RIETI-IWEP-CESSA Joint Workshop

Exchange Rate, Currency and Trade(報告書)

イベント概要

  • 日時:2022年1月17日
  • 主催:独立行政法人経済産業研究所(RIETI)、中国社会科学院 世界経済・政治研究所(CASS, IWEP)、横浜国立大学アジア経済社会研究センター(CESSA)

報告書

吉見 太洋(中央大学、RIETI)

RIETI「為替レートと国際通貨」研究会(小川英治FF)では、中国社会科学院(CASS)の世界経済・政治研究所(IWEP)、横浜国立大学アジア経済社会研究センター(CESSA)とともに、毎年Joint-Workshopを企画・開催してきた。本年度は新型コロナウィルスの蔓延状況を踏まえ、2022年1月17日にオンラインで第10回のワークショップが開催された。これまでのワークショップでは、RIETIで公表されているAMU乖離指標や産業別の実効為替相場を用いた研究を始めとして、貿易取引通貨、為替パススルー、人民元の国際化、国際価値連鎖等、国際金融に関わる幅広い研究成果が報告されてきた。「Exchange Rate, Currency and Trade」と銘打った今回のワークショップでは、国際金融と国際貿易の両分野にまたがる複数の研究成果が報告され、日中双方の参加者間で活発な意見交換と議論が行われた。
以下、それぞれの報告論文と討論内容について簡潔に紹介する。

1. “Re-examining RMB as An Anchor Currency”

報告者:Panpan YANG(Institute of World Economics and Politics (IWEP), CASS)

討論者:Shajuan ZHANG(RIETI Project Member / Chuo University)

中国の経済成長に伴い、人民元は国際通貨になり得るかという問題意識に基づく研究である。本論文では人民元とそのほかの通貨との連動性に着目し、Frankel and Wei(1994、2007)の検証方法を用いて、人民元が各国の参照通貨になっているかを検証した。本論文では、分析対象国を、12のアジア諸国・地域、6の先進国、そのほか20の主要開発途上国、一帯一路沿路の国々の一部、という4つのグループに分けている。主な分析結果は以下の通りである。第一に、人民元とアジア諸国・地域の通貨との連動性は、2015~2016年以降低下しているものの、他のグループと比べると相対的に高い。つまり、参照通貨としての人民元の役割は、当該グループにおいて、他のグループよりも大きいことが分かった。第二に、人民元と先進国通貨との連動性は、2008~2009年から上昇しており、2015~2016年以降は安定していることが明らかになった。第三に、人民元と開発途上国通貨との連動性は、2016年以降高まっていることが分かった。最後に、人民元と一帯一路沿路の国々の通貨との連動性は、2016年まで上昇していたが、その後は低下傾向にあることが分かった。

討論者からは主に以下の三点についてコメントがあった。第一に、論文の中で推定された連動性の係数について、より注意深い解釈が必要なことが指摘された。2か国の通貨間の連動性の要因としては、政策要素と市場要素の両方があるが、これらが論文の中では識別されていない。討論者からは、2か国の通貨間に生じる連動性の原因を、貿易的側面、金融的側面などに着目して識別することが提案された。第二に、実証分析における多重共線性への対応が不十分であることが指摘された。第三に、人民元と各グループ内各国の通貨との連動性係数の加重平均などを使い、グループごとの参照通貨としての人民元の役割を明らかにすることが有益ではないかとの提案がなされた。

2. “Export Experience and the Choice of Invoice Currency: Evidence from Questionnaire Survey for Japanese SMEs”

報告者:Taiyo YOSHIMI(RIETI Project Member / Chuo University)

討論者:Jianwei XU(Beijing Normal University)

本研究は、2019年に実施された日本の中堅・中小企業向けアンケート結果に基づく、決済通貨選択に関する実証研究である。本研究成果は前年度の当該共催ワークショップでも報告されたが、多くの改訂を経て、再度本年度も同タイトルでの報告が行われた。本研究の主な分析結果は、輸出経験が長くなるほど、円ではなく外国通貨を決済通貨として用いる傾向が高まるというものである。前年度の報告においては、分析サンプルを円建てで輸出開始したケースに絞っていたが、サンプルセレクションバイアスの存在が指摘されていた。本年度の報告ではこの点が改善され、サンプルセレクションバイアスを回避するHeckman-Probit分析においても結果の頑健性が確認されている。また、外れ値の処理や各種交差項の検定など、多くの頑健性確認も追加されている。

