グローバル化の進展や少子高齢化社会の到来などによりビジネス環境が大きく変化する中、WLB施策は企業にとって、こうした変化に対応する基本戦略を支えるものといえます。個々に事情を抱いて働く従業員が互いにコミュニケーションをとりながら業務を遂行し、時短やフレックス、また長期休業などの際にも職場の生産性を維持できる職場では、多様なバックグラウンドを持った従業員の能力発揮が可能になります。日本の企業は本来、チームで仕事するのが得意のはずなのに、その割には個人の働きに依存しているのが実態で、チームとして力が発揮できていないように感じます。

また、WLB施策の推進には危機対応という側面もあるのではないでしょうか。現在直面している節電対応として、勤務時間をシフトさせたり、在宅勤務をしたりということが実施されています。これまでWLB施策が円滑に推進されてきた企業においては、今回の緊急事態への対応も、比較的スムーズに行われているようです。繰り返しになりますが、WLBは育児や介護が必要な従業員に対する福利厚生のようなものではなく、危機対応の根幹をなすことも可能な、企業の基本戦略なのです。

――最後に、今後の研究計画などについてお聞かせください。

これまで、WLBは女性労働の抱える問題というイメージが強かったかもしれませんが、高齢社会で介護が大きな課題になることを考えると、男性社員が当事者になる可能性は極めて高くなります。しかも、育児であれば多少の心の準備時間があるかもしれませんが、介護は突然始まります。中堅マネジャーの人がある日突然、休むということになるわけです。高齢化が世界一進んだ日本だからこそ、この問題に適切に対応する必要があるでしょう。これは、今後取り組むべき重要な研究課題だと考えています。

解説者紹介

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武石 恵美子

2001年お茶の水女子大学大学院・人間文化研究科博士後期課程修了(博士(社会科学))、1982-92 年労働省、92-2003 年ニッセイ基礎研究所、2003-04 年東京大学社会科学研究所助教授、2004-06 年ニッセイ基礎研究所勤務などを経て、2006 年法政大学キャリアデザイン学部助教授、2007 年から現職。主な著書は、『雇用システムと女性のキャリア』(勁草書房)、『女性の働きかた』(ミネルヴァ書房(編著))等。