IEA-METI-RIETI共催

産業政策国際カンファレンス-産業政策の新時代-(議事概要)

イベント概要

  • 日時:2022年6月10日(金)21:00-24:00(JST) / 12:00pm-3:00pm(GMT) / 7:00am-10:00am(CDT) / 8:00am-11:00am(EDT)
  • 主催:独立行政法人経済産業研究所(RIETI) / 経済産業省(METI) / 国際経済学協会(IEA)

議事概要

主なポイント

産業政策が再び勢いを増している。産業政策は、産業政策と呼ばれなくとも各国で実施されてきた。登壇者は、現在の産業政策の推進力となるものとして、これまでの過小投資や低い生産性、今日の差し迫った社会問題に対処するためのミッション志向の政策の必要性、ミクロ政策のための安定した制度的枠組みの重要性を挙げた(平井氏、LEONG氏)。

登壇者は、現在の産業政策を過去の産業政策(第一世代産業政策または「おじいさんの時代の産業政策」)と比較しつつ、補助金や炭素国境調整措置などの政策が、環境問題という外部性の問題を内部化する政策ではなく、競争力を強化する政策(第一世代産業政策)へと回帰する危険性を指摘した(GOOLSBEE教授)。政府関係者(STEINBERG氏、平井氏)は、この問題を軽減するために国際的な協調が重要だと指摘した。

学術研究者からは、情報の非対称性とレント・シーキング(利益誘導)を産業政策に対する一般的な批判の根拠として挙げつつ、これらの問題を克服するために、官民の財政的責任・実施責任の共有(STIGLITZ教授、LERNER教授、冨浦教授)、市民社会・地域関係者の関与(STIGLITZ教授、LEONG氏、HANSON教授、SABEL教授)を通じて産業政策を社会に定着させ、それによって新しい社会・開発目標の達成に民間部門の力を最大限に活用(CRISCUOLO氏)することが重要だと指摘した。政策実施における政府の介入度合いと適切な手段の選択については、アメリカ国立科学財団、DARPA(GOOLSBEE教授)、イスラエルのYozmaプログラム(LERNER教授)、ペルーのMesas Ejecutivas(GHEZZI氏)などの枠組みが適切な例として挙げられた。

ターゲティング政策についても議論が行われた。政府関係者からは、過去に産業横断的な政策に注力した結果、意図しない結果が生じたこと(LEONG氏)や、新たに定義したセクター(グリーン産業、レジリエンス関連産業など)を推進する必要性(平井氏)が、今日のターゲティング政策の根拠として挙げられた。学術研究者(GOOLSBEE教授、LERNER教授)からは、政府が事前にあまりに具体的な目標を立てることに注意を促し、この点では、関係者の政策実施からの学習とフィードバックループの重要性が強調された(GHEZZI氏、HANSON教授、SABEL教授、浜口教授)。

効果的な産業政策のためには、(i)政策立案者や関係者の能力向上と信頼醸成(GHEZZI氏、平井氏、浜口教授)、(ii)データ収集、データ共有、EBPM(冨浦教授、CORRADO氏)が必要であることが唱えられた。

1. 開会挨拶

スピーカー:
  • 萩生田光一 (経済産業大臣、日本)
  • Dani RODRIK(IEA会長、ハーバード大ケネディスクール、米国)

萩生田経済産業大臣は、地政学の構造変化が進み、世界経済の将来に対する懸念が高まる中、日本が世界の経済・社会の改革をリードしていく姿勢を強調した。その上で、ミッション志向の産業政策と経済社会システムの再構築により、成長と富の分配の好循環を実現するための経済産業省の政策イニシアティブである「経済産業政策の新機軸」を示し、その実現に向けた取組を説明した。最後に萩生田大臣は、参加者に対し、今後の世の中に役立つ新しい産業政策の在り方が見いだされることへの期待を呼びかけた。

萩生田大臣の発言を受け、RODRIK教授は、多くの国や政府が資本主義や産業政策の新しい形を模索している中で、産業政策が再び注目されていると指摘した。さらに、産業政策は常に実践されてきたが、政策についてより意識的かつ体系的に行うことで、より良いものにすることができると説明した。また、産業政策に対する伝統的な懐疑論として、(i)政策立案者の情報不足、(ii)産業政策によって生じうる利益誘導(the political capture)の2点を指摘しつつ、政策立案者と経済学者の相互学習と協力の重要性を強調した。

