Research Digest (DPワンポイント解説)

夫婦関係満足度とワークライフバランス-少子化対策の欠かせない視点-

解説者 山口 一男 (客員研究員)
発行日/NO. Research Digest No.0006
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少子化が深刻な問題となっている現在、ワークライフバランス(仕事と家庭生活の調和)の観点から労働市場、雇用形態の見直しが課題となっているが、山口一男RIETI客員研究員は、妻の夫婦関係満足度と夫への信頼度に焦点を当て、家庭からの変革を提唱する。論文では、少子化問題は労働市場と家庭の両面からの改革なくして解決は困難であることを浮き彫りにした。

――夫婦関係満足度の少子化への影響と、ワークライフバランス(仕事と生活の調和)との関係をテーマに選んだ理由は何です。

今回の論文は少子化に関する私の3つ目の論文です。1つ目は、女性の出生意欲と実際の出生行動の関係を調べ、出生意欲が育児休業取得可能か否かや家庭の日常生活のあり方、特に夫婦の夫婦関係満足度とワークライフバランス-少子化対策の欠かせない視点-対話の有無などに依存することを明らかにしました。今回は後者の点をより体系的に分析しようと思ったのです。2つ目の研究では、OECD諸国の少子化と女性の労働力参加率増加の関係を調べ、平均的には労働力参加率が増大すれば出生率が減るが、人々が柔軟に働ける社会環境が整えば、この傾向は無くなることを示しました。しかしワークライフバランスの達成のためには人々が柔軟に働けるような職場環境づくりだけでなく、家庭の中からも変えていかねばならない面があり、今回はそれが少子化にどう影響しているかを見るため、まず出生意欲と妻の結婚満足度との関連を調べました。その結果、両者は強い関係があることが分かり、第1子、第2子の場合には妻の夫婦関係満足度が高いと出生意欲も高くなるが、第3子の場合には夫婦関係満足度は出生意欲に関係しないことが分かりました。

そのことを土台として今回の研究の焦点は妻の夫婦関係満足度はどのような要因によって決まるのか、ワークライフバランスとの関係はどうなっているのかを明らかにするのが目的でした。家庭内のあり方は夫婦関係満足度にどう影響し、出生意欲にどう影響するのか。政府や企業の育児支援や労働市場のあり方も重要ではあるが、あえて家庭の側から見た仕事と家庭のバランスに焦点を当て、どのような要因が実際に夫婦満足度に影響するかを調べたわけです。

ワークライフバランスは夫婦関係満足度に大きく影響

――分析結果はどうでしたか。

1993年から2000年代にかけて家計経済研究所が実施した消費生活に関するパネル調査の分析によると、妻の夫婦関係満足度はワークライフバランスに関する要因が大きく影響していることがわかりました。具体的には、平日における食事やくつろぎ時間の夫との共有、休日では、くつろぎの時間以外に家事・育児への夫の参加、趣味・娯楽・スポーツの共有が満足度に大きく影響しています。また夫婦間の特に平日の会話時間が重要です。このほか、夫の家事分担の割合は影響しないが育児分担の割合は妻の結婚満足度に大きく影響することがわかりました。その反対に、妻にとって夫の収入の増加や資産の増加等経済的な改善は、夫婦関係満足度に影響はするが、ワークライフバランスの要因に比べ、相対的に影響度が小さいこともわかりました。

――今回の論文では、妻の出生意欲と夫への信頼度の関係、妻の夫婦関係満足度の決定要因、夫への信頼度の決定要因を詳しく検証されていますね。

妻の夫への信頼度には心の支えとなる精神的信頼度と経済的な信頼度がありますが、精神的信頼度が夫への満足度を測る有効な尺度になることが分かりました。計量分析をしてみますと、精神的信頼度は経済的信頼度の約3倍の説明力を持っていました。つまり経済力より心の支えが妻にとっては3倍も重要ということです。経済的信頼度には夫の収入や資産の増加がプラスに影響し、夫の失業はマイナスに影響し、夫の大企業や官庁への転出はプラスに影響します。この精神的、経済的信頼度で妻の夫婦関係満足度の3分の2以上説明できます。

もう1つ分かったことは、ワークライフバランスを構成する要因は経済的信頼度とは一見関係なさそうですが、信頼度は主観的なものであり、夫婦間の会話が十分であるなどワークライフバランスがとれていると精神的信頼度だけでなく経済的信頼度も高まるということです。

また、精神的信頼度が重要な役割を果たしますが、結婚継続年数が長くなると精神的信頼度は低下することが分かりました。その原因が何かについては今後の課題です。一方、経済的信頼度は結婚年数が長くなっても低下することはないことも分かりました。妻の夫婦関係満足度を決定する信頼度以外の要因としては、初めての子が産まれた以前か以後かがあります。

