東北⼤学・RIETI 共催シンポジウム

生成AIは経済社会をどう変えるか(議事概要)

イベント概要

  • 開催日時:2024年3月18日(月)13:00‐15:00
  • 主催:東北大学、経済産業研究所(RIETI)

議事概要

生成AIの進展はとどまるところを知らず、メディア情報発信、教育分野での教材作成、そしてビジネスの自動化といった多岐にわたる分野で利用され、効率性とイノベーションをもたらしている。しかしながら、その有用性の一方で倫理的懸念や法的問題も浮上しており、AIの利用には慎重なガバナンスが必要である。東北大学とRIETIは2018年に研究交流協定を締結して以来、共同研究や人材交流を通して連携を深めてきた。第4回となる本シンポジウムでは、昨今話題となっている生成AI技術の活用とその課題に焦点を当て、生成AIの経済社会に及ぼす影響と、われわれが留意すべき倫理的・法的側面について多様な分野の登壇者とともに議論した。

開会の辞

大野 英男(東北大学 総長)※オンライン

本日、多くの方々にご出席いただきましたことに深く感謝を申し上げます。東北大学とRIETIは2018年に研究交流協定を締結し、連携を深めてきました。今年(2024年)のシンポジウムは4回目となり、今話題となっている生成AIをテーマに取り上げました。

生成AIはすでに世界規模で大きな社会的インパクトをもたらしていますが、その運用基準や法的枠組みの整備が必要であることはご承知の通りです。本日は、生成AIが経済社会をどのように変えていくのか、そして生成AIを社会が安心して活用するために私たちの果たすべき役割について、専門家の皆様の知見を踏まえて議論していけたらと願っています。

本日のシンポジウムが皆様にとってAI社会の在り方を改めて考えるきっかけとなることを祈念しますとともに、RIETIならびに本学の取り組みに今後もご理解とご支援を賜りますようお願い申し上げ、私からのご挨拶とさせていただきます。

基調講演

テーマ: 生成AIは経済社会をどう変えるか

岡谷 貴之(東北大学大学院情報科学研究科 教授)

私の研究分野は、今のAIの中核分野の1つに位置付けられているコンピュータービジョンと呼ばれる分野です。私が研究を始めた1990年代後半は第2次AIブームがはじけた後で、画像AIを考えるコンピュータービジョンの研究者たちはボトムアップモデルベースのアプローチで問題に取り組んでいました。

それが2010年前後に、ニューラルネットワーク(人間の脳機能を模した数学モデル)のルネサンスとも言えるディープラーニング(深層学習)の登場によって、モデルベースのアプローチからデータドリブン学習のアプローチに大きくパラダイムシフトしました。その後10年近くたち、このままでは人間の知能には到底届かないと思っていた頃に生成AIが登場し、今に至ります。

昨年(2023年)9月、GPT-4Vという、テキストも画像も入れられるマルチモーダルAIが発表されました。GPT-4Vでは画像による対話も可能になったことで、われわれが日常PCを使って行う作業を代行してくれる可能性も見えてきました。しかし、汎用人工知能(AGI)の実現をめぐっては、トップレベルの研究者間でも意見が対立しています。

深層学習は多層のニューラルネットワークを使ってペアデータを学習します。「一を聞いて十を知る」と言われるように、人間はわずかな事例からでも本質を見抜いて応用することができますが、ディープラーニングは汎化性能が狭く、それを補うためには大量のデータを必要とするため、コストがかかります。

そんな頃に登場したのが生成AIで、正解ラベルを必要としない大規模言語モデル(LLM)は極めて低コストで学習することができます。LLMは、人間が数万年かかっても読み切れないようなありとあらゆるウェブ上のテキストを学習しているので、「1万を聞いて全部を知る」ことになると思います。

数年前から、われわれはマルチモーダルAIを使って実社会の問題解決に向けた研究をしています。その1つが橋梁点検でして、現場の画像、既存の橋梁点検レポート、テキストブックをAIに読み込ませて、点検初心者がAIと対話しながらAIが持つ深い知識を活用するというものです。

もう1つは、運転危険予測です。運転中に人間が行っている仮説や推論をマルチモーダルAIでもできないかということで、クラウドソーシングを使って画像を見せ、起こりそうなリスクを挙げるという作業を繰り返してデータを作っているところです。

こういったものは、まず専門家の知識をデジタルデータ化して、それをAIに学習させる必要があります。ただ、現状できているのはすでに存在するウェブデータを使った学習なので、その範囲内の仕事はできるものの、役立ってほしいところに使えるものではありません。人間の仕事は高度なものほど言語化が難しいというのが結論です。

AGIの実現可能性に関しては研究者間でも分かれていて、物理空間に近づけば近づくほど、実現可能性は見渡せないという印象があります。言語だけで完結する仕事はLLMの規模を拡大することで実現できると思いますが、言語だけで完結しない仕事はまだ途上にあります。専門家の知識をデータ化して学習させるにはやはりブレイクスルーが必要なので、さらなる研究費の交付を要望しています。