2. キーノートスピーチ:国際秩序の変化と産業政策の役割について

スピーカー:
  • Joseph STIGLITZ(コロンビア大ビジネススクール、米国)

STIGLITZ教授は、産業政策が再び中心的な役割を果たすようになった背景には、金融危機、気候危機、不平等、Covid-19、ウクライナ戦争などの要因が複合的に絡んでいると指摘した。また、構造的な失敗は市場に任せるだけでは不十分であり、政府が経済戦略を設計することで改善できると強調するとともに、リスクに対する近視眼的対応の結果は、ロシアの天然ガスに大きく依存したヨーロッパのある国が最も顕著に示していると指摘した。

STIGLITZ教授は、同教授が関与し1980 年代末から 1990 年代初頭にかけて日本の支援を受けて実施した、世界銀行の「東アジアの奇跡」研究プロジェクトに対する多くの先進国や世界銀行内部からの反発について触れた。STIGLITZ教授の見解では、その背景にはワシントン・コンセンサスに代わるものを求めようとしない姿勢があり、産業政策は経験や理論によってではなく、産業政策に対するイデオロギー的な敵意によって信用を失わされ、そして現在はその考えは広く否定されたというものであった。

STIGLITZ教授は、産業政策について次のような4つの考察を行った。

  1. 1)現実にはすべての国が産業政策をおこなっている。デリバティブの拡大支援、国防総省に組み込まれた政策、産業の空洞化を促進した政策は、米国の産業政策といえるものである。政策、支出、税金のすべてが経済を形成するものであり、政府のあらゆる政策を認識することが、経済と社会がどこに向かっているかについて民主的な議論を行うことに役立つ。
  2. 2)我々は、産業政策において、社会的目標(気候変動、平等、レジリエンスなど)と市場の失敗(資本市場の失敗、多くの社会における人種差別・性差別など)の両方を念頭に置く必要がある。国境もまた重要である。第二次世界大戦後、我々は国境のない世界を目指し、努力すべきだという価値観を形成し、経済政策も自分たちが国境のない世界をまさに実現しようとしているという認識に基づいていたが、いまや我々は国境が重要であることに気づき始めている(トランプ大統領の行動、ワクチンナショナリズム、食料危機下の輸出抑制など)。
  3. 3)産業政策プログラムは、二重、三重の義務への対応に焦点を当てなければならない。限られた資源と手段で、できるだけ多くの社会的目標に対応する政策が必要である。バイデン政権が、差別、不平等撤廃とグリーン・トランジションに配慮した産業政策を進めていることは喜ばしいことである。
  4. 4)産業政策への反対意見は、経済学に基づくものではなく、むしろ政治経済と情報の不完全性に基づくものである。政府の産業政策は変化をもたらしてきた(19世紀の米国の農業計画や20世紀のDARPAによるインターネットの発明など)し、東アジアの奇跡は、政府の産業政策が経済成長を生んだことを明確に示している。東アジアの経済が成功した明確な要因の1つは、無償資金援助ではなく有償資金援助(借款)にあった。透明性、ピアレビュー、市民社会の関与は、政治的な経済リスクを軽減することができる。

3. プレゼンテーション・ディスカッション:産業政策に関する最新動向

産業政策当局が各国の産業政策の動向を説明するとともに、研究者から産業政策の理論的背景や課題に関する最新の研究成果を紹介。各プレゼンテーションの後に登壇者によるディスカッションが行われ、産業政策の質の向上や理論的バックボーン構築に繋がる知見が共有された。

産業政策当局のプレゼンテーションにおける主な論点:

  • 各国の産業政策における目標、課題、背景など

ディスカッションにおける主な検討課題:

  • 産業政策の有効性が最近まで「見過ごされてきた」理由
  • 市場が単独では対処できない問題(気候変動、格差拡大、サプライチェーンのレジリエンスなど)
  • 産業政策を上手く実行する方法
  • 今日の産業政策に関する懸念

