Research Digest (DPワンポイント解説)

地点(郵便切手)送電料金制のもとでの電力会社間精算

解説者 八田 達夫 (ファカルティフェロー)
発行日/NO. Research Digest No.0041
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日本では長らく発電も送電もまとめて電力会社が地域ごとに独占してきた。「規模の経済」があり、それが合理的と考えられたからだ。しかし、発電に関しては、その前提が崩れている。電力需要の拡大で、個々の発電所の能力は相対的に小さくなり、小型で効率的な発電技術も生まれた。

送電には独占を認めて送電料金を規制した上で、発電は自由化して電力の売買を認めるとしよう。こうした市場での送電料金の設定はどうあるべきか――。ここでは地理的な需給の偏在に注目している。(発電は青森や九州、受電は東京や大阪で相対的に多い。)効率的な料金体系は、需要超過地で発電を、供給超過地で受電を有利にする。そのような料金体系の下で地域をまたいで送電する場合の中継送電会社に対する「精算」の仕組みを検討する。

価格がシグナルとなって、発電所や事業所の効率的な立地が進めば、送電投資も軽減され、電力料金引き下げにもつながる。効率化に向けた、送電料金のあり方を提案する。

電力の規制、見直す時代に

――電力市場を取り巻く環境が変わってきているようですね。

これまで、電力は規制産業の典型でした。固定費用の割合が大きく、いわゆる「規模の経済」があるため、地域独占を認めて1社に電力供給を担わせた上での価格規制が合理的と考えられていました。ところが、現在ではそれが必ずしも適当といえない状況がでてきています。

変化の1つは、発電の分野で「規模の経済」がなくなったことです。たとえば、佐久間ダムを建設した高度成長の時代には、発電効率を高めるために、資源を集中してなるべく規模の大きいものを造ろうという考え方がありました。それが最近では、個々の発電所の能力に比べて電力市場の規模が十分大きくなったことや、ガスタービン発電など小規模で安く発電できる技術も生まれたことから、事業者が競争的に電力供給に参加しても、資源配分が非効率になる心配がなくなりました。

もう1つは情報技術の発達で、需給調整が容易になったことです。電力は多くの需要者の利用動向を見ながら、常に給電を調節して需給を一致させる必要があります。以前は、それを電力会社の発電所に委ねるのが適当だったのですが、情報通信技術の発達で、分散的な需給調整が可能になりました。規制を見直す時代になっているといえます。

それに対し、同じ電力事業でも送電は事情が異なります。既存の送電線があるところに、別の事業者が並行する送電線を建設して事業に参入するという状況は、一般には考えられません。規模の経済を保っているのです。

このため、送電ネットワークは規制産業として存続させる一方で、発電事業への参入は自由にして、顧客へ電気を届ける時は送電線の利用料を送電会社に支払う形にすれば発電の効率化が期待できます。

1980年代以降、こうした環境の変化を背景に、さまざまな国で自由化が進みました。

――日本ではどの程度、自由化が進んでいるのでしょう。

発電市場の自由化はある程度進んでいます。北欧などの先進地域と同様、翌日の電力需給を調節する「前日スポット市場」が開設されており、そこに電力会社のほか、通信会社系、ガス会社系などの新規発電事業者や大口の需要家が入って、送電料金を含まない電力量本体の価格について取引をしています。参加者は、「この価格ならこれだけ電力を買う・売る」という翌日の需要予定・供給予定を30分刻みで市場を管理する取引所に提出し、取引所は需給が折り合う水準に量と価格を調整します。そこには、ミクロ経済学で学ぶ需要曲線と供給曲線があり、その交点で均衡価格が決まる世界が存在しています。

ここでの問題は、送電線、特に隣接する電力会社をつなぐ「連携線」と呼ばれる部分で混雑(ボトルネック)が発生すると、どの地域でも同一の価格では取引できなくなることです。その場合には、混雑地点(連携線)で地域を分けて価格を再設定するのですが、需要地域側では供給される電力が減るために値上がりが発生してしまいます。

また、日本が他国と違うのは、こうしたスポット市場で決まった価格が適用されるのは、全体から見るとごく一部だという点です。電力会社は相対(あいたい)で契約を結んでいる長期契約先には、こうした混雑時にも優先的に事前の契約料金で契約先の求めるだけの電力を流すようになっています。

当事者の立地のみで課金

――本論文で注目したのは「送電料金」のあり方ですね。

電力は一方向ばかりに流そうとすると、熱などの形で一部が失われます。これが「送電ロス」です。たとえば、発電所が多い九州から、需要家が多い関西に電力を送る場合を考えましょう(図1)。この場合、「潮流」は九州から関西へとなり、潮流方向に送電ロスが発生します。その費用は、送電サービスを利用する九州の発電事業者と関西の需要家が負担するのが理にかなっています。

