著者からひとこと

ITイノベーションの実証分析

ITイノベーションの実証分析

経済政策分析シリーズ11
ITイノベーションの実証分析

  • 編著:元橋 一之

著者による紹介文(本書「はしがき」より)

定量的な分析結果をベースに、ミクロ、マクロの両面から日本経済の実態に迫る

本書は、統計データを用いた定量的な分析結果をベースに、ITイノベーションによる日本経済の変革と、日本経済の長期的なパフォーマンスの鍵を握る生産性の動向について、明らかにした書籍である。

2001年のOECD閣僚理事会で、先進諸国の中期的経済成長と国際競争力に関する重要なレポートが報告された。“New Economy beyond the Hype(ニューエコノミー――熱狂を越えて)”と題されたそのレポートは、1990年代の経済的パフォーマンスについて、OECD諸国を「勝ち組」と「負け組」に分類し、その背後にあるさまざまな要因を分析している。日本は、フランスやドイツなどとともに、「負け組」に分類されている。「負け組」の共通点は、経済システムの硬直性である。90年代はインターネットや半導体技術の急速な進歩によるIT革命の時代であり、米国などの「勝ち組」は柔軟な経済システムでそのメリットを最大限に享受できた。果たしてこれは公正な判断といえるだろうか?

この21世紀の幕開けとなる年には、日本国内でも「日本経済悲観論」が広がった。「失われた10年」、「IMDの国際競争力ランキングの低迷」、「産業空洞化の進展」、「中国経済の台頭と脅威論」などの見出しが新聞紙上を賑わせた。2003年ごろからは、景気の回復とともに日本経済に対する一時の悲観的な見方は鳴りを潜めているが、長期的な見通しは決して明るいものではない。1980年代後半に世界のモデルといわれた日本経済は、本当に凋落したのだろうか?

バブル崩壊後の1990年代は「失われた10年」といわれることがあるが、この期間は決して無為無策のうちに過ぎていったものではない。90年代は、産業革命に匹敵する大きな技術革新といわれるIT革命に沸いた期間でもある。インターネットの出現やコンピュータの消費財化はわれわれの生活を大きく変え、経済社会に対して大きな変革をもたらしている。その一方で、IT革命やデジタル革命の波が、これまで日本経済が強みとしてきた長期的安定的な労使環境や取引形態などの経済システムに対する大きなチャレンジとなっていることも事実である。

本書では、このようなIT革命下の日本経済の変革と長期的なパフォーマンスに関する展望について議論していくこととする。情報通信技術の急速な進展とその利用・活用による新たなビジネスモデルの出現を「ITイノベーション」という広い概念で定義し、特に生産性との関係についてフォーカスした経済的インパクトについて述べる。また、ニューエコノミーに沸いたアメリカの状況と比較することによって、1990年代以降、成長率が低下している日本経済の実態を明らかにする。さらに企業内組織や企業間取引などの経済システムの内部構造にまでメスを入れることで問題の所在をより明確化して、今後の展望につなげていくことを目標としている。

これらの課題に対して、多様な統計データを用いた実証分析を通じて客観的な事実を積み上げながら議論していることが、本書の特徴である。実証分析を行う際には、統計データの特性を理解したうえで、かつ適切な計量経済学的手法によって料理し、経済実態にどこまで迫るかがポイントとなる。それに、企業内部や企業間取引の構造変化など、ミクロな内容に関しては、データの制約も大きい。本書においては、現状において最善と思われるデータと最新の計量経済学的手法を駆使して、ミクロ、マクロの両面から日本経済の実態に迫ることとしたい。

2005年1月
元橋 一之

著者(編著者)紹介

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元橋 一之

経済産業研究所ファカルティフェロー、東京大学先端科学技術研究センター助教授。1986年東京大学大学院修士課程終了。同年通商産業省(現・経済産業省)入省。1995~98年までOECD科学技術産業局にエコノミストとして勤務。2002~2004年まで一橋大学イノベーション研究センター助教授。コーネル大学MBA、慶応大学大学院・博士(商学)取得。主な著書に『日本経済 競争力の構想』(安藤晴彦氏と共著,日本経済新聞社)等。