RIETI政策シンポジウム

働き方改革と健康経営(議事概要)

イベント概要

  • 日時:2021年10月21日(木)15:00-17:00
  • 主催:独立行政法人経済産業研究所(RIETI)

議事概要

企業理念に基づき従業員等への健康投資を行う「健康経営」は、従業員の活力向上や生産性の向上等の組織の活性化をもたらし、結果的に業績向上や株価向上につながるとして、注目を集めている。RIETIでは、2016年から「働き方改革と健康経営に関する研究」プロジェクトを開始し、健康経営に関する科学的な知見を蓄積してきた。
本シンポジウムは、「従業員の健康への投資は生産性を上げるのか」「企業業績を向上させるのか」などの論点につき、プロジェクトで得られた知見を広く発信するために開催された。山本勲慶應義塾大学教授ら4氏の報告に続き、パネルディスカッションが行われ、新しい働き方と企業の健康管理は今後どうあるべきか、議論を深めた。

開会挨拶

矢野 誠(RIETI理事長 / 京都大学経済研究所特任教授 / 上智大学特任教授)

RIETIは長年にわたり健康経営の研究を続けてきました。本日は、新しい働き方と健康経営をテーマに、経済学、産業医学、産業保健心理学といった各分野の専門家から、幅広い知見に基づいたディスカッションをいただきたいと思います。健康経営に関する社会的関心は非常に高まっています。本シンポジウムを通じて多くの企業の皆さまに私どもの研究成果を取り入れていただき、新しい働き方と健康経営を推進していただければ幸いです。

経済産業省プレゼンテーション

丸山 晴生(経済産業省 商務・サービスグループ ヘルスケア産業課 課長補佐)

経済産業省では、健康経営を「従業員の健康保持・増進の取り組みが、将来的に収益性等を高める投資であるとの考えの下、健康管理を経営的視点から考え、戦略的に実践すること」と定義しています。これは、企業が経営戦略として、従業員の健康状態を良くし、従業員が生き生きと働けるようにすることで、従業員にも企業にも良いことがたくさんあり、企業価値の向上にもつながる、という考え方です。

経済産業省では、健康経営銘柄、健康経営優良法人という顕彰制度を実施しています。ここでの評価項目は、①経営理念、健康経営に対する経営トップのコミットメントがあるか、②組織体制、会社として健康経営を実施する体制が構築されているか、③制度・施策実行、具体的な取り組みを行っているか、④評価・改善、実施した取り組みの効果検証と改善ができているか、⑤法令遵守・リスクマネジメントの5点です。

今後はさらに、1)企業による情報開示の促進、2)業務パフォーマンスの評価・分析、3)自社の従業員だけでなくサプライチェーンや社会全体への健康経営のスコープの拡大、を進めてまいります。さらに、健康経営を国際的にも発信し、健康経営が日本企業の国際ブランドになるようにしたいと考えています。そのためにも学術的な研究は重要であり、健康経営は企業の生産性を上げ、企業業績を向上させるのかについて、研究で明らかになることを期待しています。

講演

報告1:健康経営銘柄と企業業績:経済学の視点から

山本 勲(慶應義塾大学 商学部 教授)

経済学では生産活動を「インプットをアウトプットに変換する活動」ととらえ、その効率を生産性といいます。生産性を高めるためには、インプットの質を高めることが重要です。労働で見ると、1つはスキルを高めること、もう1つは労働者のヘルス、健康状態を良くすることです。この労働者の健康に企業が積極的に介入し、健康投資を行うことが、働き方改革であり健康経営だと思います。

健康経営は、従業員の健康への先行投資なので、日本のような流動性が低い(転職の少ない)労働市場では投資が回収しやすく有効な手法です。また、高齢者の多い企業では、従業員の能力を長く発揮してもらうためにも健康経営は重要になります。

