RIETI政策セミナー

新たな成長に向けたアントレプレナーシップ・イノベーション・ファイナンスの融合(議事概要)

イベント概要

  • 日時:2019年9月26日(木)13:00-17:30(受付開始12:30)
  • 会場:経済産業研究所セミナー室1121号室(東京都千代田区霞が関1丁目3番1号経済産業省別館11階)
  • 主催:独立行政法人経済産業研究所(RIETI)
  • 共催:JSPS科研費(基盤A)16H02027「地方創生を支える創業ファイナンスに関する研究」(代表:神戸大学大学院経営学研究科内田浩史)

現在、金融の常識がこれまでにない速度で変化し、世界が大きな変貌を遂げようとしている。日本はその変化をうまく取り込んでいけるのか。こうした問題意識の下、2017年~2019年に実施したRIETIの研究プロジェクト「ハイテクスタートアップの創造と成長」の研究成果を踏まえ、日本学術振興会科学研究費補助金プロジェクト「地方創生を支える創業ファイナンスに関する研究」(JP16H02027)との共催によるセミナーを開催した。フランスと米国から招聘したトップビジネススクールの先生方と、日本の第一線の研究者が一堂に会し、新たな成長に向けたアントレプレナーシップ、イノベーション、ファイナンスの在り方、またその融合を通じた企業や産業の成長について議論を行った。

議事概要

開会挨拶

中島 厚志(RIETI理事長)

日本がイノベーション大国として存続するためには、その原動力となるハイテクスタートアップを育成するためのアントレプレヌールエコシステムが極めて重要です。本セミナーでは、米国およびフランスのトップビジネススクールの先生方をお迎えして、ハイテクスタートアップのための革新的な資金調達手法をご紹介いただきます。併せて、日本の第一線の研究者を交え、新たな成長に向けたアントレプレナーシップ、イノベーション、ファイナンスの在り方、さらには日本でアントレプレヌールエコシステムを確立するために必要な施策についてご意見を頂きます。本日はハイテクスタートアップの資金調達手段などに関して、有益な知見をお伝えできる機会になると確信しております。

基調講演:小規模企業の資金調達

中小企業金融―中小企業の融資へのアクセスについての現状

Gregory F. UDELL(インディアナ大学ケリースクールオブビジネス教授)

中小企業(SME)金融に対する学術的関心が高まっています。中小企業がどのように金融にアクセスするかについての理解は大幅に進歩しましたが、そうした研究は現実に即したものなのでしょうか。日本の労働力の約70%が中小企業に雇用されていることからも分かるように、中小企業の融資へのアクセスは大きな問題です。中小企業は自らのプロジェクトや活動に必要な資金を十分に得ていない、という状況を示す証拠は多数存在します。このため、中小企業の資金調達がどのように行われ、今後どのように改善できるかについて、よりよく理解するよう努めなければなりません。

中小企業金融に関する研究の進展

中小企業金融についての研究は、4つのフェーズに分けられます。最初のフェーズは、金融仲介についての新しい理論を伴って、1980年代に始まりました。この理論は、情報の問題、特に銀行による情報の非対称性の解決能力に基づく理論です。2つ目のフェーズは1980年代後半から1990年代にはじまり、融資における契約条件の重要性を強調しました。担保、コベナンツ(財務制限条項)、コミットメントについての論文が出てきたのもこの時期です。3つ目のフェーズでは、ソフト情報とその融資における重要性に注目が移りました。ソフト情報は、容易に定量化することができず、そのため容易に伝達することもできないような情報です。第4の、最新のフェーズでは、中小企業の融資へのアクセスについての研究がより精緻化され、複雑になっています。例えば、制度やその重要性について、多くの研究が行われています。

貸出技術と中小企業向け融資チャネル

中小企業金融とその影響は、lending technologies(貸出技術)とSME lending channels(中小企業向け融資チャネル)という2つの異なる視点から見ることができます。

貸出技術とは、貸出を実行する方法を表す考え方です。貸出技術は、審査のメカニズム、契約の構造、モニタリング戦略の3つの組み合わせで決まります。現在、米国においては、中小企業向け融資に用いられる貸出技術として10種類のものを挙げることができます。その1つがrelationship lending(リレーションシップ貸出)です。これは、融資担当者が時間をかけて、借手企業(経営者)についての評価をしなければならないため、コストがかかります。その他の9つはtransactions-based lending(トランザクション型貸出)と呼ばれ、こちらは効率的でコストは低いものですが、全ての企業に対して使えるものではありません。例えばトランザクション貸出のうち、financial statement lending(財務諸表貸出)は、財務諸表に十分な信頼性があり、もっぱらそこに含まれる情報に基づいて融資担当者が融資を実行可能であると判断した場合に行われるものです。そのほかに、asset-based lending(ABL=動産担保貸出)、factoring(ファクタリング)、equipment lending(設備資金貸出)、leasing(リース)、real estate-based lending(不動産担保貸出)、small business credit scoring(中小企業向けクレジットスコアリング)、crowd funding(クラウドファンディング)、trade credit(企業間信用)があります。

