第20回RIETIハイライトセミナー

金融グローバル化という波の乗り方-足元のアメリカ発の株価大幅下落は新たな危機につながるか…不安定な世界金融にどう対処すべきか、今後の世界経済はどうなるか(議事概要)

イベント概要

議事概要

グローバル化の中にあって、安定した経済の運営は重要な政策課題だ。今回20回目を迎えたハイライトセミナーでは、米国ポートランド州立大学経済学部長で国際金融の専門家である伊藤宏之教授と、同じく国際金融を専門にするウィレム・ソーベック上席研究員が講演。米国発の株価下落により2016年初と類似の形で混乱がみられる世界市場において、新たな危機が始まっているのではないか、その現状をどう見ているか、解決策はあるのかといった点について議論を行った。

理事長挨拶

中島 厚志(RIETI理事長)

リーマンショックを発端に世界金融危機が起きてから10年がたち、その危機は、グローバル化によって、より結びつきが強くなった世界経済にさまざまな影響を与えています。リーマンショックの傷跡は癒えてきましたが、グローバル化は止まることなく進行し、経済活動だけでなくお金も一段とグローバル化が進んでいる状況の中では、政策運営もますます難しくなっています。しかも、足元では米国発で株価が不安定になっており、新たな危機到来を危惧する見方も出てきているのが現状です。こうした状況を踏まえ、今回のハイライトセミナーでは、グローバル化という波に乗り、安定的な経済運営をすることがいかに困難か、そしてその打開策はないのかを考えてみたいと思います。

金融グローバル化という波の乗り方

伊藤 宏之 (RIETI客員研究員 / ポートランド州立大学経済学教授)

不安定な金融市場

NYダウ市場では株価が不安定な状態が続いており、その影響で世界的に株価の乱高下が起きています。それに加え、政治的・地政学的なリスクが存在します。例えば、米中の貿易戦争、英国の合意なき欧州連合(EU)離脱、イタリアの財政赤字の拡大がユーロ不安につながる懸念があります。

加えて、経済的リスクもあります。1つは、イールドカーブの平坦化です。これは、将来的に短期金利が下がり、米国経済が軟化することを示唆しています。米国経済の失速についてですが、そもそもここ数年、米国経済だけが非常に過熱している状態が続いており、そのために2015年末から金融引き締めが行われ、政策金利も0から2~2.25%に引き上げられています。また、現在の株価収益率(PER)は30程度と平均より高いところで止まっている状態なので、今後も株価は下落傾向が続くのではないかと見られています。

個人的には、金融不安が起こるとすれば、米国をはじめとする先進国発ではなく、新興市場経済から起こる可能性が高いと思います。なぜなら、多くの新興市場国家がドル建てで大量の債務を抱えており、米国の金利が上昇してドル高の基調ができ、新興国の通貨が相対的に安くなると、自国通貨で見た場合の債務負担が上昇するからです。そうなると、企業が倒産したり、銀行に不良債権が出てきたりといった金融不安が起こるかもしれません。発展途上国の経済が世界の国内総生産(GDP)の6割を占めている今、発展途上国の状態が先進国経済に飛び火しないとは限りません。

金融自由化と発展途上国

1970年代後半にラテンアメリカで、1990年代前半には東アジアで、それぞれ大規模な金融自由化が起こりました。これにより、海外から資本がどんどん流入し、投資ブームが起こり、バブルのような状況も起こりました。そのため、景気が良くなった後には大抵、経常収支が悪化します。発展途上国の金融自由化後は、海外からの融資は、自国通貨ではなくドル建てによるものがほとんどとなり、そこに潜在的なリスクが存在します。

実際に米国の金融政策の転換によって金利が上昇する、あるいは何らかの理由で米ドルが通貨高になると、発展途上国の通貨が割高に思われて、投機的な売りが起こります。それに対して発展途上国の中央銀行は、外貨(つまりドル)を売って自国通貨の為替を維持しようとしますが、大抵は外貨準備高が急激に減少し通貨危機を迎えます。そして、国際通貨基金(IMF)から緊急融資を受けて危機が落ち着くというパターンが、1982年のラテンアメリカ債務危機、1997~1998年のアジア通貨危機で経験されたことです。

