Research Digest (DPワンポイント解説)

京滋地域の製品開発型中小企業と産業クラスター形成状況

解説者 児玉 俊洋 (京都大学経済研究所付属先端政策分析研究センター教授)
発行日/NO. Research Digest No.0008
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児玉俊洋教授らは、京都府南部から滋賀県南部にかけての地域(京滋地域)の機械金属系製造企業を対象にして行ったアンケート調査結果をもとに、設計能力を持ち、自社製品の売り上げがある「製品開発型」中小企業が、産業クラスター形成の担い手として期待されることを指摘している。さらに大企業とこれら技術革新力の高い「製品開発型」中小企業との製品開発段階での連携を促進するための課題を探っている。これを踏まえ政策当局に対しては、両者の連携を促進するための仲介機能や企業情報発信の仕組みを整備すると共に、産業クラスター政策の今後の展開の方向性として、従来の地域経済活性化のための政策としての位置づけから、国際競争力強化の鍵を握るイノベーション政策としての位置づけへ転換すべきであることを提言する。

クラスター形成の担い手としての「製品開発型」中小企業

――今回の論文の問題意識についてお聞かせ下さい。

今回の論文のもとになっている調査の目的は、産業クラスター形成の担い手となるような中小企業を探すことです。産業クラスターとは、産業集積の中に新技術と新製品の開発と事業化につながる産学間および企業間の連携を中心とするネットワークが発達した状態を意味すると考えています。クラスター形成には、新技術、新製品開発の成果を最終的に市場化、事業化する力のある企業が必要ですが、実際にはそのような企業の存在が十分に見つかっていない地域が多く、大学が地域企業との連携を行おうとしてもどのような企業にアプローチすればよいのかが分からず、連携の成果を十分にあげることができないといった話も耳にします。そこで今回の京磁地域の調査を通して、クラスターの担い手となりうる中小企業の存在を把握し、対象地域、そして国全体のクラスター政策への提言に結びつけることが本論文の目的です。

――論文では、クラスター形成の担い手となりうる中小企業の類型として「製品開発型」中小企業に注目されていますね。

「製品開発型」中小企業とは、製造業において設計能力があり、かつ自社製品(自社の企画・設計による製品、部品を指し、自社ブランドだけでなく他社へのOEM供給製品を含む)の売り上げがある中小企業を指します。これらの要素に注目したのは、その企業が市場ニーズを把握し、そのニーズに基づいて製品を企画・開発し事業化できる力があるかどうかの判断材料になるからです。日本の中小企業の中には、研究開発に取り組んでいるという意味の「研究開発型」中小企業も多いですが、「研究開発型」中小企業は開発した製品が売れず経営的にはあまりうまくいっていない企業が多いのも事実です。それは、「研究開発力=製品開発力」ではない、研究開発に力を入れているだけでは、その企業が市場で魅力的な製品を生み出す力を持っているかどうかわからないからです。

「製品開発型」中小企業の対概念としての「非製品型」中小企業には、製造業にとっての基盤的な加工を担う「基盤技術型」中小企業と、研究開発を行っているが自社製品の市場化には至っていない「研究開発型」中小企業が含まれます。「製品開発型」と「非製品型」との間で、企業業績や成長力に決定的な相違があるわけではなく、また、地域のイノベーションにとっては両者とも不可欠の存在でありますが、新技術・新製品開発のための連携という観点からは、それへの指向性や適合性から「製品開発型」が連携の直接のターゲットとして有望であると考えています。

