RIETI-CEPRシンポジウム

世界貿易秩序と経済安全保障の将来(議事概要)

イベント概要

  • 日時:2024年4月16日(火)13:30-15:35
  • 主催:独立行政法人経済産業研究所(RIETI) / 経済政策研究センター(CEPR)

議事概要

近年、COVID-19、ウクライナ侵攻、米中間の緊張の高まりにより、地政学的状況が変動し、グローバリゼーションの動向にも影響が出ている。国際社会では世界貿易秩序と経済安全保障が重要なテーマとなりつつある。こうした背景の中で、貿易秩序を回復し、経済安全保障のリスクを軽減するための措置や、国際貿易関係における相互信頼の再構築が求められている。この課題に対する洞察を提供するために、独立行政法人経済産業研究所(RIETI)と経済政策研究センター(CEPR)は「世界貿易秩序と経済安全保障の将来」をテーマとしたシンポジウムを共催した。シンポジウムは経済産業省通商政策局長の挨拶で始まり、経済安全保障と世界貿易の問題に関する専門家たちのプレゼンテーションと討論が行われた。

開会挨拶

浦田 秀次郎(RIETI名誉顧問・特別上席研究員(特任) / 早稲田大学 名誉教授 / 東アジア・アセアン経済研究センター(ERIA)シニア・リサーチ・アドバイザー)

RIETIとCEPRは2014年に研究協力を開始し、今年で10周年を迎えました。2023年4月にはパリで国際ワークショップを開催し、有意義な議論を行いました。世界は経済のグローバリゼーションが進んだ状況の中で、米中対立やロシアのウクライナ侵攻などが発生したことで経済的に大きな負の影響を被ったことから、経済のグローバリゼーションの是非が問われています。本シンポジウムでは「世界貿易秩序と経済安全保障の将来」をテーマに、日本とEUの経済安全保障上の協力について議論します。

来賓挨拶

松尾 剛彦(経済産業省通商政策局長)

世界は、COVID-19感染拡大期に、グローバル生産システ ムの脆弱性による物資の供給途絶を経験しました。また、今日、気候変動や人権問題への対応は喫緊の課題ですが、各国で対応が異なる結果、対応の進んだ国の企業に不利益が生じないような措置が必要との声が高まっています。これらの新しい課題への対処とWTOを中心としたルールベースの国際貿易秩序をどのように整合させていくかは大きな課題であり、そのために日本と欧州は重要な役割を担っています。そして、本日の会議を含め、CEPRやRIETIのような政策シンクタンクの貢献に大いに期待しています。

セッション1「貿易政策、産業政策、経済安全保障」

セッションチェア: 浦田 秀次郎

プレゼンテーション

ジェフリー・J・ ショット(ピーターソン国際経済研究所(PIIE)シニアフェロー)

GATT体制は設計当初から貿易政策、産業政策、国家安全保障を含むもので、加盟国は西側諸国の再建や貧困国への配慮を重視し、輸出主導の成長や新興産業の保護のために補助金や関税、大規模な例外措置を採用しました。GATTとWTOは戦後の開発戦略に柔軟性を持たせ、産業政策の活用に対する制約はごく限られたもので、ほぼ全ての国内補助金を容認しました。そのため、主要産業セクターを保護する補助金規律は常に制限されました。地域貿易協定(RTA)は差別的慣行を許容し、国家安全保障の例外規定を利用してWTOの義務免除が広範に認められています。

過去10年間で、多国間ルールに基づく貿易体制は課題に直面しています。武力戦や冷戦の影響で貿易と投資への介入が増え、安全保障ニーズの再評価が必要となっています。軍事紛争は国家安全保障と経済政策に影響を与え、WTO上級委員会の機能不全が主要貿易国間のWTO義務の執行を妨げています。

さらに、テクノロジーの進歩、気候危機、世界的な健康不安が国家安全保障上の懸念を複雑にしており、政治的リスクや安全保障リスクをより広範に考慮する必要があります。天然資源、工業部品、金融、サイバーセキュリティー、輸送・流通網のセキュリティーなど、新たな課題が貿易と投資に影響を与えています。

各国は国内市場を保護し、貿易相手国に負担を転嫁することで課題に対応していますが、これにより同盟国間の経済安全保障の結び付きが弱まっています。WTOは貿易ルールの更新や義務の受け入れに対する力が不足しており、新ルールの受け入れも困難です。

過去10年間の国際貿易交渉を振り返ると、RTAは貿易自由化とルール更新に成功しています。主要貿易国が参加する主要なRTA(USMCAの米国、RCEPの中国、EU、CPTPPの日本、ASEANのインドネシア)を踏まえ、複数国間協議(プルリ)を行い、WTO改革の基礎を整備する必要があります。

