RIETI-IWEP-CESSA Joint Workshop

Issues over Currency and Exchange Rate: Empirical Studies on China and Japan(報告書)

イベント概要

    • 日時:2017年12月1日(金)10:30-17:00
    • 場所:RIETI国際セミナー室(東京都千代田区霞が関1丁目3番1号 経済産業省別館11階1121)
    • 主催:独立行政法人経済産業研究所(RIETI)、中国社会科学院 世界経済・政治研究所(CASS/IWEP)、横浜国立大学アジア経済社会研究センター(CESSA)

報告書

吉見 太洋(中央大学、RIETI)

RIETI「為替レートと国際通貨」研究会(小川英治FF)では、中国社会科学院(CASS)の世界経済研究所(IWEP)、横浜国立大学アジア経済社会研究センター(CESSA)とともに、毎年Joint-Workshopを企画・開催してきた。本年は2017年12月1日、RIETI(東京)において第6回目のワークショップが開催された。これまでのワークショップでは、RIETIで公表されているAMU乖離指標や産業別の実効為替相場、また中国側で研究されている産業別実効為替相場のデータを用いた研究の成果を中心に、決済通貨と為替相場のパススルー、金融政策の波及、人民元の国際化、日本経済と中国経済、日中関係などの幅広いトピックに関する研究成果が報告されてきた。「Issues over Currency and Exchange Rate: Empirical Studies on China and Japan」と銘打った本年のワークショップでは、為替相場と国際通貨に関連する6つの研究成果が報告され、日中双方の参加者間で活発な意見交換と議論が行われた。

以下、それぞれの報告論文と討論内容について簡潔にまとめる。

1. "Real Exchange Rate Movements and Markup Dispersion within China's Manufacturing Industries"

報告者:Risheng MAO(Senior Research Fellow, Institute of World Economics and Politics (IWEP), Chinese Academy of Social Sciences (CASS))

討論者:Tokuo IWAISAKO(Professor, Hitotsubashi University / RIETI Project Member)

本論文は、実質為替レートの変動が中国の産業の生産の効率性に与える影響を分析した研究である。実証分析の背後にある理論は以下のようなものである。いま、まったく同じ製品を生産している、生産効率の異なる2つの企業があったものとしよう。両企業が同じ市場で競争しているとすれば、効率性の高い企業のマークアップは、効率性の低い企業より大きくなるはずである。もし市場が十分に競争的なら、効率的な企業のみが市場に残り、同一産業に属する企業のマークアップの散らばりは小さくなるはずである。この議論を国際貿易に拡大すると、効率性の高い企業のみが製品を輸出するはずである。したがって産業内のマークアップの散らばりの大きさは、当該産業の効率性のメジャーになるはずである。

本論文の分析によれば、中国元の増価は確かに産業内のマークアップの散らばりの減少につながっており、生産性の上昇につながっていると考えられる。また元の減価は、増価よりマークアップの散らばりに与える影響がより大きいという非対称性が存在している。一方で平均マークアップは非輸出材産業の方が大きく、元の増価に伴うマークアップの散らばりの減少の程度も大きい。これらは先行研究と整合的であるが、モデルに基づいて考えると合理的説明が難しい結果である。

討論者からは、本論文の背景にある理論モデルは、貿易自由化のような一回限りの外生的ショックを念頭に置いており、為替レート変動のような確率的ショックを仮定する場合は、議論の修正が必要ではないかという指摘がなされた。またマークアップの散らばりだけでなく、実質為替レートがマークアップの産業別の平均に与える影響についても分析してみることで、より興味深い結論が得られるのではないかという示唆がなされた。

2. "Factor Decomposition of Japan's Trade Balance"

報告者:Yuri SASAKI(Professor, Meiji Gakuin University / RIETI Project Member)

討論者:Panpan YANG(Assistant Research Fellow, Institute of World Economics and Politics (IWEP), Chinese Academy of Social Sciences (CASS))