金融自由化では、資本の流入が容易になると同時に、流出も容易になります。そうなると、固定相場制を保つため、あるいは経済システムを安定させるためには、ドルなどの国際決済通貨が必要になり、外貨準備を保有することが金融不安の際の保険になります。その保険を提供するのがIMFの役割でした。

ただ、IMFから受ける緊急融資(コンディショナリティー)は厳しい緊縮財政政策を要求するため、危機国は不況を経験します。さらに、IMFは米国や西側諸国の政府・金融機関の意見を反映することが多いので、コンディショナリティーを受けることは西側諸国に対する敗北感へとつながります。そのためアジア危機以降、多くの発展途上国は、IMFに頼らず自前の保険を持つことを考えるようになり、経常収支をなるべく黒字にして、通貨を安い水準に抑えて外貨準備を増やすという政策をとるようになりました。これは輸出主導の経済発展ともマッチする、発展途上国にとって都合の良い政策でした。

外貨準備をたくさん持つということは、それだけ自国通貨を発行できるということです。中国をはじめとする東アジア諸国や原油輸出国が大変な量の外貨準備を保有したために、たくさんお金が市場に出回るようになり、そのお金が米国をはじめとする先進国経済の状況に応じて、いろいろなところに流れ出るようになりました。大量のお金がグローバル市場を駆け巡るようになると、金融不安のリスクが高まり、自前の保険の重要性が増してきます。しかし、保険を増やせば増やすほど、世の中に対してお金の供給が増えていき、金融不安のリスクが上がるために保険の必要性も上昇するという矛盾が生じているのが今の状態です。

実際に2000年代半ばに大量のお金が欧米の資産市場、特に住宅市場に流れて、先進国の間で好景気をもたらしました。しかし、2008年にリーマンショックが起こり、ほとんどの先進国でゼロ金利やマイナス金利政策が取られるようになると、今まで先進国に流れていたお金が一気に発展途上国に流れ出しました。それにより発展途上国の通貨価値が上昇し、それを利用してドル建てで資金調達を行って、新興市場経済で投資ブームが起きました。さらに2014年には資源や商品作物の価格が高騰し、資源輸出国家にとって非常に良い状況が起こったので、新興市場国家は好景気になったのです。

現在あるリスク

2016年にトランプ政権が発足し、減税や大規模な財政出動が行われ、現在米国の財政赤字は増大しています。さらに、連邦準備制度理事会(FRB)による金融引き締めが行われています。それによって、米国の金利は上昇圧力を受けているのが現状です。通貨もそれを反映してドル高基調になっていますし、実体経済が非常に良い状態なので、内需の強まりとともに経常収支が悪化しています。米国が高金利もしくはドル高になると、今まで新興市場経済に流れていたお金が、今度は米国をはじめとする先進国に戻っていく。それが今起こっていることだと思います。

このことは、過去の金融危機を経験したラテンアメリカやアジア諸国で起こったこととよく似ています。さらに2014年と違って、原油などの資源や商品作物の価格も今は低迷しています。それは、多くの新興市場国家にとっては都合の悪いことです。新興市場国家の金融システムに大変なストレスがかかり、通貨安のプレッシャーがかかります。そして、ますます(自国通貨での)債務負担が増えていくという悪循環が起こっているというのが、新興市場国家の現状です。さらに、新興市場国家は自国通貨よりはドルをはじめとする国際通貨で借りている場合が多いので、米国経済の動向が直接影響を与えることになります。

私が米国発の金融不安のリスクはないと見ている背景には、2つの理由があります。まず、2008年のようなサブプライムの問題は起こらないと見ているからです。ローンを発行する際の判断基準が非常に厳しくなっているので、ローン申込者のバックグラウンドをチェックせずやみくもに住宅ローンを出すような状況にはないということ。また、住宅ローンをベースにしたデリバティブも、サブプライム問題が起こる以前ほど市場に出回っておらず、すぐ不良債権化するような状況にはありません。