中小企業向け融資チャネルとは、特定の貸出技術と、それを行う金融機関のタイプを組み合わせて考えるものです。たとえばこうした融資チャネルには、大小の銀行や大小の貸付金融機関(日本でいう貸金業者)、信用組合や企業が含まれ、全ての金融機関が同じ貸出技術を提供しているわけではありません。融資チャネルは、中小企業金融の重要な側面を分析するのに有用です。例えば、最近のアメリカにおける金融危機の際には、大小の銀行がどちらも融資チャネルを縮小したことにより中小企業への融資が減ったことがわかります。

中小企業金融における課題

中小企業金融に関しては、学術的な理解が十分に進んでいない分野が多くあり、これらが我々の知識の限界を表します。

まず、中小企業金融における貸手間の競争が良いことなのか悪いことなのか、見解が定まっていません。伝統的な市場支配力の観点から見ると、競争が少なければ価格は上昇し信用(貸付)へのアクセスを減らしますが、リレーションシップ貸出の観点から見ると、まったく逆のことが言えます。現時点ではエビデンスが錯綜しているため、競争と中小企業向け融資について、さらに研究を進める必要があります。

ソフト情報を定量化し伝達可能にすること、つまりハード化することに関する研究も必要です。多くの研究は、大銀行においてソフト情報の内部伝達に問題があることを示しています。大銀行では、リスク評価において、ソフト情報を裁量的に定量化して判断を行います。問題は、これを果たして「情報をハード化」すると言えるのかということです。

また、学術文献においては、担保に関して大きな混乱が生じています。中小企業向け融資においては、担保を差し入れる方法が2つあります。1つは事業者が自分の個人資産を担保として差し入れる方法で、外部担保と呼ばれます。もう1つは、企業が持つ資産を担保として差し入れる方法で、内部担保と呼ばれます。学界には外部担保についての理論モデルはたくさんあるものの、内部担保についてはほとんどモデルがありません。更に言えば、ほとんどの実証研究ではこれら2つを区別できておらず、学者たちが外部担保と内部担保の違いや内部担保の役割を理解するには、まだ時間がかかりそうです。

既存のデータから貸出技術を特定することも難しい課題です。例えば金融危機の際に、どの融資が動産担保融資でどれが違うのか、我々にはわかりません。ですから、中小企業向け融資チャネルのパラダイムについて、もっと厳密に分析することができれば有用でしょう。

また、財務諸表貸出においては監査済みの財務諸表が重要ですが、その価値は未だに明確でなく、どんな中小企業にそれが必要なのかも十分にわかっていません。利益とコストのトレードオフについての情報すら十分にないのです。この件については議論の分かれるところです。更に、監査について、特定の国の監査から学べる事は必ずしも他の国には当てはまるわけではないことから、わからないこともまだ多くあります。

信用収縮によって中小企業への資金供給に大きな影響が出るのかどうかを検証するには、需要効果ではなく供給効果を特定しなければなりませんが、これも難しい問題です。どの技術が、どの状況が最も機能するか、という点に関して完全な合意は得られていません。

さらに、マクロプルーデンス政策手段の影響や政府による信用保証の有効性、協同組合の役割、企業間信用の役割、証券化の役割、フィンテックの潜在的な役割など、中小企業向け融資に関してはまだ解決すべき問題がたくさんあります。結論として、中小企業に関してはこれまでにも多くの研究が行われてきましたが、まだ学ぶべきことはたくさんあります。学術研究と実社会との間でより収斂が進む必要があり、学術研究は、解明されていない問題についてさらに検討を深める必要があります。

コメント

植杉 威一郎(一橋大学経済研究所教授)

ユーデル先生が挙げた中小企業金融の課題のうち、5つの点についてコメントしたいと思います。以下では背景と既存研究、そして日本における、それぞれの課題に対する論点についてお話しします。