――製品開発型中小企業が、産業クラスターを形成する重要な担い手となるわけですね。

「製品開発型」の企業類型のみにこだわるわけではありませんが、製品開発型中小企業は、産業クラスター形成の担い手になりうる最も典型的な企業類型だと思います。なぜなら、産業クラスターの中核的な要素は、新技術・新製品開発のための産学連携、企業間連携であり、その担い手となる企業には、大学や他企業の技術や知識を活用して自らの製品を開発し、事業化する力(「技術吸収力」)が必要だからです。日本の産業クラスター政策および知的クラスター政策におけるクラスター概念を、ポーターに代表される欧米のクラスター概念と同様のものであると考えると、この点はあまり明らかでありません。しかし、日本のクラスター政策におけるクラスター概念には、ポーターのクラスター概念とは異なる点があると思います。クラスターの定義を「地理的集中」、「特定分野性」、「構成主体間の関係」の3点に分けて考えると、「地理的集中」が定義の要素であることは、日本のクラスター政策におけるクラスターもポーターのクラスター概念も共通ですが、ポーターのクラスター概念に見られる「特定分野性」は日本では必ずしも当てはまらない。最も異なるのが「構成主体間の関係」であり、ポーターでは投入・産出関係からなる生産分業ネットワークが中心であり、生産分業ネットワークがイノベーションに貢献するというロジックであるのに対して、日本では、既に発達した生産分業ネットワークが存在しているのであり、新たに必要なこととしてイノベーションを生み出すため異なる技術や知識の連携(産学官・異分野・異業種等)やそのような連携が網の目のようになったネットワークを形成することがクラスター政策の主眼となっています。そこでは、製品開発型中小企業のような存在が必要だと思います。

製品開発型で大学との連携実施企業が急増

――今回京滋地域の中小企業にアンケートされたのは、前回(2003年3月)首都圏西部のTAMAで実施されたものに続くものですね

そうです。TAMAプロジェクトは1996年度から調査と準備作業が行われ、2001年度から経済産業省が各地で展開している産業クラスター計画の1つの重要な先行モデル事例とみなされているものです。その対象地域を調査した結果と今回の調査結果を適宜比較検討し、分析結果の妥当性を検証するための参照値にしています。

アンケートの概要
本論文の分析対象となったアンケート調査は、2006年11~12月に京都市近郊と滋賀県南部地域(京滋地域と表記)にある中堅・中小企業2,183社(対象業種は電機・電子、精密機械をはじめとする機械金属系製造業)および資本金50億円以上企業14社に対して実施された。回答を得た企業は中堅・中小企業が371社(回答率17.0%)、大企業が7社(同50.0%)だった。本論文は主に中小企業368社(製品開発型と非製品型が各184社)についての集計結果をもとにしている。

――アンケート調査と回答結果の概要をお聞かせ下さい。

アンケート調査では、企業概要、および、「製品開発型」の定義に該当するかどうかを確認する設計機能と自社製品の有無を調査し、その上で、受発注取引関係、研究開発費と研究開発成果(特許出願件数、新製品件数、工程・加工法関連新技術件数など)、産学連携と企業間連携(新技術・新製品開発目的のもの)の有無およびその効果と問題点、創業経緯などについて調査しました。

集計結果を製品開発型と非製品型で比較しながら要約すると、以下のことが言えると思います。

(1) 2001~05年度の売上高増減率を両者で比べると、平均的には製品開発型の方が若干高いが、統計的に明確な相違は見られない。しかし、以下の諸点に見られるように、製品開発型中小企業は、研究開発や産学連携や産業クラスター政策の直接のターゲットとして有望な企業類型である。

(2) 受発注取引関係を見ると、製品開発型企業の場合、受注先数が多く地域的に広がりがある。また、京滋地域内を中心として発注先数が多く、当該企業が地域内の中核的機能を担っていることを物語っている。

(3) 研究開発投入指標として対売上高研究開発費比率を見ると、製品開発型が非製品型を大きく上回っている。

(4) 研究開発成果指標としての最近3年間の特許出願件数、同期間の新製品発売件数、同期間に実用化した工程・加工法関連新技術件数のいずれも製品開発型が非製品型を大きく凌駕している。

(5) 製品開発型企業は新技術・新製品開発のために外部組織(大学、公設試験場、大企業、他の中小企業)との連携指向性が高い。とりわけ大学との連携実施企業数が急増している点が注目される。

