イベント概要
- 日時:2022年5月27日(金)11:00-13:00
- 主催:独立行政法人経済産業研究所(RIETI)
議事概要
WTO加盟から20年が経過し、この間の中国の経済成長と国際経済フォーラムにおける発言力の伸長は目覚ましい。他方、WTO協定の遵守が不十分かつ不公正な貿易慣行に従事しているとの批判が絶えず、米中対立が激化している。中国の加入時の約束や協定実施のパフォーマンスはいかなるものだったのか、WTO交渉にどのように臨んできたのか、WTO加入が中国の経済成長や構造改革にどのような影響を与えたのか、さらにはWTOを中心とした中国の通商外交はどのように展開されてきたのか—法学・政治学・経済学に及ぶ多彩な視点から、中国のWTOにおける20年を振り返った。
趣旨説明
川瀬 剛志(RIETIファカルティフェロー / 上智大学法学部教授)
2001年に中台の世界貿易機関(WTO)加盟が承認され、昨年の2021年12月で20年が経過しました。この間の中国経済の成長は目覚ましく、WTOの各種交渉では途上国の代表を自認する中核的なメンバーと目され、上級委員や日本でさえこれまで取ることができなかったWTO事務局次長のポストも指定席として確保するなど、存在感を増しています。
中国の成長は国有部門のプレゼンスが大きく、政府主導で運営される市場によってもたらされ、この点で欧米や日本と明らかに異なります。中国の伸長は米中の経済覇権争いに進展し、このことが特にトランプ政権下において、中国への制裁関税や通信ハイテク企業に対する厳格な輸出管理や投資審査の強化として顕在化しました。本日は、こうした米中摩擦における認識に見られる対中批判も踏まえ、WTOにおける中国のこの20年を振り返ります。
報告
報告1「中国WTO加盟戦略と20年の成果―総括的評価」
川島 富士雄(神戸大学大学院法学研究科教授)
中国がWTOに加盟してからの20年は、中国にとって「成功の20年」であったのに対し、米国にとっては「失望と失敗の20年」であったと私は考えています。
中国としてはWTO加盟によって、経済発展に有利な国際環境の確保、改革開放継続のための外圧、多国間制度・ルールの漸進的・長期的な改革のための自国の発言力の確保・強化という狙いがあり、いずれもかなりの成果を得たと総括できるでしょう。
対して米国は、アンチダンピング(AD)の非市場経済方式などを使って中国からの輸入増に対処するとともに、中国は経済発展とともに市場経済化・民主化が進むだろうと期待していました。しかし、市場経済化・民主化は進まず、逆に中国が国際秩序のルールを書き換える状況となりました。
中国はWTO加盟当初、体制の「破壊者」になるのではないかと懸念されていましたが、今のところWTOを中核とする多角的貿易体制の「擁護者」としての立ち居振る舞いを見せています。加盟後の20年は、WTOを積極的に支える姿勢を鮮明にしている点は高く評価してよいでしょう。
また、WTOでの発言権向上の経験を受け、中国は強い意欲を持って国際経済ルール制定過程への参加に取り組んでいると考えられます。東アジア地域包括的経済連携(RCEP)協定発効や環太平洋パートナーシップ協定(CPTPP)への加入申請はその表れですし、最終的にはアジア太平洋自由貿易圏(FTAAP)でのルール作りの主導権を獲得したいと考えていると見られます。
一方、米国側は、莫大(ばくだい)な補助金等を使った不公正な競争を許してしまう環境を作ってしまったと反省しており、むしろ中国はWTOを内側から破壊している、既存秩序に挑戦していると認識しています。
以上のように、米中の認識は乖離(かいり)しており、このことが現在のWTO危機や改革論議の大きな背景となっているのです。
報告2「中国の『制度性話語権』の提起とその展開」
加茂 具樹(慶應義塾大学総合政策学部長・教授、政策・メディア研究科委員)
習近平指導部が現在進めている外交戦略はいわゆる大国外交であり、「制度性話語権」の強化を通じて、中国の経済発展に資する国際環境の形成を狙っているといえます。制度性話語権とは、国際秩序を形作る組織の政策決定・実施に対して影響力を行使するパワー(権)のことであり、相手に直接的に働き掛けるのではなく、そうせざるを得ない方向性に進ませる力のことを指します。
