第21回RIETIハイライトセミナー

令和時代の格差拡大を考える-企業統治と賃金格差はどうなる?(議事概要)

イベント概要

議事概要

景気拡大によって企業の業績が好調にも関わらず、賃金に反映されない状況が続いている。それとともに経済格差の問題も平成を経て、令和の時代においても重要な政策課題となっている。今回のハイライトセミナーでは、まず東京大学の川口大司教授が、労働者間の賃金格差の理由とその背景について講演し、日米の比較を交えながら最新の研究をもとに明らかにした。続いて、宮島英昭RIETIファカルティフェローが、株主権の強化を図った企業統治改革が企業行動や利益の分配にどのような影響を与えたのか解説を行った。

理事長挨拶

中島 厚志(RIETI理事長)

世界のみならず日本でも経済格差が拡大していて対応が迫られています。一方で、大事な役割を果たす日本の企業については、業績は上向いているものの、リスクに慎重すぎるといった経営が続き、賃金も収益の伸びほどには伸びていないという状況があります。その結果、企業の未処分利益である内部留保がこの1-3月について466.8兆円という史上最高額を更新する状況ともなりました。日本の賃金格差がどのように推移しているのか、格差が拡大するなかにあって日本企業は利害関係者にどのように利益の配分を行っているのか、あるいはアベノミクスが格差是正に効果をあげているのかなど、企業統治と賃金格差という観点から、それぞれの専門家であるお2人の先生にご議論いただきます。

プレゼンテーション1 「令和時代の格差拡大を考える 企業統治の賃金格差はどうなる?」

川口 大司 (東京大学公共政策大学院教授)

労働分配率は低下の傾向

賃金は基本的には労働生産性に応じて決まります。ところが2000年以降、労働生産性はずっと上がってきているのに、CPI(消費者物価指数)で実質化した賃金は横ばいという状況が続いています。労働生産性が上がっているのに関わらず、賃金が上がらないということが一時期問題になっていましたが、原因の解明はほぼなされています。

この労働生産性はGDPを労働総投入で割ったものですが、GDPを実質化するときに使われるGDPデフレーターで賃金を実質化すると、2000年以降も賃金は比例的に伸びています。CPIのほうは消費財だけが入っていて、GDPデフレーターは消費、投資あるいは純輸出などのバスケットに対する価格指数ということになっていますので、2つがずれる理由はそのカバレッジの違いに一部原因があるということが分かってきていています。特に日本の交易条件の悪化、輸出価格の下落と輸入価格の上昇、これによってCPIとGDPデフレーターのずれの一部は説明できると、いうことが知られています。結局、日本から輸出しているものの価格が下がっているので、結果として労働者にそれほど分配することができないということです。

時間あたりの労働生産性は現在、4000円あたりですが、2500円という実質賃金が4000円に占める割合をグラフにすると、CPIを使って賃金を実質化すると急激に低下しているように見えます。一方、GDPデフレーターを使って賃金を実質化するとそれほど下がっているようには見えません。

もっとも、価格指数のとりかたによって労働分配率の傾向に違いがあるものの、全般的に労働分配率が低下傾向にあるということが観察できます。実質賃金および労働生産性もGDPデフレーターでデフレートしても実質賃金が労働生産性に占める割合は右下がりになっていますので、価格指数の影響を受けない状態でも労働分配率は低下していることが明らかです。

労働分配率の低下傾向は先進国で観察されている現象です。その原因として指摘されているのは、情報技術の進化です。コンピュータを中心に技術革新が起こって資本の価格が低下すると、資本の使用量が増えるわけですが、その使用量の増え方のほうが価格の下落よりも大きくなり、結果として労働に分配されるものが減っていくということが指摘されています。

男性上位層と中位層の月収差は1.7倍~1.8倍で拡大

労働分配率が徐々に低下しているなかで、分配はどのように変化してきたか、厚生労働省の賃金構造基本統計調査で月あたりの収入を見てみます。

男性でトップ10%の上位層の月収は50万円ぐらいでおおむね安定し、わずかですが上昇傾向が見られます。中位層は30万円を少し切るような月収でここも安定しています。一方、下位層の10%が20万円に満たない月収。傾向としては賃金分布の上位と中位の間でやや格差が拡大しています。

女性はそもそも男性との賃金格差が非常に大きいのですが、女性の上位層は男性に比べると、非常に低い賃金水準で30万円ぐらいのところで動いています。ただ伸び率は比較的大きく35万円ぐらいまで伸びてきています。

