イベント概要
- 日時:2020年8月7日
- 主催:独立行政法人経済産業研究所(RIETI)
第3回は「コロナ危機と労働市場、セーフティネット」をテーマに、コロナ危機によって日本の労働市場にどういった影響が及ぼされ、労働市場内の格差がどのように変化しつつあるのか政府統計を使って分析し、その上で個人に対してどのような厚生損失を与えるのか経済学のシンプルなモデルを使って考察する。また、今回のパンデミックによって明らかになった日本のセーフティネット制度の欠陥について指摘し、それをこれからどう改革すべきか考え、契約形態を提言する。
トークセッションでは最近行ったサーベイ結果を基に、必要なところへの具体的な支援について議論を深めた。
議事概要
イントロダクション
森川 正之(RIETI所長・CRO / 一橋大学教授)
緊急事態宣言が出た4月は休業者が前年同月比で420万人増え、非労働力人口も58万人増える一方、失業者は13万人増にとどまりました。休業者が非常に多くなったのが今回の労働市場への影響の特徴だと思います。6月にかけて休業者は減ってきましたが、失業者は前年同月比で30万人増を超えるレベルになってきました。
2008年9月にリーマンショックがあった後、世界経済危機のときには休業者が極端に増える動きはありませんでした。半年ぐらいたった辺りから失業者が大幅に増えて、2009年7月に前年同月比で103万人増えました。
今回は休業者がバッファーになりましたが、これからコロナ危機が長期化していくと失業者も増えてくる可能性があります。
講演1「新型コロナ危機による労働市場への影響と格差の拡大」
北尾 早霧(RIETIファカルティフェロー / 東京大学大学院経済学研究科教授)
コロナ危機と労働市場・格差
労働者全体を、産業に関しては一般的と対人的に、職業に関しては非フレキシブルとフレキシブルに2×2に分類し、雇用形態別、男女別、学歴別に分析しました。
コロナ危機の特徴として、最も大きな打撃を受けたのは対人的かつ非フレキシブルな仕事に従事する非正規労働者です。より大きな影響を受けている人たちは、危機以前からも経済的な弱者であり、所得も低く、おそらく貯蓄に関しても同じような傾向がいえます。特に経済的な影響で見ると、労働者個人の属性によって相当大きく異なっていることも確認されました。
格差は、短期的には拡大傾向にあるのは間違いないと思います。中長期的には感染終息までにどのぐらい期間がかかるのかがまだ見えず、終息した後に経済が完全に回復するまでには時間を要します。また需要と供給がコロナ前の水準に戻るのか、それより下なのか、上なのかも分からないので、そこに対する不確実性がかなりあるかと思います。
格差と政策:考察
データが表したように、コロナによって経済的な影響を受けた家計と、受けていない家計にはっきり分かれています。政策として、雇用・所得の急減に直面した家計にターゲットを絞った所得補償や給付をしていくことが重要かと思います。
また、今は休業している労働者が多いですが、いずれ失業が増えてくる可能性が高いので、所得補償だけではなく、自分で稼ぐ力を持たせていくことは大事です。そのためには仕事に戻る雇用を新しくつくっていく後押しも非常に重要になると思います。失業者の雇用や技術訓練に対する支援、ミスマッチを減らしていく必要もあると思います。
過去数十年、正規と非正規間の格差が非常に広がってきました。コロナ後もその格差がさらに広がったことはデータとして確認できます。非正規・正規間の格差解消に向けた抜本的改革は進められていますが、加速化していくことも非常に重要かと思います。
講演2「パンデミックにも対応できるセーフティネットの構築」
八田 達夫(RIETIファカルティフェロー / アジア成長研究所理事長)
雇用法制改革の必要性
今の日本の制度では、解雇されたときに失業保険の給付金はもらえますが、そのうち解雇されたことに対するプレミアム分はわずかです。退職金は貰えますが、一度もらってしまったら、再就職先で退職時にもらえる額は大幅に減ります。しかも日本は企業が破綻した場合には退職金すら払われない場合があります。解雇されたときに解雇手当など、失業保険以外の生活援助が支払われる仕組みを導入する改革が必要です。これは、パンデッミックの際のように、解雇されると次の職を見つけるのに時間が掛かるときには、特に有効です。
次に日本の雇用法制では、有期雇用は5年間を超えると、雇用者は、無期雇用への変換を望む労働者を無期雇用しなければならないため、多くの場合有期雇用労働者を、5年で雇い止めをします。その直後に再雇用することもできません。これは、不況期に就職した人が直面した就職氷河期の原因になって来ました。パンデミックで一旦解雇されると、次に見つかる職は有期雇用である可能性が高い日本では、その雇用期間の上限を5年に規制していることが、労働者を苦しめます。
