RIETI特別セミナー

ブロックチェーンとSociety5.0-分散型合意に基づく新しい産業の創出(議事概要)

イベント概要

  • 日時:2018年10月19日(金)15:00-17:00
  • 会場:RIETI国際セミナー室1121号室(〒100-8901 東京都千代田区霞が関1丁目3番1号 経済産業省別館11階)

日本政府はサイバー空間とフィジカル(物理)空間が一体化した人間中心型の社会、Society5.0の実現を目指している。その実現には、2つの空間をつなぐ「人に優しい」インターフェースを作ることが不可欠だ。そこで期待されるのがブロックチェーン(分散型台帳)である。ブロックチェーンは、インターネット上で中央集権的なコントロールなしに、改竄することも、コピーを作ることもできない記録(台帳)の構築を可能にした画期的な技術で、インターネット上で新しい産業を構築するための基本技術として急速に進化を遂げつつある。今回の特別セミナーでは、LONGHASH Japan代表取締役社長のクリス・ダイ氏を迎え、矢野誠RIETI所長・CROと新しい産業の健全な発展のあり方を議論した。

議事概要

開会挨拶

中島 厚志(RIETI理事長)

AI、IoT、ビックデータを含め、Society5.0を作るというのが日本政府の方針ですが、その際に大量のデータをどう扱うかを考えることが重要です。個人情報を含め安全に扱うことができるのか、そもそもうまく活用できるのか等、多くの課題があります。

他方、仮想通貨にブロックチェーンの技術が使われるということが注目されています。この技術を使えば、Society5.0やそれが示す新たな産業、新たな社会を創出できるのではないかと期待されています。

本日は専門家を迎え、ブロックチェーンとは何か、またブロックチェーン技術活用の端緒となり得る考え方、視点を皆様に共有いただければと思っています。

講演1:ブロックチェーンとIoT

矢野 誠(RIETI所長・CRO)

わが国が提唱するSociety5.0はサイバー空間とフィジカル空間を一体化する計画です。具体的には、人間がフィジカル空間で考えたことをデジタル化してサイバー空間に蓄積し、それを使って新たな価値を創出しようというものです。こうした動きは日本に限らず、各国で起き始めています。

快適で、活力のある、質の高い生活を実現しようというのが、その目的です。しかし、「待っていれば実現するのでしょうか」。もちろんそんなはずはありません。では何をすればいいのでしょうか。

私はSociety5.0を実現するには、マーケットという視点が大切だと感じています。つまりフィジカル空間とサイバー空間をつなぐマーケット構造に関するインタ―フェースを充実させる必要があると思うのです。

最近はAI、シンギュラリティ等、技術が人間の知を超えるかもしれないという議論が頻繫にされています。英国エコノミスト誌でも「How to tame the tech titans(技術タイタンをどうてなずけるか)」と題して、技術の巨人が街を襲うイラストが掲載されました。こうした課題を解決しないことには、Society5.0の実現も叶わないでしょう。

ビッグデータの利用を阻む障壁

Society5.0の実現において重要となるのはビッグデータの活用です。そこで懸念される問題が、データ共有における情報漏洩、そしてビッグデータ解析に基づく情報操作です。

代表的な事例は、スティーブ・バノンによるケンブリッジ・アナリティカのフェイスブックデータの乱用です。ケンブリッジ・アナリティカは、データマイニングとデータ分析を手法とする選挙コンサルティング会社で、アメリカ人口3億2570万に対し、2億3000万人のアメリカ人の心理性向の把握に成功したとされています。これはアメリカ大統領選や、イギリスのEU離脱に関する国民選挙に影響を与えたとして、大きな話題となりました。

