Research Digest (DPワンポイント解説)

「失われた20年」の構造的原因

解説者 深尾 京司 (ファカルティフェロー)
発行日/NO. Research Digest No.0058
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バブル崩壊後の1990年代は「失われた10年」と呼ばれる。しかし、2000年代に入って銀行の不良債権問題や企業のバランスシートの毀損などが解決しても、日本の経済成長はバブル崩壊前の勢いを取り戻せていない。このことから深尾京司FFらは、バブル崩壊後から今日までを「失われた20年」として長期的・構造的な視点から分析した。

1990年代、2000年代を通じて堅調な成長を続けている米国は、ICT(情報通信技術)革命によって労働生産性を大きく高めたのに対し、日本ではICT投資が驚くほど少ない。また、TFP(全要素生産性)を分析すると、大企業は1990年代半ば以降、活発なR&D(研究開発)や国際化でTFPを高めている。深尾FFは、日本経済が長期的停滞から脱するには、生産性の高い企業がシェアを拡大できるよう、新陳代謝を促すことや中小企業の生産性を高めることが必要だと指摘する。

需要側から見た問題も分析

――「失われた20年」の構造的原因を研究対象とされた動機は何でしょうか。

バブル経済崩壊後の1990年代を、よく「失われた10年」と呼びますが、2000年代に入ってからも、日本の経済成長は1970年代、1980年代に比べて緩慢なものにとどまっていました。バブル崩壊で露呈した銀行の不良債権問題や企業のバランスシートの傷みといった問題は基本的に解決していたにもかかわらず、経済成長はバブル崩壊以前の水準に戻らなかったのです。そこには不良債権問題やバランスシートの毀損だけではない構造問題があると考えられます。そうした構造問題をマクロの視点からきちんと数量的に評価することが重要であると考えました。

経済停滞からの脱却をめぐる議論では、デフレから脱出すれば需要が回復して成長経路に乗るという主張があります。しかしバブル崩壊後の20年間、本当に投資は過小だったのでしょうか。この間、労働生産性はなぜ停滞したのでしょうか。こうしたことも分析する必要があります。

そのためには長期にわたるデータが必要になりますが、こうしたデータが整備されたことによって研究の機が熟したという面もあります。

2007年から、内閣府の「バブル/デフレ期の日本経済と経済政策」研究プロジェクトに「マクロ経済と産業構造」分野の座長として参加してきました。気鋭の学者により非常にクリアな分析が行われたのですが、残念ながら不良債権問題やデフレといったマクロの視点から見た個々の問題が、経済停滞にどれだけの影響を与えていたのか、また、問題が解決したら、たとえば需要がどのくらい回復するのか、というようなところまでは議論が至りませんでした。

そこで、今回の研究では、需要側から見た問題も分析するとともに、もっと長期の視点から、産業レベル、企業レベルの実証分析も盛り込むことを目指しました。

国際比較できるデータが整備

――分析には、どのようなデータを使われましたか。

内閣府や経済産業省などが公表しているデータのほかに、日本産業生産性データベース(Japan Industrial Productivity Database(JIP))やEU KLEMSデータベースを使いました。経済成長については労働生産性の問題が重要ですが、生産性は産業によって大きく異なります。また、同じ産業であっても国によって違ってきます。

JIPはRIETIが一橋大学のグローバルCOEプログラムと共同で整備しているデータベースです。全産業を108業種に分類して、産業別の生産性、産業構造、寡占の状況など、日本経済の成長を供給側から示しています。1970年から2006年までのデータ整備を完了していますので、長いスパンでの分析が可能です。EU KLEMSは、JIPデータベースの数年後にEU(欧州連合)の資金で作成された欧州に関するデータベースです。KLEMSとは資本(K)、労働力(L)、エネルギー(E)、中間投入(M)、サービス(S)の頭文字をとっており、生産に必要な投入を計測することで、生産性を産業別に見ることができます。日本に関するデータはJIPを提供しており、EU側でデータを国際比較可能な形に調整して発表しています。また米国ハーバード大学や、韓国KIPデータベースなども連携しており、多国間での国際比較が可能です。EU KLEMSプロジェクト自体は3年で終了してしまいましたが、それを受け継ぐ形でのプロジェクトが複数動いています。

貯蓄超過からバブルも発生

――長期的な需要不足を招いた原因はどこにありますか。

需要不足の背景には、70年代半ばから継続してきた貯蓄超過問題があります。日本はもともと民間の貯蓄率が高かったのですが、これは人口構成上の問題として、団塊世代が退職後に備えて貯蓄してきたから、といった説明がされてきました。しかし、実際には団塊世代が退職した後も貯蓄率は下がらなかったのです。投資との関係では、1970年代後半から投資が減って貯蓄超過になっています。