2つ目に、いくら米国経済がこれから景気後退を迎えるといわれていても、いまだに実体経済は強いです。失業率は3.7%で、1969年以来の水準です。賃金の上昇もまだ高いレベルです。インフレはそれほど起こっていません。ユーロ経済や日本経済など、他の先進国に比べても、とても強い状況にあります。ただし、今、米国が取っている政策が新興市場国家に影響を与えているというのは事実です。

現在のリスクにどう対応するべきか

まずは、リスクを正しく理解する必要があります。今後も米国の株価は乱高下を繰り返すでしょう。しかもPERが比較的高いことを考えると、株価が下落基調にあるということは、恐らく変わりないと思います。ただし、世界経済全体を見てみるとリスクは発展途上国の方にあるというのが私の見解です。

今回の新興市場国家の状況が1980年代、1990年代と大きく違うのは、ドルに対して固定相場制を取っている国が非常に少ないということです。固定相場制を取っている経済は、金融危機が起こると短期的に大きなショックを経験しますが、変動相場制を取っている場合には、危機はじわじわと進行します。ただ、苦しい時期が長引くと、政治的なストレスが増大し、ポピュリストの指導者が台頭する可能性があります。また、経済危機を経験すると大抵は政治的混乱が起こり、過激な主張が受け入れられやすくなるため、ポピュリストの指導者が保護主義や自国至上主義を取って、かえって状況を悪くするリスクがあります。

今の状況は、新興市場国家がドルを抱えることが経済危機に対する保険だと思っていることから始まっています。現在の世界の金融システムはドルの支配が非常に強いため、米国一国の経済・金融状況が世界経済にもろに影響を与えてしまい、さらに米国の財政に対してチェックが入らない状況になっています。第2の通貨であるユーロも多少不安を抱えており、人民元は国際通貨になるほど市場が育っていません。そこが今の世界の金融システムの一番弱いところです。長期的に見ると、ドル、ユーロ、人民元、円といった多数の通貨を国際通貨とする多通貨制度が実現すれば、互いにチェック&バランスが機能し、リスクが分散すると考えます。

グローバル化の波に乗る:貿易の視点

Willem THORBECKE (RIETI上席研究員)

混乱する世界経済

米国で深刻な政治問題をもたらしている不均衡は懸念すべき問題であるが、トランプ大統領が提案している解決策は非生産的で経済的に意味をなしません。例えば、巨額の財政赤字を抱えているにもかかわらず、貿易赤字の削減を目標とした財政政策は、米国の消費者支出の増加をもたらし、貿易赤字をさらに拡大させるのです。拡張的財政政策と緊縮的金融政策の組み合わせは、ドル高と貿易赤字をもたらし、高関税は自由貿易を妨げます。関税を巡る不確実性があると企業は投資計画を立てにくくなります。

中国が世界貿易機関(WTO)に加盟したときは、国際貿易にある程度の確実性がもたらされましたが、今日の米国における不確実性は世界経済に大きな損傷とで破壊的な影響を与えています。貿易が市場主導より行政主導になったため、米国の現在の経済状況は不安定さが増しています。

東アジアが米国とのディール(取引)に応じるとすれば、それは米国が開かれた市場と自由貿易を維持、財政赤字を削減し、東アジアが自国通貨高を容認する場合です。アジアにとって痛みを伴う選択ですが、関税が不透明な現状や米国政府によって打ち出されるその他の政策よりはましでしょう。通貨高はアジア諸国の経済を減速させますが、人的資本や教育への投資を増やすことで相殺できるのではないでしょうか。これにより世界経済の不均衡是正が図られるでしょう。

これまで東アジア諸国は、技術を迅速に学び吸収することで成功を遂げてきましたが、これは、非常に有能で教育水準の高い人的資本があればこそできたことです。現在、東アジア諸国は人工知能(AI)のようなニューテクノロジーに手を焼いており、人的資本への投資は将来への備えとなり得ます。

