オススメの1本
- Roodman, David (2007) "The anarchy of numbers: Aid, development, and crosscountry Empirics," World Bank Economic Review 21(2), 255-277.<
- Rajan, Raghuram G. and Arvind Subramanian (2007) "Aid and Growth: What Does the Cross-Country Evidence Really Show?" Review of Economics and Statistics, forthcoming.
第2回で、Burnside and Dollar (2000)の「良い政策を採用していれば援助が成長に寄与する」という有名な論文を紹介し、続く第3回で、この結果は頑健ではないと異議を唱えたEasterly, Levine and Roodman (2004)の論文に言及した。援助が経済成長に貢献したかどうかを検証するクロスカントリーの実証分析は、Burnside and Dollar (2000)以降、非常に活発に行われてきたが、今回紹介する2つの論文は、これまでのクロスカントリー分析の主な結論の統計学的妥当性について包括的に検証した、この分野の総決算とも呼べる論文である。この2つの論文を読めば、それ以前の援助と経済成長に関するクロスカントリー分析の論文は読む必要がなくなるほど豊富な情報を与えてくれるので、援助と経済成長の関係に関心のある方は、ぜひ一読されることをオススメする。
これまでの研究結果の概要
援助と成長に関するクロスカントリー分析を扱った主な論文の結論として、以下の7点が挙げられる。
- Burnside and Dollar (2000)、Collier and Dollar (2002):良い政策を採用していれば援助は成長に寄与する
- Hansen and Tarp (2001):援助効果の非線形性を考慮するために援助の2乗項を説明変数に加えるだけで、Burnside and Dollar (2000)の結論は覆され、政策の良し悪しに関わらず、援助は成長に寄与することが見出される
- Guillaumont and Chauvet (2001):自然災害や輸出収入の変動、交易条件の悪化などショックに脆弱な国では、援助はショックの影響を緩和して成長に寄与する
- Collier and Dehn (2001):輸出価格ショックを経験した国に援助を増やすと、経済成長に寄与する
- Collier and Hoeffler (2004):援助は、良い政策を採用している内戦終了後数年の国で、成長に寄与する
- Dalgaard, Hansen and Tarp (2004):熱帯地域では援助は成長に貢献しないが、それ以外の地域では援助は成長に貢献する
- Clemens, Radelet and Bhavnani (2004):援助を、インフラや農業振興、財政支援などすぐに効果の出やすい援助(short impact aid)と、教育や公衆衛生など長期的な効果を期待している援助(long impact aid)に分類すると、short impact aidは経済成長に貢献していることがかなり頑健に見出される
変数の定義やサンプル国や他の説明変数を変えたらどうなるか?
これらの研究は、それぞれ用いているデータや、期間の長さ、サンプル国、説明変数のセットなどに違いがあり、ある特定の計量経済学的モデルやデータセットの下では成り立っていても、別の説明変数などを入れたり、データの機関を変えたり、サンプル国を変えたりしたときに、上の結果がどれほど頑健に成立するのか、明確ではない。
そこで、Roodman (2007)は、上記1~6の研究を対象に、(1)説明変数のセット、(2)援助変数の定義、(3)政策変数の定義、(4)期間の長さ、(5)外れ値の除去、(6)サンプル国の拡張、という変更を加えて、それぞれの結果がどれほど頑健なのかを調べた。その結果、上記1~6の結果のほとんどは脆弱で頑健性に欠くものであり、特に、サンプル国を拡張すると、4(輸出価格ショックを経験した国への援助の増額の有効性)と6(熱帯地域以外での援助の有効性と熱帯地域での援助の非有効性)以外の結果は、統計学的には支持されなかった。さらに、説明変数のセットを変えると、4の輸出価格ショックを経験した国への援助の増額は有効だという結論も統計学的には支持されなくなってしまい、外れ値を除くと、6の熱帯地域以外での援助の有効性も検出されなくなってしまうことが分かった。結局、クロスカントリー分析のこれまでの主な結論である1~6の、どれもが頑健な結果とはいえない、というのがRoodman (2007)の結論である。
「内生性」の問題にきちんと対処したらどうなるか?