図 京滋地域の製品開発型中小企業における大学との連携実施企業割合

以上の結果は単純に回答データを集計して得られたものであり、企業規模、企業年齢の影響等が考慮されていません。そこでこれらの要因をコントロールしたうえでの製品開発型企業と連携の効果を検証するため、計量分析も行いました。主要な分析項目は研究開発の成果指標、新技術・新製品の開発を目的とした外部組織との連携の確率、相手先種別ごとの連携の活用度合い(技術吸収力)です。計量分析の結果、次の3点を確認しました。

第一に、製品開発型中小企業は、3つの研究開発成果指標(特許出願件数、新製品件数、工程・加工法関連新技術件数)で表される研究開発力が高い(ただし、工程・加工法関連新技術件数については有意性が弱まる)ことが確認できました。これらの指標は、技術シーズの開発から新製品の市場化または技術の実用化までをカバーしているので、製品開発型中小企業は「技術革新力」が高いということが言えます。

第二に、製品開発型中小企業は、新技術・新製品開発を目的とした連携に関して、産学連携および大企業との連携を実施する確率が高いことが確認できました。

第三に、製品開発型中小企業は、産学連携、大企業との連携、他の中小企業との連携を特許出願や新製品開発などの研究開発成果に有効に活用している、すなわち「技術吸収力」が高いことが確認できました。

大企業と製品開発型中小企業との連携促進のための課題

――中小企業向けとは別に、大企業にもアンケートをされましたね。

技術革新力の高い製品開発型中小企業は、以前の調査でTAMAには多数存在することがわかってましたが、今回の調査で京滋地域にも多数存在することが確認できました。首都圏全体、中京圏、京阪神全体といった大都市圏を調べればもっとたくさんの製品開発型中小企業が見つかるはずです。これらの製品開発型中小企業の多くはそれぞれの専門分野で優れたコア技術を持っており、最終消費財分野を中心とするグローバルな市場で、激化する開発競争を生き抜くため多様な要素技術を必要としている大企業にとっても、これらの製品開発型中小企業が製品開発段階の連携先として機能するようになることは、日本のイノベーションシステムとしても重要なことだと思います。しかし、現状では、大企業にとって国内の中小企業は、技術力が高くてもいわゆるベンチャー企業と呼ばれるものも含めて開発目的の連携先として決して大きな位置づけを与えられていません。今回、資本金50億円以上の大企業には、そのような観点から、国内の技術力のある中小企業、ベンチャー企業との連携を拡大する可能性があるかどうかを調査しました。サンプル数は7社(回答率は50%)と少ないですが、これらの企業の売り上げ規模は合計およそ1兆6千億円であり、7社といえども大きな影響力を持つサンプルです。調査の結果、回答頂いた大企業にとっては、(1) 外部との連携の必要性は増大しているが、連携先としての国内中小企業・ベンチャー企業の位置づけは小さい、(2) しかし、それは、国内に技術力のある中小企業・ベンチャー企業がいないと思っているからではなく、必要な技術を持った中小企業を探すのに時間やコストがかかること、たとえ連携先候補となる中小企業が見つかってもその技術力等の評価が容易ではないこと、等の問題点があることが判明しました。また、大企業との連携を模索する製品開発型中小企業にとっても、相手方への技術・情報の漏洩の恐れや、成果の配分等における交渉上の不安、さらには人材・資金不足等が大きなネックとなっています。

結論と政策示唆

――以上の分析結果を踏まえた政策的なインプリケーションは、どのようにお考えですか。

分析結果を結論的にまとめれば、以下のことが言えると思います。

(1) 京滋地域には、技術革新力に優れた製品開発型中小企業が多数存在する。これらの企業には、先行研究で明らかになったTAMA域内での連携実績に比べると、まだ、産学連携、企業間連携が広がる余地は大きい。

