著者からひとこと

国民と消費者重視の農政改革

国民と消費者重視の農政改革

経済政策分析シリーズ9
国民と消費者重視の農政改革

  • 著:山下 一仁

著者による紹介文

隠された農業問題の本質を明らかにし、WTO・FTA交渉で主張すべき正しい主張とは何か、日本農業の構造改革を行うための正しい農政改革とは何かを提案する。

我が国のFTA締結を阻むもの、WTOでの通商交渉全体の足かせとして、農業が槍玉にあがっている。このため政府は昨年末から食料・農業・農村審議会を開き、8月10日農政見直しについての中間論点整理を出す予定である。しかし、WTO交渉で一定以上の関税を認めないという上限関税率の議論が先送りになったので、最も構造改革の遅れている米を改革対象から見送るなど期待はずれの印象は否めない。

我が国も農業自体に内在する問題に対処するために改革を行わなければ、外から農業を守りえても衰退の著しい我が国農業は内から崩壊する。アメリカやEUにできることが日本では外圧がなければできない。東畑精一に従えば、経済生活の循環に応じた行動をするだけの経済の動態的過程における追随者に過ぎない‘単なる業主'は多いのだが、外生的前提的必要の変化に巧みに適応し、かつ経済における内生的な変化をもたらす‘企業者'が政策担当者に少ない。悲しいかな柳田國男、和田博雄、小倉武一のような人物はなかなか出てこない。

今日の国内農業問題は世界の農業問題と関連している。本書ではグローバル化が進む中での農業問題の本質を、食料、環境、貿易という3つのアングルから明らかにする。問題の本質が理解されないと正しい政策も打ち出せない。その中で本書は、我が国農業の国際競争力の低下、食料自給率の低下をもたらした大きな原因が農政自体、特に米政策にあることを明らかにする。その上でWTO・FTA交渉で何を主張すべきか、どのような国内政策の改革が必要なのかを経済学を踏まえ提示する。

対象者を絞った直接支払いという政策が一部産品についてではあるがようやく採用されつつあることは評価できるのだが、それがどのような経済メカニズムで構造改革を進めるのかについて十分理解されていないために最適な政策が採用されない。本書ではどのような直接支払いや他の政策手段を採用すればどういったメカニズムや政策効果を発揮できるか、具体的な制度設計を提示しながら説明する。

農商務省の法学士第一号柳田國男、戦後の農地改革、経済復興を主導した和田博雄らの農政思想は東畑精一と小倉武一による61年の農業基本法として結実した。改革本流とでもいうべき農政の先人達には農産物価格を上げるという発想はなかった。消費者家計を圧迫するからである。しかし、国民所得が向上し高い農産物価格を消費者が受け入れられるようになった頃から、農政は消費者負担型で生産者重視型へ転換し、経済学よりも政治との関わりを深めてきた。和田博雄の「日本の役所からも農業関係についてはその道の人から相当尊敬される学者(行政官であると同時に立派な学者)が出るような世の中にならぬと、なかなかよくならぬ」という想いはかなえられなかった。経済原理を考慮せず作られた米偏重の農業政策に対して、農家は経済原理に即して米単作兼業という経営パターンで対応した。なんとも皮肉な非対称の悲しいコントラストであり、農政の政治「非」経済学であった。いまこそ「真実の生産性を荷っている者」(柳田)の「企業家精神を鼓舞し」(東畑)「経営の合理化」(和田)を図り「自由化に耐えうる『強い農業』を目指し、本気で自活、再生への道を考える時期である」(小倉)。

食料が不足して困るのは消費者であって農家ではない。1918年米価高騰のなか米移送に反対して米騒動を起こしたのは魚津の主婦であって農家ではなかった。終戦後の食糧難の際、食料の買い出しのため着物がひとつずつ剥がれるようになくなるタケノコ生活を送ったのは都市生活者であって農家ではなかった。1993年の米の大不作、平成の米騒動の際、スーパーや小売店に殺到したのは消費者であって農家ではなかった。

本来食料安全保障とは消費者の主張であって農業団体の主張ではない。農業・食料政策全般には国民・消費者がもっと関心を持たなければならないはずである。世界や国内の食料供給能力を考えるともはや農業団体だけが農政に関与するだけでは済まされない状況である。

本書はむしろ農業関係者以外の方々に読んでいただきたい。題名を「国民と消費者重視の」としたのはそのためである。本書が正しい農政改革が打ち立てられ農政が真に国民・消費者のものとなるための一助となれば幸いである。

山下 一仁

関連リンク:コラム135「柳田國男の農政改革構想から見る現代日本農業」

著者(編著者)紹介

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山下 一仁

1955年岡山県笠岡市生まれ。1977年東京大学法学部卒業、同年農林省入省。1982年ミシガン大学にて応用経済学修士号、行政学修士号取得。農林水産省ガット室長、欧州連合日本政府代表部参事官、農林水産省地域振興課長、食糧庁総務課長、農林水産省国際部参事官等を歴任。2003年より経済産業研究所上席研究員。著書に『詳解 WTOと農政改革-交渉のゆくえと21世紀の農政理論』(食料・農業政策研究センター,2000年)、『制度の設計者が語るわかりやすい中山間地域等直接支払い制度の解説』(大成出版社,2001年)等。