3-A. セッション1:産業政策当局からのプレゼンテーション

チェア:
  • Dani RODRIK(IEA会長、米国)
プレゼンター:
  • 平井裕秀(経済産業省経済産業政策局長、日本)
  • Donna LEONG(ビジネス・エネルギー・産業戦略省分析担当ディレクター、英国)
ディスカッサント:
  • Gordon HANSON(ハーバード大ケネディスクール、米国)
  • Charles SABEL(コロンビア大ロースクール、米国)

登壇者プレゼンテーション

平井氏は、経済産業省の「経済産業政策の新機軸」のコンセプトとその根拠を詳しく説明した。
平井氏は、過去30年間の日本経済の低成長において、グリーンテクノロジー、デジタル技術、人的資本などの分野への投資が不十分であったことを指摘するとともに、ターゲットとする分野に民間投資を誘導し、大規模かつ長期的、計画的な政府支援を行う考えを繰り返し強調した。さらに、ミッション志向の産業政策の6つの柱を挙げ、すでに実施されている例として150億ドルのグリーンイノベーション基金や半導体への支援などを挙げた。
また、経済社会システムの組替えについては、人材マネジメントの推進、労働市場の柔軟性の向上、小学校から博士課程までの教育の多様化など、人的資本投資の減少に対処することの重要性を強調した。

LEONG 氏は、平井氏の話を受けつつ、現代の英国の産業政策の出発点は英国の生産性が比較的低かったことにあるとした。また、過去20年間のイギリスの政策は、産業横断的な政策に焦点を当てすぎる傾向があり、(i)様々なセクターにわたる政策の効果、(ii)健全なミクロ政策のための安定した制度、(iii)地域の生産性の重要さ、への配慮が十分ではなかったという分析を提示した。
LEONG氏は、英国のこれまでの産業政策が抱える問題に対処するためには、(i)セクターの優先順位をつけるためのフレームワークの開発、(ii)National Infrastructure CommissionやThe Productivity Instituteといった長期的なミクロ政策機関の設置、(iii)最近英国政府が発表した「レベルアップ戦略」に示されたイニシアティブによる社会・制度の生産性向上と地域政策の実行、が重要だと強調した。
最後に、今後の課題(コロナ後のニューノーマルの不確実性、セクターや地域に基づく政策で見られる経路依存性、自動化・デジタル化・温室効果ガス排出ネットゼロなどの「大転換」への前例のない挑戦など)を挙げて、発表を締めくくった。

ディスカッション

各講演者の発表に続き、HANSON教授から、産業政策の目的と実施について、次のような指摘がなされた。

  1. 1)産業政策の目的:資本主義の外部性を考えると、1つの政策がすべてに適合するという考えには注意が必要であり、異なる目的を達成するためには個別かつ補完的な一連の政策が不可欠である。
    • 経済の脱炭素化と経済格差の是正を同時に追求する場合、後者の実現方法を十分に検討することなく、前者の実現のために産業政策が乗っ取られる危険性がある。
    • 米国の産業政策の4つの要素(①人材開発、②企業への技術支援、③企業への税制優遇措置、④必要なインフラの整備)の組み合わせは、社会の目的によって異なるだろう。経済成長の促進にはSTEM(科学・技術・工学・数学)教育が有効だが、脱炭素化にはより狭い範囲のSTEM教育が必要であり、経済格差への対応には4年制大学以外の教育機関での職業・技術訓練が必要であろう。
  2. 2)産業政策の成功のために:企業、労働者、市民などの関係者を政策決定の早い段階から巻き込むことが不可欠である。RODRIK教授とHANSON教授による米国における「地域」に基づく政策に関する研究によれば、米国における経済開発政策は新興国の経済開発政策と類似してきており、成功した政策では、問題の特定と政策設計のプロセスの早い段階で非政府組織、産業団体、地方の政策立案者を巻き込んでいることが明らかになっている。また、労働力開発においては、地域の実情に配慮する必要がある。

SABEL教授は、産業政策に対する数十年にわたるイデオロギー的な反発が消滅しているという点で、これまでの講演者と同じ見解を示した。同教授は、現在の産業政策の課題は次のように特徴づけた。

