Research Digest (DPワンポイント解説)

過剰就業 (オーバー・エンプロイメント)―非自発的な働きすぎの構造、要因と対策

解説者 山口 一男 (客員研究員)
発行日/NO. Research Digest No.0030
ダウンロード/関連リンク

日本には、働き過ぎ問題であるオーバー・エンプロイメント(過剰就業)と働きたくても働けないアンダー・エンプロイメントの双方を含む就業時間のミスマッチが顕著だ。

過剰就業には、非自発的なフルタイム就業と非自発的超過勤務があるが、男性の正規雇用者の過剰就業は単に就業時間の多さの問題ではなく「見返り的滅私奉公」とも言える働き方の問題でもある。

就業時間について柔軟に対応している職場では、非自発的超過勤務を軽減させることができている。

また6歳未満の子を持つ場合には企業の性別による対応の違いによって、男女の過剰就業状況に大きな違いが生まれている。

過剰就業問題の緩和には、就業時間への規制導入、超過勤務の賃金上乗せ率の改正、短時間正社員制度の普及に加え、関係団体が時間当たりの生産性を重視し、正規雇用者の保護緩和と非正規雇用者の雇用安定化を図り、多くの雇用者が意欲を持って働ける社会を実現することが求められる。

――過剰就業(オーバー・エンプロイメント)とは聞きなれない言葉ですが、まずはこの言葉の定義から聞かせて下さい。

オーバー・エンプロイメントを直訳すると、過剰雇用となるが、1990年代以降、日本で言われている過剰雇用=人余り、とは違う。「働きすぎ(働かせすぎ)」の問題である。具体的には、長時間働きたくないが、非自発的なフルタイム就業や非自発的超過勤務を意味する。逆にアンダー・エンプロイメントは不完全就業で、フルタイム希望のパートタイム就業者などを指す。米国ではオーバー・エンプロイメントを「所得が減っても就業時間を現在より減らしたいと考えている就業者」の状況と定義している。

過剰就業問題、日本特有の側面が大きい

――他の先進国でも過剰就業は大きな問題なのですか。

最近の調査研究では、日本と同様比較的就業時間の長い米国では「就業時間を短くしたい」という過剰就業者が7%しかおらず、逆に「時間を多くしたい」という不完全就業者は27%、「現在と同じでよい」と考える人は66%になっている。一方、日本では原・佐藤(『家計経済研究』2008)の研究によると「就業時間が今のままでよい」とする回答は49%、「少なくしたい」という人は45%、「長くしたい」という不完全就業は6%しかいない。米国と比べはるかに過剰就業が顕著である。就業時間が長くても米国では非自発的超過勤務は少ないのである。またEU諸国では法的規制により、過剰就業問題をほぼ解決した。

日本の正規雇用の25-44歳の男性のうち週60時間以上働く人の割合は2割以上に達している。また、ファーストフード店の店長のような「名ばかり管理職」や「サービス残業」が日常化する勤務実態によって過剰就業が発生し、仕事と生活の調和(ワーク・ライフ・バランス)の実現を難しくしている。この傾向は、特に男性の正規雇用者に当てはまる。

先行研究は前述の原・佐藤の研究を例外として、就業時間の長さのみに焦点を当てたものが多く、就業が非自発的かどうかという過剰就業の問題に焦点を当てていない。私の研究はそこに焦点を当て、問題を解決するには就業時間を単に減らせばよいというわけではないことを明らかにした。

過剰就業問題は労働時間の長さだけではない

――働き方は多様ですが、どんな問題が浮かび上がってきたのでしょうか?

慶應義塾大学が2000年に実施した「アジアとの家族・人口全国調査」の、20-49歳の学生を除く、男女のフルタイム就業者の標本を主に分析した。この分析の結果、過剰就業の状況は男女、常勤・パート、職種、幼児の有無、就業に対する職場の柔軟性などによって大きく異なることが分かり、また問題の根底には、わが国企業の異なる人々への異なった「働かせ方」の問題があることが分かった。

表:就業時間のミスマッチンッグと過剰就業者割合

まず男女差を見た場合、男性に過剰就業者が多いがこれは男性にフルタイム就業者が多いからで、フルタイム就業者中の過剰就業傾向には平均的には男女差は大きな差は存在しない。また、女性の希望する就業時間は短いが、それに合わせて就業時間も少なくなっているからである。しかし過剰就業を非自発的超過勤務と非自発的フルタイム就業に分けると、大きな男女の違いが表れる(前ページ表)。女性は男性に比べ非自発的超過勤務は少ないが、非自発的フルタイム就業の割合が大きい。パートタイム正規雇用が普及せず、多くの女性が不利な非正規雇用になりたくないため、パートタイム雇用を希望してもフルタイム雇用にとどまるからである。