1点目は貸出市場における競争についてです。過去2-30年の間に日本の金融機関の数が減少し、過去10年においては貸出金利が低下する中で、政府では金融機関の合併を認めるべきか否か、議論が起きていますが、決め手となるエビデンスがまだありません。この議論を有益なものにするために、より詳細かつ正確に市場の集中度を指標化し、経済の実態に沿った指標を得ることが求められています。

2点目は政府の信用保証の有効性についてです。個人的には、問題は信用保証だけでないと考えます。貸出市場には、政府系金融機関による貸出や、金融機関に対する資本注入など、いくつかのタイプの公的介入が行われています。こうした様々な政府介入の有効性を研究する、比較分析を行う必要があります。

3点目はフィンテックの潜在的な役割についてです。フィンテックは破壊的な影響力を持つ可能性がありますが、まだその影響は限られています。フィンテックは企業が貸出技術を利用するやり方や、市場構造を変える可能性があります。フィンテックに対する政府のアプローチがその成否に影響するということに留意することが重要です。

4点目は高齢化の影響についてです。日本の中小企業の社長(CEO)の平均年齢は上昇しており、多くの人が引退間近です。しかし、彼らは後継者を見つけるのに苦労しています。日本では、社長が運転資金の銀行借入を受けるのに個人保証を提供することを求められますが、多くの人はそれを嫌うのです。政府はこの状況を改善する措置を考える必要があります。

5点目は資金の効率的な配分とゾンビ企業の存在についてです。ゾンビ企業とは、銀行からの借入によって生きながらえている、本来は存続が困難な企業です。我々は現状を、特に金融危機後の状況について、理解する必要があります。またゾンビ企業に加え、ゼロレバレッジの企業(無借金企業)が多いという現象、そしてゾンビ企業と併存しているという現象を、研究する必要があります。

質疑応答

Q1:
エクイティファイナンスとデットファイナンスは中小企業でどのように活用される可能性がありますか。

UDELL:
米国ではエクイティのチャネルがようやく開かれたばかりです。状況について十分なデータがあるわけではないのですが、今はアクティブな市場となっており、これからの展開を注視しています。日本の状況についてはお答えできるほどよく分かっていません。

Q2:
中小企業向け融資において、安価なテクノロジーベースのクレジットスコアリングと、ソフト情報のどちらが重要視されるようになると思われますか。

UDELL:
片方が明らかに安価であることは分かりますが、ご質問の答えは分かりません。私の想像では、大企業になればなるほど、クレジットスコアリングの信頼度は低くなるのではないかと予想します。

Q3:
先ほど中小企業向け融資と信用組合について少し触れておられましたが、金融機関における目的関数や企業文化の違いは、将来のバンキング研究において3番目のパラダイムになる可能性はありますか。

UDELL:
信用組合について我々はどこまで知っているでしょうか。米国では、預金の70~80%は協同組織金融機関であるクレジットユニオンに対して行われており、うまくいっている例もたくさん挙げることができます。一方で、スペインでは地理的な規制が緩和され、国境を越えた進出が行われたことで、悪い例も出ました。協同組織金融機関は重要な研究分野で、政策とも非常に関わっていると思います。ただ、パラダイムに関する質問への答えは持っていません。

植杉:
目的関数に関しては、最近Journal of Banking and Financeに掲載された小倉義明教授の論文により、貸出総額を増やそうとするかどうかという点に関して、政府系の銀行と一般的な金融機関の違いが明らかになっています。

特別セッション:クラウドファンディング

プレゼンテーション1「(エクイティ)クラウドファンディングは喜ぶべきものだろうか?」

Armin SCHWIENBACHER(スケマビジネススクール教授)

クラウドファンディングにはさまざまな種類があり、ひとつひとつが本質的に異なっています。その1つが、証券ベースのクラウドファンディング、別名エクイティ(株式)クラウドファンディング(ECF)です。これは、お金を必要とする企業が、不特定多数の群衆(クラウド)に対して株式や他の種類の証券を売却することによって資金を得、また、クラウドは企業の発展に参画するというものです。

クラウドファンディングの仕組みでは、金融規制の影響をできるだけ受けないようにプラットフォームが設計されます。これによって、取引コストは低く抑えられます。他方で、これはクラウドがあまり保護されていないことも意味します。ECFは、クラウドファンディングの中では最も規制が行われているタイプのものです。

ECFの現状

クラウドファンディングの市場規模は、2012年には30億ドル、2014年は160億ドルで、2025年には950億ドルになると考えられています。予測は難しいですが、今後数年の間に高成長することが期待されます。そのうち、ECFの市場規模はまだ小さく、総額で3%程度です。

