RIETI-IWEP-CESSA Joint Workshop

Current Issues in the World Economy: Exchange Rate, Invoice Currency, Price Transmission and Localization(報告書)

イベント概要

  • 日時:2019年12月18日
  • 主催:独立行政法人経済産業研究所(RIETI)、中国社会科学院 世界経済・政治研究所(CASS, IWEP)、横浜国立大学アジア経済社会研究センター(CESSA)

報告書

吉見 太洋(中央大学、RIETI)

RIETI「為替レートと国際通貨」研究会(小川英治FF)では、中国社会科学院(CASS)の世界経済研究所(IWEP)、横浜国立大学アジア経済社会研究センター(CESSA)とともに、毎年Joint-Workshopを企画・開催してきた。本年は2019年12月18日、RIETI(東京)において第8回目のワークショップが開催された。これまでのワークショップでは、RIETIで公表されているAMU乖離指標や産業別の実効為替相場を用いた研究を始めとして、貿易取引通貨、為替パススルー、人民元の国際化、国際価値連鎖等、国際金融に関わる幅広い研究成果が報告されてきた。「Current Issues in the World Economy: Exchange Rate, Invoice Currency, Price Transmission and Localization」と銘打った今回のワークショップでは、中国における生産の現地化率、日本における株式収益率の決定要因、中国における実質為替相場と輸出財の品質の関係、日本における為替パススルー、中国の経常収支、マラウィの輸入における人民元の利用率等、6つの研究成果が報告され、日中双方の参加者間で活発な意見交換と議論が行われた。

以下、それぞれの報告論文と討論内容について簡潔に紹介する。

1. "Debating on the Localization Rate in China: Macro and Micro Perspective"

報告者:Xiaomin CUI(Institute of World Economics and Politics (IWEP), CASS)

討論者:Shajuan ZHANG(RIETI Project Member / Chuo University)

本研究は中国の生産面での現地化率を分析するものである。本研究は中国製品の現地化率を測るため、マクロな視点(国レベルと産業レベル)とミクロな視点(企業レベル)から四つの指標を作成した。これらの指標に基づくと、近年、中国の現地化率は上昇の傾向にあり、同程度の発展段階にある国と比較しても、中国の現地化率は低くないという分析結果が得られた。また、本研究は中国の企業レベルのデータを用いて、中国政府の産業支援政策(補助金)が中国の現地化率に及ぼす影響を分析し、中国政府の産業支援政策は、中国の現地化率に有意な影響を与えていないことを示した。さらに、中国政府の産業支援政策が中国の現地化率に及ぼす影響を、競争チャネルと代替チャネルの二つに分けて分析し、中国政府の産業支援政策が中国の現地化率に影響を与えていないように見えるのは、これら二つのチャネルが逆の方向で働くことで、影響を相殺し合っているということを示した。

これらの分析結果に対して、討論者からは以下三つの論点が指摘された。一点目は、中国の現地化率上昇の解釈に関するものである。本研究では、中国の現地化率の上昇は、中国の国際価値連鎖(GVC)への関与が低下していることが背景にあると議論されている。こうした現象は、中国の現地化率の上昇によって、中国国内で生産された付加価値が他の国によってより多く利用されてきたというようにも解釈できる。したがって、付加価値の意味から言えば、むしろGVCにおける中国のプレゼンスが高まったと解釈することもできるため、こうした点に関する議論も必要である。二点目としては、企業レベルの現地化率指標を作成する際に強い仮定が置かれているため、その妥当性をより深く検討する必要があるという点が議論された。三点目として、中国政府の産業支援政策の内生性について議論された。中国政府の産業支援政策は、現地化率を引き上げるために行われている可能性がある。したがって、無作為な産業の選別によって支援策が実施されているとは考えにくい。この点についてもより一層の議論が必要である。

2. "Oil price, exchange rate, and Japanese stock returns"

報告者:Tokuo IWAISAKO(RIETI Project Member / Hitotsubashi University)

討論者:Weijia DONG(Institute of World Economics and Politics (IWEP), CASS)