図1:日本の貯蓄投資バランスの推移

国際経済学の視点から言うと、「貯蓄超過で何が悪い」ということになります。つまり、貯蓄超過は海外に投資され、経常収支黒字によって財市場の均衡が達成されることになるからです。ところが日本の場合は、これがなかなかうまくいかなかったのです。

第1次石油危機を受けた世界不況の克服を模索するなかで1970年代後半に日独が世界経済の機関車になるべきであるという「機関車論」が盛んに言われました。日米貿易摩擦の激化もあって、日本の政策は1986年の前川リポートに象徴されるように、内需拡大に傾いていき、円高が進行することになります。日本から海外への投資とは逆のことが起きたわけです。

貯蓄超過が引き起こした問題ということでは、バブルもそのひとつの表れです。貯蓄超過の使い道としては、財政赤字を穴埋めするか、海外に投資するか、金利を引き下げて民間投資を促進するか、ということしかなく、これらの政策のどれもうまくいかなければ不況になるというのがケインズの理論です。日本は円高進行を抑えるために、金利を引き下げて民間投資を促進する道を選び、結果としてバブルを引き起こすことになりました。

驚くほど少ないICT投資

――資本や労働といった供給側にも問題がありましたか。

失われた20年の間も、日本の資本労働比率は増加してきました。このことから、投資不足が成長停滞を招いたとは考えにくいわけです。

米国では1990年代半ば以降、流通、サービスなどの産業で、ICT投資を行った結果、生産性の上昇が加速したことが明らかになっています。

ところがEU KLEMSデータベースで日米欧の比較をすると、日本は活発に非ICT投資をする一方、ICT投資は、米国との比較だけでなく、欧州との比較でも驚くほど少ないのです。これが日本の成長停滞の原因のひとつだと考えられます。

図2:主要先進国におけるICT投資

もうひとつの原因として、人口一人当たり労働時間の低下があります。日本の相対的な窮乏の要因としては、これまで議論されることが少なかったのですが、日米で比較すると大きく下落しています。これは、1990年代半ばまでは、1987年に改正された労働基準法の影響による労働時間の短縮が主な理由です。加えて、パート労働者が増えたことによる労働時間の縮小や、高齢化が進んだことに企業が対応し切れず、高齢者を生かし切れていない可能性があります。ただ、労働時間の短縮については労働者自らの選択が反映していることも考えられます。

大企業は「失われた5年」

――1990年代以降の日本のTFP(全要素生産性)上昇の低迷は、何が原因でしょうか。

非製造業と製造業を分けて考えると、非製造業の場合はバブル経済期を除き、それ以前からTFP上昇がずっと停滞していました。製造業では、現場の労働者を重視して生産性を高める日本独自のモノづくりのシステムが広く確立していましたが、非製造業ではこのようなシステムができなかったことが一因と考えられます。

製造業をさらに大企業と中小企業に分けて分析してみると、大企業は1990年代半ば以降、盛んなR&D(研究開発)や国際化を通じて1980年代以上のTFPの上昇を実現しています。つまり、大企業にとっては「失われた20年」どころか「失われた10年」でもなく、せいぜい「失われた5年」程度でTFPの再上昇を果たしているのです。

図3:工業統計表における事業所規模別のTFPの上昇率

しかし、生産性の高い大企業がシェアを拡大することがなかったため、日本全体のTFP上昇は停滞したわけです。日本では雇用の保障が優先されるため、事業所を閉鎖したり、新規に開設するコストが高くなっています。ところがデータをみると大企業は実際には雇用を驚くほど減らしていて、その一方で子会社では雇用を増やしています。つまり、子会社は平均労働コストが親会社より安いため、人件費を抑制する目的で人員を子会社に移すことが盛んに行われたわけです。ただし一般に生産性は子会社のほうが親会社よりも低くなりますから、人員と仕事を子会社に移すことによって生産性は上がらなくなってしまいます。

また、大企業が積極的に海外への生産移転を進めたため、国内での生産拡大が実現しなかったこともあります。

一方、中小企業の生産性が停滞した原因ですが、R&Dが大企業に集中して中小企業では活発化しなかったことが挙げられます。これには、バブル崩壊後の不況期に大企業が垂直系列を見直して中小企業との取引を整理したことによって、大企業から中小企業への技術移転が進まなかったことも考えられます。ただ、この点は推測であり、実証していくためには取引関係に関する長期のデータが必要になります。