(2) 同地域では生産分業ネットワークが発達し、また、大企業と大学の連携を中心として産業クラスターの核となる連携形成が進展している。しかし、産業クラスター形成に製品開発型中小企業が参加する余地が大きいと見られる。

(3) 大企業にとって、技術力・開発力のある中小企業が開発目的の連携先として十分に位置づけられていない。その一因は探索費用や情報の非対称性にある。

以上の点を踏まえて、政策示唆としては、各地の産業クラスタープロジェクトにおいて、製品開発型中小企業を重点的に発掘し、クラスター活動への参加を呼びかけていくことが重要だと思います。知的クラスタープロジェクトの研究開発成果を活用する企業や大学の連携先を探す際にも同様です。因みに、今回のアンケート実施にあたっては、対象地域のクラスター関連政策の担当機関への紹介希望有無を回答してもらい、希望する企業を担当機関に紹介するという、実践的な活動も行いました。

産業クラスター政策の本格的なイノベーション政策への転換を

――国全体の産業クラスター政策についてはどのような課題があると考えていますか。

経済産業省の新経済成長戦略の中で、産業クラスター政策は地域活性化政策に位置づけられていますが、イノベーション政策としては明確に位置づけられていません。しかし、産業クラスター政策は本来イノベーション政策としても位置づけるべき政策だと考えます。そうなっていないのは、各地の産業クラスタープロジェクトで、成果事例は増えているもののインパクトのある大型商品が現れていないためだと思います。数は少なくても、いくつかの市場規模の大きな商品を生み出す必要があると思います。そのために、大企業と製品開発型中小企業のような専門技術分野で優れたコア技術を持つ中小企業との、製品開発段階での連携を促進することが重要だと思います。最近、大都市圏の産業クラスタープロジェクトで、そのような大企業と開発力に優れた中小企業との連携を推進する事業がスタートしました。関西フロントランナープロジェクトにおける「情報家電ビジネスパートナーズ(DCP)」、TAMAプロジェクトにおける「製品・技術交流スクエア事業」、東海ものづくり創生プロジェクトにおける「情報支援ネット」です。これらの事業を活用しつつ、経済効果に結びついた実績を挙げることによって、イノベーション政策としての産業クラスター政策が展開されることを期待しています。

――TAMA、京滋と現地調査を手がけられた。次のステップは。

京滋地域の調査結果については、京都府・市、滋賀県、近畿経済産業局およびこれらに関連する産業支援機関の方々と研究会を設置し、調査結果をフォローアップし、具体的な政策提言につなげるための検討を行います。実証分析としては、RIETIの工業統計表パネルデータを活用して、分析対象企業のデータ期間を拡大することや、利用可能性のある他地域のデータ分析を考えています。理論研究としては、既存のクラスター関連理論との関係整理および中小企業とイノベーションの関係に関する既存研究のサーベイを行います。情報の経済学、ゲーム理論等のミクロ経済理論のクラスター分析への応用にも取り組みます。

解説者紹介

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児玉 俊洋

東京大学経済学部卒業。1979年通商産業省(当時)入省後、中小企業庁長官官房調査課長、関東通商産業局商工部長、産業企画部長等を経て、2001年から2005年までRIETI上席研究員、2005年より京都大学経済研究所付属先端政策分析研究センター教授、2005年から2006年までRIETIファカルティフェロー。主な研究分野は、地域クラスター、成長部門への労働移動等。代表的な著作は、樋口美雄・児玉俊洋・阿部正浩編著(2005)『労働市場設計の経済分析-マッチング機能の強化に向けて』東洋経済新報社、後藤晃・児玉俊洋編(2006)『日本のイノベーション・システム-日本経済復活の基盤構築に向けて』東京大学出版会、児玉俊洋(2005)「産業クラスター形成における製品開発型中小企業の役割-TAMA(技術先進首都圏地域)に関する実証分析に基づいて-」RIETI Discussion Paper Series 05-J-026。