また、幼児の有無が男女差に影響する。6歳未満の子供を持つ男性は、他の男性より非自発的超過勤務の傾向が大きくなり、女性の場合は逆に他の女性より小さくなる。この違いは未就学児童がいる場合、企業の対応が男女で接し方が違うことからくる。幼児がいれば、男女とも希望就業時間は短くなる傾向があるが、企業は男性には「子供ができたのだから、しっかり働け」と残業時間を増やし、女性には「子供がいるのだから早く帰っていいよ」といって残業時間を軽減させる傾向がある。しかし最小児が6-14歳に達すると状況が変わる。6歳未満の場合とは違い、男女ともに子供がいない場合に比べて非自発的超過勤務傾向が大きくなる。これは、希望就業時間は最小児が6-14才でも少くなるが、子供が学齢年齢に達すると、子供がいることへの女性への特別扱いがなくなるからである。

常勤と臨時・パートの雇用者の違いは、過剰就業傾向を説明する要因として、今回の分析の中で最も大きな効果が見られた。常勤者は臨時・パートより過剰就業であるが、臨時・パートよりも希望する就業時間が短いわけではなく、また就業時間の長さだけでは違いの半分程度しか説明がつかない。企業が常勤者に対しては、就業時間の希望を考慮せずに超過勤務時間を決める傾向が大きいことが、残りの半分を説明する。ここが米国と違うところで、希望する者が残業する傾向が大勢の米国に対し、わが国では企業が常勤者に対しては希望に対応せずに残業時間を決める傾向があるのである。

職種別では、事務・販売職よりも管理職・研究技術職の方が過剰就業の傾向が大きく、また学歴別では高卒に比べて大卒の方が過剰就業になっているが、これらの傾向は単純に就業時間の違いで説明できる。

「見返り的滅私奉公」の慣習は根強い

――このような問題の背景にある原因はなんでしょうか?

就業時間の絶対的な長さが、多くの人に過剰就業をもたらしている最大の原因であることは疑いがない。週60時間以上就業を希望しているのは、男性で3%前後、女性は更に少ないが、実際には約20%の有配偶男性と10%以上の無配偶男性が週60時間以上就業をしている。「過労死」などの健康問題を考えると、この過剰残業傾向には何らかの政策介入が必要と考えられる。

臨時・パートなど非正規雇用者に比べ、正規雇用者は年功賃金に伴う賃金上昇と高い雇用保障が得られる。これらは、日本の「終身雇用制度」の特質であり、正規雇用である常勤者の「表の特性」である。一方で、比較的残業時間の選択における自由度が高い臨時・パート職員に対し、企業は相対的に企業の都合で常勤者の就業時間を決める傾向が強いといえる。これは正規雇用の「裏の特性」が長時間勤務と「見返り的滅私奉公」であることを意味する。

「滅私奉公」とは古めかしい言葉であるが、残業時間について「私」である個人の都合が考慮されず企業の意向に従う傾向を意味する。これが「見返り的」であるのは、同種の仕事をしている非正規雇用者に比べ、高賃金と雇用保障を与える見返りとして「滅私奉公」的働き方が要求されていると考えられるからである。しかし、このような生産性以外のものへの見返りが経済合理性を持つとはいい難い。またこの「滅私奉公」の慣習こそが、日本の男性および総合職女性のワーク・ライフ・バランスを極めて困難にしている元凶である。

また過剰就業傾向について男女の間には顕著なパターンの差があるが、企業の雇用者の性別による対応の違いがこの差を生んでいる一因である。男女には、希望就業時間の差以上に、実際の残業時間の差があり、この事実は男性に比べ女性に対しては超過勤務に関する希望に企業がより対応していることを示している。一方女性の大多数は一般職で、雇用保障は総合職と異ならないものの、年功賃金プレミアムが少なく、賃金面で大きな不利をこうむっている。男性に比べ女性の希望に企業が応じやすいのは、高賃金と「見返り的滅私奉公」的働き方がここでもトレードオフになっているからだと考えられる。正規と非正規の差も同様だが、こういった「滅私奉公」と高賃金のトレードオフには合理的根拠はなく、また性別による企業の固定的対応が、人々の選択の自由を、男性にも女性にも、損ねている。

欧州は過剰就業防止に規制

――海外ではどのような過剰就業対策が取られていますか。

最も重要なのは1993年の欧州連合(EU)の労働時間に関する指令(Working Time Directive)の制定で、EU加盟諸国は残業時間を含めて雇用者の週平均就業時間が48時間を超えてはならないことを定めた。2000年にはEU諸国の基本的人権に関する憲章(EU Charter of Fundamental Rights)で雇用者が最大就業時間を制限する権利を持つことを基本的人権として宣言している。このためEU諸国には過剰就業の問題は非自発的フルタイム就業以外あまり問題にならない。ただしイギリスはこの指令の適用除外を選択し、1998年に同様の規制を法制化したものの、企業と雇用者が合意すれば運用について法的規制外の就業時間を採用できるようにしたので過剰就業問題も残っている。またEUは1997年のパートタイム労働指令(Part-Time Work Directive)でフル・パートの均等待遇を法制化している。