ケンブリッジ・アナリティカの用いた手法はもともとケンブリッジ大学の研究者によって開発されました。インターネットで心理テストを行い、開放性、良心、外向性、協調性、神経質傾向といった要素を採点するというサイトを開き、その最後に「自分とフェイスブックでつながった人の情報提供」を求めます。そうすると、回答者の40パーセントまでが、情報提供に同意してくれました。そのような手法でフェイスブックに参加する大勢の人のデータを集め、「いいね」データの相関性を数百万件単位で把握し、情報操作を行ったとされています。

データに基づく意識誘導法のデザイン

果たしてこうした心理操作は可能なのでしょうか。ここで、RIETIで最近報告された研究事例を紹介します。ランダムに集めた集団をさらにランダムに2つに分け、それぞれに別の記事を読ませるという研究です。記事というのは、1つが「IS国は難民の中にテロリストを紛れ込ませて、西側諸国に送り込んでいる」というもので、もう1つは「アメリカではどれだけの人が難民によって殺されたのか、答えはゼロ」というものです。興味深いことに、後者の記事を読んだ人たちはあまり影響を受けなかったのに対し、前者の記事を読んだ人は難民受け入れに反対という方向に動きました。つまり、人は肯定的な記事よりも、否定的な記事により影響を受けるということが、科学的な手法で証明されたわけです。

最近ではこうした研究が多く存在しますが、これにより、発信するメッセージの選択次第で受け手の心理を操作することができるということが分かってきました。これは特に選挙に有効な手段で、事実、ケンブリッジ・アナリティカではこの手法を用いてBrexitやトランプ大統領の就任に影響を与えたとされています。こうしたデータに基づく意識誘導に対しては、世界中で懸念が高まっています。

データ共有の義務化

先ほど紹介したエコノミスト誌の記事ですが、そこでもやはり「グーグル、アマゾン、フェイスブックの支配は消費者にとっても競争にとっても望ましくない」と書かれています。同誌ではこの解決法として、情報の所有権を人々へ与えることや、データ共有を義務化することを提案しています。しかし、これは簡単なことではありません。

私は経済学者として、マーケットの活用が必要だと考えています。まず重要なのはデータの所有権です。例えば、グーグルの中に自動的に蓄積されていく情報はグーグルのものなのかという議論があります。またデータ取引についても考えなければなりません。データの取得に対し、マイクロペイメントや仮想通貨が必要になるでしょう。この2つが柱となるわけですが、本日は時間の都合上、データ所有権に焦点を絞ってお話しします。

市場の質理論

これは私の持論ですが、「産業革命」によって市場の質が低下すると考えています。また、こうした市場の質の低下が、これまでも経済危機を招いてきました。第一次産業革命における工場労働者の搾取や、第二次産業革命における産業独占の形成、情報操作にはじまる大恐慌、オートメーションによる人間疎外などがその代表例です。それから約100年たった今、第三次産業革命では金融危機、データ独占、そしてAIによるシンギュラリティが問題となっています。スケールは大きくなっているものの、実は同じこと、つまり所有権やその取引方法が繰り返し議論されています。人類はこれに対し、労働法や、独占禁止法、証券法など法律を定めることで対処してきました。今必要なものは、新しいデータ所有制度と新しい通貨制度です。

新しいデータ所有制度とブロックチェーン

所有権が設定されれば、市場が形成されます(コースの定理)。どんな設定をすれば、より質の高い市場が形成されるのか、われわれは考えていく必要があります。

現在は、IoTを使ってさまざまな情報を集め、ビッグデータを使ってさまざまな分析をしようという世界ができつつあります。このIoTビックデータを分散所有していかなければならないというのが、最も重要な課題です。つまりデータを作った人が所有権を持つべきであり、集めた人が所有するべきではないということです。

データに所有権を与えるのが難しい理由の1つは、データ単体にはあまり価値がないということです。例えば農作物を育てるためにどんな肥料を使ったか、どの時期に何をしたのかといった情報は、個々ではあまり意味を持ちませんが、そのデータが全国区に及べば、次に同じ農作物を育てる人たちにとっては非常に有益な情報になります。このように経済活動のデータの場合、一定数が集まって初めて価値が生まれることが多くものです。そこで、例えば100人のデータに価格がつけば、それを100人に分配するというような仕組みを作らなければなりません。