本研究では、日本の株式収益率に影響を与える経済的な要因/ショックについて分析するために、Kilian (2009)とReady (2018)のフレームワークを拡張して為替レートをモデルに含めることにより、原油価格と為替レートの動きの背後にある構造ショックを識別して、それを用いた実証分析を行った。為替レートを含むように拡張されたReadyのモデルのパフォーマンスは、拡張されたKilianのモデルよりもはるかに優れている一方で、石油供給ショックによる原油価格の上昇に対して株価が正の反応を示すことや、サブサンプルで為替ショックの影響の符号が変化することから、経済学的解釈については難しい部分が残ることがわかった。統計的には、どちらのモデルにおいても他の説明変数や構造的ショックでは説明できない原油価格変動の残差が日本の株式リターンに正の影響を与えており、二つのモデルの「残差ショック」の相関はかなり高い。Kilianはこれを原油市場固有の価格ショックと呼び、Readyのモデルでは石油供給ショックと呼んでいるが、これは両者のVARシステムにおける識別戦略が異なるためである。討論者・会場からは、構造ショックの識別/計算と、株式収益率への影響に関する分析を二段階に分けるのではなく、一つのVARシステムとして推計・分析したらどうかといった提案や、サブサンプルの区切り方に関する質問がなされた。

3. "Real Exchange Rate Movements and Export Quality Upgrading of China’s Manufacturing Industries"

報告者:Risheng MAO(Institute of World Economics and Politics (IWEP), CASS)

討論者:Yuki MASUJIMA(RIETI Project Member / Bloomberg)

本研究は、人民元の産業別の実質実効為替レート(各国の物価変動や貿易ウェイトを考慮した為替レート)の変化が中国の輸出財の質の変化に及ぼす影響を分析したものである。分析結果は輸出と輸入のチャネルの両方から、各産業の輸出財の質に変化を及ぼすことを示している。具体的には輸出ウェイトを用いた人民元の産業別為替レートの増価は輸出財の質を高める一方で、輸入ウェイトを用いたレートの増価は輸出財の質を低下させることを明らかにし、前者の影響の方が後者より大きいことを示した。また、産業別の輸入財のシェアも輸出財の質の変化に影響があることも明らかにされた。

これを踏まえ、討論者からは主に以下三つの論点が指摘された。第一に、人民元の増価が輸出財の質の向上が同時に起こるとの前提を置いているため、質の向上が為替レートに影響を与える逆の因果関係や相関関係を分析している可能性がある。この点は、為替レートの変化が同時でなく前期に起こる前提を置けば解決できると考えられる。第二に、中国の産業別の企業物価指数を通じた質の変化が、中国国内の技術進歩だけでなく、世界的なトレンドを反映している可能性がある。この点は、世界価格との中国の国内価格との相対価格を用いることで修正が可能となる。第三に、産業別の実質為替レートの変化はマクロ経済の景気循環と産業別の変化の差の識別が難しいことである。名目為替レートと産業別価格指数に分解することで、この2つの影響を識別し、質の向上にはマクロ政策が必要なのか、産業別の政策が必要なのかを判断することができると考えられる。

4. "Exchange rate pass-through on Japanese prices: Import price, producer price, and core CPI"

報告者:Yuri SASAKI(RIETI Project Member / Meiji Gakuin University)

討論者:Mi DAI(Beijing Normal University)

2013年に始められた日本の量的質的金融緩和政策では2%のインフレ率がターゲットとされた。2012年の安倍政権発足から2015年にかけてインフレ率上昇要因の一つである円ドル相場は大きく円安になったが、そのような変化は期待されるほど日本の物価を上昇させなかったと指摘されている。本研究では、なぜ大幅な円安がインフレ率を十分上昇させなかったのかを明らかにするために、外国為替相場の変動がコアCPI上昇に与える影響を分析している。本研究の特徴として、以下の三点が挙げられる。第一に、使用する日銀の輸入物価指数に正確に一致するウェイトを用いた名目実効為替レートと企業物価指数を構築している。第二に、推定手法としてTVP-VAR(時変パラメータ自己回帰分析)を用いることで、パラメーターの変化を捉えている。第三に、外国為替相場からコアCPIへの直接的影響のみならず、パススルー、輸入物価、国内企業物価、消費者物価の各段階、また産業別の影響を分析している。主な結果として、外国為替相場の物価への影響はレベルとしては小さいものの、影響の大きさは近年上昇しており、産業内で見たときの影響も小さくはないことが示された。したがって、円安が消費者物価上昇に与える影響が小さいのは、各産業内における価格への為替の影響が小さいからではなく、企業物価指数の段階において、産業間のスピルオーバー効果が小さいからであることが示唆される。これに対して討論者からは、計算方法や、データに関する質問、TVP-VARのラグの設定に関する提案が示された。

5. "How Does China’s Fiscal Policy Affect the Changes in Current Account and Exchange Rate?"