Roodman (2007)が先行研究の実証テクニックをそのまま踏襲しながら、その結果の頑健性について精査したのに対して、Rajan and Subramanian (2007)は、先行研究の実証テクニックを改良した上で、統一的なフレームワークの下、先行研究の結果の妥当性を検証している。既存研究に対する彼らの研究の改善点は、以下の2点である。
(A)援助の「内生性」の問題に対処
(B)援助の効果が現れると期待される期間の拡張
既存研究では、1期間を4年とし、その期間に投入された援助が、同じ期間の経済成長を促進するかを考察していた。しかし、援助が経済成長にインパクトを与えるのには時間がかかるだけでなく、1期間4年だと、データの変動は景気循環の影響も強く受けてしまう。そこで彼らは、1期間を10年としてデータの分析を行った。
既存研究に対する彼らの研究の大きな貢献は、(A)の「内生性」の問題への対処である。援助の内生性とは、(1)援助が経済成長の困難な地域に多く与えられる傾向があると、援助が多いほど経済成長が低いように見えてしまう、(2)逆に、経済発展してビジネスチャンスの大きくなりそうな国に対して援助が向けられる傾向にあると、援助が多くなると経済成長が高くなるように見えてしまう、という「見せ掛けの相関」の問題のことである。既存研究でもこの内生性の問題についてある程度考慮されていたが、彼らの研究では、旧植民地関係や同一言語、政治的影響力などの指標を用い、経済成長と関係のない理由で支出される援助の情報を用いて、内生性の問題をうまく回避して援助と経済成長の関係を検証しており、より信頼性がおけると考えられる。
彼らは、以上のフレームワークの下、上記1、2、6、7の分析を行い、以下の結果を得た。
- 援助は成長に寄与していない
- 1(良い政策を採用していれば援助は成長に寄与する)は支持されない
- 2(援助の2乗を説明変数に加えると、援助は成長に寄与することが見出される)も支持されない
- 6(熱帯地域以外では援助は有効だが、熱帯地域では有効ではない)も支持されない
- 7(short impact aidは成長に寄与する)も支持されない
インフラなどの経済セクターへの援助は成長を貢献するのではないか?
近年、国際的にもインフラ整備の重要性が認識されるようになってきたが、それではインフラなどの経済セクターに限れば、援助は成長に貢献しているだろうか。Rajan and Subramanian (2007)はこれについても検証したが、結果は、
- 社会セクターと経済セクターに援助を分類してみても、援助が成長に寄与したという証拠は見出せない
- 二国間援助も、国際機関などを通じた多国間援助も、成長に寄与していない
結局、援助がfungibleであるならば、援助が経済成長に貢献するかどうかは、どのセクターにどの程度援助を行うかではなく、援助資金が全体としてどの程度うまく活用されたかが問題となるのである。したがって、援助全体で経済成長への貢献が見出せない状況で、インフラなど特定のセクターへの援助が経済成長に寄与していないという結果が出ても、なんら不思議ではない。
なぜ援助は成長に貢献しないのか
この2つの論文が示したことは、受入国の政策や状況に関わらず、援助が経済成長に貢献したという証拠は見出せない、ということである。援助案件の中にはその地域の人々の経済活動の活発化に貢献したものもあるはずなのに、なぜクロスカントリー分析で援助の効果が検出されないのだろうか。
1つの理由としては、特に途上国を対象としたクロスカントリー分析では、得られるサンプル数に対して、データに含まれる計測誤差や、データに観測されない各国の社会文化的な違いがあまりに大きいので、統計学的に有意な結果を検出するのが難しいことが考えられる。一方で、援助プロジェクト自体は経済活動を活発化させる効果を持っているが、援助によって他のセクターが負の影響を被って、援助の正の影響のいくらかを相殺してしまっているといういわば「合成の誤謬」という問題の可能性も考えられる。
事実、Rajan and Subramanian (2006) [PDF:264KB]は、援助資金の流入によって為替レートが割高になったり、援助プロジェクトに熟練労働者が流入して民間部門における熟練労働者の賃金が上がったりすることによって、輸出産業が負の効果を被っていることを、各国のセクター別データから導き出している。援助マネーの流入によって為替レートが割高になったり、人件費が高騰して輸出部門の成長を阻害する現象は、ちょうど、原油など天然資源の発見によって製造業の成長が阻害される「オランダ病」と類似した現象である。一例として、インド洋津波被害の直後に巨額の援助資金が流入したスリランカにおいて、為替レートが急激に増価したことが知られている。このような場合、途上国に豊富な未熟練労働を活用するような援助プロジェクトの選定や、為替レートの上昇とインフレを緩和する金融・財政政策の運営などによって、オランダ病の影響を緩和していく必要がある。
オランダ病の話は、援助を実施する際に、援助プロジェクトの有効性だけを考慮して評価や実行の判断をするのではなく、その援助プロジェクトが他のセクターや経済全体にどのような影響を与えうるのかをきちんと考えておく必要があることを示している。前回紹介した、「ダムによってダム建設地域の貧困が悪化し、全体として貧困を悪化させてしまった」という話も、プロジェクト実行の際に、それによって直接的に便益を与えようとする対象地域以外の人々・経済がどのような影響を受けるかを十分考慮しなければならない一例としてとらえることができるだろう。
援助が経済成長を促進した証拠は見出せないという結果に対して、援助はそもそも経済成長のみを目的としているのではない、という反論をすることは簡単である。しかし、援助の目的の1つには、経済成長を通じて人々の生活水準の改善、貧困削減を行うことがあるのであるから、援助が経済成長を促進した証拠は見出せないということは、このルートがうまく作用していないということを示しているので、この結果は謙虚に受け止める必要がある。これまでのデータからは期待していたような援助の効果が見出されないのであるから、我々は、今後の援助の効果を高めていくために、
(1)ミクロの実証分析を積み重ねて、より効果的なプロジェクトデザインを見出し、個々のプロジェクトの効果を高める
(2)1つのプロジェクトの効果が他の地域・セクターや経済全体に影響を与えうるマクロ的な構造を明らかにし、それに対応したマクロ政策運営を考える
というミクロとマクロの両面から、最先端の知見を総動員して取り組んでいく必要がある。
2008年6月6日掲載