多くの国の政府は、ECFを大いに推進しています。中小企業が利用可能なエクイティファイナンスを増やすことができると考えられるからです。

ECFを促進し、クラウドを保護するために、多くの規制が変更されてきました。発展してきた規制の主なものは3つあります。1つ目は、プラットフォームのゲートキーパーを設け、証券の正当性と完全性を保証する義務をプラットフォームに負わせたことです。2つ目は、個人投資家の貢献に制限が設けられたこと。3つ目は、開示要件が増加されたことです。

ECFの課題

ECFは、まだ規模が小さく、ニッチな市場です。しかし重要なのは、銀行やその他の金融機関が埋めていない隙間をECFが埋めているということです。今日新しい産業と呼ばれている、30年以上前に事業を始めた企業を見てみると、ビッグプレーヤーの多くは誰からもお金を貸してもらえず、ベンチャーキャピタルから資金を得ていました。つまり、市場規模が小さくても、経済的なインパクトが大きくなる可能性があるということです。同様のことがクラウドファンディングにも言えます。ECFの持つ経済的なインパクトを確認するには、もう少し時間が経つのを待つ必要があるでしょう。

もう1つの大きな課題は、クラウドが適切なリターンを受け取れるのかどうかわからないことです。リターンがどれくらいなのか、また、投資家がリターンを得た後にそのお金を再投資しようとするかどうかもわかりません。これは、クラウドが最初のプロジェクトで手にするリターンに大きく依存するでしょう。

また、流通市場がないことも課題です。投資をしてもらうのは簡単ですが、クラウドにどのようにお金を返せるのかはわかりません。ECFを行う企業はあまり上場しないと考えられるため、お金が返ってくる可能性は低いのが現状です。

ECFの将来

現在アメリカでは、「testing the waters(下調べする)」という手法が大きな論争となっています。これは、正式に投資を行う前に、起業家が投資家に連絡を取り、投資意欲があるかどうかを聞く、というものです。この手法はアメリカでは、クラウドの一般投資家が関与するECFについては、まだ認められていません。投資家との拘束力のない約束など信頼できるのでしょうか。

フランスのプラットフォーム、WiSEEDのデータを使って、われわれは人々が本当に約束を履行するか調べることができました。というのも、このプラットフォームはメンバーとの間で「testing the waters」を使っているからです。その結果、前言を撤回する人が大多数であり、実際にお金を振り込んだ人の割合は18%にとどまることを発見しました。また、女性の方が男性よりも信頼できるという結果が出ました。よって、もっと女性に投資の意思決定をしてもらうべきかもしれません。また、個人のレベルでは約束が守られるかどうかを予測することは困難ですが、クラウドによって約束された総額は、資金調達の成功をよりよく予測することもわかりました。したがって、「testing the waters」は推進すべきです。

ECFでは、クラウドは一般的にプロジェクトの質を理解するのがあまり得意ではありません。プロジェクトはとても技術的で、かつ高度に革新的だからです。資金調達の形態を変えるプラットフォームも出てきています。フランスのプラットフォーム、WE DO GOODでは、ロイヤルティ(使用料)の支払いを行っています。このやり方なら、クラウドも評価がしやすいでしょう。資金調達方法が複数存在することは、リスク軽減にも役立つかもしれません。

本日のまとめです。ECFは成熟してきましたが、まだ多くの課題が残っており、規模がどこまで大きくなるのかはまだ分かりません。ヨーロッパでの実験を通じて、何がうまくいって、何がうまくいかないのかはわかってきました。単に投資だけでなく、例えば投票権など、クラウドの参加を改善する方法を考える必要があります。中小企業向け融資やイノベーション、そして社会に対するECFの貢献に関しては、今後さらに研究を行っていかなければなりません。しかし私は望ましい貢献が存在すると確信しています。特に、ECFは銀行と競争するものではなく、それに加えての資金調達手段だからです。

研究に関しても、研究分野としてのクラウドファンディングはより多くのクラウド(研究者)を集めるようになってきていますが、まだ多くの研究の余地があります。クラウドファンディングがどのように機能するかはすでにわかっていますが、多くの理論はまだ検証されていません。すべてがインターネットを介して行われるため、手に入れることのできる情報はたくさんあり、以前は不可能だった検証が可能です。 プラットフォームが収集するすべての情報は、中小企業金融において意思決定がどのように行われるかをよりよく理解するのに役立ちます。しかし、学界がまず行うべきことは、データの利用に関する倫理的問題を解決することです。データにはプライバシーの問題があるため、データをどのように収集し、どこまで研究に利用してよいか、明らかにする必要があります。

