RIETI EBPMシンポジウム

EBPM-エビデンスに基づく政策形成の導入と実践(議事概要)

イベント概要

  • 日時:2023年3月22日(水)14:00~17:00
  • 主催:独立行政法人経済産業研究所(RIETI)

議事概要

RIETIでは、証拠に基づいて合理的、論理的に政策を評価し立案をするEvidence-BasedPolicyMaking(EBPM:証拠に基づく政策立案)に早くから着目し、2017年にはEBPMの研究プロジェクトを立ち上げ、政府のEBPM推進における理論的バックボーンを提供してきた。また、第5期中期計画(2020年度〜2023年度)においては、文理融合研究に並ぶ柱としてEBPM研究の推進を位置付け、2022年4月には新たにEBPMセンターを創設した。

EBPMの推進は、2017年以降、政府の「骨太の方針」にも毎年掲げられている。今回で6回目となる本シンポジウムでは、「EBPM―エビデンスに基づく政策形成の導入と実践」と題し、政府のEBPMの取り組み、RIETIのEBPM研究の現状、2022年末に上梓された『EBPM:エビデンスに基づく政策形成の導入と実践』(日本経済新聞出版)の内容を紹介しつつ、EBPMの最新の理論と実践について議論した。

開会挨拶

吉田 泰彦(RIETI理事)

RIETIでは設立当初から実証的な研究を重視し、政策効果を検証する研究を続けており、政府のEBPM推進に研究面からのバックボーンを提供しています。2022年4月には「RIETI EBPMセンター」を創設し、経済産業政策をはじめ各種政策のEBPM研究機関として中核的な役割を目指しています。

行政におけるEBPMの重要性は年々高まっており、政府が産業政策として大規模・長期・計画的な支援を行うに当たり、介入の意義や効果をエビデンスベースドで検証することが求められています。RIETIでは2017年から毎年、EBPMシンポジウムを開催しており、今回6回目を迎えました。本日のシンポジウムを通して、今後のEBPM推進に向けて多くのヒントが得られるものと確信しております。

セッション1:政府のEBPMの取り組み、経済産業省の取り組み、他

報告1:政府のEBPMの取り組みについて

尾原 淳之(内閣官房行政改革推進本部事務局参事官)

政府は2022年6月に定めた「骨太の方針」において、行政事業レビューシートを見直し、予算編成過程でのプラットフォームとして活用することを明記しました。

これを受け、従来よりもEBPM的要素を盛り込んだレビューシートを128のテーマについて試行的に作り、2022年11月の「秋の行政事業レビュー」では、これを基にして課題を探りました。従前のレビューでは、事業の廃止・縮減といった「切る観点」での議論が少なくありませんでしたが、今回は、EBPMの実践に向けた改善策や政策効果の向上に資する方策を中心に議論しました。また、続く12月に行われた行政改革推進会議では、行政事業レビューを抜本的に見直す方針が示されました。

今後は、秋のレビューで検証を行ったテーマを含む30程度を重点的にフォローアップし、その成果も踏まえ、残りの約5,000事業についても改善を図っていくこととしています。

日々の業務の中で自律的にEBPMが実践されるまでには一定の時間がかかると思いますが、行革事務局としては、関係機関と連携して、各府省をサポートしながら取り組んでまいります。

報告2:経済産業省のEBPMへの取り組み

佐野 究一郎(経済産業省大臣官房業務改革課長)

経済産業省では2022年度、「経済産業政策の新機軸」の議論の中でEBPM推進の方向性を整理しました。大規模・長期・計画的支援を行い、積極的に市場に関与する政策への転換を図るためには、政策開始後にその効果を測定し、随時見直しを行っていくアプローチが重要と考えます。

具体的には、政策プロセスにおけるEBPMの深掘りとして、「検証シナリオ」を策定します。政策効果や測定指標、データ取得方法を明確にし、対象者ともデータ収集についてあらかじめ合意するもので、取得された測定指標や集計データは原則開示し、第三者が効果検証を行うという考えです。RIETIに新設されたEBPMセンターは、こうした取り組みを伴走型で支援します。2022年には、試行的に半導体の国内生産拠点確保に係る補助事業やグリーンイノベーション基金事業の検証シナリオの策定作業を開始しました。

データ設計やモデル構築のコスト、人的リソースの確保や職員のリテラシー向上に加え、EBPMに取り組むインセンティブの設計が課題です。

セッション2:RIETIのEBPMの取り組み:EBPMセンターの設立等について

報告3:RIETIにおけるEBPMの取り組みについて

杉浦 好之(RIETIシニアEBPMオフィサー)

RIETIは2022年4月1日にEBPMセンターを創設しました。10年ほど前には難しかった因果推論が、エビデンスによって可能であるという認識が行政の現場にも広まりつつあります。EBPMセンターは政策当局とRIETI内外の専門家との間で翻訳・通訳の役割を果たすとともに、EBPM研究に関するハブになる予定です。