ところが、そこに「潮流」とは逆方向の流れを加えると、送電ロスが減るという性質があります。ということは、需要地に近い関西からの発電や、供給地に近い九州に工場を設けて電力を使うという事業者の立地は、全体としての費用削減に寄与することを意味します。そうした形で電力市場に参入するのであれば、料金をとるのではなくむしろ送電線の利用に補助金を与えることも一案です。結果として送電する電力量も減るため、送電線の建設も抑制でき、電力料金の引き下げにもつながります。

図1

――なぜ、「地点」ごとの料金になるのでしょうか。

こうした地点ごとの需給状況を反映して送電料金を設定するのが、本論文で取り上げた「地点料金制」です。相対取引であれば、「九州から関西まで」という始点と終点を特定した取引が成り立つのですが、発電が自由化され、取引所で需給が調整されるようになると、経路を特定した取引は適さなくなります。そこで、欧米を中心に自由化された市場では、「地点制」が広く採用されています。料金が行き先によらないため、「郵便切手」制ともいわれます。

北欧などで採用されている地点制では、発電事業者から送電線への「注入」、需要家の「引き出し」に対して、それぞれ料金がかかります。その料金は地点ごとに異なります。これに対し、現在の日本の電力取引では、課金されるのは発電事業者が注入する場合だけで、地点制を採用していないため、基本的にはどこで発電して注入しても料金は変わりません。潮流に沿って送電しても逆方向に送電しても同じ料金です。

このため、発電事業者には需要地に近いところに発電所を設けようというインセンティブが働きません。需要家側に課される引き出し料金もないため、工場などをもつ企業側にも立地を動かそうとする誘因がありません。効率化を促さない料金体系になっているのです。

地点料金制を日本に導入したらどうなるかを、仮設例で示したのが図2です。九州で送電網に1kWを注入する発電事業者は2円(①)を支払い、関西で1kWを引き出す需要家はやはり2円(②)を支払います。

図2:1kWの電力を取引する場合の費用

「精算」ないと送電網が投資不足に

――「精算」制度をあわせて提案されていますね。

この地点制は、日本全体が1つの送電会社でカバーされていれば、「注入料金」と「引き出し料金」を場所によって変えるだけで完結します。ところが、電力会社は地域別に分かれているため、図1のように、九州から関西に電力を送る場合、途中で中国電力管内を通る必要があります。この時、九州電力に注入料金が支払われ、関西電力に引き出し料金が支払われるだけの地点制の仕組みでは、中国電力には何の見返りもありません。

そこで、「通り抜け」送電線を持つ中国電力にも収入が入るよう、「精算」の仕組みを設ける必要があります。精算制度を設けない場合、「通り抜け」が発生する電力会社の送電網への投資意欲が削がれます。

送電料金は通常、従量料金と固定料金の二段階になっており、この通り抜け問題は、その双方について生じます。ここでの提案は、従量料金の場合、通り抜け区間で発生する送電ロスに応じて、その送電線を提供する電力会社が収入を得るようにすべき、というものです。固定料金については、通り抜け電力量に見合って、川上側の電力会社が注入料金を、川下側の電力会社が引き出し料金を払うようにすべきです。

九州から関西方向に電力を送る場合の、固定料金の「精算」例を図3に示しました。九州から中国には「a+b」の電力が流れ、中国から関西へは「a」の電力が流れています。この場合、bは中国地方で受電されており、aが「通り抜け」に相当します。中国電力は九州電力から注入料金、関西電力からは引き出し料金を得る形で「精算」するのが合理的です。電力会社はその通り抜け料金の財源を、川上(九州)での発電者と、川下(関西)での需要家双方に対して求めるのが自然です。送電ロスをカバーする従量料金と同様、電力網への注入にかかる固定料金は川上で高く、引き出し料金は川下で高くなります。

図3

効率化余地大きい電力市場

――海外の事例に学べることはほかにもありますか。

1つは「リアルタイム市場」です。電力は常に非常に狭い範囲で需給を一致させる必要があり、需給に微小なギャップが生じただけで周波数が変化して、停電が起きる恐れがあります。需要と供給は、相対取引や前日スポット市場で大枠は見合うとしても、実際には需要家は予定より多く消費したり、発電所も少なく発電したりということが起きます。北欧では、これを「リアルタイム市場」で調節し、その運営はISOと呼ばれる「独立系統運用機関」(Independent System Operator) があたっています。

リアルタイム市場に参加する発電会社は、株式の指し値注文のように、「△円で○kW」といった給電の条件をあらかじめ入札します。実際に、供給が足りなくなりそうになると、ISOは15分前に、安く入札した発電所から順に発電指令を出し、必要量に達するまでリアルタイム市場から調達します。ただし、発電会社は同市場の均衡価格(必要量に対応する最も高い価格)で、すべての電力を買ってもらえます。