男性の上位層と中位層の月収差というのは、だいたい1.7倍から1.8倍で若干拡大しており、中位層が下落していく傾向が見てとれます。女性の場合、最低賃金近傍で働いている人々が少なくなく、最低賃金が上がるような基調が2007年以降続いているので、それが一因となり、賃金分布の下位層の賃金格差の縮小が起こっているということも判明しています。格差が拡大しているということが指摘されている米国では、上位層と中位層の賃金差が2.2倍になっていて、日本と比較すると幅も大きく、また拡大傾向にあります。

大卒労働者供給増も大卒者への需要拡大で大卒賃金下がらず

賃金格差の発生にかなりの影響を及ぼしている要因に、学歴間賃金格差が挙げられます。しかし米国と比較すると、日本では大卒と高卒の労働者間の賃金格差の開きはそれほど大きくはありません。その理由として挙げられるのが、日本人の大学進学率が大きく向上したことです。現在40代後半でいったん人口サイズが拡大し、大学に進学しなかった労働者が多かったことが要因で賃金を下げる圧力が働き、結果として平均賃金が低下しました。それ以降は人口が減少して大学進学率が上昇し始めます。2002年は25歳から29歳の層で大卒・院卒の高卒に対する割合が82%でしたが、2017年は、1.76倍になっています。大卒者の供給が増えているにもかかわらず、賃金が下がっていないのは、それだけ大卒労働者の需要が強くなっているということになります。

では、なぜ大卒労働者の需要が高いのでしょか。理由は2つあります。ひとつは技術進歩が要因です。情報通信技術が大学教育を受けた高技能労働者の生産性をあげる一方で、高卒の労働者の生産性の向上につながらなかったことが指摘されています。もうひとつは経済のグローバル化で、高卒の労働者の雇用が製造業を中心に失われてしまい、結果として大卒に対しての需要が強まったのではないかと指摘されています。以上のことから、大卒労働者の需要が高卒労働者の需要に対して増加し、大卒労働者の賃金がそれほど下がらなかったのではないかということです。

米国の場合は、大卒の労働者が増えず大卒のプレミアムが上がったため、大卒労働者と高卒労働者の賃金格差が拡大しています。日本では、少子化によって大学進学への機会が増え、結果として大卒の供給が増えたので、大卒労働者の需要が強くなる経済環境の変化に対応でき、高卒労働者との間の賃金格差が拡大しなかったということになります。

各世代で就職率が低下

実は賃金格差というのは基本的に労働者間の問題で、非労働者は計算のなかに入っていません。大卒男性でみると、いわゆるプライムエイジといわれる年齢層で1990年ではほぼ100%、また2010年では約95%の就業率にとなっています。

高卒男性のプライムエイジも1990年と2010年では、それぞれ100%近くから90%ぐらいまで落ちています。これが中卒男性になると、45歳で95%ぐらいだったのが、8割を下回るまでになっています。このように時代を下るにつれ、中卒・高校中退者の就業率が大きく落ち込んでいるのです。90年には大卒者、中卒者、高校中退者で、ほぼすべての人が就労していましたが、現在は2割が就労していないということです。生活保護に頼らざるを得ない人が増えてきているというのが、いまの格差の深刻な問題ではないかと思います。

実は最低賃金を上げると、低学歴で若年者の就職率が落ちるということが研究によって解明されてきました。無理やり賃金を上げると彼らの雇用が失われてしまうのです。技術革新によって低技能労働者の仕事が失われつつある現状で、それに追い打ちをかけるような面があるということに配慮をしながら、政策を進めていく必要があります。

プレゼンテーション2 「企業統治改革とその帰結:企業行動・パフォーマンス・「分配」を中心に」

宮島 英昭 (RIETIファカルティフェロー/早稲田大学常任理事/早稲田大学商学学術院教授/早稲田大学高等研究所顧問)

スチュワードシップ・コードによる影響

日本では経営者と従業員の利害が他の国に比べ強すぎるので、日本における企業統治改革では、株主の権利を強化することで、企業の収益力や稼ぐ力を上昇させてリスクをとる経営を促し、成長の好循環に乗せるというのを基本としています。コーポレートガバナンスの強化によって経営者のマインドを変えて、攻めの経営判断を後押しする仕組みを作る。内部留保をためこむのではなく、積極的に投資していく仕組みを作るというビジョンのもと、スチュワードシップ・コードやコーポレートガバナンス・コードなど一連の改革が行われたわけです。

