Research Digest (DPワンポイント解説)

日本企業の海外アウトソーシングを解剖する

解説者 冨浦 英一 (ファカルティフェロー)
発行日/NO. Research Digest No.0021
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企業の海外展開が活発化する中で、日本企業の海外アウトソーシングも増えていると言われているが、その全体像はこれまで明らかでなかった。

冨浦英一RIETIファカルティフェローらのグループは、大規模なアンケート調査を実施し、アウトソーシング先の地域、業務内容、委託先企業の特性を探るとともに、日本企業の海外アウトソーシング戦略の実態と課題を浮き彫りにした。

冨浦氏は、日本企業の海外アウトソーシングはまだ十分とは言えない点を指摘し、今回の調査結果をさらに発展させ、詳細な日本企業のアウトソーシング行動の分析を続けていくと語った。

2つの金融制約をマクロ経済モデルに導入

――今回、アウトソーシングについて実態研究を手掛けられた目的は何ですか。

1つは、最近増えていると言われる海外へのアウトソーシングの実態を把握することです。米国でソフト開発のインドへのアウトソーシングが増えたとか、日本の製造業の中国への業務委託が増えたといった個別のニュースは日常よく聞きますが、その全体像は必ずしも明らかではありません。例えば、全体で何割ぐらいの企業が国境をまたいでアウトソーシングしているのか自体わかっていません。また、製造業におけるアウトソーシングといっても、アウトソースされる業務内容は、研究開発、顧客サポート、本社の総務・会計等に広がってきています。しかし、日本だけでなく米国などでも、アウトソーシングに関する現実に即したデータはあまりないままに議論が進行しているのが現状です。そこで、まずは経済学的な実証研究に耐える客観的なデータを収集することを最大の目的としました。直ちに具体的な政策提言につながらなくても、冷静な政策議論の前提となる現状把握が重要だと考えたからです。

もう1つの目的は、経済理論の研究において、国内か海外か、社内か社外かの組み合わせにより企業の海外展開を分析する新しい理論モデルが近年次々と提示されていますが、それが現実に妥当しているか検証することです。直接的なデータがないために、こうした新しい国際貿易理論の実証分析は、日本に限らず欧米でも、これまでほとんど行われていませんでしたが、今回の調査で得られたデータを使って初めてそれが可能になると考えました。

――今回の調査の意義をもう少し詳しく話していただけますか。

この調査を実施したのは、企業が海外にアウトソーシングする条件が整ってきたことも背景にあります。世界的に貿易や直接投資の自由化が進み、国際分業を細かく展開する条件が整備されてきました。加えて、技術的には、情報技術(IT)革命でデジタル化できる作業が増え、研究開発においても、設計図をデジタル画像で遠隔地間でも簡単にやり取りできるようになりました。ただ、そうは言っても、未だにフェース・ツー・フェースでやらなければうまくいかない業務(task)もあるなど、業務のタイプによってアウトソーシングしやすいものとしにくいものがあります。そこで今回の調査では初めて、業務の内容までブレークダウンして調べました。この点がこれまでの調査と大きく違い、意義のある点だと思います。海外アウトソーシングの実態を、できるだけ細かく類型に分けて解剖(dissect)してみようという問題意識です。

約10年前に通産省(当時)が実施した「商工業実態基本調査」では、中小企業も含む国内外への外注について調べられていて、この企業ミクロ・データを用いて、以前私は、海外にアウトソーシングしている企業の生産性は国内にとどまる企業よりも高いが海外直接投資している企業ほどは高くないことを、Journal of International Economicsに掲載された論文で発見しましたが、製造業務の外注だけが調査対象でした。今回の調査では、研究開発、顧客サービス等のサービス業務のアウトソーシングも幅広く対象としている点が特徴です。従業員50人以上の日本の製造業企業約1万4000社にアンケートを発送し、約5500社から回答を得ました。各方面のご尽力により、この種の調査としては比較的高い回収率が実現できました。今回のアンケートによって、製造業に限れば日本のアウトソーシングの大枠はほぼ把握できた、少なくとも、全貌把握の端緒とはなったのではと思っています。

――今回の調査の手法、アンケートの質問内容はどのようなものですか。

アンケートに回答して頂く企業の皆様の記入負担を少しでも減らすため、具体的な金額や数量を調べるのは断念して、単純にアウトソーシングをしているかどうか○×式を中心に尋ねました。5年前からの変化も聞いています。

具体的な質問では、どういう業務を、どの地域で、どういったタイプの企業にアウトソーシングしているかを尋ねました。業務の類型としては、工具・金型の製造、部品・中間財の製造、最終組立の生産関連に加えて、研究開発、情報サービス、顧客サポート、法律・会計・財務等の専門的業務、その他の業務から選択してもらいました(表1・表2)。

表1 海外アウトソーシングの業務別・地域別構成(%)
表2 海外アウトソーシングの業務別・委託先タイプ別構成(%)

大きい海外アウトソーシングの余地

――アンケート調査結果はどうでしたか。

アウトソーシングが注目されている割には、海外アウトソーシングを実施している企業は5社に1社程度で意外に少なかったですね。5年前と比べると増加率は約35%と大きかったのですが、絶対数ではまだまだ少ない。今回の調査は中小企業を対象としていないので、中小企業を含めれば、日本の製造業のかなりの企業はいまだに海外アウトソーシングを活用していないことになります。