株式市場の動揺、米中問題、世界貿易体制を脅かす保護主義的な報復措置の応酬により、世界経済は混乱のさなかにあります。アジア諸国間では激しい競争が繰り広げられています。アジアがこの困難を乗り越え、この先5年、安定した経済状況を確保するにはどうすればよいか。アジアの主力産業であるエレクトロニクスに焦点をあて、第二次世界大戦から今日に至るまでの間に、この産業がどのような進化を遂げ、どのような教訓が得られたかについて、見ていきます。

日本はどのように技術を吸収したか

第二次世界大戦後、日本経済は深刻な状態でしたが、たちまち新たな技術を吸収して成長を遂げました。こうして、日本は急速な技術進歩と他のアジア諸国からの競争に立ち向かってきたのです。

1946年、米国のベル研究所がトランジスタを発明しました。反トラスト訴訟の結果、同研究所の意思に反して、トランジスタ技術は誰でも利用できるようになりました。神戸工業は米RCA社とライセンス契約を結び、初めてトランジスタを大量生産する企業となったのです。1953年には、ソニーがトランジスタを製造すべくウェスタンエレクトリック社と契約を結び、1954年、ソニーはこの先進技術を使って、初めて従来のラジオと競争できるトランジスタラジオを開発し、他の日本企業が後に続く道を切り開きました。

1959年までに、日本は延べ600万台のラジオを米国に輸出しました。ソニーは、競争力を維持するために高性能ラジオに力を入れ、トランジスタを使って白黒テレビをつくりました。1968年には、アパーチャーグリル技術の特許をとり、高画質トリニトロンカラーテレビを開発。続いて、ソニーは電荷結合半導体素子に力を入れ、同社にとって最大の稼ぎ手となる製品、カムコーダー(ビデオカメラ)を開発しました。

1976年、日本は世界最大のエレクトロニクス製品輸出国となりました。さらに1980年代初め頃から半ばまでに、半導体でも世界最大の輸出国となり、日本のエレクトロニクス産業は大きな成功を収めたのです。一方米国では輸入浸透度は高かったのですが、緊縮的金融政策と相まって巨額の貿易赤字が発生し、その結果、貿易赤字を伴う通貨高という状況が生み出されたのです。

1985年、米国で保護主義が一気に高まりました。1980年代、日本、ドイツ、英国、カナダといった主要経済国は、米ドルに対する自国通貨高を容認することで米国における保護主義の高まりに対処する一方、米国に対しては財政赤字の削減と保護主義の放棄を要請しました。

この円高期は日本経済にとってきわめて厳しいものでした。円の価値が約50%上昇し、日本の輸出企業は価格競争力を失いました。日本の製造業は工場や労働集約的な生産プロセスの海外移転を推し進め、技術的に精緻な部品の生産を国内にとどめました。

中国の台頭と不確実性の高まり

1985年のプラザ合意の後、日本から東アジアおよびASEAN諸国への電子部品輸出が急増しました。円高に対処するため、日本企業は工場を韓国や台湾に移転し、さらに韓国や台湾の通貨の価値が上がり、賃金が上昇すると、生産拠点をASEAN諸国に移転しました。そして2001年に中国がWTOに加盟すると中国に移しました。

台湾と韓国では、日本企業をはじめとする外資系企業が研究開発投資を行ったので、強力なエレクトロニクス企業が生まれ、新たな技術の学習と吸収に長けていたこれらの企業は半導体生産で世界をリードするようになりました。中国がWTOに加盟すると、多くの国々は中国が国際的な規範に従うと確信し、中国への投資熱が高まりました。数多くの工場が中国に移転し、中国は最終消費財としてのエレクトロニクス製品の一大輸出国となったのです。実に、その輸出額は2位以下の14カ国の合計額を上回りました。当初、付加価値は台湾、韓国、日本で生まれましたが、今では中国でも生み出されています。アジア諸国は互いに熾烈な競争を繰り広げているだけでなく、緊密な協力関係にもあります。

中国の輸出激増は米国との間に大きな不均衡をもたらした。世界金融危機が起こる前、大量の資金が米国に流れ込みました。つまり、巨額の経常赤字が発生していたということです。金融危機の結果、欧州その他の国々との不均衡是正は進みましたが、中国との不均衡は是正されませんでした。その後も米国の対中赤字は増え続けました。

