RIETI国際ウェビナー

World Economies Surviving and Thriving through COVID-19 and beyond(議事概要)

イベント概要

  • 日時:2020年8月31日(月)
  • 言語:英語
  • 主催:独立行政法人経済産業研究所(RIETI)

議事概要

開会挨拶

渡辺 哲也(RIETI副所長)

ハーバード大学のジョルゲンソン教授ならびにジュネーブの高等国際問題・開発研究所のボールドウィン教授をご紹介します。RIETI理事長の矢野誠も講演し、講演の後のパネルディスカッションでは、RIETIの所長・CROである森川正之がモデレータを務めます。

コロナ禍の前からグローバルリスクは拡大していました。①景気の同時減速、②地政学的緊張の高まり、③デカップリングの危機と技術覇権競争、④グローバル化への政治的反発、⑤気候変動の脅威と脱炭素社会への動き―が不確実性要因として挙げられます。

コロナ後に向けた新しいグローバルガバナンスを探求し、グローバルな課題に対応するためには、異なる分野の専門知識を融合し、国際的にも知を集結することが必要です。

講演 1

「COVID-19パンデミックにおける社会的および自然的要因:社会的学習、政治的リーダーシップおよび人口集中」

矢野 誠(RIETI理事長)

COVID-19パンデミックが発生した初期段階について考えてみると、そこには自然的要因と社会的要因の両方が存在していたと思われますが、しかし社会的要因の重要性は過小評価されてしまっています。本日はこの点についてお話しいたします。

パンデミック拡大の自然的、政治的および社会的要因

パンデミックの疫学的推移については以前から知られています。パンデミックは当初加速するが、中頃になると集団免疫が確立されるのに伴い減速し始めます。

この自然的要因に加えて、政治リーダーからの情報もしくは誤った情報が極めて重大な影響を及ぼします。今回の場合、早い段階で、医療関係者から残念なことに誤情報が流されました。例えば3月19日には著名な医療規制当局者から、マスク着用に合理的な理由はないとの発言がありました。早期の段階での誤情報は長期にわたり悪影響を与え、自己防衛の努力を阻害してきたと考えられます。フロリダ州を例に検証してみましょう。

フロリダ州の事例

フロリダ州の場合、人口、都市の数、1人あたりの所得、教育水準、住宅価格など数多くの要因があります。私の研究では、フロリダ州における感染拡大の要因は人口であることが明らかになりました。

政治的要因についても検証してみたところ、トランプ大統領の中核支持層の数がフロリダ州の感染者数に正の影響を及ぼしていることが分かりました。また、変数としてトランプ支持者の数と人口とを含めると、人口密度は実際のところ人口あたりの感染者数に負の影響を及ぼしていました。これは、直観に反した結果です。私は、人口過密の地域に暮らす人々は感染の危険性が高いと認識し、よって自己防衛により努めると仮説を立て、研究の結果、この見解が裏付けられたことになります。

要約すると、社会的学習の効果は、人口が少ない地域では人口あたりの感染者数を削減するに十分な効果を上げるが、マイアミのような大都市では政治的および自然的要因により社会的学習の効果は失われてしまうようです。

日本における感染抑制

ご承知のとおり、日本における感染拡大は、米国や欧州ほど深刻ではありません。フロリダ州の研究結果から考えると、日本では政府による早期の注意喚起が大いに功を奏したと思われます。

日本では3月初めに学校が一斉休校となり、これを受けて社会全体に警戒感が広がりました。また日本ではスギ花粉症に悩む人が多く、普段からマスクの着用に慣れています。こうした要因が初期の感染拡大の抑制に役立ったと考えられます。その裏付けにはまだ至っていませんが、フロリダ州の検証結果と一致する状況だと言えるでしょう。

講演 2

「新型コロナウイルスの経済学」

デール W. ジョルゲンソン(ハーバード大学サミュエル・W・モリス記念講座教授)

