Research Digest (DPワンポイント解説)

オンライン市場における価格変動の統計的分析

解説者 渡辺 努 (ファカルティフェロー)
発行日/NO. Research Digest No.0036
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代表的な価格比較サイトである「価格.com」。そこでは、多くの売り手が他社の動きを見極めながら値段を上げ下げし、消費者もまたその競り合った結果を同じ画面から読み取る。通常のモノを商う場でありながら、為替のディーリングルームにも似た空間となっている。

渡辺努RIETIファカルティフェローらの研究チームは、この「価格.com」のデータを用いて、店舗の価格がどのように決まり、消費者がどのような行動をするのかについて分析を行った。

見えてきたのは、消費者は最安値の店舗に集中するだろうという当初の予想に反し、割高な店舗でも商品が売れており、さらに意外なことには、値崩れが起きやすいのは、ボーナス時などの需要期だという事実だ。

オンライン市場という流通過程での価格変化が物価変動に及ぼす影響が大きくなると、それに応じて、物価安定の為の政策対応が変わる可能性が出てくる。

売り手と買い手、同じ画面を注視

――どのような問題意識から、この研究に取り組まれたのでしょうか?

価格がどのようなプロセスで決定されるのかを知りたい――。これが根底にある大きな問題意識です。そのためにさまざまな種類の価格に関する「マイクロデータ」を集めて分析しています。

マイクロデータとは、物価指数のように集計されたデータではなく、個々の取引や品目に適用された価格のことです。スーパーやコンビニエンスストアなどのレジを通ったPOS(販売時点管理)データが一例で、為替の取引データも分析しています。また、長期間のものとしては、リクルートの情報誌に掲載された個別物件の家賃を80年代半ばから週次ベースで収集しています。今回の研究で対象とした代表的な価格比較サイト「価格.com」のデータは、そのマイクロデータのひとつという位置付けです。

一昔前までは、価格や取引の記録があったとしても企業内に帳簿などの形で埋もれていることが多かったのですが、今は価格情報をコンピュータで管理する企業が大部分です。商品をバーコードで管理しているのがその典型です。また、最近ではネットなどで商品やサービスを選ぶ人も増えています。こうしたことから価格に関するデータの入手が格段に容易になってきています。私たちの研究の背景にはこうした事情があります。

図1:価格.comの画面例

価格.com(図1)から得られるデータは、普通の財・サービス価格と、為替や株式など資産価格の中間にあるものと言えます。為替は時々刻々と価格が動きますが、たとえばスーパーの店頭にあるシャンプーの値段は数週間から数カ月に一度変わる程度です。価格.comのデータは数分から数時間で変わります。こうした特性を持つ価格の変動プロセスを探るのが、目的のひとつです。

――価格.comのデータの特徴について教えてください。

第一は、店舗間の価格競争のありさまを秒単位で記録しているということです。価格.com上では、参加している店舗が自らの判断で、随時提示価格を変更できるのですが、それを何時何分何秒にどの店が変更したのか、というレベルでとらえています。これにより、ある店が価格を変えたあと、他の店舗がどのように反応したかを追うことができます。

第二は、価格.comでは、多数の売り手と買い手が同じ画面で向き合っているという点です。家電の販売業者はパソコンの画面を見ながら競合他社の動きをウオッチします。これは為替相場のディーリングルームに近い感覚です。

米国にも同じような価格比較サイトがあるのですが、比較サイトの運営者側が業者のウェブページから価格を収集して掲載しているため、業者が本当にお互いの価格を見合っているかどうかは不明です。価格.comでは、消費者も業者が競り合った価格を見ており、売り手と買い手が同じ情報を注視・共有していることが大きな特徴です。

割高でも「ひいき」の店で

――店舗が提示する価格と、売れ行きについて何がわかったのでしょうか。

価格.comからは、店舗側が提示していた価格の記録に加え、消費者が「店の売り場に行く」というボタンをどんなタイミングでクリックしたかという記録が手に入ります。これは、販売店という供給サイドの行動と、消費者のクリックという需要サイド、両方の情報が揃うことを意味します。これを組み合わせると、最も安い商品、次に安い商品、さらにその次など、価格と売れ行きの関係が分かります。

正確に言えば、「店の売り場に行く」をクリックしただけでは買うとは限らないわけですが、代表的な商品のクリック数と販売実績数の関係を調査してみると両者には高い相関が計測されています。

調べて分かったのは、消費者は最安値の店舗に集中するだろうという当初の予想に反し、割高な店舗でも商品が売れているということです。

図2:店舗間の価格差とクリックされる確率

図2は、店舗A、Bが最安値と2番目の安値を提示している時、横軸に2店舗の価格差、縦軸に店舗Aがクリックされる確率をとっています。これを見ると、店舗AがBよりも安い時には、当然Aがクリックされる確率は高いのですが、すべてのクリックを独り占めにしているわけではありません。また逆に、店舗AがBよりも高くなったからといって、Bにすべての客を取られるわけでもありません。