中国の輸出激増は、米国内で製造業に従事していた下位中産階級労働者の仕事を奪いました。彼らは他の産業に吸収されなかったため経済的に困窮したのです。これは、トランプ氏を政権につかせる要因の1つとなりました。米国の労働者階級の解雇という政治的に困難な、しかし至極まっとうなこの問題に取り組むと宣言したからです。しかし、トランプ大統領は、さまざまな物品への関税賦課という方法でこれを実行しました。それは経済的に意味をなさず、貿易戦争と経済の不確実性をもたらすことになったのです。

政策不確実性指数(Index of Economic Policy Uncertainty)は、ブルーム教授とデイヴィス教授をはじめとする共著者グループやRIETIの伊藤新研究員が計算したものです。指数が大きく跳ね上がっているのは、米大統領選でトランプ氏が勝利した時点、日本をはじめ各地で経済・通商政策に関する不確実性が高まり、トランプ氏の政策が貿易戦争を引き起こすという懸念が高まった時点です。企業は大きな不確実性に直面し、投資しづらい状況になりました。米国市場が閉ざされることになれば、投資の意思決定は一層困難になります。

月次データを使った簡単な回帰分析で不確実性が日本経済と株式市場に及ぼした影響を調べたところ、経済・通商政策、世界経済および恐怖指数(VIX)の係数はいずれもマイナスでした。こうした不確実性は日本経済に負の影響を及ぼし、投資家にとって株式保有や長期投資を行いにくい状況を生み出しました。大きな不確実性の影響は世界中の株式市場に及びます。

通貨高と不均衡是正

保護主義圧力を和らげ、不確実性を減らすために、戦略を見出す必要があります。2010年以降、中国の貿易黒字の80%超をエレクトロニクス関連が占め、1年を除き、中国が一貫して世界最大の貿易黒字国となっています。エレクトロニクス産業は、中国とのこうした不均衡の大きな部分を生み出す原動力となっています。消費者向けエレクトロニクス製品の多くは中国からの輸出ですが、こうした中国製品に含まれる付加価値のかなりの部分は、中国以外のアジア諸国が生み出したものです。つまり、中国の対外貿易黒字というよりも、アジア全体の対外黒字ということでもあります。

巨額のアジアの貿易黒字を抱え、強烈な保護主義圧力にさらされるより、アジアの通貨の価値が足並みを揃えて上昇すれば、エレクトロニクス製品のドル価格にその影響が及びます。当然の帰結として、これらの製品が米国から遠ざけられるかたちで不均衡が是正され、保護主義圧力が幾分和らげられるかもしれません。通貨高はアジアにとって苦しい選択ですが、関税や貿易戦争によってもたらされる不確実性よりはるかにましでしょう。

中国の最終消費財としてのエレクトロニクス製品の輸出の実態、すなわち、サプライチェーンの川上産業を有する国の通貨の為替レート、人民元の為替レート、輸入国の経済状況やGDPといった要因が中国のエレクトロニクス製品輸出にどのような影響を及ぼすかを明らかにするために回帰分析を行ったところ、川上産業国の通貨の為替レートが非常に重要であることが分かりました。川上産業国の通貨の価値が10%上昇すると、中国のエレクトロニクス製品輸出が約15%減少します。人民元の為替レートは実際にはそれほど重要ではありません。

トランプ大統領は中国に貿易黒字削減と人民元高の容認を迫っていますが、川上産業国の通貨高が伴う場合ほど効果的ではないかもしれません。

スマートフォンとコンピュータについては異なる結果が得られました。スマートフォンの輸出についてはサプライチェーンに組み込まれた国々の加重平均為替レートは重要であるように思われますが、やはり人民元の為替レートはさほど重要ではありません。しかし、コンピュータの輸出については、人民元の為替レートの方が川上産業国通貨の為替レートより影響が大きくなります。これは、スマートフォンに比べてコンピュータのコモディティ化が進んでいるせいかもしれません。スマートフォンの付加価値は中国以外のアジア諸国で生産される部品による部分が大きいですが、コンピュータの場合、部品の付加価値はさほど大きくはありません。