最初の交渉議題として、WTO紛争解決制度の復活や第21条の安全保障例外規定の責任ある運用を促すことが重要ですが、行き詰まりを打破するには他の問題も交渉パッケージに追加する必要があります。特に、貿易と気候問題を組み合わせることが有益です。気候問題については、米国と欧州が炭素税に関する会計基準の確立や再生可能エネルギー研究開発への補助金制限、製鋼排出量削減、メタン排出削減コミットメントの早期達成を議論すべきです。また、炭素国境調整措置(CBAM)の2年間の猶予期間の設置も検討すべきです。過剰な補助金対策は財政改革を通じて行う必要があります。

この包括的なアプローチにより、国際貿易と経済安全保障の課題に対応し、持続可能なグローバル経済秩序の構築が期待されます。

討論者プレゼンテーション1

サイモン・J・エベネット(経済政策研究センター(CEPR)リサーチフェロー / ザンクトガレン大学国際貿易・経済開発学 教授 / ザンクトガレン貿易繁栄基金 創設者)

1947年に成立したGATT体制は西側諸国中心で、ソ連圏とのつながりが欠けていました。1989年以降、西側諸国は旧共産主義国の参加を望みましたが、全ての国が同じ不文律を受け入れたわけではありません。このため、ある国の成功が他国に害を及ぼし、非難と反発を引き起こしました。最近の COVID-19や地政学的対立も、GATT/WTO体制を揺るがしています。この体制を維持するためには、以下の条件が必要です。

第一の条件は、主要国に十分な利益を生む世界貿易体制であることです。しかし、大国は従来の貿易改革から得る利益が少なく、再交渉で利益を得る措置が必要ですが、実現していません。

第二の条件は、各国の経済成長モデルが貿易相手国に公正と見なされることです。当初の貿易体制は市場経済を基に構想されたため、後から参加した非市場経済国は公正には見えません。

第三の条件は、協定は遵守されるべきということです。しかし、締結後に悔やむ国が多く、協定の遵守も守られていません。

第四の条件は、貿易相手国が緊急時に貿易を武器化しないという信頼です。COVID-19でこの脆弱性が露呈し、WTOルールの輸出規制が問題となりました。

最後に、貿易体制を主導し交渉コストを負担する覇権国が必要ですが、現状では覇権国が不在です。一方の大国は無関心、もう一方は責任を負いたくない状態です。このため貿易体制が動揺しています。

これからは、賢明な一国主義が重要です。外国の悪しき慣行に対抗するため、国内ビジネス環境を改善することが唯一最良の保証です。スイスはルールによる保護を当てにせず、革新的な企業を支援するビジネス環境を整備しています。これは多くの国々にとって重要な教訓です。

討論者プレゼンテーション2

田村 暁彦(RIETIシニアアドバイザー)

GATT/WTOに代表される自由貿易体制は、国際分業と貿 易を通じて経済効率が最適化する想定で構築されており、国際法でこの適正な運営を支える了解の上に成立していますが、これには参加国間に相互信頼の存在が必要不可欠です。しかし、最近のグローバリゼーションと地政学的変化により、 WTO加盟国間の相互信頼が毀損しました。この相互信頼の毀損が自由貿易体制の問題の根本原因と考えます。

現在、サプライチェーンの再構築の名の下に、効率性と強靭性のバランスを追求する動きがあります。相互信頼の回復のためには、過度の相互依存を調整する一定の再構築は必要だと考えますが、一方で、急速な再構築は経済効率を大きく損ねる可能性があります。従って、相互依存を減らしつつ相互信頼を回復する作業を賢明に行うことで、短期的な混乱を防ぐ努力が必要です。

ショット博士の提案するGATT第21条の適正運用は解決策の1つかもしれませんが、相互依存の武器化が常に第21条に関連するわけではありません。

サプライチェーンの強靭化方法としては、輸出国の不公正な貿易慣行に着目した、WTO協定にも規律が規定されている貿易措置であるアンチダンピング(AD)や相殺関税

(CVD)の発動がすでに実行に移されています。一方、強制労働や環境問題を理由にした輸入制限措置を提案する向きもあります。後者は、法的に未開拓であり、また、政治的にもグローバルサウスの説得が難しい可能性もあります。