本報告に関して討論者からは、経験効果と関連するその他の要因を排除するため、企業年齢を説明変数として追加することが提案された。また、経験効果が経験年数のみで測られているため、経験効果の背後にあるファクターについて、より注意深く説明することの必要性も指摘された。さらに、近年の決済通貨研究では、米ドルを主とするDominant Currency Pricingに関する議論が多くされるため、この点にも配慮した分析を加えることも提案された。また、中間財と最終財を分けて分析するなど、国際価値連鎖を考慮した分析も有益であろうとの提案もあった。

3. “The Spillover Channel of the Federal Reserve's Quantitative Easing on China's Long-term Interest Rates under Capital Account Liberalisation”

報告者:Xi LUAN(Institute of World Economics and Politics (IWEP), CASS)

討論者:Etsuro SHIOJI(RIETI Project Member / Hitotsubashi University)

本研究は米国の非伝統的金融政策が中国の長期金利に与える影響を実証的に分析したものである。特に、2019年2月の中国債券市場の自由化を契機とした政策効果の変化に焦点を当てる。アプローチ上の特徴は第一に、中国の長期金利を自然利子率とタームプレミアムに2分割していることである。第二に、政策効果の波及経路としても、ポートフォリオ経路とリスクテイク経路の2つを考えている。

米国で金融緩和政策が採られると、為替レートが変わらなければ、中国の国内金利にも下押し圧力がかかる。中国が人民元の増価を許容した場合には、筆者らの仮説によれば、ポートフォリオ経路からは、この圧力は軽減される。一方、リスクテイク経路がより重要である場合には、為替増価はむしろ国内への資金流入を促し、国内金利への圧力が強化されてしまう。

実証分析の結果は、債券市場自由化以降、米国の金融緩和は、人民元の増価を伴う場合には、国内金利、特にタームプレミアムをより押し下げることを示唆するものであった。これはこの時期に、リスクテイク経路がより重要になったことを示すものと思われる。

討論者は筆者らが、日次データとイベント分析の手法を活用することで、ごく最近起きた市場自由化の効果を分析した点を高く評価した。一方で、分析の理論的背景をより明らかにすべきと述べた。また、中国金利だけでなく米国金利も2要素に分割することを提案した。それにより、短期金利の将来経路を変更するタイプの政策と、市場リスクに働きかける政策の効果を分けて論じることができるだろう。

4. “Technological Links and FDI Spillovers”

報告者:Lianming ZHU(Osaka University)

討論者:Mi DAI(Beijing Normal University)

本研究は外国直接投資(FDI)が技術伝播を通じて受入国の地場企業に及ぼす影響について分析している。報告者らが認識する限りにおいて、FDIの地場企業への技術波及効果に関する研究はほとんど存在せず、新規性の高い研究である。

本研究では、FDIが生産性をはじめとする地場企業のパフォーマンスに及ぼす影響を解明するために、世界貿易機関への加盟に伴う、中国政府の外国直接投資の規制緩和を自然実験とする、差分の差分法が用いられた。FDIの地場企業への技術波及効果を検証するために、地場企業と外資企業間の研究開発技術者の技術的な距離を測る指標を作成した。当該指標は本研究で初めて作成されたものであり、本研究の貢献の1つである。本研究の分析から、中国政府の外国直接投資の規制緩和が中国の地場企業の生産性に正の影響を与え、さらに、その正の影響はFDIによる外資企業との技術的つながりが強くなればなるほど大きくなることが明かになった。また、FDIの源泉地を先進国と発展途上国に分けて分析した結果、先進国からのFDIがもたらす技術波及効果が、発展途上国からのFDIがもたらす波及効果に比べて圧倒的に大きいことが分かった。本研究では、企業の生産性に加え、イノベーション、輸出など多数の企業のパフォーマンスを表す指標を用いて、FDIの地場企業への技術波及効果を分析している。