グローバル金融危機と東日本大震災によって、26年続いた日本の貿易黒字は終わりを迎えた。しかし、その後の2012年以降の日本円の減価期においても日本の貿易収支が赤字であることを説明するのは難しい。本稿では、1988年から2014年までの日本の輸出と輸入を相手国別・産業別に分解した価格指数と数量指数を複数の定義で構築し、貿易収支変化の程度を決定するパラメーターとなる価格弾力性、所得弾力性、パススルー弾力性を産業別にパネルデータ(相手国、年)分析によって推定した。特に構造変化の可能性を探るために、危機前(1988-2008)と危機後(2009-2014)にサンプル期間を分けて、推定結果の比較を行った。これまで、輸出機器やエレクトロニクス、鉱物性燃料などに注目した研究はなされている一方で、日本の輸出入をマクロ的に分析する研究は少なかった。また、日本の輸出入をマクロ的に分析する研究は、日本銀行や財務省、関税局が発表している産業が大きく分けられたデータを利用したものしかなかった。本論文では、日本の輸出入のマクロ的動向を的確にとらえるために、産業を約90に分類したデータを作成して分析しているところに特徴がある。推定結果からは、日本の貿易が所得弾力性とパススルー弾力性について構造変化を経験したことが示された。グローバル金融危機後には、日本の輸出は為替レートの変化に対する反応度が小さくなる一方、日本の輸入価格は円安に大きく反応し、輸入の所得弾力性は大きく上昇した。日本と世界の輸出の所得弾力性の違いは、ハウタッカー=マギー効果をもたらしている。日本の貿易収支の要因分解からは、ほとんど全ての要因が貿易収支の悪化に寄与していることが明らかになった。

3. "The Effect of the Firms' Effective Exchange Rates Changes on Profits"

報告者:Guoding WU(Assistant Research Fellow, Institute of World Economics and Politics (IWEP), Chinese Academy of Social Sciences (CASS))

討論者:Nagendra SHRESTHA(Associate Professor, Yokohama National University / RIETI Project Member)

本論文で筆者は、中国の税関データと企業データを用いて企業別実効為替レートを推計し、その企業別実効為替レートの変化が企業の利益に与える影響を分析している。多くの先行研究ではマクロレベル、あるいは産業レベルの実効為替レートが分析に用いられてきた。これに対して本論文では企業別実効為替レートを用いることで、為替レートが企業利益に与える影響をより正確に捉えることに成功している。企業別実効為替レートの推計は、2000年から2006年までの約12万7000の企業について算出されており、算出においては4種類の対外貿易ウェイト(輸出、輸入、純輸出、輸出入合計)が用いられている。企業利益への影響については、規模別(利益が大きいか小さいか)、種類別(総合貿易か加工貿易か)、輸出財の数別(Single productかMulti product)に分類を行ったうえで検証されている。

本論文の主な結論は以下の通りである。①実効為替の上昇は企業の輸出売上に負、輸入中間投入費用に正の影響を与え、企業の利益には負の影響を与える。②実効為替レートが利益に与える負の影響は、加工貿易を行う企業で最も小さく、総合貿易を行う企業で最も大きく推計される。③実効為替レートが利益に与える負の影響は、利益の小さい企業ほど大きい。これに対して討論者からは、実質実効為替レートの推計に利用した価格データについての指摘がなされた。企業別実効為替レートの計算には企業の商品別・相手国別輸出価格と輸入価格が必須であるのに対して、本論文ではマクロレベルの価格が使われているため、企業別為替レートの実質化として適切とはいえない。また、推計上の用いられた二カ国間輸出実質為替レートと輸入実質為替レートが等しいという仮定は現実的ではない。また、貿易相手国の為替レートではなく、対インボイス通貨の為替レートを用いることも提案された。

4. "What Determines Safe Haven Currency?"

報告者:Yuki MASUJIMA(Lead Economist, Bloomberg LP / RIETI Project Member)

討論者:Weijia DONG(Assistant Research Fellow, Institute of World Economics and Politics (IWEP), Chinese Academy of Social Sciences (CASS))

金融危機や紛争など投資家のリスク回避傾向が高まる(リスクオフ)時には、低金利で流動性が高く経常収支黒字国の通貨が一時的な「避難通貨」として買われる傾向がある。本研究では、こうした金融危機などの際に買われやすい「避難通貨」か、売られやすい「脆弱通貨」を示す指標を作成、避難通貨の決定要因を検証した。具体的には、米国S&P500のボラティリティ指数である「VIX」が為替レートに与える影響を避難通貨指数として円やスイスフランなど15通貨について算出、日々の為替変動で標準化した上で避難通貨ランキングデータを作成した。その上で、経常収支の拡大やキャリートレードを促す(対米国での)金利低下といった要因が、避難通貨指数やランキング変動の要因になるかどうかについてパネル回帰分析を行った。

その結果、避難通貨の決定要因は2008-09年の世界金融危機を境に経常収支からキャリートレードにシフトした可能性が示された。また、危機時にはこうした避難通貨や脆弱通貨としての性質が強まる傾向がみられた。討論者からは、避難通貨指数の算出の際の内生性や避難通貨の算出のためのサンプル期間についての問題が指摘された。また、決定要因としてカントリーリスクや市場の流動性、金融の開放度を追加してはどうかとの提案があった。会場からは、対ドルの2カ国間為替レートではなく、実効為替レートを用いることで、米ドルの避難通貨指数を測定するといった提案があった。避難通貨の持続性や危機時の投資手法に関する質問など活発な議論も行われた。

