RIETI-IWEP-CESSA 12th Joint-Workshop

Trade and Finance Issues in East Asia(報告書)

イベント概要

  • Date: 12 October 2025
  • Venue: Chinese Academy of Social Sciences (CASS), Beijing, China

報告書

吉見 太洋(中央大学、RIETI)

RIETI「為替レートと国際通貨」研究会(清水順子FF)では、中国社会科学院(CASS)の世界経済研究所(IWEP)、横浜国立大学アジア経済社会研究センター(CESSA)とともに、毎年Joint-Workshopを企画・開催してきた。新型コロナウィルス蔓延を受けて2020年以降はオンラインで開催してきたが、今回は5年ぶりに中国社会科学院(北京)で対面のワークショップを実施した。過去のワークショップでは、RIETIで公表されているAMU乖離指標や産業別の実効為替相場を用いた研究を始めとして、貿易取引通貨、為替パススルー、人民元の国際化、国際価値連鎖等、国際金融に関わる幅広い研究成果が報告されてきた。12回目となる今回のワークショップでは、“Trade and Finance Issues in East Asia”と題して、東アジアに関する国際金融と国際貿易に関連する研究成果が報告され、日中双方の参加者間で活発な意見交換と議論が行われた。
以下、それぞれの報告論文と討論内容について簡潔に紹介する。

1. “How Does Digital Service Balance Change Trade Structure? Comparative Study on Japan-China Current Account Balance”

報告者:Yuki MASUJIMA(RIETI Project Member / Deloitte Tohmatsu Financial Advisory LLC)

討論者:Panpan YANG(Institute of World Economics and Politics (IWEP), CASS)

本報告は、デジタル化が日中の経常収支構造をどう変えているかを比較した。世界ではモノ貿易よりサービス貿易、とくにクラウド、ソフト、知財、専門サービスなどデジタル関連サービスの伸びが大きい。日本はモノの輸出が相対的に低下する一方、海外直接投資や証券投資からの第一次所得黒字が経常黒字を支えている。ただし、クラウドやソフト、知財使用料などのデジタル赤字が拡大しており、成熟した債権国としての収益力とデジタル競争力の弱さが併存する。中国はなお大きな財貿易黒字を持つが、サービス赤字と低い対外資産収益率が課題である。外貨準備中心の対外資産構成は収益性が低く、対外純資産の大きさだけでなく、その中身と利回りが経常収支の持続性を左右することを示した。

討論では、デジタルサービスと対外資産収益を結び付けた新規性は評価される一方、中国を「日本の後追い」と見るだけでは不十分だと指摘した。中国には巨大な国内デジタル市場、独自プラットフォーム、製造業との融合という強みがあり、デジタル赤字の評価には国内代替やデータ規制の影響も加えるべきとの意見がみられた。また、対外資産の低収益性は安定性重視の政策選択でもあり、金融自由化の便益とリスクを慎重に比較する必要がある。

2. “Exploring the Mechanisms of China’s Short-term Capital Flows”

報告者:Shuyu CHANG(Institute of World Economics and Politics (IWEP), CASS)

討論者:Yuki MASUJIMA(RIETI Project Member / Deloitte Tohmatsu Financial Advisory LLC)

本報告では、中国の短期資本の動きを分析し、「海外資金に左右される」という一般的な新興国の見方とは異なる特徴を明らかにした。中国では証券投資よりも、貿易や企業活動に伴う資金(その他投資)が中心で、主体も金融機関より企業が大きな役割を担う。分析の結果、資本の流出入を左右する最大の要因は、①国内景気(PMIなど)と②人民元の為替見通しであることが確認された。一方で、米中金利差や世界的なリスク動向(VIX)の影響は比較的小さい。つまり、中国の資本フローは外部要因よりも「国内事情」に強く左右される構造にある。さらに、為替に一方向の見方(元高・元安期待)が強まると資本の流入・流出が拡大しやすいことも示された。政策面では、為替をより柔軟に動かして一方向の期待を抑えること、そして金利差よりも国内経済の安定を重視する金融政策が有効と結論づけた。