個別にはオランダでは雇用時間調整法(2000年施行)で雇用者が雇用時間を決める権利を保証し、デンマークがパートタイム就業法改正(2002年)で雇用者がペナルティーを受けずにパートタイムを選択できる権利を保証している。また、フランスではフルタイムの所定労働時間を週35時間にし(2000年施行)、イギリスではフレクシブル・ワーキング法(2003年施行)で6歳未満の児童のいる親がフレックスタイム勤務をする権利を保証するなど、独自の取り組みもある。もっとも、米国はわが国同様、労働時間や柔軟な時間の選択に関するこれらの法的規制は一切ない。しかし、米国では就業者が雇用先を選択しやすい流動的労働市場があり、柔軟に働ける職場環境も民間指導でわが国より遥かに普及し、女性の人材活用も先進国でトップクラスなので、規制の必要が少なく、この点わが国の状況とは異なり、米国で法的規制がないことを、状況の違いを無視して引き合いに出すのは不適当と考える。

正規雇用の保護緩和、非正規は待遇保障の強化を

――日本の過剰就業を減らすために必要な対策は何でしょうか?

まず週60時間以上の就業を望む者は極めて稀なので、60時間以下という就業時間規制は必要と考える。超過勤務手当てについても、日本は通常の労働時間の場合賃金の「2割5分以上5割以下」(休日労働は3割5分以上5割以下)と上乗せ率が5割以上の米国より低く、上限まで規定されている。適用除外でない雇用者の「サービス残業」も横行し、法が遵守されているとは言い難い。さらに欧米と異なり年給のかなりの部分を諸手当やボーナスで支給し、それらは時間外手当の賃金を計算する上で考慮されない。このため実質的には残業させることで企業が労働に対しかえって割安の対価を支払っている現状がある。法的改正により、適用及び適用除外を厳格化した上で、企業が残業の必要性には高い賃金インセンティブで対応し、非自発的超過勤務を増やすことで企業利益を生み出す構造をなくすべきである。

問題の根が深い見返り的滅私奉公だが、この慣習は「終身雇用」が広く一般化していたときには必要悪の面があった。終身雇用のもとでは企業は労働の需要・供給の変化に対応して雇用者数を調整することができず、就業時間を調整する必要があったからである。そのような状況では労働需要が増したときに、文句を言わず残業する雇用者が必要であった。しかし現在は非正規雇用が増大し、非正規雇用者数の調整でも可能な余地が増している。政策的対策としては解雇・一時帰休から一律に強く守られすぎている正規雇用のあり方を変え、企業が正当な理由により雇用者を解雇・一時帰休する道を開くべきである。同時に正規・非正規の均等待遇をできる限り実現し、非正規雇用にはむしろ安定化を図り、また生産性とは無関係な正規・非正規賃金格差も解消することを促進する法律を整備するべきである。

さらに企業は時間当たりの生産性を重視し、時間管理面での柔軟化と効率化を図り、文句を言わずに残業する企業への「隷属的忠誠心」や一日あたりの労働時間のインプットの多さで生産性を計る発想から一刻も早く脱却するべきである。女性や若い世代の価値観はこういった働き方とは一致しない。企業にこの古い発想が残る限り、過剰就業問題は解決せず、WLBは進まない。このままではわが国の人材資源の活用は更なる低迷を続け、生き生きとではなく、ストレスと疲労困憊の、日々を過ごす就業者が多数となることが危惧される。

「ダイバーシティ」

ダイバーシティ表紙

東洋経済新報社
2008年7月刊行

ワーク・ライフ・バランスにも深い関係のあるダイバーシティ(多様性) について書かれた山口VFの著作。

解説者紹介

1971年東京大学理学部数学科卒業。1971年-78年総理府統計局勤務。83-85年コロンビア大学公共衛生大学院助教授、85-87年カリフォルニア大学ロサンゼルス校社会学部助教授、87-91年同准教授を経て1991年よりシカゴ大学教授。2003年オランダ・ユトレヒト大学社会学部客員教授、2004年慶應大学商学部大学院客員教授を兼任。2003年よりRIETI客員研究員。研究分野は社会統計学、合理的・意図的社会行為の理論、就業と家族など。米国科学情報研究所(ISE)による研究者ランキングで、社会科学一般部門の最も学術論文が引用されている学者の一人に認定。