Research Digest (DPワンポイント解説)

ものづくりにおける深層の付加価値創造

解説者 延岡 健太郎 (一橋大学イノベーション研究センター教授)
発行日/NO. Research Digest No.0026
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国内製造業、特にエレクトロニクス産業は高い技術力を持ち、次々と高性能な新製品を開発しながら、それが企業業績に結びついていない。その原因は、技術の標準化・モジュール化が進んでいるため、高性能な新製品であっても欧米や新興国の企業に次々と模倣されやすいからだ。

延岡一橋大学教授は今回のDPで模倣されず持続的な付加価値創造を実現する条件について分析し、特許戦略よりも「組織能力の積み重ね」が重要との見方を示した。

積み重ねの力を発揮し、機能やスペックという「機能的価値」だけでなく、消費者のこだわりを演出したり、企業ユーザーへソリューションを提供したりする「意味的価値」を創出することが企業業績に結びつくのだ。

しかしながら、日本の「ものづくり」は意味的価値の創出に大きな問題を抱えていると指摘する。

――日本の製造業のあり方、特に高い技術力と低い収益性について注目されていますが、そうした問題意識を持たれた理由をお話ください。

私が工学部を卒業したころ、理科系で最も優秀な学生は、現在最も国内製造業で競争力があるといわれる自動車産業ではなく、情報技術(IT)やエレクトロニクス産業に就職していきました。2000人近い博士をかかえている総合電機メーカーもありますが、その収益率は極めて低い状況です。エレクトロニクス産業の利益率は、30年以上にわたり下がり続けており、1980年代前半までは8%を超えていた営業利益率が、過去10年の平均で3%にも満たない水準に低下しています。

これは主要な電機メーカーでも同様の傾向です。トヨタ自動車や日産自動車、ホンダなど自動車大手5社とソニーや日立製作所、東芝など電機大手5社を比べると、売上高では2002年度に自動車5社が電機5社を上回り、07年度では自動車が50兆円、一方、電機は40兆円弱と差がつきました。また、営業利益では、自動車5社は4兆円を超え、電機5社の4倍に達しています。

図表1:電機と自動車:営業利益の代表5社合計比較

電機・ITメーカーのような日本で最も優秀な技術者を抱えた企業が、人材の能力に相応して「普通」に付加価値、利益をあげていれば、日本はもっと繁栄するはずです。「社会保障の財源がないから消費税を引き上げる」という議論は起きていないかもしれないと思います。

高性能・高機能だけでは利益上がらず

――電機メーカーの不振は商品開発に問題があるからではないですか。

日本の製造業は、高い技術力を生かして新製品を次々に開発してきました。薄型テレビやDVDレコーダー、デジタルカメラなどは日本が世界に先駆けてイノベーションをリードしてきましたし、現在でも新製品の開発能力が落ちたわけではありません。問題は、優れた革新的な商品を効率的に開発、製造、販売しても、製品価格が急速に低下してしまい大きな利益に結びついていないことなのです。

製品価格低下の第一の理由として、近年の商品は、標準化・モジュール化が進み、標準化した部品を購入して組み合わせるだけで比較的簡単に商品開発や製造ができてしまうことが挙げられます。新製品を開発しても製品の差別化が難しく、日本の技術レベルに達していない中国企業などでも模倣できるため、すぐに過当競争に陥り、利益を上げにくくなります。DVDプレイヤーは、その典型的な商品です。標準化自体は製品の品質を高め安価にする、いわゆる産業の効率化には効果的ですが、進めていくと結果としてコスト競争になります。こうした競争に陥ると、日本の企業は中国企業も含めてグローバルに水平分業した企業群には太刀打ちできません。

2つ目の理由は、顧客が、独自性に優れた高性能な製品に対し、その対価を支払わない傾向にあることです。電子化、デジタル化が進み、技術レベル全体が高まったことで、普通の製品でも十分に顧客満足が得られるようになってきています。パソコンなどはその典型で、いくら性能を上げても価格は維持できなくなっています。最先端の機能・スピードを搭載していなくても、普通のパソコンで一般的な顧客のニーズは十分に上回っており、デジタルカメラの画素数や携帯電話の通信速度なども一般消費者のニーズを超えてしまっています。