討論では、長期データに基づく分析や「国内要因が主導」という結論の政策的意義は高く評価された。一方で、新規性は必ずしも十分でなく、既存の理論(内外要因の枠組み)の再確認にとどまる面があるとの指摘があった。また、PMIやVIXを四半期平均で使うことによる情報の欠落、過去データの補完方法、統計上の誤差項に含まれる“隠れた資本移動”の扱いなど、データ面の課題も挙げられた。さらに、分析結果を中国だけでなく他の新興国や国際金融の議論(資本移動の自由度や為替制度)にどう広げるかが不十分とされ、手法面でも別の分析手法や高頻度データの活用など改善余地が示された。

3. “Protecting Subsidiaries from Exchange Rate Risk: The Role of Ownership Ratios in Invoice Currency Decisions”

報告者:Uraku YOSHIMOTO(RIETI Project Member / Yokohama National University)

討論者:Sichong CHEN(Zhongnan University of Economics and Law) and Yaqi Wang (Central University of Finance and Economics)

本研究は、日本の自動車産業のタイ向け輸出取引において、取引相手の所有比率(OSR)がインボイス通貨選択に与える影響を分析したものである。実証分析の結果、タイの輸入業者のOSRが高いほど、円建て取引が選ばれる可能性が低くなり、ドル建て取引が増加する傾向が明らかとなった。さらに、企業内取引を含むさまざまな貿易チャネルにおけるインボイス通貨の選好の違いについても調査している。親会社は米ドル建て輸出を主に選好する一方で、為替リスクを管理する能力が限られている国内子会社は円建て輸出を強く選好する傾向があることが判明した。特に注目すべき点として、親会社は為替変動リスクから海外子会社を保護するために、円建てまたは外貨建てのインボイス通貨を戦略的に選択しており、これはリスク管理を中央集権的に行う意図的な方針を反映していると考えられる。

討論者からは主に以下の点が指摘された。第一に、国内子会社がインボイス通貨を独自に決定しているのか、グループ内の統一ポリシーに従っているのかが不明確であり、理論モデルによる意思決定メカニズムの明示化が望ましい。本論文のケースから得られた知見の一般化可能性を高めるためにも、定式化しどのような条件下で本研究の結果が成立するかを明示することが重要である。第二に、マーケットシェアの結果が興味深く、Devereux et al. (2017)などの先行研究を踏まえ、OSRとの交差項を含む分析により市場支配力との相互作用を検証すべきである。第三に、タイバーツ建て取引の分析結果は非常に興味深く、メイン分析として提示する価値がある。

4. “How China’s Evolving Competitive Environment Shapes Foreign Firms’ Expansion Decisions”

報告者:Jianwei XU(Non-resident fellow of Bruegel)

討論者:Uraku YOSHIMOTO(RIETI Project Member / Yokohama National University)

本研究は中国における国内企業の競争力上昇が、外資系企業の事業拡大判断にどのような影響を与えるかを調査したものである。具体的には、2016年から2024年にかけて外資系企業の対中事業拡大意欲が低下している現状を背景に、国内競争の激化(いわゆる「内巻」現象)が外資の投資判断をどう左右するかを実証的に検証した。分析には外資系企業調査データをもとに、上場企業財務データと産業付加価値データを統合し、生産関数推定によってマークアップを算出した。計量分析の結果、業界上位分位(p90等)のマークアップ改善は外資企業の拡大確率を有意に高める一方、中位・下位のマークアップの影響は限定的であることが判明した。この効果は製造業や労働集約型産業、中小・中堅企業において特に顕著である。メカニズムとして、企業利益が部分的に媒介効果を持ち、産業見通しの楽観が競争悪化の負の影響を緩和することも示された。本研究は外国直接投資を誘致するための政策戦略に新たな示唆を与えている。