新型コロナウイルスは、経済活動に多大な混乱を引き起こしています。財政金融部門の対策により最悪の短期的損失を回避できた国も一部ありますが、各国は感染率の抑制に苦闘しており、ロックダウンとソーシャルディスタンスの確保が経済活動に打撃を与え、大半の国では消費の伸びが低迷している状況です。

「世界経済見通し」の予想

「世界経済見通し」は国際通貨基金(IMF)が定期的に発表している報告書ですが、2020年6月にそれまでに起きた変化を把握するための特別版が発表されました。4月に発表された前回の予想からの2カ月の間に見通しはすでに大幅に下方修正されました。2020年の世界経済は今やマイナス4.9%成長と予想されており、深刻な悪化であると言えます。

先進国

米国の経済成長は2020年にマイナス8%、2021年に4.5%の回復が予想されています。一方、日本の2020年の予想はマイナス5.8%、2021年に2.4%の回復とされています。4月の予測と比べて、今回は2020年については下方修正が、2021年についてはわずかに上方修正がなされました。

新興市場

新興市場の2020年の成長率はマイナス3%で、2021年には5.9%の回復が予想されています。中国は2020年にわずかにプラスの成長率が予想されていますが、インドの見通しは4月の予想から下方修正され、2020年はマイナス成長が見込まれています。

国際貿易

世界貿易は、2020年に11.9%の減少を経て8%の回復が予想されています。新興市場および開発途上国の2020年の貿易は9.4%の下落し、2021年に9.4%の回復が予想されています。

景気減速がもたらす影響

景気減速の影響に関して、これらの予想に関連する不確実性の度合いを限定した2通りのシナリオについて論じてみたいと思います。

第一のシナリオは、2021年初頭に新型コロナウイルスの世界的な感染拡大の第2波が生じると想定したものです。第二のシナリオは、景況感が改善し、またロックダウン解除後の効率的な施策によって、2020年前半に実施されたロックダウンから予想よりも早い回復を経験するというものです。

第一のシナリオによる経済活動の減退はおそらく、短期的には先進国も新興市場も同様なものとなるでしょう。第二のシナリオでは、2020年の世界経済の成長率はベースライン予想よりも0.5%程度改善すると思われます。

結論

世界経済の見通しは、シナリオによって大きく異なり、極めて不透明です。結論として、不確実性が極めて高い状況にあって、どこの国においても政策立案者が注意を傾注することが求められると言えます。

講演 3

「COVID、グロボティクス、開発および仕事の未来」

リチャード・ボールドウィン(高等国際問題・開発研究所(ジュネーブ)教授)

COVIDとの長期共生を展望する上で、より大胆で議論を刺激するような推測を展開してみたいと思います。

オフィスワークのグローバル化と自動化

グロボティクスの基本的な考え方は、デジタル技術の極めて急速な発展に伴う急激な変化がグローバル化と自動化に生まれており、製造職のみならずホワイトカラー職や専門職にも影響が及んでいるというものです。こうした影響は、単純レベルから、中レベル、高レベルにまで至るオフィス業務で認められます。オフィス業務は、グローバル規模での外部委託のオフィスワーカーである「テレマイグランツ(遠隔移民)」が行うようになってグローバル化が進行しており、多くのサービス職種で「ホワイトカラー・ロボット」やAIによる自動化に置き換えられています。このようなオフィス業務の代替化はデジタル技術の発展に伴い加速しますが、現場労働者を全面的に置き換えることはできません。

COVIDがオフィス職種のグローバル化と自動化に与える影響

COVIDはこうしたグロボティクスの動向をさらに促進するでしょう。ここでは次の4つの顕著な影響を挙げてみましてみましょう。

(1) COVIDによる混乱によって解雇された労働者の業務の一部は、ソフトウエアによる自動化やオフショアによって置き換えられるだろう。
(2) デジタルトランスフォーメーションは、多くの労働者や企業のリモートワーク化が進むにつれ加速しており、実質的にテレマイグランツに門戸を開放する結果となっている。
(3) ソーシャルディスタンスにより、オフィスの実質的な費用負担が以前よりも増加する。
(4) 企業債務が途方もないレベルにまで達しており、コスト削減が急務となるだろう。