一方、15分の事前通告で需要をカットする契約をISOと結んでいる需要家もいます。これも、発電と同様、事前に価格と量を入札しておきます。発電増加でも需要が賄えなくなると、ISOはこうした契約先への供給を減らして対応します。

――市場取引を増やすとどんなメリットがありますか。

企業をはじめとする需要家側に電力料金の高い時には節約し、安い時に操業するという行動が、自律的に生まれます。業種にもよりますが、上述の急な給電抑制は、たとえばスーパーマーケットのような業種であれば、短時間なら冷房・冷蔵温度を高めにしても良いというとこがあるのではないでしょうか。

今の日本では、電力会社との通常の契約では、事前に「量」についての約束がないため、大口需要家も好きなだけ電気を使うことができます。これは、節約の意欲が湧かない構造であるだけでなく、需要が供給能力を超えてしまう危険性をはらんでいます。すべての相対取引について契約で使用量を決めて、それを超える場合には市場(リアルタイムマーケット)で調達してもらうようにすべきでしょう。

リアルタイム市場にように、オープンな市場で需給調整ができるようになったのは、情報通信技術の発達が背景です。需給に応じて価格がきめ細かく調整され、需要期には価格が上がって電力の節約を促します。結果として、過大な発電所投資を行う必要がなくなるというメリットがあります。

また、前日スポット市場を活用すると、先渡し取引もできます。まず、「売る側」と「買う側」で将来の取引価格(X)と量を決めておきます。その時点になったならば、実際の電力の受け渡しはそれぞれが市場に対してその時点の市場価格で行いますが、(X)との差額を両者で精算すれば元々約束した価格で取引したことになります。これは一種の保険になります。また、実際に電力の受渡をする必要も無いので、金融会社などの参入も可能です。天候や気温の予測と組み合わせて先渡し市場に参入する者が増えれば、予想価格の制度も上がります。こうした先渡し市場が発達すると、将来の値段の動きを恐れずに電力をより安心して使えるようになります。

家庭向け料金も変動制にできる

より小口なところにも、自由化余地があります。1つのわかりやすい例がイタリアなどで普及している「スマートメーター」です。5分刻みで家庭での電気料金を表示・記録してくれる機械です。日本では、固定的な電気料金を前提に、使用量を「検針」で確認しています。しかし、スマートメーターを導入すれば、家庭用の電気料金を時間ごとに変えるような仕組みにできます。そうなると、消費者も時間ごとの電気料金の違いを意識するようになるはずです。「スマートメーター」は電子機器ですから、どんどん安くなります。ただ、こうした自動化には、検針に携わる人や旧型機器メーカーの仕事を奪うため、どこの国でも抵抗があるのが実情です。

――自由化で市場が不安定になりませんか。

送電線の料金規制にヤードスティックなどコスト節約を促す方式を採用した場合に心配されるのは、送電線の不足です。送電会社はなるべく控え目に設備を造っておいた方が、採算が良くなります。そうすると、今度は需要が増えた時に停電の危険がでてきます。これを避けるため、ノルウェーでは、もし停電が起きたら、送電会社が被害者に対して損害を補償するという制度にしています。これなら、送電会社は最適な送電規模を自身で計算し送電網を維持しようとします。

――研究面、政策面の課題を教えてください。

研究面では、本論文で取り上げたのは上流から下流へという一方向に電力が流れる場合だったのですが、網の目(ネットワーク)状にやりとりされる場合の料金制度は別途、検討する必要があります。

現実の自由化のあり方については、1つは各社を結ぶ連系線で混雑が発生している場合に、長期契約、スポット契約ともに同じ混雑過料金を負担する仕組みが望ましいと思います。もう1つは、やはり本論文で提案したように精算のやり方を含んだ地点料金制を導入することが重要です。

※電力市場の変化や海外での先進事例については、本論文の姉妹編である「電力競争市場の基本構造」(ディスカッション・ペーパー04-J-029)でも詳しく解説しています。

解説者紹介

国際基督教大学教養学部卒業。Ph.D.in Economics( 米ジョンズホプキンス大学)。米オハイオ州立大学経済学部助教授、米ジョンズホプキンス大学経済学部教授、大阪大学社会経済研究所教授、所長、東京大学空間情報科学研究センター教授、国際基督教大学国際関係学科教授を経て、2007年4月より現職。主な著作は『直接税改革』( 日経)、『年金改革論』( 日経)。編著書に、『東京一極集中の経済分析』( 日経)、『東京問題の経済学』( 東大出版) など。