プレゼンテーション2「アントレプレナーシップ、イノベーション、ファイナンスに対するブロックチェーンの影響」

Fabio BERTONI(EMリヨン経営学大学院副学部長・教授(コーポレートファイナンス))

ブロックチェーンとは、暗号化されたブロックにタイムスタンプ付きのトランザクションが記載されている分散台帳です。ブロックチェーンの大きな特徴は、変更や改ざんができないことです。また、分散されていることも重要な特徴です。誰もが情報にアクセスでき、集合的な合意によって有効化されます。 こうした特性は、プライバシー、セキュリティ、所有権、透明性、検閲といった面で、非常に意味があります。 ブロックチェーンを使用するアプリケーションの数は増えており、現在、いわゆる開発の段階にあります。

ブロックチェーンのガバナンス

ブロックチェーンのガバナンスは非常に重要であり、よく研究されているテーマです。合意を分配するもっとも標準的な方法は、プルーフ・オブ・ワーク(PoW)によるものです。皆がマイニング競争に参加してパズルを解き、解が見つかったら、皆で次のパズルに取り組む、というのがPoWの本質的な仕組みです。興味深いのは、パズルを解くことで最新のブロックが有効化されるということで、何がそのブロックにつながっているかということです。

PoWに関する最新の文献によると、ブロックチェーンには時折フォーク(分岐)が生じ、2つに枝分かれすることが分かったといいます。その後、ユーザー間でも、枝分かれしたブロックチェーンのうちどちらが「本物か」という合意に至れないこともあります。過去のものを変更することはできないので、ブロックチェーンは必ずしも1つのパスでなくてもよいことになります。いくつかのバージョンに分かれるフォークがあってもよいのです。この現象はビットコインやイーサリウムといった多くのブロックチェーンのプラットフォームで起こっており、ブロックチェーンのシステム固有のものです。フォークができることはブロックチェーンにとって問題ではありますが、フォークがあることでブロックチェーンごとの競争が生じるため、望ましいとする見方もあります。

ブロックチェーンにおけるもう1つの課題は、「ラストマイル問題」と呼ばれるものです。ブロックチェーンは情報を記録することに優れていますが、その情報が信頼に値するものでないという問題です。これを解決するにあたってはインターネット・オブ・シングス(IoT)が役に立つでしょう。ブロックチェーンは記録するのが得意で、また、IoTは物事を計測するのが得意なので、この2つの組み合わせに多くのスタートアップが注目しています。

ブロックチェーンの経済的な影響

研究者のなかには、ブロックチェーンには汎用技術の機能があると主張していている人もいます。われわれは汎用技術を採用する速度ばかりを過大評価し、その影響を過小評価しがちです。ブロックチェーンを汎用技術として適用した場合、経済に影響を与えるには、私たちが考えるよりもはるかに長い時間がかかる可能性がありますが、その影響は私たちが考えるよりもはるかに大きい可能性があります。

また、ブロックチェーンは、コーポレートガバナンスにおける様々な面で役立つと言われています。例えば、ステークホルダーによる投票や、所有権の透明性の向上、流動性の改善、取締役によるストックオプションの日付操作の防止などです。逆に言えば、透明性が増すことで、「物言う株主」の戦略を阻止し、失敗させることもできるでしょう。

ブロックチェーンは、競争と市場構造に大きな影響を与えるといわれています。ある論文では、ブロックチェーンによって新規市場に参入する際の障壁が低くなる一方で、既存企業による談合の問題を大きくする可能性が示唆されています。また、他の論文では、市場がブロックチェーン市場と現金市場とに分断される可能性が指摘されており、必ずしも影響はポジティブなものばかりではありません。

新規仮想通貨公開(ICO)では、企業がネイティブトークンを発行して売り出します。近年では、ブロックチェーンのスタートアップでは、ベンチャーキャピタルから得る資金よりもICOから得る資金のほうが大きいと言われています。現在、約5,000種類のトークンがあり、約300の取引所でこれらのトークンを売買しています。トークン取引所は規制が非常に緩く、その仕組みや、扱うトークン、取引を行えるユーザーも様々で、結果、市場のセグメント化が進んでいます。

ブロックチェーンの規制と未来

ブロックチェーンについての規制は非常に断片的で、規制する側も技術の進化に追い付くことに苦労しています。米国では、トークンを証券と見なして同様に規制しています。日本ではトークンは特別な状況にあり、中国ではトークンを換金することを禁止しています。