米国では、部品を寄せ集めて製造したVIZIO社の薄型テレビが、世界最先端のシャープなどを押さえ、一時的にせよ2007年に国内最大のシェアを獲得しました。シャープ製品の方が高性能であっても、顧客にそれを価値として認識してもらえていない状態だといえます。つまり、独自性と顧客価値の両方がそろわないと、付加価値創造=高い業績にはなかなか結びつかないのです。

独自性確保には特許より組織的積み重ね

――模倣されない独自性を保つために重要なこと何でしょうか。

真似されないためには、重要な技術の特許戦略や業界標準の獲得が大切と一般に言われますが、私の調査研究では、もっと重要なことは組織の中で長年積み重ねないと構築できない組織能力だとわかってきました。例えて言うならば、長い年月をかけて訓練したオリンピック選手の技能は、多額の資金を投入しても1、2年で簡単に習得できないのと同じで、長年試行錯誤を繰り返し鍛え続けることによって組織内で蓄積されてきた技術は、決して短期間で模倣することはできません。本DPでは、大手総合電機メーカー2社で、競合他社に対して優位性を保ち、業績に貢献している86の中核技術を選択してもらい、それらの技術に関して調査しました。

86の中でも特に「業績への貢献」が大きい大型薄型テレビの画像処理技術や高速無線通信技術など29の技術について特徴を調べると、強みの源泉として特許や業界標準だけに依存していたのは1事例のみでした。逆に特許や業界標準は関係なく、技術に関する組織能力の積み重ねこそが強みの源泉であるとの回答は17事例、59%にのぼりました。

図表2:技術が「模倣されず」持続的に業績に結びつく理由

組織的な積み重ねとは、長年蓄積してきたノウハウやスキル、試行錯誤で得た経験知として議論していますが、具体的には(1)「技術者の学習」(2)「製造設備・実験機器」(3)「擦り合わせ能力」です。

まず(1)については、技術者が試行錯誤を繰り返して学習することで、問題解決能力が高まりますが、特定の組織における個人の学習は時間がかかるうえ、学習内容はその組織でしか使えない場合が多いです。技術力とは、実は技術者の能力そのものであることが多いのです。

(2)の独自に改善を積み重ねた製造設備は、技術をブラックボックス化するには最も有効です。過去の実験データやノウハウが反映した実験機器も同じく重要です。こうした生産関連技術は、競合他社が直接見たり分析したりできません。また顧客ニーズの変化に直接さらされる製品技術は持続的な強みの蓄積が難しいですが、生産技術は比較的長期間にわたり強みとして蓄積できます。

(3)の組織的な擦り合わせ能力は、特定の技術を多様な商品に活用するために欠かせません。社内の多様な技術を融合することと、頻繁な新商品開発による組織能力の向上には高い相関があります。事業部や研究所を横断した商品開発プロジェクトを頻繁に実施すると、擦り合わせの組織能力が構築されてくるのです。

これら3つの組織的な積み重ねは、短い期間に多額の研究開発費をつぎ込んでも、同じ成果を期待することはできません。特定組織の特殊性もあり、模倣は難しいのです。組織能力の積み重ねとは属人的な部分が大きく、人材が流動化してしまうと蓄積できないため、米国企業が日本企業の組織能力の積み重ねを真似ようとしても、短期間で転職することが前提の雇用システムの下では不可能です。よって、日本企業はこの点について優位な立場にいると思います。

顧客への意味的価値の提供が必要

――組織的積み重ねで優位な日本企業がなぜ苦戦しているのでしょうか。

日本企業は、確かにパソコンやデジカメを小型化したり、薄型テレビを高画質化したりするなど技術スペックや品質に関して優位性を実現できることが多いです。しかし前述したように、優位性に対して顧客が対価を支払わないと意味がありません。

例えばパソコンではワープロとインターネット、携帯電話は電話とメールが使えれば十分と考えている人が多くなっています。従って、単にパソコンのCPUの速度を上げたり、デジカメの画素数を増やしたり、携帯電話の通信速度を上げても、顧客は価値を認識してくれません。デジタル機器の分野では技術レベルが向上する一方で顧客ニーズが頭打ちし、そのニーズにはどんな企業でも簡単に対応できてしまうほど技術レベルが向上し、企業能力が均一化しているのです。

この頭打ちを打破するには、顧客ニーズの伸長と転換が求められます。例えばパソコンで映画のような高画質の動画を見たり、ビデオや写真の編集をしたりするという新たな機能価値を創造すれば、CPUやハードディスクに求められる性能が高まり、顧客が技術発展を望むようになります。またノートパソコンからモバイルパソコンへという動きのように、CPUの速さやハードディスクの機能向上には逆行しても、モバイルという価値を生み出し、ニーズを転換することも必要になります。