――どのような政策インプリケーションが得られますか。

多くの問題が労働と関連しています。

まず日本でのICT投資が欧米に比べて少なかった背景には、ICT投資の見返りが十分ではないことが考えられます。たとえば、日本のソフトウエア投資では汎用性が高いパッケージソフトウエアではなく、自社のみで使えるカスタムソフトウエアを使う場合が多いのです。米国では安価なパッケージソフトウエアを使う企業が多いのですが、これは、企業組織が組み替えやすい柔軟なものになっているからできるという面があります。ソフトウエアに合わせて企業の組織を変えることが米国では柔軟にできるのです。

これに対して、日本の企業組織は硬直的でソフトウエアに対応して組織変更をするといったことは難しいわけです。そのため日本では既存の組織のままで使えるカスタムソフトウエアが主流となりますが、コストが高く競争力が無いため、ICTへの大規模な投資が起きにくくなっていると考えられます。

米国では企業内部の仕事の一部を、より効率の良い外部の企業にアウトソーシングすることが盛んに行われています。これに対して、日本の場合は大企業が子会社にアウトソーシングして人員も子会社に移しています。仕事を効率的にできる企業に移すわけではないので、これでは生産性が上がりません。もちろん、職を保障したいという企業の動機も理解できるのですが、経済全体としては、このような方法をとっていると効率が良くなっていきません。同様の問題はドイツでも起きていると言われます。

また、人件費を抑制するためにパート労働の活用に頼ると、人的資本の蓄積も進みません。パート労働者には社内の研修などを通じて技能を高めるといった機会がないためです。一方で子会社に移してでも職を守る正規労働者がいて、一方でパート労働者が活用されているという、労働に関して区別された状況がいいものかどうか。二者の中間的なところを見つけていくべきではないでしょうか。

高齢者の活用も選択肢のうちに入るでしょう。現在は定年後、一律に安い給料で再雇用されるしかないのですが、例えば、働く時間や給料などがもっと柔軟に決まる仕組みがあってもいいのではないでしょうか。

産業の新陳代謝が進まない原因の一つとして事業所閉鎖のコストが高いことが挙げられますが、企業が採算の悪い事業所はもっと閉鎖しやすいようにして、採算の良い事業を拡大しやすくすれば全体の生産性も引き上げることができます。産業の新陳代謝を促進するためには企業の新規事業への参入規制をもっと緩和することも大事になります。

TFPの上昇が停滞している中小企業の問題も考える必要があります。大企業の垂直系列見直しによって、大企業からの技術移転の機会が減少する中、一律に保護するのではなく、中小企業が独自でR&Dに取り組んだり、国際化していくことを後押しするような政策も求められるでしょう。

需要面から政策を考えることも重要です。貯蓄超過は現在も続いており、2008年秋以降の世界同時不況による外需の減少によって、大きな需給ギャップが残っています。つまり、日本には大幅な余剰生産能力が存在するわけです。このようなときには、米国のように本格的な需要喚起策をとることが必要だと思います。

また、長期的に貯蓄超過が続いているのですから、経常収支の黒字をどうするのか、どういう対外均衡を考えていくのかということが、極めて重要な問題であるはずです。米国を相手に回して、人民元相場を厳しい管理のもとに置いている中国は、日本の1980年代の経験を真剣に学んでいるそうです。

今のところは、世界中の需要が足りない状況ですので、日本だけが黒字を出していくわけにはいかないでしょうが、為替レートの推移も含め、日本も貯蓄超過を海外にどう還流するかについての「司令塔」を置くことを考えるべきでしょう。

金融危機とTFPなどが研究課題

――今後の研究課題は何でしょうか。

産業の新陳代謝がなぜ進まないのかについて、きちんと調べなければならないと考えています。

次に、金融危機とTFPの長期停滞の関係について分析したいと思っています。古くは1929年に始まった世界大恐慌や1997-98年の東アジアの通貨危機、中南米でも同じ問題があると思いますが、日本の経験を踏まえて国際比較研究ができないかと考えています。

もう一つは企業のネットワークと技術移転の問題です。技術の問題をどう考えるか。日本では大企業はR&Dを活発にしていて、TFPが低下したわけではなかった。R&Dが活発でなかった中小企業のTFPが下がったところに問題があった。この原因が大企業の垂直系列見直しにあったのかを実証することも含めて検討してみたいと思います。

解説者紹介

東京大学経済学部卒業。東京大学大学院経済学研究科博士課程修了(経済学修士取得)。成蹊大学経済学部専任講師、一橋大学経済研究所助教授などを経て1999年から現職。内閣府統計委員会委員(委員長代理)、日本経済研究センターアジア研究部主任研究員なども務める。主な著作は『生産性と日本の経済成長:JIPデータベースによる産業・企業レベルの実証分析』〈2008年・東京大学出版会・深尾京司/宮川努(共編著)〉など。<