スチュワードシップ・コードは、機関投資家やコードの受け入れをした金融機関に企業経営へより関与することを求めた結果、4つの変化が生じました。

1番目は最大規模のアセットオーナーである年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)によるガバナンスの積極化が挙げられます。GPIF自身が投資先を決めたり、議決権を行使したりするわけではないのですが、コーポレートガバナンスを重視しない機関には運用委託しないという方針が大きなインパクトを与えました。

2番目は、信託銀行や投資顧問会社などの伝統的機関投資家が、ガバナンス活動を強化しました。議決権行使基準を強化する一方、社内に議決権行使のための独自の組織を作るように変化したのです。

3番目は、サイレントパートナーといわれ、ほとんど議決権行使で反対したことがなかった生命保険会社などが活性化しました。

4番目はいったんブームの収まったアクティビスト・ファンドが2013年以降復活し、株主提案を含めた活動を積極化させているということが確認できます。

スチュワードシップ・コードで海外機関投資家を日本に呼び込むことを期待したわけですが、2012年と2017年の機関投資家の持ち株比率を比べると、1000-3000億円程度の中規模企業などでも機関投資家の保有比率が選択的に上昇していて、全般的に関与が強まったと分かります。

コーポレートガバナンス・コードによる影響

次にコーポレートガバナンス・コード(CGC)の影響について触れたいと思います。この影響は非常にパワフルで、改訂版CGC(社外取締役の選任を明記)が上場企業に適用された2018年は6割の企業で社外取締役がゼロでしたが、それ以降急激に増加し、多くの企業が2人以上となりました。特に象徴的なのは、これを機に内部昇進の取締役が重要だという立場をとっていた大企業も、2人以上の社外取締役を導入したという事例です。

CGCは、持ち合い株に関しても保有理由の説明を求めていて、その結果、2015年以降は目立って売却数が増えています。もともと日本企業は、メインバンク、持ち合い株、インサイダーボード、長期雇用という特徴から形成されていたわけですが、銀行危機ぐらいから2000年代初頭にかけて、トヨタ自動車工業や日立製作所のように、市場ベースの仕組みと長期雇用をベースとした異なるモードが合わさったハイブリッドな統治機構を持った企業と、伝統的な日本企業の特徴を残す変化が少ない企業に分化しました。こうした進化に対して、CGCを遵守することが、ハイブリッドな企業統治の仕組みをとっていた企業では、そのシステムをファイン・チューニングする大きな契機となる一方、改革が遅れていた企業では、ハイブリッドな方向に収れんしていったように考えられます。

統治改革がもたらした企業行動の変化

では、企業統治改革前後、企業行動にどのような変化が起きたか見ていきたいと思います。2010年を100として東証一部上場企業のパフォーマンス(ROEやROAや売上高純利益率)、投資、株主還元、財務選択の4つの指標でみてみました。

パフォーマンスについては大きく13年に改善したあと緩慢に上昇しています。投資に関しては、CGCの導入以降に目立った改善は確認できません。はっきりと14年以降変化が生じているのは、株主還元で、この配当と自社株買い合計の株主資本に対する割合が、14年と比較すると大きく増加しています。他方、財務選択は、アベノミクス以前には負債の圧縮が進行しており、アベノミクスは投資の拡大と並行した負債圧縮の停止を期待していたのですが、その期待にもかかわらず、テンポはやや低下したけれども圧縮は止まっていません。

企業統治改革が与えた影響を測定するためにパフォーマンスを左側において、それを説明するファンダメンタルな要因でコントロールした上で、機関投資家の効果の改革前後の変化を推計してみました。パフォーマンスに対して機関投資家は正の影響をもっていましたが、それが改革後増幅されているという証拠はありません。ただ、機関投資家自身8%ぐらい増えていますので、これを考慮すれば、改革はその面から改善をもったといえるかもしれません。

投資、M&A、R&Dに関しては企業統治改革の影響は必ずしも大きくはない、というのが現時点でのわれわれの結論です。他方、明らかに企業統治改革は、株主還元に対して増加効果を与えています。負債に関しては機関投資家が負債の圧縮を抑制した、あるいは現預金保有の増加を止めたという証拠はなく、むしろ強めているという結果になります。

次に役員報酬の面では、2014年以降伸びてはいますが、非常に緩慢なペースです。1億円プレーヤーが557人になったと報道にありましたが、その多くは外国人でした。日本の社長の水準というのは世界的にみると非常に低いということは変わりません。