討論者からは主に2つのコメントがあった。第一に、地場企業と外資企業間の研究開発技術者の技術的な距離を測る指標を構成する際、本研究ではその構成要素のひとつとして外資企業が取得している特許の件数を用いている。これに対して討論者からは、外資企業が取得している特許の件数は、地場企業がどの程度その外資企業の技術を利用しているかを反映できないため、地場企業が外資企業から購入した技術ライセンシングの数などの情報を使うべきだとの提案があった。第二に、本研究と先行研究との関連性について、論文の中でより明らかに議論する必要があるとの指摘がされた。

5. “Keeping the Dragon Out: Evidence on the Economic Consequences of National Security Reviews”

報告者:Sichong CHEN(Zhongnan University of Economics and Law)

討論者:Pengfei LUO(RIETI Project Member / Setsunan University)

近年、対米外国投資委員会(CFIUS)は、米国の国家安全保障上の脅威につながる産業分野への外国からの投資を、「外国投資リスク審査現代化法(FIRRMA)」に基づき厳しく審査している。特に、トランプ政権の下で、中国からの米国企業への買収案件がCFIUSに拒否される傾向が強かった。

本研究では、2015年から2018年の間における、米国企業への外国からの投資に関する、CFIUS審査における経済的な諸問題を明らかにした。具体的には、まず、CFIUSの審査標準が主に国家安全保障における重要度および米国の政権(トランプ政権)の裁量という非経済的な要因で決定されていることを指摘した。そして、海外資本による米国企業買収がCFIUSに拒否されることの経済的影響について検証し、短期的には米国の買収先と同業他社の株式収益率を大きく引き下げること、長期的には米国の同業他社が海外資本を引きつけることがより困難になることを指摘した。

これに対して、討論者からはトランプ政権下においても中国企業による対米投資は継続的に行われ、CFIUSに承認されている事例もあるため、CFIUS審査標準に経済的要因が与える影響についても、より慎重に分析すべきであることが指摘された。また、CFIUS拒否が株価に与える影響を分析する際、短期的な株価変動に注目している点に関連して、株価は短期的にニュース効果でオーバーシュートすると予想されるため、企業の経営や産業政策への影響を踏まえた中長期的な影響についても検証することの重要性が指摘された。

6. “Do Regional Free Trade Deals Spell Opportunity or Challenge for Growth? Role of Technology Transfer”

報告者:Yuki MASUJIMA(RIETI Project Member / Bloomberg L.P.)

討論者:Xiaomin CUI(Institute of World Economics and Politics (IWEP), CASS)

本研究は、国際的な技術移転が、国際貿易と国内特許蓄積を通じて、潜在成長率(全要素生産性)をどの程度押し上げるかを推計した。近年、環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定(CPTPP)と地域的な包括的経済連携協定 (RCEP)というメガ自由貿易協定が結ばれる一方で、米中デカップリングという保護貿易の動きが高まったが、こうした動きが各国の成長にとって機会か重荷かを検証した。その結果、RCEPの発効は参加国に大きな利益をもたらすが、CPTPPの参加国の拡大は物品・サービス貿易や国境を越えた投資フローに対する障壁が低いため、技術移転により大きな影響を与えることが述べられた。また、RCEP が成功し、米国が CPTPP に参加するという最良のシナリオでは、米国と中国がともにベースラインと比較して 0.3%ポイントの生産性上昇の恩恵を受けることになることを明らかにした。技術移転からさらに多くの利益を得ることができるベトナムは、生産性が 0.6 ppt 上昇することが見込まれた。

これを踏まえ、討論者は、生産性効率と貿易開放性、生産性効率とイノベーション、イノベーションと貿易の逆の因果関係を制御する必要があるのではないかという提案がなされた。具体的には外生的ショック(WTOや関税)とミクロデータを取り入れること、一部の結果に実績と異なるように見受けられるため、貿易とイノベーションを結びつけるメカニズムと選択効果を含むモデルも試してみてはどうかと述べた。また、特許や貿易のデータの細分化も技術移転をより正確に捕捉するために必要ではないかとの発言があった、それに対して報告者からは、特許に関しては19世紀からのデータを積み上げて推計しているため、細分化は難しいが、貿易データに関しては改善の可能性を検討するとの回答がなされた。