CEPRの最新報告書は、経済学者の立場から、EUによるサプライチェーンの強靭化を分析し、産品の貿易依存に由来する脆弱性について一定の思考を提示しています。この分析を活用し、いかなるサプライチェーンの強靭化であれば正当化されるのか、経済学、法学、国際政治学等による学際的な議論を通じて明確にし、もって、サプライチェーンの合理的な再構築を通じて相互信頼を取り戻し、国際貿易秩序の復活を目指すことが望まれます。

セッションチェアによるまとめ

浦田 秀次郎

本日のプレゼンテーションでの重要ポイントを再確認しま す。ショット博士は、米国、EU、日本、インドネシア、中国を含むRTAの重要性を強調しました。一方、田村氏は、これらの国々間での信頼構築が実現可能かどうかについて疑問を提起しました。エベネット教授は、小国にとって賢明な一国主義が重要だと述べ、大国に対する適用が難しい点を指摘しました。田村氏はサプライチェーン強靭化を通じた信頼の再構築に注目し、ショット博士のRTAスタイルの協定がその道筋となるかどうかを問いました。これらのポイントは、世界貿易秩序を考察する上で重要な視点を提供しており、議論を深めるための有意義な内容でした。

セッション2「多国間ルールに基づく自由貿易秩序とサプライチェーン」

セッションチェア:サイモン・J・エベネット

プレゼンテーション

川瀬 剛志(RIETIファカルティフェロー / 上智大学法学部 教授)

トランプ政権発足以降の過去7年間、米中貿易摩擦、ウクライナ戦争、新型コロナウイルスパンデミック等によるサプライチェーン危機を経験してきました。これにより、国家安全保障の観点からサプライチェーンのリスクが議論され、特にデュアルユース産品である半導体の不足が問題視されています。また、各国は中国やロシアの経済的威圧にも直面しており、そのためサプライチェーンの強靭化戦略の策定を促しています。具体的には、供給源の多様化(例:チャイナプラスワン戦略)、見える化、危機の早期警報システムの導入などが挙げられます。

2021年にはバイデン政権が半導体や重要鉱物などのサプライチェーン脆弱性の調査を行い、サプライチェーンの多様化や国内での製造・研究開発能力の拡充等を提言しました。加えて、バイデン政権は「フレンド・ショアリング」を推進し、友好国間のサプライチェーン構築を目指しています。関連するイニシアティブとして、インド太平洋経済枠組み(IPEF)、米・EU貿易技術評議会(TTC)、日米経済版「2+2」などがあります。また、国内法でもチップス科学法、インフレ抑制法は、リショ アリングとともにフレンド・ショアリングを推進します

伝統的な貿易協定は関税や非関税障壁を削減してサプライチェーン形成のコストを下げるため、サプライチェーンの発展において重要です。インド太平洋地域では、環太平洋パートナーシップ協定(CPTPP)が大きな貢献をしています。しかし、米国がCPTPPに参加していないため、米国中心のフレンド・ショアリングの基盤としては機能していません。現在、米国は従来型の貿易協定を避け、IPEFやTTCなどのサプライチェーン指向の貿易枠組みを重視しています。IPEFではサプライチェーン協定が締結されましたが、柱1(貿易)の交渉では合意に至らず、そもそもIPEFは市場アクセスの自由化を実現できないので、それだけではフレンド・ショアリングの確立には不十分です。

2023年WTO世界貿易報告書によると、開かれた多角的貿易体制はサプライチェーンの強靭性を高め、特に外部ショックに対応するために有効です。オーストラリアが中国の経済的威圧を回避するために多角的貿易体制を活用した事例が示す通り、自由貿易と国家安全保障は相反するものではありません。従って、政策オプションとしては多角的貿易体制の強化が重要です。CPTPPのアップデートと拡大、IPEFの柱1交渉の合意、WTO上級委員会の改革は、特に体制強化に寄与します。経済安全保障の重要性は否定できませんが、安全保障の名の下に保護主義的な措置が際限なく導入されないよう、常にsmall yard, high fenceを心がける必要もあります。

討論者プレゼンテーション1

猪俣 哲史(日本貿易振興機構(JETRO)アジア経済研究所 上席主任調査研究員)

リチャード・ボールドウィン教授は、国際貿易のグローバル・ガバナンスが、20世紀型アプローチから21世紀型アプローチへと構造的に変化したことを述べています。

20世紀型アプローチでは、「ここで生産し、そこで消費する」という国際貿易の基本構造の下、関税削減などの通商政策が主たるガバナンス手段となっていました。対照的に21世紀型アプローチでは、「(多国籍企業が)いたるところで生産・消費する」という基本構造へと置き換わり、モノ、カネ、ヒト、情報の国際移動に関する共通ルールの構築にガバナンスの重点が置かれています。