私はブロックチェーン(分散台帳)がこれを解決してくれるだろうと考えています。どういったマーケットでどのような台帳を作るかについては、慎重に議論を進めていく必要があります。まずはデータの所有権に関する明確な合意形成が必須であり、またデータの分散所有のプラットフォームのあり方を研究することも大切です。他にも、新しい分散計算手法の確立、IoTビッグデータ購入のマイクロペイメントのための通貨システムと仮想通貨との接点の形成、投機機会から投資機会への転換など、考えるべき課題はたくさんあります。

これらの課題を解くことを通じて、これから数年間で新しいプラットフォームを作っていくことができれば、日本は世界をリードする経済モデルをデザインできるでしょう。

講演2:ブロックチェーンで達成するSociety5.0

クリス・ダイ(LONGHASH Japan 代表取締役社長)

ドイツでは同様の計画をIndustry4.0と呼んでいますが、あくまで産業革命の視点から、経済価値の最大化を図ることに重点を置いています。一方、日本のSociety5.0は産業ではなく、その先にある個人やその幸福に重点を置いているという点で、非常に興味深いと感じています。その実現に向け、どんな市場で、何がどのように変わっていくべきかについて、本日はお話しいたします。

Society5.0とこれまでの情報社会4.0との大きな違いは、これまでフィジカル空間とサイバー空間が点で繋がっていたのに対し、面で繋がることが求められることです。これまではそれぞれのサーバーが所有する情報を人がアクセスして入手・分析していました。これをサーバー間の隔たりなくビッグデータとして1つにまとめること、そしてAI側が人にリアルタイムで提案することが必要となるということです。これにはユビキタス(偏在する)データが必要です。

既存ビジネス環境におけるデータサイロ

既存のビジネス環境ではさまざまなデータサイロができています。ローソンでは会員数6、531万人のPontaカードによる顧客データを活用し、ビールの新製品開発に成功しました。ソフトバンクでは月間3億件の位置情報や接続データに基づき、繋がりにくい地域を特定、接続環境の改善を図りました。本田技研工業では車に付属するカーナビからの走行データを分析し、渋滞回避ルートや交通案内アナウンスを提案しました。また楽天では会員数9700万人の楽天IDによる消費者行動分析データを、広告配信などに活用したケースもあります。

このように各企業内では既にビッグデータの集積、活用が進んでいます。しかし問題は、こうしたデータを企業間では共有していないということです。特に限られた地域におけるマラソンの走行ルート検索や、小規模商店のための通行人データなどは、情報の共有やそれに対するマイクロペイメントの活用がまだまだ難しいのが現実です。これが解決しないうちは、Society5.0の実現にもまだまだ高いハードルが残されているといえるでしょう。

フェイスブックやグーグル、アマゾンなどの大企業ではこうしたデータの一極集中はますます顕著になっています。これらの企業は情報を共有することより、独占することで自社の価値を高めようとする傾向があり、そこには資本主義的な構造が存在しています。ただし、それには弊害も伴います。データを1社が独占することでイノベーションを阻害し、私たちのデータが無断で利用されたり、利益の最大化を求めて、個人のプライバシーや言論の自由が犠牲にされたりする可能性があるのです。

データが大企業に集中する理由

ではなぜデータが大企業にばかり集中するのでしょうか。それには大きく2つの理由があります。1つは、インターネットプラットフォーマの中央集権的な特性です。既存のインターネットでは個人の認証を個人ですることはできず、データの整合性と安全性を守るためにはどうしても中央集権的管理に頼らざるを得ません。これに対し、データを保持する企業が、自社の価値を高めるためにそのデータを活用することは資本主義では当然の流れであり、避けることはできません。