新興市場

新興市場においては、工場での雇用喪失が進み、オフィスのグローバル化が進むでしょう。ロボットのコストは世界どこでも一律なので、低賃金諸国への生産のオフショアリングは価値がなくなります。しかし同様の技術は、オフィスでバーチャルに働くことをより容易にしています。

インドと中国を比較してみると、インドの経済成長はサービス業を中心としたものであるのに対し、中国は製造業がその基盤にあります。自動化は製造業雇用を削減することから、より多くの経済発展モデルは、中国よりはインド型になるでしょう。

サービス部門主導の発展の将来

新興国の奇跡は続くと推測するが、製造業主導の発展ではなく、インド型のサービス業主導の発展になると思われます。製造業の発展は困難で、非常に集積度が高いものです。サービス業は製造業に比べて開発も提供も容易です。このため、南米やアフリカなどの大陸は以前よりもより優位に立つと思います。

将来の政策と反発

私たちは、工場、資本財、技術ではなく、都市、サービス、トレーニングについて考える必要があります。各国政府は、製品の輸出ではなくサービスの輸出の発展に取り組む際には、発想の転換が必要です。

最後に指摘すべきこととして、先進国ではサービス業に従事する人は数多く、テレマイグランツ、グローバル化そしてオフィスの自動化に対し反発が起こるかもしれません。

パネルディスカッション

森川
パネルディスカッションに当たり、まず矢野理事長に発言をお願いしたいと思います。どのようにすれば優れた政治リーダーを選出あるいは生むことができるか。また、ソーシャル・キャピタルの整備を進めるにはどのようにすべきでしょうか。

矢野
リーダー選出のプロセスは非常に民主的でなければならず、リーダーとしてふさわしい行動を確保するための適切なプロセスが必要です。また、メディアも、政治リーダーの行動を監視し報道して、正しい情報を提供することが求められます。ソーシャル・キャピタルは、政府、政治リーダーそしてメディアの適切な行動を確保する上で重要です。

ボールドウィン
人々は、能力としてのリーダーシップが本当に重要であることをいずれ理解するでしょうが、経済学者である私たちがそれに影響を及ぼすことはできません。COVID-19に関するデータに基づく政策分析が多く行われていることに感銘を受けました。人々は、私たちの手元にあるリアルタイムデータを基に現状を把握することができるのです。

ジョルゲンソン
私たちは、新型コロナウイルス対策として世界中で進められている医薬品の開発という観点で、技術の変革を注視する必要があります。こうした開発は、この年末までに成果をあげて、新型コロナウイルスの脅威の性質を変えることができるでしょうか。私はその可能性はあると考えています。

森川
ジョルゲンソン教授からは先ほど、世界経済の短期的・中期的動向は極めて不確実性が高いとのお話がありましたが、IMFの予想について最も可能性が高いと教授が考えるのは、ベースライン予想、悲観的予想、楽観的予想のうちどれでしょうか。

ジョルゲンソン
技術進歩に関して言えば、私自身は楽観論者です。COVID-19の有効な治療薬はもうじきできるのではないかと思います。世界経済は大きく落ち込んでおり、それが続く可能性もあるし、急速な回復が見込まれる可能性もあると思います。

森川
COVID-19の長期的経済成長への悪影響を緩和する方法についてどのように考えるか、日本の次期首相にアドバイスをお願いします。

ジョルゲンソン
次期首相へのアドバイスは、日本が経験している景気後退は、これまで議論してきた技術の進展動向に関係するという点です。こうした動向を注視し、成長への影響はどのようなものかを明確に把握することが重要です。日本の成長は、日本独特の人口動態を考慮しなければならないものの、復活するでしょう。

森川
ボールドウィン教授からは、グロボティクスやテレマイグレーションに対する反発の話がりましたが、先進諸国においてグロボティクスが不平等にもたらす影響についてどのようにお考えでしょうか。

ボールドウィン
COVID-19の影響で、若者が1~2年十分な教育の機会を得られない状況に陥っており、教育が深刻な問題となっています。富裕層は自分たちの子どもをそうした影響から守ることができるが、他はそれができない。結果として学力の格差が広がると思います。