この21世紀型アプローチでは、ルール策定者である先進国と、ルール追随者である途上国との間に、大きな経済的・技術的格差があることが前提となっています。なぜなら、資本移転や技術移転の見返りに共通ルールへ準拠するよう、先進国が途上国に対して国内制度改革を促す、ということがガバナンスの基本スタンスにあるからです。

米国が提唱するIPEFは、21世紀型アプローチの典型的な ガバナンス・ツールであると考えられます。まず、米国の『インド太平洋戦略』において、IPEFは「フレンド・ショアリング」の手段であることが明確に述べられています。さらに、戦略のもう1つの柱である「より良い世界再建(B3W)」は、インド太平洋地域のインフラ開発と技術協力をその目的に掲げています。ここにおいて、開発途上国がB3Wの支援を受けることと併せてIPEFの定める国際ルールへ準拠するという、まさに21世紀型アプローチの構図を見て取ることができます。

一方、急速な経済発展を遂げた一部の新興国に対しては、すでに先進国の21世紀型交渉カードが効力を失っており、むしろそれらの国では、独自のグローバル・ガバナンスを模索する動きが見られます。

すなわち、21世紀型のガバナンスは世界経済のデカップリング・リスクと背中合わせの関係にあり、それが多角的貿易体制への脅威とならぬよう、われわれは常に注意の目を向け続けなくてはなりません。

討論者プレゼンテーション2

ベアトリス・ウェーダー・ディ・マウロ(経済政策研究センター(CEPR)所長 / 高等国際問題・開発研究所(ジュネーブ)教授)

日本と欧州は米中の覇権争いに中立を保つ必要があります。フランシス・フクヤマの『歴史の終わり』やトーマス・フリード マンの『フラット化する世界』が描いたイデオロギー対立の終息と経済のグローバル化の進展の期待は薄れつつあり、現在、ポピュリズム、パンデミック、貿易戦争、中国の台頭、ウクライナ戦争など複数の危機が発生しています。

CEPRの最新報告書は経済安全保障の重要性を強調し、ショックを国内経済危機、外部ショック(例:COVID-19)、他国による意図的な行動や侵略に分類しています。報告書では、これらの全てに対応する必要があるとしています。また、重大な輸入依存の特定方法を改良し、代替品や輸出依存も考慮することの重要性を指摘しています。

特にEUが中国から急激にデカップリングすると、コスト高に影響が出る可能性がありますが、市場のデカップリングと多様化によりコストは軽減されます。代替品の確保には友好国との関係構築が必要です。EUの政策手段—欧州半導体法、重要原材料法、ネットゼロ産業法—は輸入依存を減少させることを目指していますが、輸出依存の問題についても考慮が必要です。CEPRは依存を徐々に減らす方が突然の変化よりもコストが少ないとしています。結論として、地政学的条件の重要性が再浮上しており、EUは単一市場の強化と共同行動を重視し、保護主義や独占的な動きを避けるべきです。

セッションチェアによるまとめ

サイモン・J・エベネット

まず、民間のグローバル企業が地政学的リスクをどのように切り抜けるか、特定の国に肩入れせずに国際的に中立であり続ける方法があるのかという問題が提起されています。多国籍企業が国籍にとらわれずに活動するのは可能かどうかが問われています。

次に、経済安全保障リスクの管理が標準的なリスク管理とどう違うのかが論じられています。特に、悪意ある行為者が貿易フローを武器化する可能性が両者の違いに影響を与えるかが問題です。また、そのような行為を防ぐためのルールに基づくコンセンサスが効果的かどうかも問われています。

セッションでは、複数国間や地域内の解決策が経済安全保障をどのように強化できるかが共通テーマとして議論されました。加えて、イニシアティブの成功をどう測定するか、特にサプライチェーンの拡大と混乱の最小化が成功の尺度として挙げられています。これらの取り組みのリターンと効果を明確にすることが重要です。

総括・閉会挨拶

ベアトリス・ウェーダー・ディ・マウロ

セッションに感謝の意を表します。議論は有意義で、解決策は全てそろっていないものの、重要な課題に焦点を当てています。エベット教授の指摘を受け、経済的威圧、侵略、武器化のリスクを新たな課題として強調します。米国とその将来の姿勢に加えて、同盟関係の不確実性と価値観の共有の問題も懸念事項です。攻撃を抑止するためには強力な手段の用意が不可欠で、それにはコストがかかりますが、攻撃的な防衛手段が不要な世界の実現を願っています。RIETIの温かいおもてなしとシンポジウムの準備にも感謝します。