雇用契約の部分自由化と解雇弊害抑止規制
本稿では、①解雇されたときには、失業手当に加えて解雇手当が支払われ、②雇用期間は5年を超えてもよく、かつ契約期間終了後に再契約を自由に出来る「定期就業型」契約を結べるようにする制度改革を提案します。ただし、この契約には、「解雇権濫用法理」の代わりに「解雇弊害抑止規制」が適用されます。この新規制は、この契約をした企業に「一定の解雇手当の支給」と、解雇手当の原資の「外部ファンドへの積立」とを義務付けます。この積立は、倒産時にも解雇手当の確実なし払いを担保するためです。
ただし、既存の雇用契約に対しては、従来どおりに、解雇権濫用法理が適用されます。新規の雇用契約においても、契約当事者が望むならば、従来型の雇用慣行型の契約を選択することが出来ます。しかし新規の雇用契約において、契約当事者が望むならば、「解雇弊害抑止規制」が適用される「定期就業型」の契約を選択出来るというものです。
低所得者への給付
負の所得税、給付付き税額控除、ベーシックインカムなどの導入が議論されていますが、ベーシックインカムは今の生活保護との整合性が不明です。まずは多くの国で生活保護と併用して採用されている給付付き税額控除で始めるべきではないかと思います。
トークセッション
サーベイの結果紹介
森川:日本の就業者に対して私が行ったアンケート調査によると、4月から6月にかけて在宅勤務をした雇用者は約30%です。学歴別では大学卒・大学院卒の実施率が高く、特に大学院卒は60%以上です。所得別には賃金の高い人ほど在宅勤務を行う傾向が確認されました。在宅勤務がもてはやされていますが、これができるのは実は高学歴・高所得の恵まれた人たちです。
職場と比べた在宅勤務の生産性は、職場を100%とすると、在宅勤務は約60%でした。学歴別では大学卒・大学院卒はそもそも在宅勤務実施確率が高いですが、さらに生産性も低学歴の人に比べて高く、在宅勤務は格差を広げる性質を持っていることが確認できます。
北尾先生、世代重複型モデルを用いる意味を簡単に教えてください。また、政策効果をこのモデルを使ってシミュレーションすることはできますか。北尾:年齢ごとのショックの分布も取り入れて検討できるという意味で世代重複型モデルを使った分析をしています。
今回は特に政策効果を取り入れていないですが、もちろん考えることはできます。
森川:八田先生、ギグワーカーなどを含めた自営業者に当面どういう対応をしたらいいか、何かお考えはありますか。
八田:大不況時にのみ利用できる雇用保険に類する保険制度をきちんとつくるべきだと思います。
森川:ここで提案されている所得税や給付付き税額控除は、個人単位ではなく世帯単位で考えるべきだとお考えでしょうか。
八田:私はそう思います。所得税や生活保証との整合性を保つためです。
八田氏から北尾氏へ
八田:非正規の人たちが非常に低い賃金でいることの根本的な理由は何ですか。
北尾:正規から解雇されれば非正規に行くことはありますが、非正規から正規になるモビリティーは非常に低く、そこが閉ざされていることが問題ではないかと思います。
北尾氏から八田氏へ
北尾:非正規に対して正規が望まない投資をすることで格差の解消につながると考えたのですが、その辺はどうお考えでしょうか。
八田:改革案での「有期就業型契約」の加入者は正規雇用者です。契約期間にも再契約にも制限がなく、契約期間前の解雇に対しては補償が迅速に支払われるからです。
質疑応答
Q:今回のコロナで産業や雇用は大きな影響を受けましたが、テレワークの普及などプラスの面もありました。今後の雇用・労働問題について何か希望の持てるメッセージをお聞かせください。
北尾:実際にいろんな働き方のオプションがあることが分かったのはすごく大きいと思います。さまざまな働き方を許容することで、格差も将来的には減少しプラスになっていくのではないかと思います。コロナの中で学んだいいところだけを取り入れてやっていくと、プラスの部分もあるのではないかと身近なところでも感じています。
八田:今回のことで大きく始まったのがリモートの医療、教育です。今までは既得権集団が新技術を利用する競争相手を恐れて抵抗していましたが、ついに実現できました。リモートの新しい産業が確実に生まれてくると思います。
森川:オンライン診療や教育も含めて今まで到底想定していなかったことが起きています。危機がその後の生産性を高める可能性もあります。法的な規制改革が必要なものもありますし、社内ルールの見直しなど、制度改革をしていくことは必ず将来の経済にとって役に立つことで、ひいては労働市場にもプラスの効果を持つ可能性があると考えています。