RIETI-IWEP-CESSA Joint-Workshop

Exchange Rate and International Currency(報告書)

イベント概要

  • 日時:2023年1月7日
  • 主催:独立行政法人経済産業研究所(RIETI)、中国社会科学院 世界経済・政治研究所(IWEP, CASS)、横浜国立大学アジア経済社会研究センター(CESSA)

報告書

吉見 太洋(中央大学、RIETI)

RIETI「為替レートと国際通貨」研究会(小川英治FF)では、中国社会科学院(CASS)の世界経済研究所(IWEP)、横浜国立大学アジア経済社会研究センター(CESSA)とともに、毎年Joint-Workshopを企画・開催してきた。本年度は新型コロナウィルスの蔓延状況を踏まえ、2023年1月7日にオンラインで第11回目のワークショップが開催された。過去のワークショップでは、RIETIで公表されているAMU乖離指標や産業別の実効為替相場を用いた研究を始めとして、貿易取引通貨、為替パススルー、人民元の国際化、国際価値連鎖等、国際金融に関わる幅広い研究成果が報告されてきた。今回のワークショップでは、国際金融と国際貿易の両分野にまたがる複数の研究成果が報告され、日中双方の参加者間で活発な意見交換と議論が行われた。
以下、それぞれの報告論文と討論内容について簡潔に紹介する。

1. “Global Value Chains and Exchange Rate Pass-Through in Japanese Imports”

報告者:Yushi YOSHIDA(RIETI Project Member / Shiga University)

討論者:Shuhui NI(Institute of World Economics and Politics (IWEP), CASS)

企業グループ内の生産プロセスの国際的な分業化であるGlobal Value Chains(以下、GVC)の深化のために、輸入製品に占める付加価値には輸出国だけでなく、輸入国やそれ以外の国のものが含まれている。為替レートパススルーの先行研究においては、為替レートが変動することで、輸出国で発生した(輸出国通貨建て)費用の輸入国通貨建て価格が影響を受けることが前提とされてきた。本研究では、輸出国における付加価値比率(VAX)と輸入国における付加価値比率(VAM)をOECDのTiVAデータベースから構築することで、日本の産業別輸入価格指数への為替レートパススルーが、産業別に異なり、かつ時変的であることを実証的に示した。具体的には、VAXが大きいほど為替レートパススルーが大きく、VAMが大きいほど為替レートパススルーが小さくなることを示した。また、非線形的な係数モデルのため、VAXとVAMの変化により産業別の時変的な為替レートパススルーを示すことが出来た。

討論者からは、(i)推定モデルにおける内生性の確認並びに対応、(ii)産業別の為替レートパススルーの違いを産業構造から説明すること、(iii)各産業における多国籍企業の役割について議論すること、を指摘された。また、本研究が日本経済を対象とする目的の背景として、長年の日本経済の低インフレーションにあるが、分析手法としては中国を対象とすると興味深い研究結果が得られるのではないかとのコメントを受けた。

2. “A New Tri-Channel Decomposition of External Adjustment and its Application for China”

報告者:Guangtao XIA(Institute of World Economics and Politics (IWEP), CASS)

討論者:Eiji OGAWA(RIETI Faculty Fellow / Tokyo Keizai University)

本研究は、新しい対外調整モデルを発展させ、そのモデルを使って、中国の対外不均衡の調整経路における相対的重要性を考察した。理論パートでは、Gourinchas and Rey (2007)の研究を対外調整の金融・貿易調整を含むベンチマークとして、金融経路を評価効果と投資所得に識別し、貿易収支と評価効果と投資所得の3つの調整経路を含む新しいモデルに発展させた。その上で2つの命題を導いた。第一に、今期の純輸出と評価変化と投資所得は次期の対外調整に対して正の効果をもたらす。第二に、将来における純輸出と評価変化と投資所得の予想は今期の対外調整に負の効果をもたらす。実証パートでは、VARを利用して、対外調整に対する3つの経路の効果を推定した。その際にHodrick-Prescottフィルターによって変数のトレンドと乖離を推計した。データとしては1998年から2020年の期間の四半期データを利用した。分散分解によって、循環的国際収支調整の76%が貿易経路であり、その21%が投資所得経路であり、評価効果経路はわずかに3%に過ぎないことを見出した。