これは、消費者が店に対して「好き」や「嫌い」といった好みを持っているからだと考えられます。消費者は知らない店に対しては、きちんと配達してくれるのか、商品保証を付けてくれるのかといった不安を抱きます。そういう店が仮に安い価格を提示していても、選択の対象から外してしまいます。消費者は割高でも「ひいき」の店の中から購入先を選ぶ傾向があると言えます。

より詳しくみると、高めの価格を提示している店舗(価格順位の低い店舗)は、より「ひいき」の客を獲得している様子がうかがえます。図3がそれです。価格順位が上位で安値を提示している店舗群(図3の左上に位置)は、価格(順位)が下がるのに応じて、選択される確率が急角度で落ちる傾向がありますが、高めの価格を提示している下位の店舗(同・右下寄りの店舗)を見ると、順位が下がっても上位ほどには選択確率が低下しません。

下位に位置する店舗の共通項のひとつは、大企業の関連会社など規模がある程度大きく、知名度が高い企業が多いということです。逆に、上位店舗は概して小規模経営で、仕入れた在庫を長期間抱える体力がなく、早く売りさばいて収益を稼ぐタイプの店舗です。

図3:価格順位とクリック確率

ただし、価格.com上では、価格以外の店舗情報も表示されています。たとえば、送料がかかるのか、クレジットカード払いに応じてくれるのか、代金引換払いへの対応、配送センターの住所、過去に店舗を利用した顧客による店舗評価値なども掲載され、消費者が「ひいき」の店を選ぶ際の助けになっています。

需要期に値崩れの傾向

――価格の動きが「ランダムウォークに近い」ということですが。

ある一時点での価格の高低だけでなく、今度は価格の時間的な推移に注目しました。たとえばあるデジタルカメラを扱う数十店舗の平均価格の動きを、資産価格の価格変動にあてはめて追ってみたところ、ランダムウォークに近い動きをしていることがわかりました。

ランダムウォークというのは、それぞれの時点の価格が、過去と関係ない動きをしているということです。逆にランダムウォークでないというのは、一度値上がりするとその後も同じ傾向が続いたり、逆に値上がりのあとには値下がりが来るといったように何らかの規則性が観察できる場合です。

なぜ、ランダムウォークになるかということですが、これには消費者の購買パターンと店舗の在庫仕入れパターンが影響しています。消費者が一番安い商品を買うと、瞬間的には安い商品がなくなるため平均価格が高くなります。ただ、消費者がお店にくるタイミングは、過去の傾向に依存していません。たとえば、昨日、消費者が多く来店したから、今日は来店が少なくなるといった関係はありません。

また、一番安い商品がなくなった後、ある店舗がメーカーから価格の安い商品を仕入れた場合、価格が下がります。安い在庫が手に入るかどうかは、メーカー側の生産・出荷行動や、市場規模が大きいオフライン市場での需給関係などに影響を受けます。

――時に、値崩れなど一方向への価格変動が起きるようですね。

為替レートでも株価でも、平時にはほぼランダムウォークで推移しています。しかし、最近のように株価の下落が続き、一方向に動くことがあります。これはランダムウォークではありません。ある投資家が売ると次々に別の投資家が売りに走り、価格が暴落するという構図です。

価格.comのデータを見ると、値崩れが起きるのは、意外にも需要が強い時です。たとえば、ボーナスやクリスマスの時期は、競争が非常に激しく、店舗側が消費者の注目を浴びようとして、値引きを繰り返し、価格が下落します。消費者の注目が集まる時期には、店舗側が意図を持って値付けしたり、在庫を調整する戦略をとっているのではないかと考えられます。

また、面白いことに一日の中でも、時間帯により価格.comサイトを訪れる人数に波があることが分かりました。サラリーマン特有なのですが、昼休みと夕方の退社間際の時間帯に多くの人が価格をチェックしています。これは、帰宅途中に家電量販店に立ち寄る前に、購入予定のモノの価格帯を知ろうとしているのだと思います。

物価変動は生産・雇用に直結するか

――オンライン市場の発達により、従来の経済学の理解が変わることはありますか。

10年ほど前、IT(情報技術)が脚光を浴び始めた頃は、ITの進歩で消費者の情報を集めるコストが減り、最も安い商品がすぐ明らかになるため、それ以外の商品は誰も買わなくなるだろうと考えられていました。

しかし、本研究が示したようにネット上でも価格のばらつきは依然として残っています。消費者は価格以外に店に対する「好み」を持っているため、高い値の商品にも需要が付きます。価格は「一物一価」に収れんしないのです。