  • 多くの国が産業政策に多額の資金を投入していることから、現在の懸念は、イデオロギーによる障害ではなく、政策当局の情報の問題である。
  • 過去に成功した産業政策の多くは、先進国の比較的少数の洗練された企業、専門家、学者によって設計、実施された(DARPAなど)。現在の課題(グリーン・トランジション、貧困の蓄積への対応など)は、(i)地方の関係者が新しいタイプの政策立案に適応し、国や地域の関係者と協働するための新しい能力を獲得し、(ii)労働者が新しいスキルを習得することを必要とする。この課題は、先進国と発展途上国の双方に共通するものである(英国の「レベルアップ戦略」など)。「次世代EU」(EUのコロナからの経済回復支援パッケージ)の実施においても、地域に根ざした参加型のアプローチが必要であろう。

平井氏は、政策目標と政策手段の関係について、「産業政策の新機軸」の6つのミッションはそれぞれ異なる社会経済問題であるが、根底にある膨大な需要を考えると、これらの問題への取組は成長のチャンスと見ていると述べた。また、平井氏は、多国間貿易体制と紛争解決手続きが十分に機能することの重要性と、必要に応じて代替メカニズムを整備することの重要性を指摘した。

LEONG氏は、複数の政策目標のトレードオフを認めつつ、イノベーションがトレードオフを克服する1つの答えになると指摘した。また、地方をめぐる問題については、「レベルアップ戦略」の核心は、地域経済が地域の意思決定者に大きく依存しているという認識であり、地域の意思決定者が地域に適した意思決定を行うことの必要性を「再発見」することであると強調した。

LEONG氏は、地域政策と分野別・産業別政策の関係について、英国のレベルアップ戦略の場合、両者は絡み合っていると述べた。また、平井氏は、日本は従来の重工業、軽工業といった産業ではなく、グリーントランスフォーメーション産業、レジリエンス関連産業といった新しい産業を重視するつもりであると述べた。

3-B. セッション2:アカデミアからのプレゼンテーション

チェア:
  • 渡辺哲也(RIETI副所長、日本)
プレゼンター:
  • Austan GOOLSBEE(シカゴ大ビジネススクール、米国)
  • Josh LERNER(ハーバード大ビジネススクール、米国)
ディスカッサント:
  • 冨浦英一(RIETIファカルティフェロー / 一橋大学大学院経済学研究科、日本)
  • Philipp STEINBERG(経済・気候保護省経済政策局長、ドイツ)

登壇者プレゼンテーション

GOOLSBEE教授は、これまでの議論を踏まえつつ、すべての政策は産業政策であり、経済学者が第一世代の産業政策に否定的な見解を示した背景には、「規制の虜理論」(regulatory captures:規制当局が規制を課されている業界や利益によって逆支配されるようになること)や情報の失敗(information-based failures)があった、新世代の産業政策は外部性と市場の失敗を修正する必要がある、という見解を強調した。さらに、現在の産業政策の手法と課題について、以下のような議論を展開した。

  • 外部性を修正する新しい政策:新しい政策の成功は、多くの場合、非政治的な領域で見られる。最近の産業政策の隆盛は、様々な危機(気候変動への懸念から補助金や規制を導入、サプライチェーンの危機からワクチン生産を推進、半導体に対する国家安全保障の懸念など)から生じているが、その背景にある国内産業の競争力への関心は、旧来型の産業政策に回帰するリスクとなる。炭素国境調整措置がグローバルな外部性に対処するためのものであっても、そのような関税は、外部性に基づかない関税や国家安全保障上の利益を他国が主張することにつながる可能性がある。
  • 情報の失敗から生じる短絡的な志向性:Covid-19危機の初期には、人工呼吸器に大きな注目が集まったが、数カ月後には、パンデミックに対処するために国内に人工呼吸器の製造拠点を持つことの重要性は否定された。これは、古い産業政策につきまとう情報の失敗に似ている。
  • 政府の介入の程度:アメリカ国立科学財団、アメリカ国立衛生研究所、DARPA、米国大学への資金提供システムなどの成功の源泉は、政策設計者が資金の行き先を設計しなかったことである。その意味では、人的資本を呼び込む移民は、ある意味で、究極の新しいタイプの産業政策の1つである。
  • 旧来型の産業政策へのさらなる警鐘:過去5年間の米国の産業政策は、外部性への対応ではなく昔ながらの産業保護(航空会社、クルーズ船、その他の政治的につながりのある産業への多額の援助)が中心だった。我々は、外国製品を締め出すために反トラスト法を濫用する動きにも注意が必要だ。