もう1つは、データの流動性の低さです。企業はデータを参入障壁としているため、他社には販売しません。それにより、社会全体のデータの価値が最大化されないという現象が起きるわけです。とはいえ、企業が自社の利益の最大化をより重視することも、資本主義では当然です。しかしこれにより、中小企業では集めたデータをスケールすることができず、結果として資金力のある大企業にばかりデータが集中してしまうのです。

こうしたデータを参入障壁として考えている企業は、自社の利益最大化ができる市場にしか参入せず、今回のような社会問題には取り組みません。そこでブロックチェーンの活用が有効であると考えています。ブロックチェーンは中央集権的な大企業の声だけではなく、参加者一人一人の価値観を反映するマーケットプレイスを構築することができるからです。

ブロックチェーンで構築するマーケットプレイス

そこでまずはデータの収集者とデータの活用者の分離(データの民主化)が必要です。コースの定理でも提唱されている通り、資本主義においては取引コストが高くなる分野ではそれを内製化する傾向があります。データの収集と活用はまさにこれで、データ取引にブロックチェーンを活用し、マイクロペイメントでコストを下げることができれば、大企業依存のデータ収集から離脱し、データの流動性を高めることができるのではないかと考えます。これにより、各データ源の収益性の担保が低コストで実現できます。

また同時に、データに誰もがアクセスできるようになることで、分析活用が盛んになり、恩恵を受ける人の多様化が期待できます。そうなれば、データを活用したサービスも活発となるでしょう。そこでは、企業間のデータ共有としての情報銀行ではなく、やはり情報源である個人を含むデータ共有としてのブロックチェーンが使われることが重要です。

ブロックチェーンによる課題の克服

データ共有の課題としては、データセキュリティ、所有権とデータ移動性、取引先リスク、消費者を参加させるインセンティブ、使用事例の欠如と高コスト、サイロ型システム、社内における専門知識の欠如などが挙げられます。これらの懸念に対して、ブロックチェーンを使って4つのソリューションを提供することができます。1つは、分散化経営モデルです。

一個人や団体がビジネス生態系をコントロールしないことを保証し、同時にすべての取引間の透明性により反則の危険性を最小限に抑えます。また分散化された資源とサービスは、多くのサービス提供に活かすことが可能です。消費者に対しても、自分の購買データを価値化するインセンティブを与えることができます。

2つ目は、オープンソース、開かれた分析技術の共有です。開かれたデータは、全世界のオープンソースコミュニティや技術者の専門知識を取り込むことにより、購買データ分析に特化した分析モデルを専門家によって提供し、分析能力を持たない中小の業者に低コストで提供することができます。

3つ目は、暗号技術的な安全性です。ブロックチェーンのビジネス生態系は攻撃に対する強い耐性があることがわかり、必要に応じてデータが確実に守られ、匿名性が確保されます。データの所有権は、ブロックチェーンを通じて簡単に分散型に定められ、強化されます。

最後は、分割された資源です。ブロックチェーンは、活用されていない資源を解き放つと共に、データの保存と処理を都度払い単位に分割していくことを促します。

ブロックチェーンの活用事例

現在進行中の、購買情報の自由化を促進する「レシカ」というプロジェクトを紹介します。進行中の研究を紹介することは本来、真似されないかなどの懸念から避けられるわけですが、このプロジェクトはブロックチェーンを活用した、誰もが利用できるオープン・プラットフォームのため問題ありません。

このプロジェクトは3つの層に分かれており、技術のブロックチェーン層では、データの書き込み、データ使用記録の書き込み、トークン(ポイント)の送金・交換記録などが、記録を改竄できないよう分散型で行われます。次にアプリケーション層では、個々の企業がそれぞれの必要に応じてアプリケーションを開発していきます。そして企業が共通のデータを共有し、それに対しトークンとデータのトランザクションをすることによって、リソースを取ります。こうした仕組みは、これまでのアンドロイドやiPhoneのアプリケーションフォームとも似ていますが、アプリ間のテータ共有という点では全くの別物です。ユーザー層ではアプリを使ってデータをアップロードしたり、ダウンロードしたりして、それに応じた報酬(トークン)のやり取りをします。