コンピュータと電話機の物価指数は、電話機に比べてコンピュータの価格下落が急速に進んできたことを示しています。これが事実であれば、スマートフォンのような高機能製品の場合、製造者がある程度、価格決定力を維持できていることを示唆しています。加速度計やジャイロスコープのような技術的に高度な機能は川上産業国で生産されます。これで、川上産業国通貨の為替レートがコンピュータよりスマートフォンの輸出に大きな影響を及ぼす理由がわかります。

この研究結果を使って為替政策について調べてみました。サプライチェーン全体の為替レートがエレクトロニクス製品輸出に影響を与えていることが推測されます。東アジアの対外黒字に関していうと、地域全体の為替レートが影響を与えているようです。

東アジア諸国通貨の米ドルに対する価値が足並み揃えて上昇すれば、不均衡の是正につながり、保護主義圧力を幾分か抑えることができると思われます。アジア諸国は第三国市場において競合関係にあるので、各国が個別に通貨高を受け入れるのは難しい。韓国が通貨高容認を決定し、日本がこれを行わなかった場合、韓国は競争力を失うことになります。従って、単独で通貨高を受け入れるのはきわめて困難ですが、各国協調して一斉に通貨高に動けば、相対的に競争上不利な立場に立たされることはありません。

どうすればアジア諸国通貨の価値を一斉に高めることができるか?

どうすればアジア諸国通貨の価値を一斉に高めることができるかは、非常に難しい問題です。アジア諸国は、間接的に自国通貨を安くする効果を持つさまざまな政策を実施しています。物価上昇率2%を目指す日銀のインフレ目標政策は望ましい政策ですが、円安に働いてしまいます。物価上昇率が1%よりも2%になった方が日本人の暮らし向きが良くなるのか、消費が増えるのか、本当に有益な政策なのか、定かではありません。日銀が物価上昇率2%というインフレ目標を掲げていなかったら、円の価値はもっと高くなっていたかもしれないのです。

韓国と台湾は政府が多額の年金資産を海外で運用することで通貨を弱めています。中国は他国に高い金利で積極的にローンを提供していますが、実際のところ借り手国にとって好ましいことなのか定かではありません。中国がこうしたローン提供を行っていなかったら、人民元の価値はもっと高くなっていたでしょう。この政策は再考される必要があります。巨額の対外黒字を出し続けるより、資金を中国国内で公害対策や農村地域における教育と自国民のために投資すべきです。他のアジア諸国についても同様です。そうすることで、各国の通貨は強くなり、自国民に利益がもたらされるでしょう。

通貨の価値が上がれば、アジアの消費者の購買力も高まり、通貨の安定も維持されます。早川和伸研究員と木村福成教授の研究では、為替レートの安定は、部品貿易や外国からの直接投資(FDI)を促し、生産ネットワークにも利益をもたらすなど、アジアの貿易にとって好ましいことが示されました。

米国市場が不安定もしくは閉ざされた場合、日本とその他のアジア諸国は、自由貿易協定(FTA)の締結を通じて他の市場を開拓し、米国以外の市場における貿易の可能性を広げるべきです。では、日本はどうすれば直面する競争と技術変革に対処できるのでしょうか。

第一に、日本は急激な技術変革を機会と受け止めるべきです。ウォーレン・バフェットは、大きなボラティリティ(変動)が大きな機会を生み出すと述べています。今は物事が目まぐるしく変化しているので、大きな機会があるはずです。第二に、人的資本への投資は将来への備えとなります。日本は、人的資本に投資していたからこそ、困難に立ち向かい、技術を吸収し、新たな生産方法を学習することができました。技術系人材とその教育の拡充にさらなる投資を行うことが役立つことになるかもしれません。最後に、日本のものづくりは価格競争に足を踏み入れるのではなく、技能の高度化に力を入れるべきです。

締めくくりとして、スティーブ・ジョブズの言葉を引用します。「技術だけでは不十分だ。技術は、リベラルアーツや人間性と結びついたときに初めて、心弾ませるようなものを生み出すことができる」。