LERNER教授は、起業家精神についての見解を示しつつ、スタートアップへの民間資金は、スタートアップ支援の公的プログラムにおける情報の問題と規制の虜問題の緩和に役立つと述べた。

  • LERNER教授は、政府の立場から見たスタートアップへの民間資金投下の利点として、(i)投資先ベンチャー企業の選択における情報の非対称性の緩和、(ii)ベンチャーキャピタルは公的支援よりも投資を止める「厳しい」決定を下せる、(iii)民間資金と政府では報酬が異なる(たとえば、金銭的リターン、外部性への対処)を挙げた。
  • LERNER教授の実証的研究は、世界の755のプログラムのデータを用いて、民間投資家が公的プログラムに参加する背景には、(i)効果的な政府、(ii)起業初期段階の企業を対象とするプログラム、(iii)既存の民間ベンチャー活動の存在、といったいくつかの要因があることを明らかにした。公的な起業家金融プログラムは、その後のイノベーションによる成長を高める傾向がある。

ディスカッション

冨浦教授は、GOOLSBEE教授とLERNER教授の発表に対して、日本において産業移転プログラムの結果、生産性格差が拡大したことを挙げ、政策の意図しない結果について考察を行った。また、日本の産業クラスター政策が成功したのは、地方銀行がメインバンクとして関与したときだけであることを指摘し、官民連携に関するLERNER教授の議論を支持した。
さらに、冨浦教授は、産業政策を評価する際には、将来を見据えたデータの収集設計が重要であることを強調した。今日の新しい産業政策の目的や政策ツールは以前よりも複雑であり、民間に蓄積されたビッグデータや、最近の地域の特性を生かした政策(place based policies)の発展は、政策評価を進める機会となるからである。また、RIETIによるEBPM(Evidence-Based Policy Making)に関する最近の取組についても言及した。

STEINBERG氏は、市場の失敗に関する現代的な解釈が、ここ数年の産業政策の機運の高まりに寄与していると指摘した。同氏の論では、産業政策の合理性の根拠を、外部性から脱炭素化への取組を動機づけている地球の限界まで拡張して述べた。また、デジタル経済の推進による正の波及効果も挙げた。さらに、次のような議論を展開した。

  • 資本市場の失敗と民間部門の関与の重要性:ドイツの経済安定化基金は、ドイツ政府が民間投資家と緊密な協力関係を築こうとした例である。
  • 経路依存性:Gaia-Xプロジェクト(欧州のクラウドデータ統合プロジェクト)では、経路依存性(従来の非効率な制度への囚われ)を克服するために、企業間のコラボレーションを支援しようとしている。
  • 産業政策の新たな理論的根拠:戦略的自律性とレジリエンスが産業政策の新しい理論的根拠の中核として注目され、その結果、欧米では半導体産業やバリューチェーン移転への支援が強まっている。そこにはメリットとリスクの両面がある。
  • 政策範囲と政策手段:ドイツは産業政策の範囲をかなり狭く設定しているが、産業政策が取り組むことが期待される問題の政治的性質を考慮すると、産業政策の基準と境界を検討することが重要である。実務家の観点からの主な課題は、適切な手段をどのように決定し、調整するかということである。

LERNER教授は、イスラエルで設立されたYozmaプログラムを例に、政府が起業家に直接資金を提供するのではなく、仲介役のベンチャーキャピタルファンドに資金を提供することで起業家から距離を置いたり、マッチングによりベンチャーキャピタルと政府の共同出資をすると言った公的資金と民間部門の関与の成功例を紹介した。また、技術の方向性を決めつけるのではなく、起業家支援のための幅広い評価指標を設定することを主張した。

GOOLSBEE 教授は、LERNER 教授の指摘した仲介者の関与の重要性を支持しつつ、Covid-19 に対して、米国では、銀行を仲介にして FED(連邦準備制度)から中小企業に迅速に資金を提供する政策がとられたが、銀行は、自分たちにとって最も大事な顧客(高所得企業など)にまず融資する傾向があり、政策目的との矛盾に直面したと指摘した。すべての政策決定は政治と無縁ではなく、そのため産業政策は旧来の政策に逆戻りするリスクを抱えがちである。また、自律性が競争力への関心や国内回帰の要望によって煽られるのであれば、自律性を産業政策の新しい根拠として考えてよいのか、という問題提起がなされた。