従業員の健康が生産性を上げることを実証する研究は多くないため、私たちは、健康経営が企業業績にどのような影響を与えるのかについて、「健康経営銘柄」などの企業表彰制度や健康経営施策の効果を企業のデータから分析しました。その結果、健康経営理念を表すスコアが高まると利益率が良くなることが分かりました。また、理念的な施策、例えば「従業員 に対して経営トップが自ら理念・方針を定期的に伝える」取り組みや、従業員が健康診断をきちんと受けることは、利益率にプラスの影響を与えるとの結果を得ました。

今後、より多くの企業のデータを分析できれば、さらに多くの知見が得られると思いますので、企業の方々にぜひ協力をいただきたいと思います。

報告2:健康経営を産業医学・疫学の視点から考える:投資対効果、中小企業への適用

永田 智久(産業医科大学 産業生態科学研究所 産業保健経営学 准教授)

私は産業医、産業保健の立場ですが、産業保健の目的は、作業を人に、または人をその仕事に適合させること、つまり、仕事と健康状態とのマッチング(適合)を図ることが最終的な目的です。

適切な健康経営を行うことには、高い投資対効果があると思っています。体調不良や症状があって会社を休む、これをアブセンティーイズムといいますが、これが生産性を低下させます。また、出社はしているけれど労働機能が低下して、最終的なアウトプットを出せていない状態、これをプレゼンティーイズムといいますが、アブセンティーイズムに比べてプレゼンティーイズムは2~10倍あるといわれています。このため、保健師などの専門職や上司が1年に1回行われるストレスチェックなどを生かし、部下の抑うつなどの不調を見つけることが重要です。定期健康診断やストレスチェックはすでに法定義務になっていますので、健康診断などをやりっ放しにせず、仕事と健康状態とのマッチングを判断する重要な機会としてとらえ、健康経営に生かすことが大事な対策だと思います。

健康経営は戦略が大事で、経済産業省の「健康投資管理会計ガイドライン」の戦略マップは有用です。また、中小企業は、健康経営の効果が組織全体に波及しやすく、効果を実感しやすいメリットがあります。人材採用での競争力も上がりますので、健康経営に取り組んでいることをホームページなどで積極的にアピールしていくことが大切でしょう。

報告3:ワークエンゲイジメントと健康経営:産業保健心理学からの提案

島津 明人(慶應義塾大学 総合政策学部 教授)

産業保健心理学では、従業員の健康やウェルビーイングと、 組織の機能・パフォーマンスは、決して相反するものではなく、お互いに補い合いながら良い関係をつくると考えています。

従業員が健康でワークエンゲイジメント(働きがい:WE)が高い職場を「心理的健康職場(Psychologically healthy workplace)」といいますが、そうした職場をつくるためには、産業保健と経営の協調が重要です。

WEが高いとは「仕事に誇りを感じ(熱意)、熱心に取り組み(没頭)、仕事から活力を得て活き活きしている状態」を指します。WEの高い人は健康で生産性も高く、EUの調査では国ごとのWEと国内総生産(GDP)に相関があることも分かっています。

WEを高めるため、われわれの研究チームでは労働生産性を向上させながら健康増進に寄与するプログラムを開発しています。日々のストレスによって蓄積された“疲労借金のこまめな返済”が重要で、 日頃の良好な生活習慣・食生活などとWEとの関連性を探った研究などもあります。近年はワーク・ライフ・バランス(WLB)が注目されていますが、私たちの研究では、WEが高いとパートナーにもWEの高さが伝わったり(交差効果)、子どもの問題行動が少なくなったりするなどの仕事から家庭への影響(流出効果)も分かってきました。

テクノロジーの進歩で働き方も変化していますが、今後の働き方については、楽観的なシナリオと悲観的なシナリオの両方をにらみながら考える必要があるでしょう。

報告4:ワークエンゲイジメントと生産性:経済学と産業保健心理学の知見の融合

黒田 祥子(RIETIファカルティフェロー / 早稲田大学教育・総合科学学術院 教授)