パネルディスカッション

テーマ:生成AIが生み出す未来の経済社会と予想される諸課題

モデレータ:北川 章臣(東北大学大学院経済学研究科 教授)

AIと教育について

松林 優一郎(東北大学大学院教育学研究科 准教授)

私の専門はAIの教育応用です。生成系AIの急速な普及がもたらす社会的影響に対して、教育の観点からの取り組みについてお話しさせていただきます。大学においては早くから生成系AIの影響が現れ、昨年(2023年)3月から、国内でも各大学で利用に関する指針の策定が進んでいます。

教育現場でのAI利用は、学生がレポート課題を解くことや、教授側では教授支援ツールとしての利用例が増えており、こういった技術が新しい学びの方法を提供する一方で、AIの導入によって生じ得る学習機会と評価の正確性・公平性の喪失、アカデミック・インテグリティ(学問的誠実さ)の侵害、ハルシネーション(AIのつく嘘)が及ぼす影響といった問題が議論されています。

AIを教育に適用する際にはAIの能力に信頼性や安全性を組み込むとともに、AIによる間違いを検証できるような仕組みの構築や、ベストプラクティスを探ることが重要です。少なくとも現状の学習評価体系からのシフトは必要で、そこのルール作りは組織や分野ごとに対応が求められると思います。

われわれの研究グループでは、自動採点時のAIの着目点の可視化であったり、AI採点の信頼・自信度の計測を行い、機械と人間の協働によって採点の正確性を担保しながら安全に運用する取り組みを行っています。教育での生成AI活用には、教授法だけでなく学習者の心情を理解して寄り添う能力も求められるため、教育現場とAI開発者の協力が肝要だと思います。

AIの開発・利用における著作権法上の問題

蘆立 順美(東北大学大学院法学研究科 教授)

生成AI技術は「開発・学習の段階」と「生成・利用の段階」がありますが、著作権の侵害の成否はそれぞれ独立に判断されます。

著作権法の制度は、著作物のどの利用行為に対して権利が及ぶのかを個別に規定しています。侵害が成立するのは、問題の利用行為が権利の対象となっているか、依拠しているか、類似性があるかの3つの要件が認められた場合です。

「学習段階」においての利用は、著作権法30条の4で情報解析のための利用が許容されており、AIに学習させるための複製は、原則としてこちらに該当します。ただし、生成AIに関しては学習された著作物の侵害物が作出されてしまう可能性があることなどから、権利者の利益を害する場合にあたるとしてこの適用を限定すべきである、あるいはこの条文の見直しを求めるといった意見が出されているところです。

続いて、生成AIを「利用する段階」でAI生成物が作出された場合、侵害の成否において問題になるのは依拠性や類似性の有無です。この点についてはさまざまな見解がありますが、作出されたものに元の著作物のアイデアやデータのみが利用されているに過ぎない場合は、原則、著作権の侵害にはならないというのが現行の考え方になります。

今後の著作権法の改正および考え方の変更の要否に関しては、そこで問題となっている不利益の内実を詳細に検討した上で、著作権法で対応すべきか否かを考えて対応していく必要があると考えています。

AIとイノベーション

元橋 一之 (RIETIファカルティフェロー / 東京大学先端科学技術研究センター 教授)

私からは、AIを研究開発やイノベーション創出に使う際に、当方で行っているイノベーション研究をベースに、できることとできないことについてお話しさせていただきます。イノベーションというのは、科学的発見や特許等の技術シーズが製品化されることを示します。私の研究室では、大規模な科学論文のデータを読み込んでこの技術から製品化に至るプロセスの解明や、シリコンバレー等のベンチャー企業でチューニングしたモデルを成熟企業に当てはめて技術機会を発見するための取り組みを行っています。

これまで分かっているのは、「特許等の技術から製品化」のプロセスは大規模な情報から一定の法則性を抽出することができる一方で、「科学的発見をベースとした技術シーズ」へのトランスフォーメーションのプロセスはパターン化されにくいということです。AIは大規模情報から一定の法則性を抽出する帰納的論理能力には優れていますが、無数にある論文等の科学的発見から有望な技術をつかみ取るという作業には不向きであるということです。

画期的なイノベーションは過去の情報から予測することは難しい、つまり、セレンディピティやユーレカ(アルキメデスの原理の瞬間)をAIに求めることは少なくとも現段階では無理だということです。

多くのバリエーションから有望なパターンを見つける1つのやり方としては、演繹的、帰納的と並ぶアブダクション(仮説的推論)という手法があります。これはこれまでの法則性では説明できないアウトライヤー(外れ値)から新たな法則性を探しだす手法で、新しいメカニズムの抽出をAIが行い、そこから有望なものを人が選択するという両者で相互補完的に進めていくことが重要だと思います。

AIと雇用・生産性

森川 正之 (RIETI所長・CRO / 一橋大学経済研究所 特任教授)