トークンの取引においては、かなりの市場操作が行われているという学術研究もあります。「パンプ・アンド・ダンプ(pump & dump)」スキームは株式で行えば大罪ですが、ブロックチェーンの市場ではトークンを株式とみなしていないので、罪にはなりません。ある論文では、ビットコインの取引がどの程度違法行為に関係しているかを調べていますが、その試算によると、ビットコインの取引の約半分、約760億ドルが、不法行為の資金源になっているといいます。加えて、トークンは国境を超えるのが簡単で、容易に追跡できず透明性や信頼性に問題が残ります。ですから、セキュリティの面では、まだ多くの懸念があるといえるでしょう。

ブロックチェーンの将来はどのようになるでしょうか。ブロックチェーンは、ここ数年で大きく変化すると思われます。PoWに代わる、調整しやすく、フォークを生みにくい方法の開発が進んでいます。2017年のビットコインの大ブームは沈静化し、IBMやFacebookといったビッグプレーヤーも参入しています。規制の取り組みも多くの国ではじまり、IoTとの相乗効果が模索されています。私の印象では、より良い方法ができるのはこれからで、今後数年間で多くの変化が見られるでしょう。

プレゼンテーション3「エクイティクラウドファンディングは中小企業とベンチャー企業に可能性がある」

松尾 順介(桃山学院大学経営学部教授)

エクイティクラウドファンディング(ECF)は私の研究テーマですが、あまり楽観的ではありません。さまざまな困難な問題があり、それらに対する解決策が必要です。日本のECFはわずか3歳でまだ初期段階ですが、中小企業やベンチャーキャピタル企業などにとっての可能性についてお話しします。

日本のエクイティクラウドファンディング(ECF)の概要

現在人気のクラウドファンディングには、寄付型や購入型や投資型などさまざまなタイプがあり、日本において投資型クラウドファンディングの中でファンドによる投資とエクイティによる投資があります。今日お話しするのはエクイティクラウドファンディング(ECF)です。日本に存在するECFのプラットフォームは、FUNDINNO、GoAngel、Emerada(9月に市場撤退予定)があります。

日本のECFの特徴の1つ目は、マーケットが将来的に成長するか疑問の余地があることです。2つ目は、プラットフォーマーの収益が十分かどうかに疑問の余地があることです。3つ目は、投資家が関係者や経営者の友人、およびIPO(新規公開株)を期待する個人投資家といった2つのタイプがあると思われていますが、投資家に関する詳細データは把握できていない状態です。

ECFの問題点

日本におけるクラウドファンディングは問題点が3つあります。1つ目は、過剰な規制があることです。ECFは日本証券業協会が規制しています。過剰な規制はプラットフォームのコストを高めるため、収益にとって障害になります。2つ目は、プラットフォームの持続可能性に疑問が残ることです。3つ目は、ECFはプライマリーマーケットで、セカンダリーマーケットがないことです。従って、ECFに投資した投資家は、その株式を売ることができず、ほとんど流動性がない状態になっています。株主コミュニティ制度を使えば非上場株式を売買することができますが、この制度ではたった30ほどの銘柄しか登録されていない上に、日本証券業協会によって厳しく規制されています。

ECFの規制としては、プラットフォームの利用可能性がある資金調達企業の審査が必要となります。また、投資家への情報の提供も非常に細かく規制されています。規制は厳格で硬直的で、投資家のニーズにマッチしているかどうかがよく分かりません。すべての関係者が規制を遵守する必要があるため、規制はプラットフォームの持続可能性に圧力をかけ、市場の成長を妨げている可能性があります。

プラットフォームの収益性については、現在の小規模なマーケットボリュームでは、ほとんどビジネスモデルとして成り立たないと思われます。ユーザー料金として請求する融資額の10〜20%は、管理費やその他の事業運営費用を賄うにはまだ不十分だからです。一部の企業には、上記の審査料や株主管理料など他の収入源がありますが、引き続き苦労しています。

非上場株式の流動性も非常に低く、株主コミュニティシステム自体にも多くの規制があります。株主コミュニティシステムに参加している人は取引が許可されていますが、これは投資がコミュニティ内の投資家からのみ求められることを意味します。日本にはユニコーンが登場する土壌がありません。個人的には、当局は市場を拡大するのではなく、詐欺の防止に重点を置いていると思います。日本の非上場株式の流動性を高めるためには、プラットフォームを改革することが必要です。従って、プライマリーなプラットフォームだけではなく、このプラットフォームで同時にセカンダリーなマーケットも実現することが大事なのではないでしょうか。つまり、ECFの投資家がプラットフォーム上で株を売ったり買ったりできるような仕組みが必要だと思います。そのためにブロックチェーンが役に立つかもしれません。