メンタルヘルスの毀損が生産性を下げることは多くの先行研究から明らかになっていますが、ポジティブなメンタルヘルスであるワークエンゲイジメント(WE)が高まると生産性が上がるのかは、まだ明らかになっていませんでした。そこで、経済学の観点からWEと生産性の関係を検証すべく、大手小売業にご協力をいただいて従業員満足度調査にWEに関する設問を組み込み、売り場ごとの売上高との関係を分析しました。約3800人の販売職の方のデータを分析した結果、同じ企業で働く同じ職種でも、WEは人によって(0:最低から6:最高まで)大きく異なることや、WEは有期雇用よりも地域限定正社員の方が、地域限定正社員よりも総合職正社員の方が高いことなどが分かりました。そして、従業員のWEの平均が高い売り場ほど売上高が高くなる一方、売り場内での従業員間のWEのばらつきが大きいと逆に売上高が低くなる傾向も見えてきました。つまり、一部の従業員が生き生きと働いていても、一部の従業員はしらけているような温度差のある職場では、生産性が下がってしまうのです。

エンゲイジメントの高い従業員のポジティブな感情と、エンゲイジメントの低い従業員のネガティブな感情のどちらが、より強く他の人たちに伝搬してしまうのかというのはこれから明らかにしていく必要があるでしょう。今後働き方が変わっていく中で、就業の空間や時間が異なる新しい働き方の下、WEやチームワーク、生産性をどのように担保していくかが大きな課題になると思います。

パネルディスカッション「新しい働き方と健康経営」

パネリスト:
  • 山本 勲(慶應義塾大学 商学部 教授)
  • 永田 智久(産業医科大学 産業生態科学研究所 産業保健経営学 准教授)
  • 島津 明人(慶應義塾大学 総合政策学部 教授)
パネリスト・モデレータ:
  • 黒田 祥子(RIETIファカルティフェロー / 早稲田大学教育・総合科学学術院 教授)

黒田:
テレワークやギグワークなど、時間や空間にとらわれない新しい働き方が広がる一方で、企業からは従業員の健康管理や、生産性低下などへの懸念も聞かれています。新しい働き方が広がる中で、企業が従業員の健康に積極的に介入し、生産性を高めるにはどのようなことが必要でしょうか。

島津:
心理学では生産性を「インロールパフォーマンス」、一人一人が決められた役割をどのくらいきちんとこなしていくかと、「エクストラロールパフォーマンス」、決められてはいないけれど、新しいものを創造したり助けあったりする行動、の2つに分類して考え、それを総合してパフォーマンスといいます。

職場のメンタルヘルスについてですが、テレワークなどで古い意味での職場は解体しつつあるので、職場の新しい定義が必要になると思います。キーワードは、自律と協働です。自律とは、一人一人が自分の仕事をきちんと組み立てることができるかどうか。協働とは、離れていてもきちんとコラボレーションすることができるか。先ほどのエクストラロールパフォーマンスをどう増やせるかがポイントです。

そのためには、日頃生じるちょっとしたトラブルやいらだち、心理学ではデイリーハッスルズといいますが、これを積もらせずに解消していく工夫が必要でしょうし、温かい職場づくり、同僚や部下・上司への共感性も大切だと思います。

黒田:
上司と部下の関係がうまくいかず孤立してしまうようなケースには、どのように対処していけばいいでしょうか。

永田:
確かに、在宅勤務が始まってから、上司・部下間のコミュニケーションがなかなかうまくいかないという話が出ています。個人の健康や働き方に対する考え方など、個人の要素と仕事との適合を評価することがとても大切です。ラインケアとして、上司・部下のコミュニケーションが大事だと思います。

島津:
上司・部下のコミュニケーションとして1 on 1の面談が導入されつつありますが、運用の仕方がすごく大事で、上司が一方的に説教してしまっては部下には逆にストレスになってしまいます。話題の作り方や話の聞き方がとても大事です。