STEINBERG氏は、GOOLSBEE 教授の「昔ながらの産業政策を繰り返すのは危険」というコメントに対して、「純粋な国の取り組みでは問題解決はできない」と述べ、補助金競争の問題を緩和するための EU 内の政策協調努力の例として、「欧州共通利益に適合する重要プロジェクト(IPCEI)」を挙げた。

4. パネルディスカッション

チェア:
  • Ufuk AKCIGIT(IEA執行委員会、シカゴ大経済学部、米国)
パネリスト:
  • Carol CORRADO(全米産業審議会卓越主任研究員、米国)
  • Chiara CRISCUOLO(OECD生産性・イノベーション・起業委員会ヘッド)
  • Piero GHEZZI(元ペルー共和国生産大臣、ペルー)
  • 浜口伸明(RIETIファカルティフェロー / 神戸大学経済経営研究所、日本)
  • 平井裕秀(経済産業省経済産業政策局長、日本)

産業政策当局、研究者、国際機関といった異なる視座に立つパネリストが、過去と現在の産業政策の相違点、政府の失敗への対処などの論点を踏まえながら、新しい産業政策のあり方を議論した。

チェアによる問題提起:

  • 産業政策の新たな考え方はどうあるべきか
  • 産業政策をより有効なものとするためにはどうすればよいか

CORRADO氏は、今日のデジタル化された経済における無形経済(intangible economy)の役割と特徴を検証し、無形経済における競争の重要な要因として、独自データの台頭を指摘した。デジタル製品やサービスそのものが秘密でなくとも、アルゴリズムを構成する独自データはコピーできないという特性が、生産性と企業間競争の両方に大きな影響を与えることを詳説した。そして、新しい産業政策の枠組みは、このような現代の競争の側面を取り入れる必要があると結論づけた。

CRISCUOLO氏は、産業政策の目的が新たな社会経済的、地政学的課題に対応して変化しつつあり、産業政策自体もまたそれとともに進化していると指摘した。OECDのSDGsと産業政策に関する最近の取組に触れつつ、グリーン経済への移行、グローバル・バリューチェーンの強靭性、包摂的成長といった新しい社会目標の達成に向け、民間部門の力を最大限に引き出すために産業政策が重要な役割を担っていることを強調した。また、さまざまな市場の失敗に対処するために、産業政策の手段をより幅広い補完的な手段と組み合わせる戦略に依拠することの重要性を強調した。

GHEZZI氏は、ペルーの生産大臣時代にペルー経済の生産性向上のために実施したMesas Ejecutivas(幹部円卓会議)の経験をもとに、効果的な産業政策を実施するための重要なポイントを3つ紹介した。最初のポイントは、生産性の多様化を改善するためには、官民の主要なステークホルダーの連携が重要であること。あらゆるレベルにおいて縦割り化された政府機関内や民間企業内だけでなく、官民間での調整の失敗もまた、生産性を低下させる大きな原因である。これらの失敗は、セクター、産業、バリューチェーン、そしてしばしば地域毎に特有の傾向があるため、官民協力のプロセスを開始することが、主要な問題を特定し解決する鍵となる。2つ目のポイントは、Mesas Ejecutivasは純粋なトップダウンでもボトムアップでもない機関であること。問題や潜在的な解決策を知っている現場の関係者が参加している。しかし、時には、現場の関係者が問題を解決できない場合もあり、その場合は(より高い能力とリソースを持つ)上位の当局に問題を提起する必要がある。そして最後のポイントは、政治的なサイクルは産業政策が実を結ぶのに要する期間よりもはるかに短いため、小さく始めて素早く政策を実行し、政策実行中に学習することに焦点を当てることが重要であること。これにより、問題解決に取り組むだけでなく、問題解決のために学ぶことができるようになり、官民両部門での能力と相互の調整能力の向上が生まれた。