パネルディスカッション

中島:
まず、ご講演いただいた内容について質問させていただき、後ほど現在のマーケットについてご意見を伺いたいと思います。金融自由化と外貨準備の積み上げに伴うマネーの増加は新たな金融バブル崩壊をもたらすでしょうか。

伊藤:
その方向に向かっています。市中に出回る通貨量は増える一方です。米ドルが支配的通貨である限り、世界は米ドルを必要とし、米国は赤字や債務を海外で売りさばかなければなりません。だからこそ、多通貨制度が必要なのです。

中島:
米国はマネーマーケット(短期金融市場)の中心です。リーマンショック期に比べて、現在の米国の状況をどう見ていますか。

伊藤:
米国は以前より厳格な措置を講じています。金融市場や金融機関の動きはより厳しい監視の下に置かれています。金融ストレスの増大は起きていないので、米国が次なる危機の引き金になることはないでしょう。

中島:
通常、新興国は外貨準備の規模が小さいので、金融危機が発生すると、保険として外貨準備を何とか堅持しようとします。驚くべきことに、多くの先進国は外貨準備高の対GDP比が低く、危機に対して脆弱になっています。これについてはどう思いますか。

伊藤:
国際通貨基金(IMF)をはじめとする国際機関は先進国に甘く、先進国と途上国では適用されるコンディショナリティ(融資条件)が異なるという指摘もあります。新興国と違って、金融危機が起きた場合でも、外貨準備以外の資産を比較的たやすく利用できることもあり、日本を除く先進国の外貨準備高は低く抑えられています。途上国の場合、一般的に、IMFまたは自国の外貨準備のみが頼みの綱です。

中島:
株式市場の低迷をもたらしている最大の要因はなんでしょうか。

THORBECKE:
歴史的に見ると、株価は企業収益に対して比較的高い水準にあります。政策の不確実性と貿易戦争が株式市場を脆弱化させ、投資家を遠ざけているのです。ほんの些細なことが引き金になって大規模な株価調整が起きるかもしれません。自由貿易と財政赤字削減に向けた良識ある長期的政策が米国で採用されることになれば、現在直面しているリスクが一部取り除かれるでしょう。

中島:
米中貿易摩擦を和らげるうえで、人民元高は解決策となり得るでしょうか。もしそうなるとしたら、どの程度の効果があるでしょうか。

THORBECKE:
人民元だけ単独で増価するより、東アジア諸国通貨が一斉に10%増価する方が効果的だと思います。

中島:
日本円がどの程度増価すれば米中貿易摩擦の軽減につながるでしょうか。通貨高で経済が悪化した場合、どのように調整を図るべきでしょうか。

THORBECKE:
比較的高い確実性を見込める企業サイドで為替レートの調整が図れるなら、その方がいいでしょう。通貨高はアジアの購買力を高めますが、その効果は人的資本に投資することで相殺されるかもしれません。長期的に見れば、人的資本への投資は生産的で、経済も今よりずっと良くなるでしょう。

中島:
現在の水準が円安であるなら、円の適切な対ドル水準はどれくらいでしょうか。

THORBECKE:
日本の製造業は適応力があるので、円高になってもどうにかやっていくでしょう。

中島:
新興市場では株価はあまり芳しくありません。米国では比較的好調ですが、日本では弱含みの展開で、年初より値を下げています。この状況をどう受け止めるべきでしょうか。

伊藤:
現在、株価収益率は高い水準にあります。つまり、市場は依然として調整を必要としているということです。株式市場の動揺は不確実性をもたらしています。投資家は株式から遠ざかり、リスクの低い商品に向かっています。こうした状況の下では、政府債の価格が上昇し、利回りが低下する傾向にあります。

THORBECKE:
市場には大きなボラティリティ(変動性)が存在し、投資家を不安にさせています。大きな調整が起きる可能性があります。

中島:
今の状況は2016年年初の株価暴落を反映しているのでしょうか。

伊藤:
米国経済が減速してくると、連邦準備理事会(FRB)は金融引き締めを停止するかもしれません。しかし、FRBとしては、次のリセッションに備えてより大きな金融緩和余地を確保できるよう、一定水準まで金利を引き上げたいと考えています。現在、FRBは来るべきリセッションに備えて金融引き締めを継続するか景気減速を回避するために引き締めを停止するかというディレンマに直面しています。