永田:
面談では、部下の評価の時間なのか、部下の健康をケアする時間なのか、分けて話すことも重要ですね。これを混在させると、部下は評価されていると思って、健康状態を率直に話せません。

山本:
エンゲイジメントサーベイ、従業員の満足度サーベイをかなり高頻度にやっている企業があります。そうすると、いろいろな悩みや状態の変化がとらえられるので、上司がサポートしたり、ちょっと声を掛けたり。テレワークをやっているからこそ、こうした取り組みが大事なのでしょう。

島津:
社員の状況をリアルタイムで把握する「パルスサーベイ」もありますね。変化を見逃さないことが大事だと思います。雑談は高度なコミュニケーション能力を必要としますよね。

黒田:
山本先生と私がコロナ禍以前に行った研究で、職場の上司との関係がうまくいっていない人は相当数存在していて、うまくいっていない人ほどプレゼンティイズムが大きく、離職を考えているという傾向が認められました。つまり以前から上司との関係に悩んでいた人はいたわけです。実はテレワークによって上司と会わなくなって、むしろ心の健康が確保できた人もいるというプラスの側面もあるかもしれません。

これからは、望まない働き方しか提供できない企業は労働者を引きつけられなくなる時代が来ると思いますが、今はまだ過渡期だと思います。これから働き方改革、健康経営をどのように行っていくべきでしょうか。

永田:
新しい働き方は、個別化して、最終的には場所や時間の柔軟性が高まり、それがハイブリッドされたような、例えば在宅勤務が一部で職場での働き方が一部という組み合わせに行き着くのではないでしょうか。

2015年から睡眠に関する調査を行っているのですが、20年に「よく眠れている」と答える人が劇的に増加しました。コロナ禍による働き方の変化が、生活習慣を変えたと考えられます。一方で、在宅や出社といった勤務形態とワークエンゲイジメント(WE)の関係の調査では、本人が望む働き方をした方がWEや生産性が良好との結果を得ています。

山本:
エッセンシャルワークなど、テレワークが難しい職種に不公平感を訴える人もいます。テレワークができず、感染症へのリスクが高まる場合、それを補償する手当を支給する方法もあると思います。

今日のテーマである健康経営と新しい働き方は非常に親和的であり、テレワークを推進することがまさに健康経営だと思っています。感染拡大時のテレワークは、従業員の健康を守り、事業継続にもつながるものです。テレワークがうまく機能している企業は、コロナ以前から働き方改革を進めている企業でもあります。

一方で、新しい格差が生まれていることに注意が必要です。所得格差と連動して在宅勤務の格差が生じていて、これがWEにつながり、さらにウェルビーイング(幸福度)の格差を生んでいます。

日本はテレワークの実施率がまだ低く、かつ繰り返しの仕事が多いので、定型的な業務はテクノロジーにやってもらって、人は創意工夫する仕事に取り組めるようにすることが重要だと思います。

島津:
「人とつながっていたい」という親和的な欲求と、「主体的に行動したい」という自律性の欲求、「持っている能力を発揮したい」という有能性の欲求は、人が持つ本能的な欲求です。これらの相反する欲求を満たす新しい働き方を、企業が提供できるかが課題だと思います。

山本:
日本国内で新陳代謝を高めてイノベーションを起こすためには、雇用の流動性を高める方向性は間違っていないと思いますし、健康経営の在り方も変わってきていて、労働者に管理が委ねられるようになっていくと思います。

黒田:
今回1200人ぐらいの方から参加登録をいただきました。コロナ禍前であれば考えられなかったことです。こうした行動変容と技術によって、多くの方がつながれるようになったことが今回の大きな副産物ではないかと思います。働き方に技術をいかにうまく取り入れていくかが大きな鍵になるのではないでしょうか。

先ほどから自律と協働というワードが出ていますが、企業や職場のサポートも併せながら、テクノロジーの力も借りて自身の健康状態を可視化し、個人ベースでも健康を管理していくことが必要になっていくと思います。