制度性話語権の考え方はこの20年間、国際社会との向き合い方が変化する中で徐々に組み立てられ、習指導部は、国際秩序の中に溶け込むという考え方から、自らの発展に適した制度に組み替えるという考え方を意識するようになりました。習指導部にとって安全は発展の条件であり、制度性話語権提起の背後には中国共産党が描く国際秩序観の変化が強く影響しています。
つまり、国連を中心とした中国語でいう「国際秩序」、いわゆる「世界秩序」は米国を中心とした秩序であり、中国は不安全感を抱いているのです。中国がこれまで国力を増強しているにもかかわらず、こうした不安全感を抱いていることは注視すべきでしょう。中国は既存の国際秩序の流動化をチャンスととらえ、自国の経済発展に必要な安全の確保を追求しようとしており、その発露が制度性話語権の提起になるのだと思います。
制度性話語権という概念は、今では「制度型開放」という概念で提起されています。すなわち、中国は今も制度の開放を通じて既存の国際秩序を支える制度を学習している過程であり、新しい制度を中国が供給する過程に入っています。その先にあるのが新旧制度の競争であり、それが米中競争であると説明しているのです。中国はWTO加盟後の20年をこうした戦略観で過ごしているといえるでしょう。
報告3「中国の改革・開放の現在地:社会主義市場経済体制とWTO」
渡邉 真理子(学習院大学経済学部経営学科教授)
中国のWTO加盟は、改革開放のための制度改革を後押しし、市場経済化を進めるパワーになったことは間違いありません。貿易や直接投資を増やし、民営企業の生産性向上をもたらしたという評価もあります。では、社会主義市場経済とWTOのルールは中国において共存できるのでしょうか。
中国の国家体制は憲法に依拠しているわけではなく、政権が憲法を定めており、政治が法を超越しています。その結果、リーダーの交代や考え方の変化によって政策判断が大きく覆ることがしばしば起こります。つまり、法の不安定性があり、予見可能性が低くなるという特徴があります。
社会主義市場経済では、公有制を基礎とし、民営経済の発展を奨励するという基本経済制度が存在します。その結果、国有・外資・民営企業で政治的身分が異なり、行政独占の市場では国有企業が優遇されてナショナルチャンピオンが作られる一方、過剰生産の源泉にもなっています。
そして、習政権の大きなモチーフは国家安全の保護の対象となる範囲の拡大です。その結果、通商のルールでも安全保障例外を広く取りたがる傾向があります。この点は今後も大きな問題になるでしょう。2006年以前の国有企業は利潤を稼ぐ主体という面が非常に強かったのですが、最近は政治主体化しています。
そうした中国と向き合っていくためには、政府の支援と規制の規律づけをしっかり行い、市場の歪曲(わいきょく)にしっかり対応することが必要でしょう。WTOのルールは、もともと国家の過剰な介入を防ぐために作られたものであり、これを高度化することはグローバルな経済安全保障を実効的に支えるものだと思います。社会主義市場経済とWTOが共存するためには、国有企業ではなく国家の行動の規律づけを明記し、競争歪曲(わいきょく)行為に対するルール化や運用厳格化も必要でしょう。
報告4「中国が貿易を通じて与えた衝撃:日本の場合」
冨浦 英一(RIETIプログラムディレクター・ファカルティフェロー / 一橋大学大学院経済学研究科教授)
中国のWTO加盟により、米国では物価抑制や中国向け輸出の増加、イノベーション促進などのメリットはあったものの、製造業の雇用は減少しています。その多くの部分が、最恵国待遇の恒久化で不確実性が払拭(ふっしょく)されたことによる輸入増加が要因であり、米国では「チャイナ・シンドローム」の論調が強まりました。
一方、日本では、1990年代には中国からの輸入と国内製造業の雇用にマイナスの関係が見られたものの、今世紀に入ってからは見られません。ただ、中国向けの輸出は増えても国内製造業の雇用が増えたわけでもありませんでした。他方、中間財の輸入が増え、サプライチェーンに組み込む動きが出てきたのもこの20年の特徴です。つまり、中国からの輸出急増によって先進国の製造業の雇用が脅かされるという単純な議論は現実と合わなくなっているのです。