討論者は、第一に、対外不均衡が経常勘定のみならず、金融勘定にも関係し、さらには、貯蓄・投資と対外不均衡との関係が取り扱われていないことを指摘した。第二に、家計や企業が異時点間において最適化行動をとるミクロ的基礎を有する開放マクロ経済学を使って、理論モデルを構築すべきことを指摘した。第三に、中国の経常収支の各構成要素のデータをみると、投資所得に対応する第一次所得収支が赤字となっていて、黒字の貿易収支と赤字の第一次所得収支との間の対外調整の相対的重要性を比較できるのかという疑問を提示した。第四に、本論文では、トレンドを除いた循環的調整に焦点を当てているが、中国のように成長トレンドが著しい経済では、長期トレンドの分析も重要であることを指摘した。第五に、日本の経常収支において第一次所得収支黒字が大半を占める例は興味深いので、中国の分析アプローチを日本の対外調整に応用することを推奨した。

3. “Do Sovereign Risks and Oil Prices Matter for Exchange Rate Movement?”

報告者:Yuki MASUJIMA(RIETI Project Member / Bloomberg L.P.)

討論者:Weijia DONG(Institute of World Economics and Politics (IWEP), CASS)

本研究は、2022年に円が対ドルで32年ぶりの安値を記録する中、パンデミック後の政府債務リスクや不確実性に関わる要因及び資源価格の動向に着目し、為替変動との関係について考察を試みた。その結果、欧州通貨は債務リスクに対してより敏感に、不確実性に対してはより脆弱になる一方で、円の避難通貨としての地位は低下したことが分かった。日本銀行のイールドカーブ・コントロール政策(YCC)の導入後はクレジット・デフォルト・スワップ(CDS)価格のボラティリティの水準が低下しても、債務不履行リスクに対する円の感応度を高める傾向が観察された。また、原油価格の変動が為替に与える影響は、ショックの種類(供給か需要か)によって異なる傾向がみられた。政策的含意としては、政府の財政政策へのスタンスは、CDS価格だけでなく、為替レートの動きにとっても重要であり、日銀のYCCは、意図しない形で、ソブリン・リスクをある程度抑制することができるかもしれない一方、債務の持続可能性に対する懸念が高まる際に、急速な円安を加速させる可能性を報告者は指摘した。

これを踏まえ、討論者からは主に以下三つの論点が指摘された。第一に、通貨リスクを過去の文献に沿った超過収益ではなく、単純な変動で計測した理由。第二に、信用リスクと為替レート間の相互作用による逆の因果関係の可能性。第三に、通貨価値が上昇する際と低下する際の、為替変動率の非対称性だ。これに対して報告者は、日次の変化であるため、金利収益等を考慮した超過収益と単純な変動に大きな差はないこと、一部の通貨では前日の信用リスクや不確実性の変化等を用いることで逆の因果関係を回避していること、円の変動率は通常円高局面で上昇する傾向がみられるものの、今回は円安局面でも、変動率が大幅に上昇したと回答した。

4. “Currency Misalignment, International Trade in Intermediate Inputs, and Inflation Targeting”

報告者:Liyuan WU(Institute of World Economics and Politics (IWEP), CASS)

討論者:Pengfei LUO(RIETI Project Member / Setsunan University)

本研究では、最終財と中間財両方の国際貿易が行われる経済における金融政策を分析している。過去数十年にわたる経済のグローバル化を通じて、世界の垂直的な生産分業が進んだ。これに伴い、最終財と中間財の両方の貿易を想定することが現実の経済に整合的な状況と言える。しかし、多くの先行文献では、最終財の貿易のみが想定されている。決済通貨については、輸入国通貨建ての価格決定(Local Currency Pricing, LCP)が想定されることが多い。本研究でも価格決定については、最終財と中間財の両方についてLCPを想定している。そのもとで、金融政策当局がCPIに基づくテイラー・ルール、最終財PPIに基づくテイラー・ルール、中間財PPIに基づくテイラー・ルールの三つの金融政策ルールの厚生水準を比較している。本研究は、一般的なパラメータセッティングのもとでは、中間財の価格粘着性が高くなるほど、中間財PPIに基づくテイラー・ルールの方が、最終財PPIに基づくテイラー・ルールよりも高い厚生水準を達成することを明らかにした。ただし、この金融政策ルールの厚生上の順位は、中間財部門と最終財部門の貿易開放度に依存することが分かった。

