RIETI-IWEP-CESSA Joint Workshop

Exchange Rate and International Currency(報告書)

イベント概要

  • 日時:2020年12月6日
  • 主催:独立行政法人経済産業研究所(RIETI)、中国社会科学院 世界経済・政治研究所(CASS, IWEP)、横浜国立大学アジア経済社会研究センター(CESSA)

報告書

吉見 太洋(中央大学、RIETI)

RIETI「為替レートと国際通貨」研究会(小川英治FF)では、中国社会科学院(CASS)の世界経済研究所(IWEP)、横浜国立大学アジア経済社会研究センター(CESSA)とともに、毎年Joint-Workshopを企画・開催してきた。本年は新型コロナウィルスの蔓延状況を踏まえ、2020年12月6日にオンラインで第9回目のワークショップが開催された。これまでのワークショップでは、RIETIで公表されているAMU乖離指標や産業別の実効為替相場を用いた研究を始めとして、貿易取引通貨、為替パススルー、人民元の国際化、国際価値連鎖等、国際金融に関わる幅広い研究成果が報告されてきた。「Exchange Rate and International Currency」と銘打った今回のワークショップでは、日本の中堅・中小企業の輸出における決済通貨の決定要因、米中貿易戦争がベトナムと中国の貿易に与えた影響、コロナウィルス蔓延下における為替相場の決定要因、国境を超えた人的移動と為替相場変動の関係、日系企業と海外現地法人の間の決済通貨、中国における為替パススルー等に関する、6つの研究成果が報告され、日中双方の参加者間で活発な意見交換と議論が行われた。

以下、それぞれの報告論文と討論内容について簡潔に紹介する。

1. "Export Experience and the Choice of Invoice Currency: Evidence from Questionnaire Survey for Japanese SMEs"

報告者:Taiyo YOSHIMI(RIETI Project Member / Chuo University)

討論者:Mi DAI(Beijing Normal University)

本研究では、2019年に実施された、日本の中堅・中小企業向けアンケート結果に基づいて、これら企業の輸出における決済通貨選択について分析が行われている。特に、輸出開始時から現在までの輸出経験の影響に着目し、輸出経験の蓄積が決済通貨の選択に与える影響の分析が行われている点が本研究の特徴である。本研究の分析結果によれば、輸出経験が長くなるほど、円ではなく外国通貨を決済通貨として用いる傾向が見られる。これは、輸出経験を積むことによって、為替リスク管理など、海外業務のノウハウが蓄積され、輸出取引においてより外貨を利用しやすくなることが原因と考えられる。また、決済通貨選択において、輸出企業に主導権がある場合ほど、円が選択されていることも明らかにされた。

これに対して討論者からは、輸出経験が企業規模など、企業の他の特性(その他の説明変数)と関係を持っている可能性が指摘された。この点についてはより注意深い実証分析上の対応が必要となる。また、経験が長くなるほど、通貨を変更できる機会も多くなるため、外国通貨建てから自国通貨建てへの変化のケースなど、頑健性を確認する上でより詳細な分析が必要である点も指摘された。さらに、サンプル企業が中堅・中小に絞られているため、分析結果を議論する際、どの程度結論を一般化できるかについては注意が必要であるとの指摘もあった。

2. "Vietnam as China's No.4 Oversea Export Partner: A Beneficiary of China-US Trade Conflicts, a Receiver of Industrial Transfer, or a Collaborator in Regional Value Chain?"

報告者:Panpan YANG(Institute of World Economics and Politics (IWEP), CASS)

討論者:Hayato NAKATA(RIETI Project Member / Meisei University)

近年、ベトナムは中国の輸出先としての重要性を急速に高めており、2017年以降、3年連続で第5位の輸出先となっている。2019年、ほとんどの上位の輸出相手国に対して中国の輸出伸び率が大幅に低下する中、ベトナム向け輸出は前年並みの伸び率を記録した。一方、ベトナムは激化する米中貿易摩擦における最大の受益者と指摘されることもある。

本研究では、アメリカの対中追加関税リストの情報などに基づき、2019年の中国の対ベトナム輸出を品目別(HS2012コード6桁)に貿易紛争要因(trade conflict factor)、競争的要因(competition factor)、補完的要因(complimentary factor)の3種類に分解し、中越間の貿易における競争・補完関係について分析している。その結果、中国の対ベトナム輸出のうち5.7%が直接的な貿易紛争要因(迂回的な輸出など)、8.8%が間接的に貿易紛争に基づく競争的要因(生産拠点の移転など)に分類されることが明らかになった。これは2019年における中国の対ベトナム輸出の増加率にほぼ匹敵する。

