METI-RIETI政策シンポジウム

新産業構造ビジョン―新たな経済社会システム構築に向けた日本の戦略と課題―(議事概要)

イベント概要

  • 日時:2017年8月23日(水)14:00-16:00(受付開始13:30)
  • 会場:全社協・灘尾ホール(100-8980 東京都 千代田区霞が関3丁目3番2号 新霞が関ビル1F)
  • 主催:経済産業省(METI)、独立行政法人経済産業研究所(RIETI)

経済産業省は今年5月末、Internet of Things(IoT)、ビッグデータ、人工知能(AI)、ロボットに代表される技術革新によってあらゆる構造的課題にチャレンジし、経済成長につなげ、より豊かな社会を実現するため、「新産業構造ビジョン」を策定した。その中では、第4次産業革命におけるデータ活用競争の主戦場がバーチャルからリアルに移行し、日本がリアルデータにおける強みを持っていることが示され、技術革新に的確に対応していくための中長期的なロードマップと具体的戦略が取りまとめられた。本シンポジウムでは、新たな経済社会システムの構築に向けた日本の戦略と課題を抽出するとともに、競争力獲得に向けた危機意識の醸成を図ることを目的とし、RIETIの専門家や、ビジョンを作成した新産業構造部会メンバーらが意見を交わした。

議事概要

開会挨拶

中島 厚志(RIETI理事長)

最近は自動走行車、ロボット、人工知能(AI)などに関するニュースを目にしない日はない。モノがインターネットにつながるIoTやビッグデータ、AIなどの技術革新が急速に進み、それらによる製品開発や産業の変革がすさまじい勢いで進展している。

このような状況は、企業に新たなビジネスチャンスを広げると同時に、遠からず経済社会の姿を劇的に様変わりさせるだろう。日本の経済、産業、企業が後手に回ることなく、その動きを取り込み、先導することは欠かせない。このような問題意識の下で今年5月末、経済産業省は、これからの経済社会に対して国はどのように対応し、企業はどのように動くべきかをまとめた「新産業構造ビジョン」を打ち出した。

本日のシンポジウムでは、ビジョンを取りまとめた経済産業省経済産業政策局の糟谷敏秀局長からビジョンの内容や狙いなどを示していただくとともに、パネルディスカッションでは、ビジョン実現のための課題や方策などについて議論していただく。

本日のシンポジウムが、IoT、ビッグデータ、AIなどがもたらす第4次産業革命の姿や日本の対応について、皆さまのご認識を深めるものとなれば幸いである。

基調講演「新産業構造ビジョンについて」

糟谷 敏秀(経済産業省経済産業政策局長)

新産業構造ビジョンは、2030年代に向けたビジョンである。わが国は、目指すべき社会像として「Society 5.0(超スマート社会)」を掲げており、その実現のためにわが国産業が目指すべき姿として“Connected Industries”を提起した。これは、ドイツのIndustries 4.0に相当する。ビジョンは、そうした社会や産業に向けた取り組みの方向性を示す羅針盤となる。

第4次産業革命のインパクト

IoT、AIなどの技術の進展があらゆる分野に変化をもたらす中、付加価値の源泉となるのはデータである。第4次産業革命によって、あらゆる分野でデータが活用され、革新的な製品・サービスを生み出すことで新たな課題やニーズに対応できる。

産業構造について見ると、第4次産業革命の技術が社会で実装されるにつれ、業種の壁が低くなっていく。全く別業種の企業との連携・再編が進み、新たなサービスプラットフォームを創出する動きが出てくるだろう。

就業構造についても、一部の仕事はAIやロボットに代替されるが、データを分析・活用しながらAIやロボットと共に働く仕事は増える。こうした新たな雇用ニーズに対応する層を増やすことが重要であり、学び直しによる人材育成や成長分野への円滑な労働移動が不可欠である。