討論者からは主に2つのコメントがあった。第一に、本研究では変動為替相場制度が前提とされている。これに対して討論者からは、一般に為替相場制度が生産者と消費者の海外輸入財価格の将来予期に重要な影響を与えるため、固定相場制や中間的な為替相場制度のケースとの比較を行うことが有益であるとの提案があった。第二に、本研究では金融政策ルールのターゲットとして、CPIに加えて最終財と中間財のPPIが用いられている。しかしながら、現実的にはPPIをタイムリーなデータで観測することは困難である。そのため、各国が主にCPIに着目して金融政策を運営しているという現実がある。したがって、理論モデルの示唆を実際に各国の金融政策当局が利用する際には、こうしたデータ上の限界に関する課題が残る点も指摘された。

5. “Exporter’s Productivity and the Cash-in-advance Payment: Transaction-level Analysis of Turkish Textile and Clothing Exports”

報告者:Taiyo YOSHIMI(RIETI Project Member / Chuo University)

討論者:Xiaomin CUI(Institute of World Economics and Politics (IWEP), CASS)

本研究は、輸出者の生産性が輸出企業の決済方法に与える影響を、トルコの繊維・衣料品輸出の取引レベルデータに基づいて分析している。特に、現金前渡(Cash-in-advance,CIA)契約が利用される可能性に、生産性がどのような影響を与えているかを分析している。その結果、生産性とCIA契約利用との関係は凹型であることがわかった。つまり、生産性の高い輸出者は、不払いのリスクが低いCIA契約を利用する可能性が高いが、輸出者の生産性が著しく高い場合、この傾向は緩和される。本研究は勘弁な理論モデルを構築することで、これらの結果の理論的根拠を提供している。さらに、CIA契約は少額取引や支払いに関する法の支配が弱い国への輸出で、より頻繁に利用されることも明らかにされている。

討論者からは主に以下三点について、指摘が行われた。第一に、本研究では企業内貿易によるバイアスを緩和するために繊維・衣料品輸出に限定して分析が行われているが、他の産業との比較を行うことが有益であるとの指摘がされた。これにより、産業ごとの決済手段、生産性の役割の検証を行うことができるため、より広く一般性の高い政策的示唆を導出することが可能である。第二に、輸出者と輸入者の間の相対的な交渉力を計測できないかとの指摘がされた。トルコの繊維・衣料品産業においては、差別化度合いの低い製品を輸出する中小の輸出者もいれば、国際競争力の高い絨毯等の輸出者も存在する。こうした企業の競争力、交渉力の違いを考慮することは重要である。第三に、国際価値連鎖(Global Value Chain, GVC)と決済手段の関係に関しても検証をすると興味深いという指摘がされた。トルコ企業も欧州の大企業との間での生産分業を担っており、GVCも重要なテーマと言える。

6. “Quality and the Unequal Gains from Tariff Liberalization”

報告者:Mi DAI(Beijing Normal University)

討論者:Kiyotaka SATO(RIETI Project Member / Yokohama National University)

本研究は中国の貿易自由化が消費者の経済厚生に及ぼす影響を、関税のパススルー(tariff pass-through)の分析を応用して実証的に解明することを目的にしている。2018年に中国で輸入車の関税が大幅に引き下げられたが、その結果、自動車の販売価格や数量の変化によって、より所得水準の高い都市部において消費者の経済厚生が改善したことを明らかにしている。この結果が生じた理由として、輸入車の方が国産車よりも品質が高いため、より所得水準の高い都市部で輸入車への需要が高まったこと、また高品質の輸入車の方が関税引き下げによる価格低下の恩恵をより多く受けたことが強く影響していることを報告している。

この研究報告を踏まえ、討論者からは主に以下三つの論点が指摘された。第一に、分析対象として自動車の関税引き下げ効果を取り上げているが、自動車はそもそも高価格帯の品目であり、所得の低い層が購入するのは容易ではない品目である。本研究の結果の頑健性を確かめるには、別の品目での分析も必要だと思われる。第二に、為替レートの変動が影響している可能性もある。2018年2月7日の1米ドル=6.27元から同年の11月27日には1米ドル=6.95元へと、人民元は2018年中に10%以上減価した。実証分析においては、こうした影響もコントロールした方がよいだろう。第三に、自動車部品の輸入も関税引き下げの恩恵を受けており、国内生産の自動車の価格も低下した可能性がある。中国内の自動車生産は合弁企業がかなりのウェイトを占めており、例えば2018年の中国国産車の自動車販売台数では、上位10社のうちの8社は合弁企業である。本論文の主張をさらに補強するには、関税引き下げが自動車部品輸入に及ぼした影響や国内における合弁会社のウェイトの高さも考慮して分析することが必要だと思われる。