日中の経済関係は貿易を越えて広がっており、海外に進出した日系企業は中国だけで100万人を超える雇用を持っています。日本企業にとって海外での事業活動を円滑に行えるかどうかが非常に大きなイシューになっているのです。
また、電子商取引における対中純輸出は2兆円に迫るといわれ、財の貿易における中国からの純輸入の半分程度ですから、非常に大きな部分を占めています。
RIETIの調査によると、海外でもデータ収集を行っている日本企業は雇用規模・付加価値額・生産性ともに大きい傾向にあることが分かりました。ですから、中国を含む海外でデジタルデータの移転に規制が課せられた場合、直接影響を受けるのはごく一部の大企業かもしれませんが、間接的に影響を受ける企業は多いと考えられ、デジタル取引のルールが今後確立するかどうかは日本経済全体にとって非常に重要なイシューとなっています。
総括
川瀬 剛志(RIETIファカルティフェロー / 上智大学法学部教授)
この20年、WTOが中国の社会主義市場経済の改革開放にまったく無力であったわけではなく、多くの紛争で中国の保護主義的措置の封じ込めに成功してきました。加盟国は中国を取り込む効率的なサプライチェーン構築に成功し、世界最大の市場におけるビジネスチャンスも享受しています。
制度面では皮肉なことに、米国がトランプ政権以降、内向きの姿勢を強めるほど中国のWTOでの発言権は強くなっています。2017年以降、中国はルール形成に積極的に乗り出しているほか、上級委員会危機に際しては、EU と共に代替的な上訴手続きの設立にも協力しています。
他方、WTOルールは中国国内の経済制度改革に十分資するものになっていません。それはひとえに、現行のルールが中国のような国家資本主義国を前提にして設計されていないからだと思います。今後は三極貿易大臣会合などの場で議論される新たなルール形成や、国有企業規律やデジタル貿易ルールを備えるTPPに中国を加入させることで、制度改革を求めていくことになるでしょう。
中国をWTOに取り込んだことで中国との相互依存は深まり、今やデカップリングも容易ではありません。こうした現実を踏まえ、われわれは安全保障の観点から中国依存から脱却することを考える一方、中国を取り込んだ自由貿易体制の在り方を引き続き追求していかなければなりません。
パネルディスカッション
パネリスト:
- 加茂 具樹(慶應義塾大学総合政策学部長・教授、政策・メディア研究科委員)
- 川島 富士雄(神戸大学大学院法学研究科教授)
- 冨浦 英一(RIETIプログラムディレクター・ファカルティフェロー / 一橋大学大学院経済学研究科教授)
- 福山 光博(RIETIコンサルティングフェロー / 経済産業省通商機構部国際経済紛争対策室長)
- 渡邉 真理子(学習院大学経済学部経営学科教授)
モデレータ:
- 川瀬 剛志(RIETIファカルティフェロー / 上智大学法学部教授)
川瀬:
まず福山室長から、2021年秋に行われたWTOにおける対中貿易政策レビュー(TPR)を振り返っていただけますか。
福山:
2021年のWTO対中TPRは、加盟20年の中国のWTOに対する姿勢が問われた会合となりました。さまざまな評価があると思いますが、中国側から、WTOのルールを遵守してきたことと、多角的貿易体制を擁護しているという姿勢の表明があり、途上国側からは中国の役割を評価する声がありました。一方、特に先進国の側からは、中国のWTOルール遵守の姿勢に対してかなり厳しい声が上がりました。
複数の先進国から、「不透明な措置が3年前の前回TPR会合から増えているのではないか」「内外無差別的な措置が増えているのではないか」といった指摘が上がり、中国の経済的威圧に対する懸念が上がったことも今回の特徴でした。