このような変化に対応するため、ビジョンが目指しているのは、第1に、課題にいち早く挑戦し、真のニーズに対応する社会。第2に、人材が育ち、世界から才能が集まる社会。第3に、多様性とチャレンジを許容し、起業家精神に富む社会。第4に、新しい技術をスピーディかつグローバルに展開し、未来を変える期待感にあふれる社会。第5に、絶え間ないイノベーションにより成長と格差是正の両立を実現する社会である。

わが国の基本的な戦略

インターネット上のデータは既に海外のプラットフォームに握られているが、これからの主戦場はリアルデータであり、現場で生まれるデータを巡る競争が今後起きる。それに向けて、データ活用のための協調領域を最大化し、リアルデータのプラットフォームを作る必要がある。

その際、わが国が生かすべき強みや機会が3つある。第1に、リアルデータが豊富で、整理・蓄積されていること。第2に、先進技術をいち早く取り込み、モノを刷新し続ける力があること。第3に、社会課題の先進性と大きさを有することである。

このような観点から、日本として「移動する」「生み出す、手に入れる」「健康を維持する、生涯活躍する」「暮らす」の4つの戦略分野を特定し、横断的施策を進めようと考えている。ルールについては、知的財産関連法を見直す。たとえば不正競争防止法を改正して、不正取得されたデータの流通を差し止めることを検討している。データを巡る権利は基本的に契約で決定されるものだが、データ利活用のための契約締結が円滑に進むよう、ガイドラインの初版を公表、今後、具体的なニーズを踏まえて充実させる。

規制制度については、技術や製品のライフサイクルが短くなる中、硬直的なルールを改めて多様な挑戦を促す仕組みが必要である。同意した参加者の間で、既存の規制に関わらず、期限を限り、自由に実験を行える「日本版Regulatory Sandbox(規制の砂場)」の制度の導入も検討している。

ビジョンは、ここで完成して終わりではない。非連続的な変化が進む中で、社会の変化に対応し、機動的に変えていくことが必要である。

パネルディスカッション

関口解説委員(NHK):第4次産業革命といわれている中で、これからの競争の主戦場がバーチャルな世界からリアルな世界に移るといわれている。その意味では、今こそ日本のチャンスともいえる。新産業構造ビジョンを個々の企業の経営戦略にどのように落とし込んでいくのかということは重要な鍵だと思う。

今日お集まりの皆さんの関心はそこにあると思うので、パネルディスカッションでは企業現場の実態も踏まえて話を進めていきたい。まず、パネリストの皆さんに、新産業構造ビジョンのどこに注目しているか、どこを重要だと考えているかを伺いたい。

矢野所長(RIETI):最も注目に値すると思ったのは、ロードマップについての話である。最終的な将来像を設定した上でロードマップを作り、ソリューションに結び付けていくことが極めて重要だということだった。

経済学の分野で18世紀から考えられてきた数理計画法と同じ考え方なのだが、非常に難しいのは将来について考える部分である。なので、将来像を描く力をどのようにして身に付けていくかが非常に重要だと思った。計画自体は非常に素晴らしく、総論としてはそのとおりなのだが、各論として何を目指すのかを考えると、将来像を描く力を高めることは極めて重要だと思う。そこを、これから考えなければならないと強く感じている。

伊藤部会長(産業構造審議会):ビジョンを作る中で感じたのは、1つはGAFA(Google、Apple、Facebook、Amazon)の存在である。圧倒的に強力な企業が情報世界で動いている中で、日本の比較優位はリアルデータにあると考えられる。

もう1つは、技術革新と社会の連携のスピードが速いことである。UberやAirbnbがマッチング技術を使ってシェアリングで成功すると、他でまねしてみようという動きがすぐに出てくる。あるいはAIの新たな技術が出てくると、いろいろなところで使ってみようという動きが出てくる。自動車が世の中を変えていくプロセスには40〜50年かかっているが、最近の社会と技術の連携は非常にビジブルで、1〜2年という非常に短い期間で動いている。

西川CEO(Preferred Networks):私がビジョン策定に当たって強調してきたのは、AIによって賢くなった機械同士が連携することで新たなアプリケーションが生み出されることである。特にConnected Industriesの考え方が極めて重要である。