5. "Two-sided Heterogeneity and Exchange Rate Passthrough"

報告者:Jianwei XU(Associate Professor, Beijing Normal University)

討論者:Etsuro SHIOJI(Professor, Hitotsubashi University / RIETI Project Member)

本研究は為替レートのパススルーの程度に対して企業の競争力がどのような影響を与えるかを分析したものである。同様の問題意識を持った既存文献の多くが輸出企業の競争力のみに焦点を当ててきたのに対し、輸入企業の競争力にも同時に着目した点が新しいといえる。本論文で最も注目されるのは分析に用いられた巨大なデータセットである。筆者らはコロンビアの通関統計から2005-13年にかけて同国が輸入側として関わった全ての取引に関するデータを得た。この中には輸入品のHS10桁コード、取引額・数量だけでなく、輸出・輸入企業の名称も記録されている。年あたりに観測される輸出・輸入企業のペアの数は約15万程度に上る。また筆者らは結果の頑健性を確認するために、この巨大データを企業財務に関するデータとマッチさせたものも作成している。

筆者らは輸出・輸入企業の「競争力」の表す変数として企業規模を用いている。さらに規模の代理変数としてデータセット内における各企業の輸出入価額の合計値を用いている。本論文の回帰分析の結果は、輸出企業の規模が大きいほど為替レートから輸入国通貨建て輸入価格へのパススルーは小さくなること、一方逆に、輸入企業の規模が大きいほどパススルーは大きくなることを示している。しかも輸出側よりも輸入側の規模の影響のほうが相対的に大きい。このことは輸入企業の競争力という要因を無視してきた既存研究の限界を明らかにするものといえる。これに対し討論者は、理屈の上では、少なくとも短期的には、輸入企業は競争力が強くなるほど自国通貨建ての輸入品価格を安定化させようとするのでむしろパススルーは小さくなるはずなのではないかと指摘した。輸出側はその逆と考えることができるとした。そして、本論文のようないわば直観に反する結論が得られる原因について質問した。ほかにも今後の研究に向けていくつかの提案を行った。フロアからの討議では本研究で用いられたユニークなデータセットの性質などについて多くの質問が寄せられた。

6. "Exchange Rate Pass-Through and Export Competitiveness"

報告者:Kiyotaka SATO(Professor, Yokohama National University/ RIETI Project Member)

討論者:Qiyuan XU(Senior Research Fellow, Department of Global Macroeconomy, Institute of World Economics and Politics (IWEP), CASS)

本論文は、日本の輸出企業の競争力が為替レートのパススルーに及ぼす影響を実証的に分析した研究である。本論文の前半では一般機械、電気機器、輸送用機器、化学製品、金属製品の5産業に属する25の製造業部門の輸出物価指数を用いて、為替レートのパススルー率を時変パラメーターモデルによって推定した。2007年から2012年までの急激な円高局面で日本の輸出パススルーが上昇したのに対して、2013年からの大規模な金融緩和による円安局面では輸出パススルーが低下して市場別価格設定(Pricing-to-Market, PTM)行動がとられたこと、さらにパススルー行動は25の製造業部門間で大きく異なることを明らかにした。

次に本論文の後半では、時変パラメーター推定によって得られたパススルー率の決定要因を分析している。輸出競争力の高い企業ほど円高期には輸出パススルー率を高め、円安期にはパススルー率を低くする(PTM行動を高める)という仮説を検定するために、本論文では企業レベルのR&D支出データを集計して、製造業25部門のR&D変数を構築し、輸出競争力の代理変数として実証分析に用いた。Arellano-Bond推定の結果、2007〜2012年の円高期と2013〜2016年の円安期のいずれも、R&D変数がPTM行動を高める(パススルー率を低下させる)結果となった。他方でもう1つの説明変数である海外売上高比率は円高期にはパススルー率を引き上げ、円安期にはPTM行動を高める(パススルー率を低下させる)ことが確認された。

輸出競争力の代理変数であるR&D変数は有意に正の値をとると期待されたが、本論文では異なる推定結果となった。その理由はR&D支出の水準が産業の特徴によって大きく異なるからだと考えられる。たとえば半導体産業では巨額のR&D投資が必要となるが、半導体は米ドル建て取引が主流であり、価格競争も非常に激しいため輸出企業は価格支配力を持てない。この場合、輸出企業はR&D投資が大きいにもかかわらずPTM行動をとる(パススルーを低下させる)。このR&D変数の取り扱いに関する質問がフロアから出された。今後は輸出競争力を適切に示すようにR&D変数を作成し直して分析を行う必要がある。