海外アウトソーシングを始めた企業がある一方で、やめた企業もあり、その出入りも、今回の調査で初めて明らかになりました。それによると、5年前との比較では新たに始めた企業は約6%あり、やめた企業は約1%でした。5年前にアウトソーシングしていた全ての企業が現在も続けているわけではないということです。また、国内でアウトソーシングをせずに海外にアウトソーシングをしている企業は極めて稀であることも確認されました。

――アウトソーシングする作業のタイプ別・地域別に見た調査からわかったことは何ですか。

製造業では、国内、海外を問わず、生産関連以外の部門でのアウトソーシングは非常に少ないということです。例えば、部品・中間財について見ると、国内では30%、海外では35%、最終組立・最終財加工については国内では25%、海外では35%の企業がそれぞれアウトソーシングを実施しています。それに比べて研究開発では国内・海外とも3%台、顧客サポートは国内で1%台、海外で4%台にとどまっています。

この背景としては、今回の調査からは離れた推測も交じりますが、日本企業はサービス関連業務の社外委託自体にまだ馴染んでいないのではないでしょうか。社内に終身雇用の社員がいて、それぞれの会社固有のやり方で阿吽の呼吸で業務をこなしているのがまだまだ多く、社外への委託の指示書や契約書を、外国の方にも法的に紛れのない形式で伝わるように明確に書くのに慣れていないといった点もあるのかも知れません。

海外と国内のアウトソーシングにおける業務の構成は大体似ていますが違いもあります。まず、生産関連の業務では工具・金型に関しては国内でのアウトソーシングが多く、中間財は海外のアウトソーシングが多い。この違いは、工具・金型生産は企業の技術選択や研究開発戦略と関連しエンジニアリングの調整がフェース・ツー・フェースで行う必要があるからではないかと解釈できると思います。サービス関連の業務では、情報処理と専門的サービスは国内アウトソーシングが多くなっていますが、これは言葉の障壁による部分があるのではないでしょうか。

地域別に見てわかったことは、中国へのアウトソーシングが全体の53%を占め圧倒的に多かったことです(表1)。5年前と比べたところ、海外アウトソーシングの増加分の72%は中国によるものでした。この結果は予想されたことですが、生産関連だけでなくサービス関連の業務でも中国が大きな割合を占めていることが確認されました。

4割が自社海外子会社にアウトソーシング

――海外アウトソーシングをパートナーのタイプ別に分析した結果はどうですか。

アンケートでは、パートナーを、自社の海外子会社、別の日本企業の海外子会社、海外の地場企業あるいは外国の多国籍企業の子会社に分けて聞いていますが、ここでわかったのは、海外アウトソーシング全体の39%が自社子会社をパートナーに選んでいることです(表2)。自社の海外子会社へのアウトソーシングは、別法人ですので確かに「アウトソーシング」に当たりますが、経済実態としては多国籍企業の企業内取引の一部です。こうした形態が、国境を越えたアウトソーシングのうち実に4割近くを占めているという事実は一つの新しい発見だと考えます。各種業務の内でも、特に、研究開発、顧客サポート等は比較的よく自社の海外子会社にアウトソーシングされる傾向があります。これらの業務は社外にノウハウを流出させたくないといった配慮があると思われます。半面、発注の仕様が比較的明確な中間財の生産については、他の日本企業の子会社へ委託するケースが多いようですが、全業務では、日本企業子会社へのアウトソーシングは15%しか占めていません。外国企業へのアウトソーシングは45%を占めます。これは、日本企業は、日本企業同士で閉じた海外ネットワークだけでアウトソーシングを進めるという従来の認識がもはや時代遅れであることを示すものです。

――海外アウトソーシングを始めた要因、やめた要因も尋ねていますね。

予想通り、中間財の生産のアウトソーシングには、生産コスト・賃金が最も大きな要因になっていることがわかりました(表3)。その他、技術水準も比較的大きな要因になっています。一方、法務・財務といった専門的サービスについては、現地国の規制緩和が影響していることがわかりました。また、委託先の候補となる企業に関する情報の提供も、外国企業にアウトソースする場合には重要な要因になっているようです。

――今後は、今回の調査を基にどのような研究をされる計画ですか。

先般発表したディスカッション・ペーパーは、今回のアンケート調査結果について、とりあえず早く生のデータを集計・整理して提供することに主眼がありました。この貴重なデータを活かして、今後は、経済学の理論仮説の検証につなげるべく、企業や業種の特性を勘案した計量的実証研究を続けていくつもりです。

解説者紹介

東京大学経済学部卒業、マサチューセッツ工科大学(MIT)Ph.D.取得。84年通商産業省入省、大臣官房企画調査官、信州大学経済学部助教授、神戸大学経済経営研究所助教授、教授などを経て05年3月から現職。2006年4月からRIETIファカルティフェロー。専門は国際貿易関連の計量実証分析。論文は、" Foreign Outsourcing, Exporting, and FDI: A Productivity Comparison at the Firm Level",Journal of International Economics(2007) ほか。