情報収集が楽になったのは事実ですが、人間のものの見方が大きく変わったわけではなく、今の技術が広まった程度では、経済学の理解は大きく変わらないと思います。

――オンライン市場の価格形成によって、政府や日銀の政策が影響を受けることは考えられますか。

いま申し上げたように、根本的に何かが大きく変わっているわけではないため、政策的に何かをやらなくてはならないということではないと思います。ただし、もう少し実務的な事を考えると、今後注意しなければならない点が二点あります。

一つ目は、政府や日銀は、総務省が作成している消費者物価指数を見て、政策を判断していますが、その指数の適切性が、少し崩れてきているのではないかということです。消費者物価指数は、調査員の方がスーパーやコンビニなど実店舗(=オフライン市場)の価格を調査しており、オンライン市場の価格は調査対象から外れています。

今まではネット市場のようなオンライン市場のシェアはさほど大きくありませんでしたが、たとえば、デジタル家電のようなものについては、今でもオンラインの市場がかなりのシェアをしめており、かつ、オフライン市場よりも価格が低めで、価格変化も早いと考えられます。このため、消費者物価指数の動きに遅れが出てくるかもしれません。

二つ目は、価格がどの地点で決定されているかという点です。メーカーが出荷段階で価格を決めているのか、次の流通段階で価格が決まっているかです。一般的にマクロ経済学者はメーカーが価格を決めているとの考えで、価格が下がると、生産を控えるとか、雇用を抑えるとか、価格と生産と雇用に関連があると考え、教科書にもそう書かれてきました。

しかし、今回の研究からは、価格.comのようなオンライン市場の価格は非常に頻繁に動いていますが、メーカーの出荷段階の価格はそれほどに動いておらず、流通段階で価格に動きが生じていることがわかりました。しかも、その変化は生産者側の行動を反映しているのではなく、消費者の選好や購買行動を反映しています。そうなると、価格に大きな変動があったとしても、生産や雇用に大きな影響が及びません。もちろん、中長期的には何らかの影響が生じると考えられますが、マクロの経済学者が考えているような価格と生産、雇用の連動性は遮断されています。

ご存知のように、日銀は、金融政策により物価を安定させることを政策目標としていますが、その理論的な位置づけは、生産企業の生産活動に大きな影響を与えないように生産者の出荷価格を安定させるべき、というところにあると考えられます。つまり、物価水準が大きく変動すると、経済・物価の先行きに関する不確実性が高まることから、企業は長期的な見通しに基づいて計画を立てることが難しくなるためです。

しかし、実際におきていることは、メーカー出荷の段階では価格は大きな変動はせず、流通段階の価格に大きな変動が生じ、それが消費者価格の変化を生んでいるということだと思いますので、それに対して金融政策が反応すべきかという論点が、別途生まれてくるのではないでしょうか。これらの価格変動は生産や雇用と独立であるため、政策当局は、将来的に、どこで価格の変化が生じているのかという点を見極めて個別の政策運営をする必要が生じる可能性があります。

――最後に、今後の研究課題についてお聞かせください。

一番知りたいことは、なぜ、価格が需要と供給の動きに反応せず、硬直的になっているのかということです。実際、短期的には需要や供給の動きとは独立で、名目賃金や家賃は一定期間同じままで推移しています。このような価格硬直性は、ケインズ経済学の前提になっていますが、これまでなぜ価格が硬直的であるのかという点についてそれほど研究が進められていません。

しかし、マイクロデータが入手可能になった今、どういう理由で粘着的であるのかという研究を進めていくことが可能だと考えています。これにより、ケインジアンの経済学の土台をしっかりさせることも出来き、市場メカニズムを重視する人との違いも議論しやすい環境が整ってきたと思います。

また、今回の共著者である一橋大学の水野講師は、元々は物理学を専門としておられ、今は物理の手法を経済現象に適用する経済物理学(Econophysics)が専門です。資産価格の値崩れのような動きは、経済学者が通常扱う線形のツールにあてはまらない事が多いのですが、物理学など自然科学系の分野で使われている手法を勉強、適用することにより、非線形の動きの分析もうまくいく可能性が高まります。


※3月5日開催のRIETI政策シンポジウム『大規模業務データから何を学ぶか』では、経済物理学の分野で進展している業務データの活用事例紹介や、データを調査・分析に活用するための制度設備についても議論しています(開催報告は次号(vol.25)に掲載予定です)。

解説者紹介

東京大学経済学部卒業、ハーバード大学Ph.D(経済学)。日本銀行を経て、一橋大学経済研究所教授。主な著作は、「検証中小企業金融」日本経済新聞社(2008年),「低インフレ回避 姿勢示せ」日本経済新聞(2008年12月23日),「金融危機とゼロ金利の壁」金融財政(2009年3月2日),"A New Method for Identifying the Effects of Central Bank Interventions" with C. Chen and T. Yabu , Research Center for Price Dynamics Working Paper Series, January 2009等。