最後に、Society5.0の実現にはデータが自由に活用することができるような社会インフラを構築することが必要です。そのためにデータの民主化による新しいイノベーションを生み出すことが大切であり、それにはブロックチェーンが不可欠となるでしょう。

パネルディスカッション

モデレータ:岸本 吉生(RIETI理事)


中島:
これからの社会ではフィジカル空間とサイバー空間が一体化し、所有からシェアリングの時代になっていくでしょう。そこではブロックチェーンの活用が鍵になります。そして大企業だけでなく、中小企業や個人まで、さまざまなレベルで創意、欲望が実現されるでしょう。そうした意味で、フィジカルとサイバーの融合をどう加速させるかが、非常に重要です。

岸本:
まずは私からご質問させていただきます。将来に向けた課題だけでなく、足元の課題についても、ご意見をお聞かせください。

矢野:
投資家のインサイトが重要で、何がビジネスとして役に立つのかに関して判断力をつけていく必要があります。たくさんあるデータの信憑性を精査することも、産業界のやるべき課題の1つです。

クリス・ダイ:
まず技術的な問題として、データを分散型にストレージする技術はまだ開発途上です。よって理想はすべて分散型ですが、現実は一部分散型になるしかありません。ビジネス面では、データを持っている企業ほどブロックチェーンに参加したがらない、またはオーナーシップをシェアする際に誰がお金を払うのかなどの課題もあります。

岸本:
続いて参加者の方からの意見をまとめて、私が代表してご質問いたします。まずは仮想通貨の信頼性・安全性についてのご意見をお聞かせください。

矢野:
講演内でも述べた通り、投機の対象から投資の対象にどう変わっていくかがポイントです。

クリス・ダイ:
仮想通貨は簡単に作れますが、それを誰が規制するのかというルールをきちんと定めることが大切です。今はそこが曖昧であるため、安全なものとそうでないものの区別がつかなくなり、損をする人が多くなって仮想通貨へのイメージが悪くなるという負のスパイラルに陥っています。これを食い止めるために、政府が何らかの働きかけをすることが必要だと思います。

中島:
現在の仮想通貨には投機的価値しかなく、利便性といえばICOでの資金調達くらいです。しかし今後は、国家として中央銀行が管理するようになるかもしれません。そうなれば、金銭の動きがすべてデータとして蓄積されるため、アングラマネーがなくなり、国税庁もいらなくなり、金融政策も全く新しい仕組みが出てくるのではないかと期待しています。他方、どの国がどういう信用を乗せることで仮想通貨に価値をもたらすかという新たな競争も出てくるため、世界経済の構造が根本から変わることになるでしょう。

矢野:
私はむしろ信頼が要らないというのが仮想通貨の良い点だと考えており、中央銀行の介入は不要だと思っています。仮想通貨には国別のポリシーを必要としない、新たな可能性があるのではないでしょうか。中央集権ではなく、セルフレギュレーションが重要だというのが私の考えです。それをどうやって使っていくのかについて、世界的な合意を形成することが今後の課題であると考えています。

クリス・ダイ:
ブロックチェーンができてしまえば、セルフレギュレーションに任せればいいと思います。政府が介入する必要はありません。しかし現在はまだそれが確立していません。この段階では、中央集権的に政府によってルールを定めることが必要だと思います。

矢野:
私も同意見です。補足として、クリプトカレンシーとトークンは別物ですが、その認識が浸透していないということを強く感じており、切り分けることが大切です。

岸本:
続いて政策面について、クリスさんにご質問です。スマートコントラクトの開発が進んでいますが、どれくらい複雑な物事を処理できるのでしょうか。またプルーフオブワークでは分散処理のスピードに限界がありますが、スピードアップするためのアイデアを教えてください。