ECFの可能性

ECFは、マーケティングの手段になるのではないかと考えています。つまり、単なる資金調達ではなく、ベンチャー企業が自身のビジネスモデルを市場でテストする機会になるのではないかということです。また、複数の人がいろいろな意見を言い合うことで、集合知を高める機会にできると思っています。さらに、コーポレートガバナンスを向上する機会にもなる可能性があります。私はECFの資金調達企業にインタビュー調査をしたところ、「ECFをすることによって、経営者のみならず従業員にもパブリックカンパニーのような意識が生まれた」という意見がありました。日本のECFは、課題はたくさんありますが、まだ始まったばかりですから、注意深く温かく見ていきたいと考えています。市場を拡大するためには、プライマリー市場の規制だけでなくセカンダリー市場の規制も見直す必要があります。最後に、クラウドファンディングは中小企業や新興企業の育成に役立つと思います。

パネルディスカッション

パネリスト
  • Armin SCHWIENBACHER(スケマビジネススクール教授)
  • Fabio BERTONI(EMリヨン経営学大学院副学部長・教授(コーポレートファイナンス))
  • 松尾 順介(桃山学院大学経営学部教授)
モデレータ
  • 小野 有人(中央大学商学部教授)

小野:
従来のエクイティファイナンスと、ECFの大きな違いは何でしょうか。

SCHWIENBACHER:
ECFには仲介業者がいません。しかし、クラウドは一般に受動的とする研究もあります。

松尾:
ECFの資金調達コストは相対的に高いです。しかし、マーケティングやプロモーションの面でのメリットがあります。

小野:
従来のエクイティファイナンスに比べて、ECFにアドバンテージはありますか。ECFの利点として、群衆知(wisdom of crowds)がしばしば指摘されていますが。

SCHWIENBACHER:
クラウドファンディングでは、意思決定が独立して行われ、参加する人々に多様性があります。したがって、時折、クラウドは賢明な選択をすることができます。しかし、そのためには、クラウドに十分な知識が必要です。まだわかりませんが、エクイティギャップを埋めることができれば,ECF自体は役立つと思います。

BERTONI:
ブロックチェーンには、物事を正確に予測して報酬を得るタイプのアプリケーションがいくつかあります。このとき詳細な情報が必要としないため、ECFにアドバンテージがあると思います。

松尾:
インターネットにはクラウドに影響を与える「ジャンク」情報がたくさんあるので、私は必ずしも集団知能について楽観的ではありません。ただし、関与する個人の数が多いため、実験には興味深い分野になる可能性があります。

小野:
ECFは、スタートアップ企業の資金調達手段としてうまく機能するでしょうか。とりわけ、資本市場が発達していない国では、そうした期待が大きいと思いますが。

SCHWIENBACHER:
ECFの最も大きな課題の1つとして、上場し取引できる市場が整っても、個別株に投資する個人投資家が極端に少ないことです。したがって、ECFに投資家を動員できるかどうか、国ごとのキャパシティにも関係するでしょう。

松尾:
現在、ECFはICOに比べて規制が厳しいです。ECFがうまく機能するためには、ECFとICOの規制のバランスを良くする必要があります。

小野:
ICOとECFの違いは何でしょうか。

SCHWIENBACHER:
まず、金額の規模はICOがECFよりもはるかに大きいです。ただし、ICOでは詐欺行為が多くありますが、ECFのほうがより正確な情報を得ることができます。

松尾:
ICOはグローバルに資金調達ができるのに対して、ECFはドメスティックです。

小野:
ICOの信頼性を高めるために、組織的により整備されたプラットフォームが必要になるでしょうか。

BERTONI:
おそらく合法なICOより詐欺のほうが多いでしょう。クラウドファンディングでは多くのの詐欺を排除することができるとはいえ、確実に何らかの規制が必要と思います。

小野:
ブロックチェーン技術やICOは、投資家のための流通市場(セカンダリーマーケット)の発展に役立ちますか。

BERTONI:
ユーティリティトークンは、セカンダリーマーケットではうまくいかない可能性があります。ユーティリティトークンの価格が安定していることは投資家にとっては都合が悪く、不安定であればユーザーにとって都合が悪いからです。

SCHWIENBACHER:
ユーティリティトークンも取引ができるので、最終的にはセキュリティトークンになり得ます。データから、投資家は、はじめから使用するためにトークンを買っているわけではないことがわかります。

小野:
規制はどの程度まで必要でしょうか。また、誰が規制の立案と実施を担うのがよいでしょうか?