多くの国から懸念があがった一例を挙げると、WTOの補助金協定では通報が義務付けられていますが、中国の通報は質的にも、また即時性の観点からも十分ではなく、透明性が欠けているといった指摘がありました。中国は世界最大の貿易大国であり、WTO加盟から20年がたち、WTOの中でも影響力は非常に大きく、またWTOの外でもRCEPに参加したり、最近はTPPに加入申請もしている中で、中国の国際ルールの遵守の姿勢に対する姿勢が問われた会合であったと受け止めています。
川瀬:
制度性話語権の観点からこの20年のWTOでの中国の活動をどのように評価されますか。
加茂:
中国側とすれば加盟時の目標を達成していると思います。主要ポストを次々と占めており、制度性話語権を大きく伸ばしたと評価していいでしょう。
川瀬:
米中対立を踏まえ、米国はどんなWTOを目指しているのでしょうか。
川島:
中国がS&Dを享受せず、新ルールの交渉がスムーズにいくこと、国家主導経済が得をしないルールを追求すること、不透明な政府慣行が有利とならないこと、こういった論点があると思います。WTOの場で互いに一定の譲歩をし、協力可能な点でルール作りを進めていくことが理想です。
川瀬:
中国もWTO改革に対して非常に関与を強めていますが、逆に中国はどんなWTOを目指しているのでしょうか。
渡邉:
WTOによる通商ルールのガバナンスは維持すべき、大国による一方的な措置には反対する、上級委員会問題のような意思決定プロセスの改善が必要という考え方は一貫していると思います。非市場経済的地位に関しては、今回の改革の最大の焦点になるとの意見もありますが、WTO改革はイデオロギー色が強いとの意見もあり、この点は国内外で認識がずれているように思います。
川瀬:
米中対立の中でのWTO改革において、日本の役割は大変重要です。その点はどのようにお考えですか。
福山:
2つの視点が重要と考えます。1つは、WTOの発足から20年以上経ちましたが、WTOが世界の現実に合うように改革をしていくこと。もう1つは、ルールに基づいた国際通商秩序の実現が日本にとって重要であり、これを維持するとともに、強化することです。後者の観点からは、古くなっているルールをアップデートするとともに、機能不全を起こしているWTOの紛争解決システムを立て直すことも求められますし、EUの取り組みを参照しながら、WTOの外からWTOをどう支えていけるかも検討課題と考えています。
川瀬:
米国で2000年代に起きたチャイナ・シンドローム(低所得国からの輸入増による製造業の雇用減少、失業の増加、労働力人口の減少)の「もどき」が1990年代にも起こっていたようですが、日本では当時そうした議論は沸き起こりませんでした。なぜでしょうか。
冨浦:
当時、輸入が急速に増えていたのは日用品雑貨や繊維製品が中心であり、日本の場合は90年代からすでに特恵関税を与えており、また、中国側の国際秩序に対する発言へのリアクションも今とはかなり異なりました。そうしたことが組み合わさったのだと思います。
川瀬:
中国はインド太平洋地域の覇権をめぐって今後どういう経済外交を展開するのでしょうか。
加茂:
中国は米中のデカップリングに備えつつも、国際秩序の中で孤立することへの準備が不足しているので、既存の秩序やルールを修正し、発展に資する秩序を作り上げる意欲を維持しながら、国際社会との接点を探ることになるでしょう。
川瀬:
中国はCPTPP(環太平洋パートナーシップ協定)の加入を積極的に推進する方向に向かうのでしょうか。それともRCEP(地域的な包括的経済連携)協定に傾斜してASEANの取り込みに走るのでしょうか。
川島:
中国はもともとCPTPPに簡単に入れてもらえるとは思っていなくて、長期戦は覚悟していると思います。RCEPでの盟主の地位を獲得し、CPTPPに加入してFTAAP形成での影響力行使という長期的目標は引き続き維持するでしょう。
川瀬:
今後進むデジタルエコノミーのルール交渉における中国のプレゼンスは、どうなるのでしょうか。
冨浦:
中国との間でのデータの移転確保は、日本にとっても、世界の貿易にとっても重要です。ルールのない空白状態では実体経済に大きな影響を与えるでしょう。
川瀬:
ウクライナ侵攻への対応によってEUはこれまでの中国との関係を見直すでしょうか。
渡邉:
EUは権威主義体制の国に対する警戒感が非常に強く、中国に対する姿勢はかなり厳しくなると思います。WTO体制を厳格に運用することで中国に向き合うことが必要になるでしょう。