報告者:Panpan YANG(Institute of World Economics and Politics (IWEP), CASS)

討論者:Etsuro SHIOJI(RIETI Project Member / Hitotsubashi University)

本稿は中国のマクロデータを用いて、財政赤字が同国の経常収支と為替レートにどのような影響を与えるかを、構造VAR(ベクトル自己回帰)の手法により分析したものである。用いられているのは1998年から2019年までの四半期データである。その結果、中国において、財政赤字の拡大は予想される通り経常収支の悪化をもたらすものの、その効果は一時的であることが示される。筆者らはこれを「双子の赤字」仮説に対する否定的結果と解釈する。また、財政赤字の拡大は人民元の実質レートを減価させることが示されている。これは国際マクロ経済学の教科書的理論であるマンデル・フレミングモデルとは逆の結果であり、一部のニューケインジアン型開放経済モデルと整合的なものとなっている。

討論者は研究テーマの経済政策面での重要性や、経済理論の発展に対する貢献が期待される点を指摘し、同論文を高く評価した。そのうえで、財政赤字が経常収支に与える効果が持続性を持たないのは、同論文掲載のグラフから判断すると、財政赤字の増加そのものが一時的だからではないかと推論を述べた。また、中国が短い期間に多様な構造変化(例えば為替制度の変更)を経験していることから、モデル係数が時間とともに推移していくことを許容した手法を検討するべきであると指摘した。また本稿で1系列にまとめられている財政赤字ショックを政府消費・公的投資・減税の3タイプのショックに分けて考えることが重要ではないかと論じた。また中国の統計における国営企業による投資の扱いについて質問した。

6. "Invoice Currency Choice in Malawi's Imports from Asia: Is there any evidence of Renminbi Internationalization?"

報告者:Kiyotaka SATO(RIETI Project Member / Yokohama National University)

討論者:Qiyuan XU(Institute of World Economics and Politics (IWEP), CASS)

本研究は、アフリカの小国であるマラウィの税関データ(H.S.8桁分類に基づく、個別の財の輸入データ)を入手し、同データに基づいてマラウィのアジアからの輸入において人民元や円などのアジア通貨がどの程度使用されているかを分析した最初の研究である。2004年から2016年までの約220万件の財取引のデータを分析した結果、人民元がマラウィの中国からの輸入においてほとんど使用されていないことが示された。対照的にマラウィの日本からの輸入の20%以上が円建てで取引されており、人民元の国際化は円と比べて大きく立ち遅れているという事実が示された。また、マラウィはアジアからの輸入において、米ドルだけでなく南アフリカ・ランドを媒介通貨(Vehicle Currency)として使用していることも明らかになった。さらに、パネル・ロジット・モデルを用いた実証分析から、製品差別化が大きいほど、また市場シェアが大きいほど、マラウィの日本からの輸入において円建て取引が用いられることが明らかになった。また、為替レートのボラティリティが大きいほど、アジアからの輸入においてアジア通貨建て取引が選ばれなくなるという結果が得られた。

討論者は、マラウィの税関データに基づく建値通貨の情報を示した点を高く評価するとともに、南アフリカ・ランドの役割の重要性を指摘した点もオリジナルな貢献として評価した。その上で、なぜランドがマラウィのアジアからの輸入において建値通貨として用いられるのか、その理由についてさらに深く分析した方がよいと指摘した。また、当日はその他の点として、ランドの建値通貨の比率が「件数」ベースで大きいのに対して、「金額」ベースでは非常に小さい点に着目し、少額取引でランドが使われているのは間違いなく、南アフリカ企業が商社のような販売拠点網を近隣のアフリカ諸国に構築している可能性、そしてそれがランドの使用を増やしている可能性についても議論が交わされた。さらに、パネル・ロジット推定の結果が必ずしも明確ではなく、さらに実証分析の改善を行う必要があることについても指摘があった。