SCHWIENBACHER:
クラウドを巻き込むための新たな方法を見つける必要があります。現在、クラウドは資金源としかみなされていません。下調べ(testing the waters)政策は、クラウドに呼び込むための1つの方法だと思います。

BERTONI:
実は、多くの取引所では自己規制を行っています。たとえば、多くの取引所が、「パンプ・アンド・ダンプ」スキームを防止するために内部ポリシーを強化しています。さらに、最初からセキュリティトークンとして設計され、SEC(証券取引委員会)の法律および規制の対象となるトークンを使用したICOが増えています。

小野:
機関投資家がECFに投資家として参加することは有益でしょうか。

松尾:
機関投資家と個人投資家の間に利害対立があると、やはりうまくいかないと思います。さらに、機関投資家は、個人投資家の利益を奪う可能性もあって、情報の非対称性の問題もります。

小野:
競争政策がECFあるいはブロックチェーンで担うべき役割はありますか。

BERTONI:
ブロックチェーンに関して、競争に関わる法律が必要とは思っていません。ただし、透明性により既存企業は他業種で共有できない情報を共有しやすくなります。これにより、談合の機会が生まれます。

小野:
今後数年間でどのような研究が行われるでしょうか?

SCHWIENBACHER:
わかりません。クラウドファンディングの研究は10年前に始まりました。最初は、その仕組みと最適化の方法を理解するための研究でした。現在は、過去にはうまく検証できなかった理論のテストに基づいた研究が行われています。現在、個人についての情報が以前よりも多く手に入ります。しかし先に進む前に、学術界は倫理的観点から、このデータをいかに使用すべきかを考える必要があります。

BERTONI:
多くの情報が公開されているブロックチェーンの研究においてもそれは同様だと思います。他方、個人が特定できない情報には、プライバシーの問題はありません。この点はたいへん興味深いことだと思います。また、規制は国によって大きく異なり、国のなかでも規制は時間とともに変化します。規制の違いがエクイティファイナンスなどにどのように影響するかを研究することも可能です。

松尾:
規制、特に執行の側面は非常に興味深いと思います。規制がどのように施行されるかを研究することは興味深いかもしれません。また、東アジアと東南アジアにおけるクラウドファンディングと新興企業の利用にも興味があります。

UDELL:
すでに発展を遂げたベンチャーキャピタルの市場においてもリターンはあまり多くありません。それでもECFに期待されますか。

BERTONI:
ECF投資家が結果的に多額の富を得た会社に投資した場合、良いリターンを得るかを観察するのは面白いと思います。そもそもクラウドは交渉力のない、組織化されていない人たちであるため、もしかしたら、たとえ後から投資してもベンチャーキャピタリストがほとんどのリターンを獲得するかもしれません。

SCHWIENBACHER:
ベンチャーキャピタリストへのリターンが悪く見えるのは、毎年多くの新しいグループが市場に参入しているからです。少数の一流のグループが一貫して優れたパフォーマンスを挙げている一方で、多くの新しいグループは失敗しています。平均すると、リターンが少なく見えるのです。

BERTONI:
現在、ベンチャーキャピタル投資は非常に高くつきます。 ECFでは、より低いコストでベンチャーキャピタルの戦略を真似できます。

閉会挨拶

本庄 裕司(RIETIファカルティフェロー / 中央大学商学部教授)

本日の報告を聞いて思ったことは、今後われわれは変化しなければいけないということです。新しいものをつくる人にとって新しい金融システムが必要です。政策担当者もそうした人たちの登場とそれによる経済活性化を期待しています。その実現のためには、新しい企業がチャレンジできる環境、またそれをサポートする政策が必要になり、それが相互に活性化することで新しい経済が達成されるでしょう。これを実現するには、「変化」が必要です。特に、現在の政策と規制が変化する必要があります。本日、「デレギュレーション」という言葉を聞きました。これは将来、特に厳しく規制されているECFにとって重要になります。 「いつ変化すべきか」と聞かれるかもしれませんが、「change before we(you)have to」と言ったジャック・ウェルチを引用して閉会の挨拶とさせていただきたいと思います。