川瀬:
今後、欧米と中国のデカップリングの進行は不可避なのでしょうか。
福山:
個人的な見解ですが、本日の先生方の議論を伺っても、経済的な相互依存関係は深く、中国経済を完全に切り離したサプライチェーンは難しいでしょう。他方、経済安全保障の動きも進んでいくでしょうし、デカップリングされた世界と相互依存の世界が並行的に進んでいくのではないでしょうか。
質疑応答
※質問1〜6は当日回答済みなので以下概要のみ、詳細は動画を参照。質問7〜9は当日扱えなかったため、以下書面で回答。
質問1:
経済安全保障という言葉がキーワードになっていますが、米国グループと非米国グループでブロック経済化していくのでしょうか。
加茂:
中国は米中間の国々を味方に引き入れるための戦略を取っており、ブロック化のではなく、今後の展開によってだいぶ流動するのではないかと思います。
川島:
経済安全保障という文脈でブロック化が進む部分もある一方で、グローバルなサプライチェーンが一定程度確保される部分も併存する状況がしばらく継続すると思います。
質問2:
多角的な自由化を目指すWTOと地域的経済統合への関与の関連性を中国はどう考えているのでしょうか。
川島:
FTAが存在しない米国やEUに対する取り組みとしてWTOを位置付け、FTAなどを締結している国についてはそれをさらに進化させるというダブルトラックを考えていると思います。
質問3:
政府調達や強制的な技術移転の問題を国際ルールに合うように修正させる場はWTOなのでしょうか、TPPなのでしょうか。
福山:
どちらがということではなく、さまざまな場で、まずは今あるルールの遵守を促すこと、ルールを形成する際には高い水準を追求していくことが大事だと思います。
質問4:
フレンドショアリングが進む中で、自由経済を奉じるフレンズ内でも経済的な競争が起こり得ると思いますが、それについては各国が介入すべきでしょうか。
冨浦:
フレンドの中でもいろいろな産業政策的な介入が増えるとなると、中国に対して厳しい規律を求めるだけでなく、先進国を含めて国内の産業政策が貿易歪曲(わいきょく)的な効果を持たないための規律も議論する必要があります。
質問5:
WTO改革の一環としての強制技術移転や補助金などに関するルール作りは、有志国でスタンダードを決めて順次賛同する国を取り込んでいくというアプローチは可能ですか。
渡邉:
有志国でやるのではなく、既存のWTOルールをしっかり運用して、判例を積み重ねていけばいいのだと思います。
川島:
有志国でグループを作るのもアプローチとしてあり得ると思うのですが、国有企業がない国ばかりが残ることになり、国有企業を持っている国が参加する見通しはかなり暗くなる気がします。
質問6:
日本の経済産業省の通商政策に足りないものは何ですか。全登壇者にお答えいただきたい。
冨浦:
経済大国だった頃と発言力はかなり異なるとは思いますが、構想力のようなものが今後は問われるのだと思います。
川島:
経済産業省は表面的には米国一辺倒のように見えます。米中間をつないでWTO体制や自由貿易の原則を守るような立ち回りをしてほしいと思います。
渡邉:
産業政策についても、中国政策についても、どちらも統一的な思考体系がないことが非常に不安です。
川瀬:
私たちの幸せはワシントンや永田町にあるわけではありません。経産省が日本の国益を思い定めて、通商政策の大きなグランドデザインをしっかり描いてほしいです。
福山:
専門家や有識者の方々との政府機関の対話やネットワークは政策形成上重要です。そのような意味で、今日は皆さま方から大変貴重なコメントを伺えて大変ありがたいと思いました。
質問7:
北京で政府系の仕事をしているものですが、圧倒的な「国産化」政策を工信部が進めており究極は他国企業の排除を指向しており、マクロの李首相等の経済政策と異なり、残念ながら多様な議論は感じることが出来ません。彼らはルール回避に「国家安全」を使いますが、National Securityの概念の違いを追求必要ではないでしょうか。
川島:
中国において圧倒的な国産化政策が推進されているとのご指摘、ありがとうございます。国産化政策の背景に「国家安全」確保のためという論理が働いているというご指摘はその通りであろうと思います。このような事実上、保護主義と変わらない国家安全確保の論理は、トランプ政権時の通商拡大法232条に基づく鉄鋼及びアルミ製品輸入制限措置でも採用されており、かつWTO紛争解決手続でも各国から批判の対象になっています。よって、中国の論理は安全保障例外の濫用だという指摘は重要であり、日本政府としても適切な場面でその点を指摘すべきかと思います。ただ、中国が国産化政策は安全保障例外により正当化できるという明確な説明が公に行われているのかについては気になりました。そのような説明を引き出すためには、むしろまず日本等がGATT、TRIMs協定、補助金協定等に違反するのではとの具体的な指摘を行う必要があり、それを受け中国が安全保障例外で正当化できると反論した段階で、初めて同例外の濫用であるとの主張が意味を持ってくるのでは考えられます。
渡邉:
ご指摘の通りと感じます。WTO上の安全保障例外がどこまで許されるのかについては、実はごく最近まで判断がなかったのですが、まさに2014年のロシアのクリミア半島併合を巡る動きで、ウクライナがロシアを提訴することで、最初の判断が出ました。その後、いくつか続いています。
一方で、中国はRCEPにおいて、国家安全の定義を自己定義できるようなゆるい制約を実現してしまったため、やや脇が甘くなっているという感じも致します。明確なWTOのない国民優遇違反に関しては、積極的に提訴することで、WTOとしての判断をはっきりさせるのも一案かと思います。
質問8:
日本はルールベースの国際秩序に利益がある、というのは実際そうだと思います。その前提条件が何なのか気になっています。どんな時にこの言説は有効性を失うのでしょうか?
川瀬:
あくまで私はこう考えるということですが、「どんな時」と問われると、国際通商ルール、もっと言えば、WTOが信頼を失った時、ということではないかと思います。というのも、ルールベースの国際経済秩序の基礎がWTOだからです。トランプ以降の米中は一見WTOを無視しているようですが、川島報告にあるように中国にはWTOは極めて居心地が良く、これを支持しています。米国も上級委員会を機能停止に追い込みましたが、WTO紛争解決制度が壊れてもいいとは思っていません。単に米国の政策裁量に過剰に踏みこみ行き過ぎた司法化を押し戻したいだけです(昔のGATTに戻したい、と言われます)。EUを中心としたミドルパワーはWTOを非常に重視しています。そうであるかぎり、今の米中のようなパワー志向の一方的措置が(実際に発動されても)正当性を持つことはなく、WTOに基礎を置く日本の議論や政策選択は強みを持ち続けるでしょう。
質問9:
日米とも、中国をにらんでインドの取り込みを重視していますが、中国自身は、インドとどのような経済関係を目指しているのでしょうか。
加茂:
私たちが中国の対インド関係を理解するとき、これを経済関係という文脈で捉えるより、より広い枠組みのなかで説明した方がよさそうです。中国外交の目的が経済発展にとって必要な国際環境を整えることにあることは周知のとおりですが、それを実現するための考え方を中国指導部は、「大国との関係が要であり、近隣諸国との関係が鍵、発展途上国との関係が基礎であり、多国間関係が舞台である」という言葉をつかって説明しています。このなかでインドは「近隣諸国」に位置付けられています。2021年末、中国外交部傘下の国際問題研究院でおこなった現在の国際情勢に関する見方を示した演説の中で王毅外交部長は、インドを近隣諸国との外交に位置付けて、日本の次に言及していました。中国は、ロシア・ウクライナ戦争によって米国とロシア、欧州そして中国という大国間のパワーバランスの変化が生じ、その変化が近隣諸国や発展途上国に影響することを懸念しています。大国と大国の狭間にある近隣諸国や発展途上国の内政は、大国間のパワーバランスの影響を大きく受けるからです。中国の近隣諸国の不安定化を中国は望まないでしょう。その意味において、中国はインドとの間の良好な関係の構築にも最大限の注意を払うはずです。