この結果に対し、討論者からは中間財の要因別の分類について課題が指摘された。本研究では中間財を技術集約度によって、高・中技術製品の輸出を競争的要因、低技術製品の輸出を補完的要因に基づく輸出に分類している。しかし、現在の中国は高・中技術製品、ベトナムは低技術製品に比較優位を有しているのであれば、逆の分類が自然である。この点についてより一層の議論が必要である。

3. "Tracking Exchange Rate Determinants amid the Pandemic"

報告者:Yuki MASUJIMA(RIETI Project Member / Bloomberg)

討論者:Qiyuan XU(Institute of World Economics and Politics (IWEP), CASS)

本研究は、新型コロナ危機下で、円が比較的安定的に推移している要因を明らかにするために、2008-09年の世界金融危機や平時と比較して、為替相場の決定要因と波及経路がどのように変化したかを検証した。具体的には、為替に大きな影響を与える資金運用経路(金利、リスクの変動に伴う資金フローの変化)に加え、実体経済の状況を示す貿易経路を介した為替レートの動きを追跡するために、ウェブ検索データや電力需要などの高頻度データから作成した16カ国の日次のビジネス活動指数を採用した。その結果、先進国と新興国では影響に違いがあるものの、金利差やリスク要因のコントロール後には、パンデミック期の為替レートの動きに、国内外の経済活動の変化が有意に関連していることが分かった。一方で、金利差や株式市場のボラティリティの為替変動への影響は,世界金融危機時に比べて弱くなる傾向が見られた。日本の場合は、感染拡大が抑えられていることで、他の先進国に比べて経済活動の回復が早いにもかかわらず、貿易経路を通じた円安効果が円の避難通貨需要を相殺し、パンデミック時に相対的に安定した為替レートの動きにつながった可能性があることが指摘された。

これを踏まえ、討論者は、ビジネス活動指数が需要と供給のどちらを示しているか明らかでないため、需要ショックと供給ショックによる経路の違いを識別できていないことによる問題点を指摘した。例えば、中国の対米輸出の拡大は、米国のビジネス活動が拡大しているというよりは、政府による給付金の拡大が家計消費の拡大を促している。また、中国の資源国からの輸入は、各産業の回復のタイミングの違いにより変わる。ビジネス活動指数をこうした需給・産業・貿易相手国別に分解することで、経路がより具体的に明らかにすることが可能だとの提案があった。それに対して報告者からは、活動指数が動的因子モデルを用いて算出されているために、そういった分解は難しいが、貿易相手国との活動指数の差は有意であったとの回答がなされた。

4. "The International People Movement and Exchange Rate Volatility"

報告者:Jianwei XU(Beijing Normal University)

討論者:Pengfei LUO(RIETI Project Member / Setsunan University)

ここ数十年におけるグローバル化の進展は、国際人口移動と海外消費の著しい上昇をもたらした。本研究では、国境を越えた人口移動を通じた海外消費が実質為替レートのボラティリティにどのような影響を与えるかを分析した。まず、Alessandria (2009)にならい、都市レベルの製品データベースを用いて、カテゴリー別の実質為替レートのボラティリティを算出した。このボラティリティ指標を国際人口移動、関税、距離や為替相場制度などの説明変数に回帰することによって、国際人口移動を通じた為替レートボラティリティの収斂効果が、他の伝統的な決定要因の効果を上回ることを示した。これは、国際人口移動の増加により、国内消費者による外国製品のサーチングコストが軽減されるためとの解釈ができる。さらに、こうした国際人口移動が持つ収斂効果が、貿易財よりも非貿易財でより顕著であることも示された。

討論者からは以下の三つの論点を指摘された。一点目は、資金フローなどの伝統的な為替ボラティリティ決定要因や、旅行者の外国での現地消費規模などの要因を回帰分析に追加すべきという点である。二つ目は、非貿易財やサービス産業の場合には、国際競争を通じた市場メカニズムが働きにくいため、国際人口移動による為替ボラティリティ収斂効果が、非貿易財でより顕著であることについて、より詳しい説明が必要という点である。三点目として、eコマースの発達やコロナショックなどの要因が国際人口移動や消費行為に与える影響についても考慮することの重要性が指摘された。

5. "The Dollar, the Yen, or the RMB? The Survey Data Analysis of Invoicing Currencies among Japanese Overseas Subsidiaries"