本日は、生成AIの生産性と雇用への効果について考えてみたいと思います。最近のサーベイに基づくファインディングスですが、私は、2018年度、2021年度、2023年度の3回にわたってAIの利用実態について調査を行ってきました。1つはAI、ビッグデータ、ロボットという3つの技術について従業員50人以上の企業に聞いたものです。もう1つは就労者にAI利用状況を尋ねたものです。

AIを利用している企業や仕事に使っている労働者はまだそれほど多くないものの、傾向としては増えており、従業員の大卒比率が高い企業、高学歴の労働者ほど利用している傾向が顕著に出ています。AIを使っている企業は生産性や期待成長率が高く、また、AIを使う労働者の賃金は高いことが分かりました。

学歴で見たスキルとAIの間には補完性があることを示唆しています。産業用ロボットは性質が異なっています。AIが知的で高度な労働に代替すると議論されることがありますが、ハイスキルのホワイトカラー労働が代替的だとは言えないと、現時点では判断できます。

ただ、ここで報告したものは相関関係を見ているだけなので、因果的な分析が今後の課題です。米国のように政府統計で企業のAI利用実態のデータ収集を行うことが本来は望ましいです。AI導入と生産性の因果関係を分析したいくつかの研究結果は、AIの利用が生産性を向上させることを示していますが、その効果の大きさはタスクによって異なります。

生成AI時代のDX推進に必要な人材・スキルの考え方

内田 了司(経済産業省商務情報政策局情報技術利用促進課 課長)

これまでのアカデミアの議論から少し変わり、政策当事者からお話しさせていただきます。生成AIの以前からデジタル人材育成について、政府方針として、さまざまな省庁が協力しながら、2026年度末までに230万人のデジタル人材を育成するという目標を掲げています。

その中で、経済産業省では、デジタル人材育成の目安となる「デジタルスキル標準」を策定し、デジタル人材育成のエコシステムの実現を目指しているところです。デジタル活用によるDX推進に求められる横断的なスキルである「DX推進スキル標準」に加えて、全てのビジネスパーソンが備えるべきスキルやマインドを定義した「DXリテラシー標準」を公表し、個人の学びや企業組織内での人材育成の目安として活用いただいています。

生成AI時代にDXを推進していくには、変化をいとわずに学び続けるマインド・スタンスやリテラシーを備える必要があります。また、AIを効果的に活用するには、指示の明確化、言語化能力、対話能力だけでなく、課題発見、問題設定、仮説と検証といったスキルも必要とされます。

生成AIが専門レベルの人材に与える影響、経験機会の損失、実践的な教育の必要性、既存のITビジネスへの影響については現在進行中の議論であり、さまざまな有識者と議論した上でレポートをまとめたいと考えています。その上で、高度デジタル人材が習得すべきスキルについてもまたご紹介ができればと思っています。

質疑応答

Q:
有能な秘書のようなAIが現れた際に、人間はその技術に依拠・依存するタイプと、それを利用して業務を効率化し、新しいものを創出していくタイプに大別できると思います。AIの利用によって勝ち組と負け組の格差が生じると懸念していますが、いかがお考えですか。

森川:
IT系の技術は一般的にスキルによる格差を広げる傾向はあるので、リスキリングや大学院教育によって日本全体の中でAI人材をどれだけ増やしていくかということが大事だと思います。また、労働力不足の中で対応すべき介護などの分野にAIが導入・普及できるようになると、今の格差とは少し違ってくるかもしれないと感じています。

Q:
日本のAI人材の育成は、大学の学部数や教員数から見ても世界と戦うには力の入れ方が不十分だと思うのですが、どのようにお考えですか。

岡谷:
まったく同意見です。学部レベルで共同研究を考えるような海外の大学が急激に増えましたし、機械学習をやるような学科もそろえているので、日本が全然太刀打ちできていないという現実はあります。

Q:
仕事でのAI利用で70代の比率が高いことを興味深く感じました。影響している要因が分かれば、教えてください。

森川:
70代で働いている方のサンプルは多くないので、信頼区間を考えて解釈していただければと思います。ここで強調したかったのは、20代、30代のAI利用者が非常に多いということです。

閉会の辞

森川 正之 (RIETI所長・CRO / 一橋大学経済研究所 特任教授)

お忙しい中、東北大学・RIETI共催シンポジウムにご参加いただきまして、ありがとうございました。また、登壇された先生方にも改めてお礼申し上げます。本シンポジウムは、東北大学とRIETIが2018年に研究交流の協定を締結した一環で、ほぼ毎年のように開催してきました。

今回、生成AIをめぐる状況および課題について、法学系あるいは人文社会科学系の研究者も交えて幅広い議論を行うことができました。短時間のシンポジウムでしたが、参加された方々にとって1つでも2つでも気付きになるようなことがあれば、うれしく思います。

現在、東北大学は国際卓越研究大学の唯一の候補となっており、今後、これまで以上に研究力が高まっていくと予想しています。そしてRIETIは、この4月から新しい5カ年の中期計画期間に入ります。私どもとしては、エビデンスに基づく政策に貢献できるように努めていくとともに、今後も東北大学との研究協力を進めてまいりますので、これからも関心を持ってご覧いただければ幸いです。