2022年度は事前検証が必要な事業の中から、先端半導体の製造基盤整備とグリーンイノベーション基金の2事業を対象とし、政策当局にアドバイスを行いました。

半導体事業に関しては、産業基盤の再興と経済安全保障の2点をインパクト(目的)とし、産業連関表などで大胆な仮定を置けば経済安全保障としての経済的価値が大まかにでも計算できるのではないかとアドバイスしました。グリーンイノベーション基金に関しては、CO2削減と経済波及効果をインパクトとし、技術開発の成果だけでなく、十分な産業競争力につなげるためのアジャイルな見直しが重要などとアドバイスしています。

報告4:RIETIにおける政策評価の実践

川口 大司(RIETIプログラムディレクター・ファカルティフェロー / 東京大学公共政策大学院教授)

政策評価は政策介入を受けたグループと受けなかったグループの結果の差によって表されますが、その比較は簡単ではありません。両グループ間に最初から差があることが考えられるからです。政策効果を正しく知るためにはその差を取り除く必要があります。例えば、補助金の効果であれば、政策の設計段階で事後評価を想定して、採択企業と非採択企業の双方の企業を網羅したデータを集める必要があります。

政府統計の情報は、数が多く回収率も高いために信頼性が非常に高いのですが、利用を申請してから調査票情報が提供されるまでの期間が非常に長いという課題があり、税務データは個人情報保護法との整合性に課題があります。信用調査会社のデータは扱いやすいのですが、高価です。大型政策を提案するときには、その政策を後で評価するデータをあらかじめ入手できるよう準備しておくことが必要で、そのための予算を確保しておくことも必要でしょう。

Q&A

モデレータ
平井 麻裕子(RIETI研究コーディネーター(EBPM担当))

平井:
データの利活用に向けた課題と、政府に期待する役割についてお聞かせください。

杉浦:
非採択企業に関しては法人企業番号だけは取っておいてほしいです。

川口:
政府の事業を民間に委託する場合、事業者を選ぶ基準として、政策評価のためのデータを十分に提供するという要件をあらかじめ課すことも検討すべきだと思います。

平井:
携帯の位置情報やカード会社の情報などのデータを、個人が特定できない形で政府が集められないでしょうか。

杉浦:
データ自体に価値があるものなので、しかるべきコストを払った上であれば可能かもしれません。

川口:
個人情報を特定できないようにする技術的な側面と法的な側面をしっかりとクリアした上で協力してもらうことは十分あり得ると思います。

平井:
EBPMが浸透することで、選挙や政局に左右されないような政策形成は可能でしょうか。

杉浦:
政策案の形成であれば可能ですが、選択や執行となると民主主義的に選挙や政策に左右されるのは当然でしょう。

川口:
私も同意見で、政策判断は最終的に政治が決めることであり、より良い判断ができるように情報を提供することが専門家の果たすべき役割だと思っています。

パネリストからの報告およびパネルディスカッション

プレゼンテーション「EBPMとは何か」

大竹 文雄(RIETIファカルティフェロー / 大阪大学感染症総合教育研究拠点特任教授)

EBPMは過去の政策の単なる効果検証かというと、そうではありません。今後実施する政策候補のうち、効果が大きいものを事前テストしながら、最善の政策を探し出すことがEBPMにおいて一番重要なことだと思います。

多くの政策は、過去にうまくいったからといって今回もうまくいくとは限らず、アジャイル型の政策形成が非常に重要となります。また、エビデンスがあれば政策は自動的に決まるわけではありません。複数の政策目標がある場合、どの政策目標を重視するかは価値観に依存します。エビデンスという情報を政策決定に生かすのが正しい在り方だと思います。エビデンスがなければ政策が実施できないわけではなく、エビデンスを作りながらより良い政策を求めていくという発想が必要です。

そのためには、データを分析可能な形にしておくことが重要であり、できるだけ分析者に第三者を入れるべきです。RIETIのEBPMセンターの役割もそこにあります。一方で、政策自体を効果検証可能な形にすることも必要です。

政策担当者から市民に向けてのコミュニケーションの仕方ももう1つの重要なポイントです。研究者はどうしても研究発表にしか慣れていないので専門用語を使いがちですが、まずは分かりやすい言葉にしなければなりません。そして、政策担当者が一般市民に説明するときには、さらに分かりやすい言葉にしないと伝わらないでしょう。研究者と政策担当者の間の翻訳とともに、政策担当者と市民の間の翻訳も重要だと思います。

政策の説明や実施の詳細を効果的に伝えるためには、エビデンスベースドで行うことが非常に重要であり、今の技術なら十分に政策のスピードに対応できますので、そうしたことを今後取り入れていただければと思っています。