浜口教授は、構造変化(高齢化、カーボンニュートラルやDXへの技術的パラダイム変化など)から生じる不確実性のために、日本では過去20年間に低いリスク資産への資本逃避が起こったという見解を示し、このような不確実性を低減し、より生産性の高い資産への投資を促進するためには、産業政策における総合的なアプローチが必要であると訴えた。また、その実現に向けては、(1)高い分析能力とコミュニケーション能力を持つスタッフからなる有能な行政機関、(2)業務の透明性を確保するための政治を含むステークホルダー間のフィードバックループが機能することが重要であると強調した。

平井氏は、産業政策を進める上での各国間の利益相反を回避しつつ、カーボンニュートラルや安全なサプライチェーンといった目標を達成し、大規模な民間投資を誘発するためには、志を同じくする国同士の政策協調とナラティブの共有が重要であると強調した。

AKCIGIT教授は、各国間の政策手段の単調な適用が政策の非効率性の原因であると指摘し、各国が自国のデータを用いて各国固有の問題を分析・理解することが重要であると強調した。

GHEZZI氏は、産業政策に対する国の能力は、官民間の信頼を醸成することによる政策実施の過程で発展させることができると指摘した。その一方で、Mesas Ejecutivasは、豊富ではない政府の能力に依存しており、全国レベルでステークホルダーの交流を促進することは難しいため、政策立案者が減税や特定産業の保護など、より簡単な代替策を模索することがよくあると指摘した。さらに、強力な産業政策の構築、とりわけ長期的・構造的な問題の解決には、行政機関が長期にわたり辛抱強く政策を継続することが必要であると強調した。

CRISCUOLO氏は、政治的に受け入れられ、かつ社会的に効果的な政策の設計に内在するジレンマは、政治家はすべての人を満足させる効果的な政策を生み出そうとするかもしれないが、政策の実施は必然的に勝者と敗者を生み出し、この対立が政策を効果的でないものにする政策の例外をもたらすことであると指摘した。また、上述したような政治家の傾向は、既存の政策を放棄することを困難にし、類似の政策が無数に存在する結果をもたらすため、政策評価サイクルに縮小戦略・出口戦略を組み込むことが重要であると述べた。

デジタル経済が雇用や競争に与える影響を十分に理解し、適切な政策を立案するための人材やダイナミズムが政府にあるかというAKCIGIT教授からの質問に対し、CORRADO氏は2つのポイントを挙げた。

  1. 1)デジタルビジネスに関する適切な枠組みの欠如によって、デジタル経済のコストとレント(収益)の構造が誤解され、それが誤った方向の議論につながっている。
  2. 2)独自データの増加が競争を阻害している。
    また、信用スコアリング会社の実務を例に挙げ、企業間のデータ共有を促進する政策がこれらの問題の解決に役立つとし、参入障壁の問題に対処するために、各業界でどのようにデータが利用されているかを理解する必要があると述べた。

平井氏は、「経済産業政策の新機軸」に照らして、(1)地政学的な状況の変化の中で、データ、モノ、サービスの自由な流通が難しくなっていることから、国際協力が重要であること、(2)急速な技術革新に対応するためには、優秀な人材と機能的な組織が必要であること、を言及した。

浜口教授は、産業政策を担当する政府機関に必要不可欠な能力として、(i)社会的課題(雇用、平等など)を具体的な政策プログラムに組み込む能力、(ii)コミュニケーション能力、の2点を挙げた。また、国際協力による技術や知識の移転の重要性を指摘した。

最後にAKCIGIT教授は、無数の類似した政策が政策成果を歪めており、補助金やその他の政策プログラムの効果を適切に評価できていないことを改めて指摘した。GHEZZI氏は、適切な補助金を提供できないことよりも、主要なステークホルダー間の調整の欠如こそが、真の根深い問題であるとコメントした。これに続き、CRISCUOLO氏は、大学、生産者、顧客、競合他社がそれぞれの役割を果たし、相互に影響し合うエコシステムが新しい産業政策の鍵になると強調した。

5. 閉会挨拶

スピーカー:
  • 矢野誠(RIETI理事長、日本)

矢野理事長は、今日我々が直面している大きな問題に取り組むためには、新しい産業政策が不可欠であることを強調し、参加者による今後の産業政策の基礎となる貴重な洞察と議論に感謝して、会議を総括した。