1人目の子を持つと妻の夫婦満足度が減少する傾向があります。2人目、3人目の子を産むことは夫婦満足度には影響しません。1人目の子を持つと夫婦満足度が減る傾向は特に、有業の女性より専業主婦の方に顕著です。日本の25~40歳代前半の若い世代では週60時間以上働く夫の割合が30%以上に達しており、専業主婦の場合、子供のいない生活から育児を主体とする子供のいる生活に1人で立ち向かうという初めての経験に直面するストレスが関係していると思われます。ですから、初めての子を持つ女性への育児支援が大切です。

――分析結果は事前に予想された通りでしたか。

先行研究からは、信頼度には精神的信頼度と経済的信頼度があることは分かっていましたが、それぞれの比重については必ずしも明確になってはいませんでした。日本の場合、昔から夫の経済力は結婚満足度を大きく高めるとの古い実証結果はありますが、現在では当てはまりません。1990年代から2000年にかけて、初回の計測時に25~34歳の女性に対して行なったこの調査の分析結果を見ると、やはり経済力を重視する時代は変わり、日本も妻の夫婦関係満足度に夫婦の精神的関係が主に影響する欧米型に近づいたことを改めて感じました。

また、日常生活のことがこれほど大きな影響を及ぼしているとは思いませんでした。例えば今回の分析では、結婚満足度に対する影響に関して見ると、月10万円の給料アップと平日1日あたり16分間の夫婦間の会話増加が同じ効果を持つとの結果は予想外でした。もう少し経済力の影響があるかと思っていましたが......。

ワークライフバランスの達成には、男性の働き方の変革が重要

――分析結果から得られた政策へのインプリケーションについてどうお考えですか。

まず、最初の子を生むと夫婦関係満足度が大きく下がり、2子目以降の出生は夫婦関係満足度に影響しないという事実が少子化対策に持つ意味を考えてみなければなりません。実際、少子化に最も大きく影響しているのは第1子と第2子の問題です。第1子を持つに際しては、結婚や育児によって、現実問題として職場を離れねばならないなど、多大の機会コストを払わざるを得ないのが現状です。その意味で第1子の問題は、仕事と家庭の両立支援や男性も女性も柔軟に働ける雇用環境づくり等、特に企業側の課題が多いと言えます。第2子の問題は、これに加えて第1子を持った後の「否定的な育児経験」が大きな障害となっていることです。これは家庭内の問題、生活の質の問題が関係してきます。最も重要なのは仕事と家庭の両立支援や柔軟な働き方への支援ですが、第2子についてはそれだけではだめで、家庭自身も変わることが求められています。しかし、その場合どうしても物理的な制約があります。ワークライフバランスを達成しようとしても、企業に勤める夫の帰宅時間が非常に遅い点が問題です。ベネッセ次世代育成研究所の国際比較調査によりますと、3~6歳の子供がいる日本の家庭の夫で午後11時以降に帰宅する人の割合は25%で、韓国の10%、中国北京・上海の2%に比べ非常に高い。また、午後10時以降について見ると、日本は40%、韓国は20%以下、北京・上海は10%以下となっています。反対に、これは家計経済研究所の調査結果ですが、欧州、特に北欧では80%近くの夫が午後7時までに帰宅しています。日本の場合、雇用時間の調整で労働の需給を調整しているのが残業時間の多くなる一つの原因です。景気が良くなっても新たに人を雇うのではなく、すでに雇用されている人たち、特に正規社員により多く働いてもらう傾向が強く、そのしわ寄せが今世紀に入って強まっています。そうすると、夫が家にいる時間が短く、妻1人でワークライフバランスの達成は物理的に不可能です。やはり企業の男性の働き方への対応も変わっていかねばなりません。もっとも夫が早く帰宅しても、妻の家事育児の間に一人でごろごろしているのであれば、ワークライフバランスなどとても達成できませんがね。