分配への影響については、付加価値である分配原資を求めて賃金、総還元がどういう動向を示しているかを確認すると、賃金の割合に関しては傾向的に低下して、総還元に関しては17年には少し下がっていますが傾向的には増加していることが分かります。

まとめ

まとめると、企業統治改革は日本の企業システムに与えた影響はパワフルだったといえます。改革が企業行動に与えた影響を改めて整理すると、機関投資家の保有比率があがって、それがポジティブな効果を持っているとすると、改革は稼ぐ力(ROM、マージン)の上昇にはある程度寄与したかもしれません。しかし規模は大きくはありません。さらに期待されていた実態的な投資(CAPX、M&A、R&D)への効果は必ずしも推計の限りでは明示的ではない一方、配当自社株買いの増加を促進しています。

さらに、それまで進行していた負債の削減、現預金の増加を、この改革は抑制させると期待されていたわけですが、それを十分に実現したわけではありません。付加価値にしめる賃金の割合についても低下傾向にあり、機関投資家の圧力がこれを促進して、この関係は企業統治改革期にさらに増幅したとみられます。

最後に、アベノミクスは分配に影響を与える点ではパワフルでしたが、リスクに対する企業態度を変えて投資への姿勢を変えるほどには至りませんでした。そういう意味ではアベノミクスの成長戦略が想定していたことはまだ、実現されていないことになります。改革の結果、いまや株主権が強すぎるという問題に直面している企業も一部に現れています。長期投資を犠牲とした株主権の乱用が今後発生するかもしれません。いかに阻止するかという問題も考えていく局面にさしかかっているのではないかと思います。

ディスカッション

中島:
増加する大卒労働者のなかでは、賃金格差は広がっているのでしょうか。

川口:
属性間の格差は学歴間、年齢間、勤続年数間の格差も縮まっているのに対して、同じ属性のグループのなかでの格差が広がっていて、この2つの力が拮抗するような形で、賃金は安定的に推移しています。

中島:
大卒者の就業率も落ちているのは、先進国共通の特徴があるのでしょうか。

川口:
低学歴の人々の就業率が下がっているのは、技術進歩で単純な仕事がなくなってきているという側面と、先進国で経済のグローバル化によって製造業に従事している人の割合が落ちてきていているということがあり、先進国共通の現象です。高学歴、あるいは大卒で50代の方々の中でも、技術進歩に適応することが難しい人たちの就業率が下がっているのではないかと思われます。

中島:
就業率をあげるためには長期継続雇用の割合を上げることが重要なのでは。

川口:
米国で長期雇用の割合が減ってきているという議論がある一方で、必ずしもそうでないという反論もあり、日本でも私自身は同じ年齢での平均的な勤続年数が短くなってきているということを発見しましたが、一方でコアにある正社員の勤続年数が短くはなっていないという研究もあります。実際は横ばいか、あるいは減少というのが少なくとも日米共通の傾向だろうと思われます。

中島:
株主権の過剰な行使をいかに阻止するかを考え始めることが必要とのことですが、統治改革に修正を考えなくてはならないのでしょうか。

宮島:
例えば株主の圧力が強くなって、配当が過度に引き上げられるとか、自社株買いが進んで、その結果として必要なR&D投資や実物投資など、そうした前向きな投資が減るというような弊害が発生すると、これは完全な転換点を超えた状況で、少し株主権を抑えないといけませんが、日本について、全体としてそこまでの事態はおきていないようです。

中島:
90年代前半までのメインバンク、持ち合い株、インサイドボード、長期雇用を特徴とした日本型企業統治システムのうまく統制が効いていた面が、今のガバナンス改革からはもれているように思うのですが。

宮島:
80年代半ばぐらいまでの日本の成長というのは、確かにメインバンクや持ち合い株に支えられていました。しかし、環境の変化によって、かつてそれがうまく作用した条件を失っているので、これを単純に復活させるというのは現実的な選択肢ではありません。現在必要なことは、それに代わって新しいガバナンスの仕組みを日本に作り出すことです。長い目で見ると、銀行危機以降に始まった日本企業の統治システムの進行というのが、第一のピークが2000年代前半だとすると、アベノミクスのところで第二のピークを迎えています。資本市場の仕組みと長期雇用をベースとした仕組みの相性を完全に合わせるのは難しいのですが、それを組み合わせたシステムに収れんしているというのが私の認識です。

長期雇用を支えるために、近視眼的な株主からの圧力を回避しないといけないということになると、今後の方向性としては、持ち合い株の復活でないような方向で株式所有構造を安定させることが必要となっていきます。