討論者からは主に以下の点が指摘された。第一に、外資系企業調査データについて、既存外資企業の事業拡大と新規参入企業の識別が行われているかどうか。第二に、外資誘致政策やコロナ禍の影響が十分に考慮されているかどうか。第三に、上位企業の入れ替わりが激しい場合、マークアップの変動は収益性シグナルではなく競争激化の表れである可能性があるかどうか。第四に、外資企業と国内産業との相互依存関係、国内産業の成長や生産ネットワーク、技術波及効果を明示的にモデル化することで、より包括的な理解が得られるであろう、という点である。

5. “Reconsidering the AMU ― What is the optimal basket currency for Asia? ―”

報告者:Junko SHIMIZU(RIETI Faculty Fellow / Gakushuin University)

討論者:Mi DAI(Beijing Normal University)

AMU(アジア通貨単位)のバスケット・ウェイトは、これまで域内貿易シェアとGDPシェアに基づいて算出されてきた。しかし、過去20年間における中国経済の台頭や日本企業の生産拠点移転など、アジアの経済構造の劇的な変化により、従来の指標は現状を十分に反映できなくなっている。本研究は、よりバランスの取れたAMUを再構築するため、新たな要素の導入を提案するものである。具体的には、米ドルへの依存低下と人民元等への連動という各国の為替政策の変化、域内貿易における現地通貨建て決済の増加、中国などを中心とする域内直接投資のフロー、そしてサプライチェーンの深化に伴い最終的な付加価値がどの国に帰属するかを示す第一次所得収支の4点をウェイト算出に組み込むべきだと論じている。

討論者からは、本論文が他の地域通貨設計にも応用し得る包括的かつタイムリーな研究であるとの評価があった。その上で、ウェイト算出のためのさらなる追加要素として、為替変動を主導するポートフォリオ投資、対外直接投資、および付加価値貿易の3点について提案があった。また、多数の要素を統合してウェイト化する際、SDR(特別引出権)などを参考に、単純平均か加重平均かといった具体的な算出方法について慎重な検討が必要であると指摘した。報告者はこれらの指摘、特に付加価値貿易の重要性を受け、今後の研究において産業連関表を用いた域内の垂直貿易の指標化などが将来的課題になるとの認識を示した。

6. “Why the Impact of ‘Reciprocal Tariffs’ on China Is Limited? A Historical Examination”

報告者:Shuhui NI(Institute of World Economics and Politics (IWEP), CASS)

討論者:Taiyo YOSHIMI(RIETI Project Member / Chuo University)

本稿は、第一次トランプ政権の際の米国の関税引き上げ策が、中国の対米輸出に与えた影響を、DID法により分析するものである。本稿の分析結果によれば、2008年から始まった米国の対中関税引き上げは、輸出量を大きく減少させたものの、米ドル建ての輸出価格の上昇幅は限定的であった。さらに、米国の需要拡大、人民元安、輸出税還付等の複数の要因が「バッファー」として機能し、関税ショックが対米輸出額に与える影響を一部相殺していたことを明らかにした。

討論者からは主に以下四点のコメントが示された。第一に、輸出数量減少の要因が価格上昇であるとの解釈が述べられている。価格上昇(関税パススルー)が限定的であることを踏まえれば、むしろ米国向け輸出環境の悪化を見越した中国企業の供給調整や市場分散が妥当であると考えられる。第二に、輸出減少の主因が輸出先の多角化であるとすれば、製品別に米国向け減少と第三国向け増加の対応関係を示すなど、さらに議論を掘り下げる余地がある。第三に、為替パススルー(ERPT)が既存研究に比べて高く推定されているため、人民元価格への為替レートの換算ルールなどを確認することが重要である。第四に、ERPTが高い一方で関税パススルーが低いということの理由を、契約通貨や価格硬直性の観点から理論的に整理することが有益である。