パネルディスカッション

パネリスト
青柳 恵太郎(株式会社メトリクスワークコンサルタンツ代表取締役)
関沢 洋一(RIETI上席研究員・研究コーディネーター(EBPM担当))
石田 直人(広島県総務局経営企画チーム主査)

大竹:
まずは各パネリストの方々からご報告いただきます。

青柳:
われわれ国際開発分野では、過去に途上国に対する開発援助の効果を十分に検証してこなかったとの反省からエビデンスが急増しましたが、その知見が新しい事業立案に十分活用されなかったという苦い経験をしてきました。エビデンスを踏まえた意思決定が必要になる場面を特定することがエビデンスを作る前に大事になってきます。エビデンスは良い意思決定のための情報なのです。日本国内においても、こうした観点が置き去りになっている印象があります。

また、開発分野ではすでにエビデンスに関するさまざまな論点整理が行われ、それを踏まえた提言や制度・組織設計、解説書の発行がなされています。翻って国内を見ると、開発分野でなされた議論が繰り返されています。国際開発分野の経験から得られるヒントもあるのではないかと思います。

関沢:
RIETIでは5年前から経済産業政策の効果検証を行ってきて、課題が見えてきました。まず、効果検証に必要なデータがなかったり使えなかったりする問題があります。本当は政府統計を使って分析したいのですが、入手に手間がかかる上に、統計が簡素化されて効果検証のために使いにくくなっています。EBPMを本気で推進するためには税務情報を分析に使うなどの思い切った対応が必要です。補助金の非採択企業のリストなど行政情報の利用ルールが整備されていないことも対応すべき課題です。守秘義務を付けた上で行政情報を研究者に提供するシステムがあれば望ましいと思います。

データ以外の重要な問題として、行政官と研究者がお互いを理解しきれなかったり、相手の立場を尊重できなかったりすることがあります。政策効果が見いだせないことを正直に示して責められたり、行政官が簡単に習得できない専門知識に目を付けられて業務量が過大になったり不本意な仕事を行ったりするのは、研究者にとってはつらいです。

石田:
私ども広島県では2020年度から、施策の本格実施前に評価設計に取り組むようになりました。現在はEBPMの考え方やエビデンスを使う・作る行動様式を庁内に浸透させる段階に入っています。

今後は全施策を対象としたモニタリングの中で施策の磨き上げについて検討を進め、令和5年度は外部専門家と連携して事業局の施策形成を支援すること に特化した組織を新設し、庁内コンサルティング機能を強化したいと考えています。これにより、施策をより良くするという前向き感を醸成し、EBPMの考え方の浸透を図っていきます。

また、目標管理型評価においても指標間の連動性を評価することで、ロジックモデルや因果関係への意識を高める仕掛けに試行的に取り組んでいます。

Q&A

モデレータ
大竹 文雄

大竹:
政策効果を見るためには、モデル事業だけでなく特区制度の活用も有効ではないでしょうか。

青柳:
モデル事業は試行的な要素が強いので、効果検証の要素を組み込んだ事業設計が可能ですが、特区制度はそもそも効果検証を意図して作られていないので、因果推論のアプローチは変わってくると思います。

大竹:
地方自治体において、職員のみならず首長や議員にもEBPMを浸透させる妙案はありますか。

石田:
やはり横のつながりは大事だと思います。他の県の皆さんも悩んでいらっしゃるので、横での情報交換も始めつつあります。そうしたところを地道に取り組んでいきたいと思っています。

大竹:
医療分野においては、エビデンスがあるからといってそれだけで治療法を選択できるわけではないでしょう。患者・医療者・家族の3者間のいわゆる政治的判断になるわけで、EBPMも同じだと思うのですが、いかがですか。

関沢:
おっしゃる通り、政治的判断だと思うのですが、肺がんに対する胸部X線検査のように効果がないことが明確に示されているものもあるので、そこは区別しないといけないと思います。

大竹:
効果がないものを続けていくのは資源の無駄遣いになるので、どの程度の効果があるかというのを見ることと、エビデンスがあれば全て解決するのは言い過ぎだという点はあらゆる政策分野に関して共通点だと思っています。

全体総括

大竹 文雄

本日の示唆としてはまず、政策効果を測れるような形でデータを整備することが重要だということが挙げられます。政策を行う前に効果検証ができるような形に工夫し、エビデンスでより良い政策を形成していくという考え方を持たないとこれからの政策形成はできないと思います。

また、アジャイル型の政策形成、政府の無謬性の打破というキーワードも出てきました。

最後に、EBPMやエビデンスだけで政策が決まるわけではありません。エビデンスと、どんな社会にしたいのか、どんな価値観を私たちは持っているのかということとを照らし合わせ、最善の政策を選択していくことが重要だと思います。ご清聴ありがとうございました。