報告者:Junko SHIMIZU(RIETI Project Member / Gakushuin University)

討論者:Xiaomin CUI(RIETI Project Member / Hitotsubashi University)

本研究の目的は、近年日本企業のアジア域内貿易においてアジアの現地通貨建て利用が増加している要因について、2018年度に日本の海外現地法人を対象に実施したインボイス通貨選択と為替リスク管理に関するRIETIアンケート調査結果から抽出したアジア拠点のサンプルをもとに実証分析を行い、今後の動向を占うことである。主な分析結果として、以下四点が挙げられる。第一に、売上高の大きい現地法人ほど米ドルを選択し、売上高の小さい現地法人は円または現地通貨を選択する傾向がある。第二に、販売を主とする現地法人は、現地通貨を選択する傾向がある。第三に、現地法人は、輸出入両サイドの取引がある場合には、それらの取引の通貨を統一する傾向、すなわちナチュラルヘッジを行う傾向がある。第四に、現地通貨建てを選択する現地法人には、現地通貨建ての利益を最大化する目的を持つ、現地企業との合弁企業である、現地通貨建ての借入が多い、現地調達のシェアが高い、という特徴がある。以上の結果は、今後日本の製造業がアジアの現地法人を米国輸出のためのプラットフォームではなく、アジアの現地製造・販売拠点とし、さらに日本がアジアから逆輸入するという割合が高まれば、アジア向け貿易における米ドル建ての比率が下がり、ひいてはアジアにおける米ドルの役割が低下する可能性があることを示唆するものである。

討論者からは、アジアで操業する日本の現地法人を対象としたアンケート調査結果から、アジアにおける貿易決済で米ドル優位の状況が今後変わる可能性があることを実証した研究として貢献度が高いと評価されるとしながら、以下三点の課題点が指摘された。第一に、2018年度に実施されたアンケート調査結果のみを利用していることによるセレクションバイアスである。これについては、RIETIで行っている過去のアンケート調査結果を用いてパネルデータを作成し、同様の分析をすることで結果の頑健性を確認することを提案された。第二に、実証分析ではTobit Modelを採用しているが、その他のMultiple Choice Modelで同様の分析を行うことを提案された。第三に、説明変数間の内生性が存在する可能性があること、輸出と輸入それぞれの分析で要となる説明変数(建値通貨シェア)がそれぞれの被説明変数となっていることに問題があるのではないかという指摘である。この指摘はもっともである一方、この設定により輸出と輸入それぞれに同じ建値通貨を利用する傾向がある、すなわち現地法人がナチュラルヘッジを目的として建値通貨を選択していることが実証されるという本研究の根幹をなすものであるため、手法の改善については今後の課題としたい。

6. "An Exchange Rate Pass-through into Export and Import Prices in China"

報告者:Shuhui NI(Institute of World Economics and Politics (IWEP), CASS)

討論者:Kiyotaka SATO(RIETI Project Member / Yokohama National University)

本研究は中国の輸入における為替レートのパススルー率を推定した実証研究である。中国の税関統計にアクセスして、HS8桁分類の個票データを用いて分析を行っている点が本研究のオリジナルな貢献である。2015年~2017年の月次データを用いたパネル推定の結果、中国の「短期」の輸入のパススルー率は約14%であると報告された。また、人民元の増価局面と減価局面の違いを考慮すると、増価局面の方が輸入のパススルー率が高くなることが報告された。さらに、推定において、輸入企業の所有形態(国有企業か、地場企業か、外資企業か)や貿易形態(processing tradeかordinary tradeか)の違いを考慮する説明変数を加えても、パススルー率の推定結果に大きな違いがないことが報告された。

これを踏まえ、討論者からは主に以下三つの論点が指摘された。第一に、中国の輸入のパススルー率の推定結果が予想外に低いが、米ドル建てで輸入を行う中国ではパススルー率がもっと高く出ると予想される。第二に、貿易形態の違いを考慮すると、加工貿易(processing trade)の方がパススルー率が低くなるという結果が得られているが、海外への輸出を目的として中間財を海外から輸入する加工貿易の場合、輸入のパススルー率はもっと高い水準になると思われる。第三に、人民元が通貨高局面にあるときに輸入のパススルー率が高まるという結果を報告しているが、通貨高局面と通貨安局面の区別をより厳密に行うことが必要である。また、通貨高局面の方がパススルー率が高い理由をどのように説明するかを示すことも必要という点も指摘された。