ワークシェアリングの推進

――ではどうすればよいとお考えですか。

ワークシェアリングの推進を提唱しています。日本のワークシェアリングはこれまで、不況期のリストラ対策として考えられてきました。社員を解雇しない代わりに就業時間・賃金を減らすとの考え方でした。オランダ等欧州諸国の多くでは日本的な対応のほかに、景気が好転したら1人当たりの就業時間は増やさず、新たに人を雇い就業機会を多くの人たちに与えるようにしています。そうすると非正規社員は正規社員になるし失業者も減ります。しかし、日本ではこうはなりません。やはり企業は長期の人件費コストを考えて保守的になり、経済が好調になっても新たに正規社員は雇わず、非正規社員を増やすと同時に正規社員の労働時間を増やしてしまう。こうしたやり方ではワークライフバランスの達成はとてもできません。したがって、ワークシェアリングで雇用を増やす方策を考えねばなりませんが、企業の負担増も考えると、正規社員があまりにも守られているというところもあるので、それを多少緩和する一方、非正規社員の雇用の安定性と人材活用を進めていく必要があります。つまり、正規社員と非正規社員の格差を埋めていくことが求められると思います。そうするとまた、家庭の問題から労働市場の問題になってきますが、双方の問題は別々に存在するのではありません。しかし、労働市場の問題はある程度研究が行なわれていましたが、家庭内の問題はあまり扱われてこなかったので、私の研究では特に家庭の観点から研究してみることにしたのです。

――ところで、政府の経済財政諮問会議がまとめる労働市場改革案では、10年後の数値目標として25~44歳の既婚女性の就業率を06年の57%から71%に大幅に引き上げるとしていますが、どうご覧になりますか。

仕事と家庭のワークライフバランスが現状のままで女性の就業率だけが高まっていくと、米国で経験したようにストレスだけが高じ、就業意欲も低下していくでしょう。就業率を向上させることは良いが、女性が柔軟に働くことが可能で、かつ職業キャリアも蓄積できる雇用制度や職場環境を作ることが何より大切です。

米国の女性でみると、男性と女性の働き方の選好は平均的には明らかに異なっています。未婚者の場合は男女の選好にあまり差はありませんが、既婚者となると男性は多少働き方が柔軟ではなくても収入の高さを重視するのに対し、女性はキャリアの将来性をある程度保障される範囲の短時間勤務(20~35時間)や柔軟な勤務を選ぶ傾向があります。米国では短時間勤務でも臨時雇用者でなければ健康保険と年金の福利厚生面ではフルタイム勤務者に対するハンデはありません。もちろん米国のやり方にも欠点はあります。「家庭に優しい職場」の制度の導入が民間主導でされて来たため、職種、産業、企業規模、フルタイムかパートタイムか等によって働く人の柔軟性の確保に差が出ることです。一方オランダは政府が立法化を通じて、雇用者が勤務時間を決定できる権利を保障し、また企業によるフルタイムとパートタイム雇用者の処遇差別を禁じました。日本の現状を見ると、「総合職」と「一般職」の区別に典型的に見られるように、女性総合職は男性と全く同じ条件で長時間勤務をすることが求められ、一般職はいわばキャリアを捨てることを余儀なくされますから、女性に家庭かキャリアかどっちか犠牲にすることを強要する制度といえ、一般に働き方の選択の自由度が米国やオランダなどより極めて低いと言えます。ですから、もし現状のままで女性の就業率アップを目指すと女性の負担を増すことになります。

――これまでの研究成果を受けて、今後はどのような研究を進めていく計画ですか。

現在、3つのテーマを考えています。1つ目は、仕事と家庭の両立度が職業、産業、働き方、家庭のあり方、コミュニティー環境の違い等によってどう変わってくるのかをわが国のパネル調査データで明らかにすることです。2つ目は、内閣府の男女共同参画局が平成18年度に報告した少子化傾向の県別比較の結果を参考にして、時系列データを用いて出生率と女性の労働力参加率の関係が社会環境に依存することを国内の県間の違いから明らかにすることです。内閣府の研究によると、県別のタイプは、女性の就業率は高いが少子化傾向は緩やかである「タイプ1」から、就業率は高くなく少子化傾向が高い「タイプ7」まで分類されていますが、社会環境をどう変えれば「タイプ1」の状態に近づけられるのかを分析し政策的な提言に結びつけたいと考えています。3つ目は、出生率低下の原因の半分以上を占めるとも言われる晩婚化の原因を自分なりにデータから追究することを考えています。

解説者紹介

シカゴ大学ハンナ・ホルボーン・グレイ記念特別社会学教授・社会学博士。2003年よりRIETI客員研究員。1971年-78年総理府統計局勤務。83-85年コロンビア大学公共衛生大学院助教授、85-87年カリフォルニア大学ロサンゼルス校社会学部助教授、87-91年同准教授を経て1991年より現職。2003年オランダ・ユトレヒト大学社会学部客員教授、2004年慶応大学商学部大学院客員教授を兼任。研究分野は社会統計学、合理的・意図的社会行為の理論、就業と家族など。米国科学情報研究所(ISE)による研究者ランキングで、社会科学一般部門の最も学術論文が引用されている学者の一人に認定。