著者からひとこと

包括的地方自治ガバナンス改革

包括的地方自治ガバナンス改革

経済政策分析シリーズ5
包括的地方自治ガバナンス改革

  • 編著:村松 岐夫、稲継 裕昭

編著者による紹介文

多様なガバナンス改革はどう始まり、波及したかを実証的に解明!

長い間、地方政治行政研究は、単純であった。機関委任事務に代表される集権的な仕組みを指摘してハイ終わりという感じがあった。しかし、90年代の経済不況と財政窮迫のもとで、地方政府は自分で新しいシステムを探し始めた。こうした方向にむかう芽はもう少し前にあったように思われるが、はっきりとした転機は、地方レベルでは95年である。この年の統一地方選挙で多くの改革型知事が登場したし、それよりも前からの知事経験者にも改革を志向させるようになった。同年、地方分権推進委員会が設置され、機関委任事務の廃止に向けて活動を開始した。この委員会の審議とその勧告は、中央と地方の双方に激動感を走らせた。この頃から地方は、それぞれにガバナンス改革に取り組み始めたように思われる。地方分権改革はそのこと自体よりも、より大きなうねりを生ぜしめたことで重要なのではないか。地方分権改革はその意味で最初の一突きであった。別の言い方をすると、90年代は、ガバナンス改革のマクロモードが形成されたが、その過程で、地方分権改革は、95年統一地方選挙や96年秋の総選挙などとともに、大きな役割を果たしたのである。府県も市町村も、どこに向けて改革をしていくのか、現状においてどのようにすれば何が進行したり進行しなかったりするのか、を真剣に考えるようになった。

編者と筆者の全員が同じ主張ではないが、本書の全体は、ガバナンス改革は多様であること、機関委任事務廃止改革は、動き始めていたガバナンス改革における「一押し」としてインパクトがあったが、しだいに明らかになっていることは、財政要因が全体を動かしているのではないかと言おうとしている。地方分権改革は仕組みと意識の変革に大きなインパクトを与えたが、今回の改革の前にある問題の解決にはなっていない。いわゆる財源問題をどうするかの構想無しに本丸は動かない。そして財源問題は、国と地方に広く影響を与える大きな政治的イッシュウになる傾向がある。地方改革が本格的になるということは財政問題にならざるを得ないということである。本書の中でも引用した言葉であるが、西尾勝氏(地方分権推進委員会委員)は、今回の改革で財政問題に深く触れていないが、それは、「地方財政のあり方という問題になると、国の財政と地方の財政の対抗関係もさることながら、これに劣らず自治体と自治体の間の先鋭にならざるを得ない問題」に及ぶからだと述べている。

本書は、まず第一章で、90年代の種々の地方改革の経緯を述べて、戦後改革後最大の改革がかならずしも青写真なしに進行している様子を描き、第二章では、都道府県行政改革の担当者に対するアンケート調査結果によれば都道府県の改革の流れにもそれぞれ力点のおき方に違いがあること、そのデータから、都道府県改革には、旧来型の経営努力の重視、NPM改革の重視、住民参加の重視の3つの軸が析出されていることが述べられている。本書の全体は、ここに析出された経営努力改革、NPM改革、住民参加推進のそれぞれを都道府県と政令指定都市に関して実証的に分析している。そこから得られた知見の1つに、琵琶湖と滋賀県に関わるケース研究を通じて、自治の実践には自己組織権が必要なはずであるが、府県はこのことに気づかなかったことの分析がある。
そして実は編者自身、本書所収の論文を繰り返し読みながら、いくつかの理論的テーマを獲得したように思う。なぜ1つの改革が実施されると他の改革の実施を刺激するのか、個別の改革を推進する力あるいは要因として政治自体が改革をマクロモードとして受け入れているが、マクロモードはどのようにして生まれるのか、といった事柄である。前者については、本書では同時多発の改革と表現したが、今は、「逐次多発」の方がよい表現であると考えている。

最後に、今もう改革の波は生まれているのであるから、地方政治行政の責任者は、この場を利用してやれることはどんどん実行すべし、と言いたい。「何」について改革するか。それこそ地方の自主的選択の問題である。

村松 岐夫

著者(編著者)紹介

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村松 岐夫

経済産業研究所ファカルティフェロー、京都大学大学院法学研究科教授、京都大学博士(法学)。1940年静岡県生まれ、1962年京都大学法学部卒業、同年京都大学法学部助手、1964年同助教授、1976年同教授。著書に『戦後日本の官僚制』(東洋経済新報社)、『地方自治』(東京大学出版会)、『日本の行政』(中公新書)、『行政学教科書(第2版)』(有斐閣)、など多数。