RIETI出版記念ウェビナー「コロナ危機の経済学:提言と分析」シリーズ:第2回

コロナ危機と医療・創薬(議事概要)

イベント概要

  • 日時:2020年8月4日
  • 主催:独立行政法人経済産業研究所(RIETI)

「コロナ危機と医療・創薬」をテーマに、エクセルで作った文系による文系のための感染症モデルを使って、ロックダウンのような人と人との接触を強力に減らす対策と、スウェーデンで行われたような感染を許容する対策で、感染の流行パターンがどのように違うのかを考察した。新型コロナ対策の本丸とも言える創薬については、その特性を踏まえ、世界の動向とワクチン・治療薬の見通しに果たす日本の役割を分析した。

またトークセッションでは医療・創薬での新型コロナウイルスへの対応などについて議論を深めていった。

議事概要

イントロダクション

中田 大悟(RIETI上席研究員)

医療対策は新型コロナ危機に対しての抜本的対策です。そもそも医療危機は感染危機ですから、どれだけ感染が拡大するのか、もしくは抑制できるのかを見通すことは根本的な視座をわれわれに与えてくれます。

またワクチン、治療薬がいつまでに可能なのか、もしくはそもそも可能なのかという点についても知見を得る必要があります。なぜならコロナ危機に対してさまざまな経済対策を政府が打ち出していますが、何を、いつまで、どれだけやればいいのかを決定するための前提条件、基礎条件になっていると考えられるからです。

新型コロナ危機は、わが国の科学技術政策、医薬の産業政策の真価と今後の課題を問うてるとも言えます。

講演1「感染症のSIRモデルと新型コロナウイルスへの基本戦略」

関沢 洋一(RIETI上席研究員)

基本戦略

新型コロナウイルスへの基本戦略は3つに集約されます。

1つ目は抑圧戦略です。初期段階の強力なロックダウンや、鎖国に近い入国者の制限や隔離が特徴で、強力な感染防止対策が講じられます。

2つ目が緩和戦略です。感染を完全に抑え込まず、1人がうつす人数を減らして感染速度を抑えていくと、感染ピークにおける感染者数が減少するとともに感染ピークのタイミングを先に延ばすことができます。この戦略の目指すことは、医療を必要とする人々、特に重症者の数を、提供できる医療の範囲内に抑え込むことにあります。緩和戦略では強力な感染防止対策は講じられません。

3つ目がジグザグ戦略です。医療崩壊が起きない範囲で社会と経済を回すために強力な対策と緩い対策を交互に繰り返します。

今後の見通し

東アジア以外の国では感染が蔓延する結果、意図しているわけではないものの緩和戦略に近くなり、感染者数は一時的に大きく増えますが、遠くない将来に終息して平常な状態に戻る可能性があります。

中国や台湾、韓国は、感染をある程度コントロールして抑圧戦略に近いですが、感染して免疫ができる人々が増えないために、終息への時間が長引いてしまうかもしれません。ワクチンができれば解決しますが、どうなるか分かりません。

日本は、感染が蔓延して止められなくなった場合、一時的に大きな被害はありますが、終息は早くなる可能性があります。生活習慣や対策が功を奏して感染をコントロールできると、逆説的に終息までの時間がかかってしまう可能性が出てきます。

講演2「創薬イノベーションによる新型コロナウイルス危機の克服」

長岡 貞男(RIETIプログラムディレクター・ファカルティフェロー / 東京経済大学経済学部教授 / 特許庁知的財産経済アドバイザー)

コロナウイルスの抜本的な解決のためには有効で安全な医薬品の開発がキーになっていることは疑いがありません。世界的に多くの創薬企業や大学、国立研究機関が創薬に乗り出している状況です。

創薬イノベーションにはサイエンスとインセンティブの組み合わせが重要で、「必要は発明の母」と言われますが、必要だけでは創薬できません。創薬への取り組みが増えているのは過去のサイエンスの蓄積が生かされているからだと言えます。

もう1つの問題はインセンティブです。臨床試験の投資が迅速にできるかどうかが鍵であり、そのインセンティブが十分かどうかという問題があります。企業から見ると、特にワクチンの場合に必要となる、大規模な第三相の臨床試験のコストが回収できるかの問題です。米国ではこのようなインセンティブの問題を、臨床開発試験自体に直接政府が支援するプッシュインセンティブと、臨床試験前に買い取り価格と量を決めてしまうプルインセンティブで解決しています。