THORBECKE:
投資家は米国経済における景気刺激策の短期的な効果に着目しています。長期的な予想としては米国経済の減速を見越しています。原油価格や商品価格が下落しているのはそのせいかもしれません。

中島:
日本としては、円高以外にどういう政策を講じるべきでしょうか。

伊藤:
現在の経済状況は1980年代と似ています。当時も、米国の金利が高く、ドル高でした。しかし、日本の経済産業構造は大きく変わりました。長期にわたり円高が続いたため、多くの製造業が海外に生産拠点を移し、今日あるサプライチェーンを構築しました。さらに、日本は依然として経常収支の黒字は維持しているものの、貿易収支は赤字に転落しそうな状況で、時折赤字になっています。

THORBECKE:
経済を健全な状態に保つことが重要です。トランプ政権の政策は経済的に意味をなしていません。米国との貿易摩擦があるとしても、日本は、すでに多くの生産拠点を海外に移転しているので、1980年代に比べて円高に対する耐性が強くなっています。

中島:
2019年は世界経済や金融・株式市場が安定化すると思いますか。それとも下落基調が続くことになるのでしょうか。ドル円の為替レートについても見解をお聞かせください。

伊藤:
今では多くの途上国が固定相場制ではなくなっています。従って、1980年代や1990年代に見られた通貨危機のような個別の危機的状況は起きないだろうと思います。むしろブラジルで起きたようにゆっくりと経済状況が悪化するかもしれません。この種の経済状況はナショナリストもしくはポピュリストの政治指導者を台頭させる可能性があり、その場合、政治的リスクが高まるかもしれません。

THORBECKE:
米中間の緊張は大きなリスクであり、解決しなければなりませんが、主要経済国は長期的視野に立って考え抜かれた経済政策、つまり、翌年の株式市場や世界経済にとって好ましい政策を追求するべきです。

Q&A

Q1:
新興市場国はドル建てて資金調達を行っていますが、通貨と期間のミスマッチは依然として存在するのでしょうか。先進国は外貨準備以外のどのような保険を備えているのでしょうか。仮に、途上国が外貨準備の積み上げをやめるとすれば、それに代わる保険として何を保有する必要があるでしょうか。

伊藤:
期間のミスマッチについては、途上国の海外からの借り入れは長期資金ではありません。短期で借り入れた資金を長期運用しているのです。現金以外の保険としては、海外資産を保有しています。将来的に、国際機関(IMFなど)は多通貨制度を構築すべきです。仮に今、新興市場で再び危機が発生したら、国際通貨制度におけるドルの支配がますます強くなるだけです。それは必ずしも安定した制度ではありません。

Q2:
米国は自国の競争力強化に向けて何らかの措置を講じているのでしょうか。なぜ、多通貨制度の構築はなかなか進まないのでしょうか。米国は現在、支配的通貨を有しているわけですが、多通貨制度についてどう考えているのでしょうか。

THORBECKE:
米国が競争力を強化するためには、財政赤字と規制上の煩雑な手続きを減らし、企業家が競争できるようにする必要があります。

伊藤:
多通貨制度が進まない理由は2つあります。まず、中国の金融自由化ですが、2015年にIMFが人民元の特別引出権(SDR)バスケット通貨入りを決定したときに期待されたほど順調に進んでいません。2016年に資本逃避が起きたとき、中国は金融自由化を一層推し進めるのではなく、人民元に対する資本規制を導入したのです。また、専門家の中に、1つの支配的通貨に基づく国際通貨政策(現行制度)の方が効果的だと考える人たちがいるということもあります。多通貨制度のように為替リスクを心配する必要がないからです。さらに、ドルを基軸通貨とする制度があまりにも長く続いてきたので、制度的慣性も働くだろうと思われます。短期的に、米国は多通貨制度に興味を持っているようには見えません。一般的に言って、米国は完全に内向きになっているようなので、現状を変えたいとは思わないかもしれません。