中島:
労働分配率が低下傾向で労働者間の賃金不平等が広がっているのは、主要国で共通な問題ですが、それを拡大させないためにはどうしたらよいでしょうか。

宮島:
1990年から2000年代最近までのひとつの大きな背景というのは、グローバル化と並行して先進国における金融資産の蓄積水準の上昇があります。これは年金資産の積み上がりという形で表れてきて、年金基金から機関投資家を介して企業統治改革のなかでは圧力の上昇という形で企業経営に影響を与えてきています。

その動向自体は不可逆的な変化の側面があって、これを問題視するというのはかなり非現実的です。企業年金であれ、GPIFであれ、それを運用するファンドの投資行動が問題になってきます。その関連でいま注目を浴びているのはESG(環境・社会・ガバナンス)ということになるわけです。ESGは格差だけを問題にしているわけではありませんが、投資家サイドも、ボラティリティ(価格の変動幅)を小さくするという面でESG投資への関心を高めていますし、もう一歩進めれば、機関投資家として格差を縮小するような投資行動をとっているところに、プリファランスを進める、つまりプレミアムを支払うことですが、そうした行動というのが将来の可能性として想定できます。今後はどうやって方向づけしていくかということが課題だと思います。

川口:
グローバル化の他には資本価格の低下と資本使用量の増加ということで、結果として労働分配率が下がってきてしまうとか、あるいは技術進歩が高度技能者に有利な形で起こってくるので、どうしても格差が拡大するということが構造問題としてはあります。ただその分配率や所得分配というのは、構造的な部分に加えて、制度的な要因もあります。例えば、労働組合がある企業のほうが、賃金格差は小さいということが知られています。しかし長期的に見ると、労働組合の組織率が低下してきているのが日本を含め世界的な傾向ですので、ここに大きな期待をかけるというのがなかなか難しい状況です。このように考えてくると、格差拡大そのもの止めるのは難しい部分もあって、そこはどうしても再分配の税制を考えるだとか、低所得者への社会保障の枠組みの部分で考える部分も大きくなってくるのではないかと思います。

中島:
どうすれば格差拡大を企業統治で縮小することができるのでしょうか。

宮島:
株主重視の改革を進めるとすれば、格差はある程度広がらざるを得ないというのは、しっかり認識していたほうがいいと思います。株主主権の企業統治改革ではなく、より広範囲に企業統治を構成する制度的な枠組みを変更させることによって、格差問題を考えていく、あるいは今後の分配の問題を考えていくということは当然ありうると思います。その場合、資本市場の圧力というのがキーになりますので、それを制度的にどのようにコントロール・調整していくかというのが、ポイントになると思います。

中島:
企業はどうすれば従業員の還元を増やせるのか、また還元を増やすなかで、格差を縮小するにはどうすればよいのでしょうか。

川口:
女性の能力活用を促進することによって男女間の賃金格差を縮小していくのが重要な課題です。人口構成が変化していくなかで不可避的に起こるのは、中高年の賃金は上がらないものの、若い人の賃金は上がっていき、結果として賃金カーブがフラット化し労働者間の格差は縮小していくというようなことが起こるのではないでしょうか。

Q&A

Q:
社外取締役としてふさわしい人材が相当数日本にいるのでしょうか。

宮島:
人材難というのは企業が直面している問題で、これは徐々に解決をしていかざるを得ません。いまいちばん需要の大きい人材は、ボードで経営執行の経験があった方を迎えていくというという方向です。経済産業省やその他の団体の努力もあって、少しずつ社外取締役市場が形成されていっています。兼任が多くなることは決して望ましいことではないので、役員が退任後、自社に顧問・相談役として残るのではなく、他社の独立取締役に就任するという形で、供給が拡大されていくことが望まれています。顧問・相談役を廃止する企業も増加しているので、あまり悲観的になることもないのではないでしょうか。

Q:
これからシニアの人件費が企業にとって負担になりませんか。

川口:
定年後の再雇用で低い賃金で雇われるシニアの方も多いので、現実問題としてどこまで人件費が本当にかかってしまうのかというのは見極めが必要です。本質的には年金の支給開始年齢を引き上げて、結果として労働供給を増やして就業率を上げていくと、というのが本筋だと思います。労働の需要側の介入というのも必要な部分もあると思うので、広いオプションを与えながら、企業側に雇用の確保を求めていくというのが、やむを得ない措置なのではないと思います。