ドラッグ・リパーパシングとワクチン開発

ドラッグ・リパーパシングへの努力は世界中で起きていますが、承認となった医薬品の数は現状では少ないです。日本は過去の創薬の実績を生かして世界的に貢献できるし、それが求められていましたが、現状を見ると、国内の施設の協力体制の構築も不十分で、国際的な共同治験もしてきませんでした。そもそも患者自体が少なかったことも米国や欧州と比較すると制約になります。特許切れとなっている医薬品では、大規模な臨床試験に投資をしにくいという問題も指摘できます。

ワクチンについては米国が舞台ですが、政府が非常に強力なインセンティブを与えたことで、急速に進みつつあります。日本は集団免疫を実現するというワクチンの社会的な役割を再認識して、ワクチンが有効に活用できるか、ワクチンが供給されても接種がうまくできないことにならないように制度の準備を進めていくことが非常に重要です。

トークセッション

中田:なだらかに感染を長期的に抑え込む場合と、短期的に感染を広げて終息させる場合とではどちらのほうが経済ダメージが小さいとお考えですか。

関沢:たぶん早く終わらせたほうが経済的ダメージは少ないと思います。生産活動を中心的に担う若い人々は感染しても無症状や軽症で終わる人が多いので、感染が増えても経済への影響はあまり大きくないと思います。

中田:感染抑制の戦略に関して何らか国際的にコーディネートする手段が今後は必要になりませんか。

関沢:将来的に新しいウイルスが出てくればおっしゃる議論はあり得ると思います。今回のコロナウイルスでは、いまさらコーディネートといっても無理だろうと思います。

中田:日本人は他国に比べて特徴的な行動変容があったのですか。それとも日本が比較的感染が抑制されているのは、いわゆるファクターXがあるという議論につながるのですか。

関沢:特に今年の春の第1波の頃は、政府が緊急事態宣言を発する前に、日本人が行動を自粛していることがデータからわかっており、そのことが緊急事態宣言以前の感染ピーク超えにつながったように見えます。このように、政府に言われなくても対応できるのが日本人の特徴と言えるかもしれません。

中田:今の創薬企業かかるにインセンティブを前提とした上で、薬剤の効果量をより重視した、社会的最適性に配慮した承認は可能ですか。

長岡:承認のプロセスをゆがめるのは、正しいアプローチではないと思います。適切できちんとした臨床試験を行うことを優先させるべきです。

中田:日本にとって国際治験を活用していくことの難しさ、課題、日本政府としてどういった支援ができるのか、もしご知見があれば伺いたいと思います。

長岡:大学には経験がないと思います。企業と協力して国際的な臨床試験を組むという選択があります。日本全体で国際的なプロジェクトができるインフラは限られていますので、その中で企業は経験も持っていますし、1つの重要な拠点になると思います。産学連携で国際共同治験をやるという選択肢があると思います。

質疑応答

Q:年の初めに人が動いていて感染症が少なかったことを組み入れたSIRの応用モデルはどのような結果が出ていますか。

関沢:今年のはじめに多くの人々が新型コロナウイルスに感染して、集団免疫が既にできているという議論はあります。本当かどうかは分かりません。

Q:プッシュ・プルインセンティブにおいて、いまだに政策対応ができていない理由はどこですか。

長岡:臨床試験を企業が負担して医薬品で回収するのが基本的な政策当局の考えですが、ドラッグ・リパーパシングやワクチンの開発には、特許切れの問題等による収益性の問題があり、政策目的に応じて政策手段を柔軟に組み合わせる必要があります。

Q:重症化リスクの少ない若者が夏場に多く感染することは、集団免疫獲得の面からプラスと考えていいですか。

関沢:感染した人々をきちんと隔離できるなら多くの若い人々が感染することは望ましい面もありますが、隔離が不十分で感染拡大が止められず、重症化しやすい高齢者が多く感染するリスクもあります。かなり微妙な判断が必要です。

Q:創薬スタートアップのために広く支援する官制ファンドは必要ですか。

長岡:大学や政府の研究機関にファンドを設けて、同時に長期的にはファンドを民営化していくアプローチもあり得ると思います。

Q:日本は今後どういう対策を採ることが必要ですか。

関沢:ICUを強化して重症者が増えたときに対応できるようにすることです。

Q:日本の創薬産業はどういう方向に進むべきでしょうか。

長岡:創薬力を高めるサイエンス基盤の強化の重要性を認識し、グローバル・ソリューションの一環になることです。