クリス・ダイ:
スマートコントラクトについては、イーサリアムを想定していると思いますが、2016年当時はDapps(分散型アプリケーション)を作ろうという思想がありました。しかし、現時点では処理に時間がかかりすぎるため、利便性が悪く一般消費者が使えるようなものは作れません。よって分散型と中央集権型をうまく使い分けることが必要だと思います。
次にプルーフオブワークは現在主流のコンセンサスアルゴリズムですが、その処理スピードは非常に遅いです。最近ではEOSの採用するDPOS(Delegated Proof of Stake)など、新しいコンセンサスアルゴリズムも出てきており、その処理スピードははるかに速くなっています。さらにブロックチェーンではなくDAGを採用するなど、さまざまな提案がされています。

岸本:
続いて矢野所長へ、コンセントの質に関するご質問です。デモクラタイゼーションを議論しようとすると、なるべく詳細な同意条件があった方がいいという話になります。一方でビジネスとしては、追及すればするほどデータ取引が行われなくなります。この辺りの均衡について、ご意見をお聞かせください。

矢野:
現在はレベルや目的に応じて、セキュリティや一般性を設定し、マージンオブエラーを決めています。今後は社会全体で決めていかなくてはいけないと思っています。

クリス・ダイ:
ブロックチェーンとAIが融合することで、AIがエージェントとして判断をしていけば社会はより円滑になるでしょう。

岸本:
続いて政策面で、分散型取引について、日本がリードすべき分野があれば教えてください。

クリス・ダイ:
日本は世界第3位の経済圏ですが、1位のアメリカや2位の中国にはネットの分野でかなり差をつけられてしまっています。この2カ国はある意味で中央集権国家であるため、ブロックチェーンのような分散型のシステムが活用できる分野では、日本がリードできるでしょう。例えば、金融、不動産、クリーンエネルギーなど、取引が生まれることで価値が生まれる分野はもちろん、金融と農業など、今まで取引のなかった分野同士を繋ぐことにも貢献できると思います。

中島:
資金調達にはさまざまなリスクがあるため、投資家をどう保護するかという枠組みが必要です。日本は世界でも仮想通貨取引の多い国です。専門性を備え、世界標準を作って、世界の仮想通貨センターのような立場になれたらいいのではないかと思います。

矢野:
政策という面では、ブロックチェーンよりIoTに取り組むべきであると考えています。中小企業や農業などの分野でデータを集め、それをどうやって使っていくかを考えていくような経済政策が重要です。また医療や老人介護などを産業化することも必要です。

岸本:
クリスさんへのご質問です。オープンソースで開かれた分析技術の共有が進んでいる国とはどこですか。また「レシカ」のプラットフォームについて教えてください。

クリス・ダイ:
ブロックチェーンの技術については学問として確立しているわけではなく、インターネットから独自に学ぶことができます。そのため、技術後進国であるネパールやタイでは、日本と違って技術者の社会的地位が高く、逆に良い技術者が育っています。
「レシカ」のプラットフォームはパブリックチェーンです。DPOSを採用しています。トランザクション数毎秒(TPS)は3000~5000件/秒です。最近はTaraxaというプロトコルがシリコンバレーで開発されていて、万台のTPSを目指しています。これが完成すれば「レシカ」をそちらへマイグレードする予定で、ミドルウェアも作っています。そのため、イーサリアム上のスマートコントラクトはしていません。

岸本:
最後に、情報規制について、ブロックチェーンという技術は、政府が個人の情報を管理しようとした際に、そこからうまく逃れることを可能とするのでしょうか。

クリス・ダイ:
そのような使い方もできるでしょう。ただし、それを回避する技術者は必ず現れます。ブロックチェーンは一般に考えられているよりも匿名性が低く、政府側がこれをうまく使えば規制側よりも上手に立つことも可能だと思います。

(敬称略)
※本文中の肩書き・役職は講演当時のものです。