ただ、こうした機能的な価値だけでは顧客ニーズの頭打ちを防ぐには限界があります。そこで、機能やスペックではなく、商品に対して特別な意味を見出すことにより対価を顧客に支払ってもらえる意味的価値が大切になってきます。日本企業が得意な擦り合わせによる高度なものづくりと顧客価値との関係に着目し、パソコンと自動車を比較すると、ものづくりが高度になればなるほど、顧客価値の上昇に大きな差がでていくことが分かります。

その理由として、自動車の場合、かっこ良さや、ステータス性などに顧客がこだわりや自己表現を感じており、それが意味的価値と認識され、対価が支払われていることが挙げられます。高級車も大衆車も日常の移動手段としての機能はほとんど一緒ですが、販売価格は数百万円単位で違います。最近の例では任天堂のゲーム機や米アップル社の携帯音楽プレイヤー・携帯電話の成功がありますが、いずれも単純な機能競争からは脱却し消費者の隠れていたニーズをくすぐり、顧客は意味的価値に対価を支払っています。

企業が顧客である生産財でも、基本機能やスペックだけで取引価格は決まっていません。品質は同じでも、ソリューション提供やアフターサービスの良さに対価が支払われることは珍しくありません。生産財において、消費財のこだわりや自己表現に相当する価値は、ソリューションとネットワークです。例えば、センサー企業のキーエンス社は、2000人の従業員の半分以上がコンサルタント営業に取り組み、顧客の電機メーカーなどが気づいていない商品を提案、提供し続け、20年近く40-50%の売上高営業利益率を持続しています。この場合、顧客のビジネスを顧客自身よりも知り尽くしていることが必要になります。単にハードのシステムを売りつけるだけでは、意味的価値に値する対価は支払ってもらえません。

ネットワーク価値とは、生産財の製造企業は広範囲の顧客取引があることを活用して、顧客に価値を創出することです。マイクロソフトやインテルは、機能だけでなく業界標準を構築、管理する仕組みと組織能力を有しており、顧客は、製品の機能だけでなく業界標準を使うことによって得られる利便性から生まれる価値を期待して、対価を払っています。

図表3:擦り合わせによる高度なものづくりと顧客価値の関係
図表4:機能的価値と意味的価値

安く作って高く売る、発想の転換を

――日本のものづくりは、いいものを安く提供してきましたが。

組織能力の積み重ねでものづくりの優位性があっても、顧客がその価値を認識しなければ意味はありません。雑音のない携帯オーディオや普通に映りのよい大型液晶テレビならば、標準化された部品のモジュールを組み合わせるとできてしまう。これでは、組織能力を活用できず、日本企業の存在価値はなくなってしまいます。

自動車産業では、顧客が意味的価値を認識しており、日本企業は比較的高い収益を上げています。一方で、大型薄型テレビ等のデジタル家電製品は、価格競争に陥っており、心配な状況です。意味的価値は成り行きまかせでは創造できません。家具の価格が機能だけで決まっているわけではないように、自宅のリビングを最も占有する大型テレビも、同様に意味的価値が創造できないはずはないと思います。いいものをできるだけ安くだけではなく、「安く作って高く売る」という発想に転換、努力しなくてはいけない時期にきています。別に暴利をむさぼるのではなく、組織能力を生かした意味的価値という深層の付加価値創造で、5%高く商品やサービスを販売できれば、苦戦を脱して成長が可能になるのではないでしょうか。機能的価値という表層の付加価値創造だけでは今後、日本のものづくりが競争力を維持することは難しいと思います。

図表5:「深層の価値創造」

解説者紹介

延岡健太郎顔写真

延岡 健太郎

大阪大学工学部卒業。マサチューセッツ工科大学経営学博士号取得。マツダ株式会社で商品戦略を担当し、神戸大学経済経営研究所助教授、教授を経て現職。主な著作は『MOT(技術経営)入門』有斐閣(2006)、『製品開発の知識』日本経済新聞社(2002)等。『Thinking beyond Lean』Free Press (1998)は中国語・韓国語・仏語へも翻訳。『マルチプロジェクト戦略』有斐閣(1996)で日経経済図書文化賞受賞。