また、COVID-19で明らかになったこととして、大量解雇の責任は各国政府にあり、再訓練や所得支援の提供が必要な点です。サービス部門は、スキルの代替性が高い傾向にあり、労働者の配置転換が可能なため、再訓練などの支援も容易です。

従って、基本的に、教育に注意を向け、また、再訓練を支援すること、これが私からの2つの提言です。

矢野
事実として、COVID-19と技術進歩により世界の統合は一層進むでしょう。同時に、この2つの要素により分断化も進むでしょう。

こうした問題に唯一取り組むことのできるのは優れたリーダーであり、より一致団結した社会の実現に向けて深く考察していくことも不可欠です。私たちは、これらの目標の促進に当たってどのようにすれば 世界の結束を図ることができるかについて検討すべきだと思います。

森川
ジョルゲンソン教授に伺います。ハーバード大学は現在対面授業を行っておらず、遠隔授業となっています。教育の質という観点からこうした現状をどのように評価しますか。

ジョルゲンソン
これはまさに現在までに新型コロナウイルスがどのように扱われてきたかを反映した状況です。抑制がより進めば、懸念すべきこともずいぶん減るでしょう。先に述べたように、技術進歩と新型コロナウイルスに対する成果については、私は楽観的です。

森川
ここで、RIETIの研究員から受けた質問に回答願いたいと思います。ウィレム・ソーベツク上席研究員からボールドウィン教授への質問です。ホワイトカラー・ロボットの生産において比較優位にある国はどこでしょうか。

ボールドウィン
インドがこの点では大変進んでいます。西側諸国の大きなプラットフォームとしては英国企業のブループリズムがあり、多くの米国企業も前進を図っています。また、ソフトウエアの対応にもその進展が見て取れます。例えばマイクロソフトオフィスは、文法やスタイルについて提案を行い、テキストの即時翻訳も実現しています。このように、自動化の多くは、大手ソフトウエア企業や大手テクノロジー企業によるものです。あとは国によって異なり、米国は金融で、英国は医療分野で優位にあります。

森川
もう1つボールドウィン教授への質問が、労働経済学を研究している橋本由紀研究員からあります。日本の正規従業員の解雇に関する厳格な労働規制は、グロボティクスの障壁になる可能性はあるでしょうか。さらに一般的に言って、グロボティクスの時代において優れた労働市場政策とはどのようなものとお考えですか。

ボールドウィン
2つの要素があります。オフショアリングを不可能なものとしている労働市場規制がある一方で、クラウドへのデータのアップロードを実行不可能にしている規制もあります。例えば、厳格な銀行機密法が整備されているスイスの金融部門では、労働のオフショアリングとデータへのアクセスの両方が不可能です。

2つ目についてですが、労働市場規制の多くは、従来からの職種と雇用主・雇用者関係を基盤としたものです。ギグエコノミーの進展に伴い、労働への規制の適応が緩くなり、労働市場規制を回避した多くのオフショアリングやアウトソーシングが既に実践されています。

森川
最後に簡単にまとめのコメントをお願いします。

ジョルゲンソン
新型コロナウイルス感染症に対応できる技術の開発と実施が鍵だと思います。

ボールドウィン
行動経済学とインセンティブが疫学的モデルと組み合わせられ、政策がいかにして感染症に影響を及ぼすことができるかについてより現実的なモデルが生み出されています。これは新しい経済学分野です。また国別に違う行動が組み込まれるモデルを構築していく必要がおそらくあるでしょう。

もしジョー・バイデンが米国大統領選に勝利すれば、貿易障壁を撤廃し、米国のTPPへの参加を再交渉する機会が生じることが予想され、貿易に大きな期待ができるでしょう。

矢野
多くの死亡者・感染者に見舞われている世界の現状は、極めて悲惨なものです。同時に、このような状況は私たちにこの困難を克服するという大きな挑戦と機会与えています。従って、最後に言いたいこととして、勇気を持って大胆にこの課題に挑む必要があると思います。