AIで重要なのは、AIにあって人間にない部分であり、AI同士がネットワークでつながることである。そのような世界が機械と融合すれば、新しいものづくりの形態が実現できるので、今後は製造業や自動車会社などバックグラウンドが大きく異なる会社との連携を進めるべきである。こうした企業間連携を推し進めないと、Connected Industriesは難しい。国が主導してConnected Industriesを進めることで、状況はどんどん良くなると思う。

三浦課長(経済産業省):従来と異なる動きとして、企業間のつながり方、企業とユーザーのつながり方、さらには業種間の関係が大きく変化してくると思う。その中で、将来像をきちんと共有し、一方では協力して基盤を作りながら、他方では競争するという切り分けを丁寧にしていかなければならない。

しかも、グローバルなルールの中でのチャレンジが求められる。その中で多様なチャレンジが起こることも非常に重要である。グローバルに見ると、ものすごくいろいろなビジネスが日々生まれている。日本からも世界の人々を感心させるような新しいビジネスが生まれてくる状況を、どのようにして作っていけばいいかがもう1つのポイントだと思う。

プレゼンテーション1

西川 徹(株式会社Preferred Networks代表取締役 最高経営責任者(CEO))

当社は、AIの技術の中でもとくにディープラーニングの技術を活用している。ディープラーニングの技術は、データを集めて分析するためだけでなく、現実世界のデバイスをコントロールしたり、モノを作り出したりする応用部分にも適用可能だと考える。

ディープラーニング活用と新しいコンピューティング

私たちは、ディープラーニングの産業応用に向けて、いろいろなアプリケーションを開発している。そのため、要素技術の開発も必要不可欠である。その1つとしてChainerというオープンソースのフレームワークを2015年にリリースし、ディープラーニングを試しやすい環境を提供している。

今後、ディープラーニングが発展する上で、データ量がどんどん増えていくという問題がある。すると、大量のデータをいかに効率的に処理するかが重要になる。そこで私たちは、たくさんのコンピュータを使ってディープラーニングの性能を向上させる方法の開発に注力している。

IoTとAIの融合において、大きな課題がもう1つある。データが生まれるスピードが速すぎるため、ネットワークがボトルネックになってしまうことである。そのため、クラウドコンピューティングの次に来るようなエッジヘビーコンピューティングの普及に向けて活動を進めている。つまり、データが生まれた場所の近くで学習処理を行い、重要な情報だけを中央に集めるようにする新たなコンピューティングのアーキテクチャーである。こうした活動を通じて、私たちはディープラーニングの発展にまい進している。

イノベーションの創出に向けて

AIでイノベーションを起こすためには、技術力以外に重要なポイントが幾つかある。まず、データをこれまでにない規模で学習させることである。そのためにはデータを集めることに加えて、きちんと処理できる環境を整えることが重要で、圧倒的な計算資源を準備することが必要となる。日本はこの分野に大きなチャンスがあると思う。

しかし、AIのモデルはいくらでもコピーできるので、精度が一番高いところが勝ってしまう。したがって、諸外国が計算資源の差別化をどんどん図っている点は非常に危機的でもある。その状況を、日本がこれまで持っている技術を使って克服できるかどうかが重要となる。

もう1つ重要なのは、大企業との連携である。Connected Industriesの実現にはデバイスを持っている会社との連携が重要だが、日本は大企業のデバイス開発能力が強いので、大企業との連携を加速する必要がある。意思決定のスピードに関しても、ベンチャーと大企業には大差があり、その差を許容していたら競争に勝てない。意思決定の方法をすり合わせ、できるだけ速く意思決定ができる方法を編み出すことや、ハードウエア、ソフトウエアの文化の違いを理解して信頼関係を醸成することが重要になる。

最近気になるのは、AI開発者の責任を問う流れがかなり議論されていることである。総務省のAIネットワーク社会推進会議では、AI開発者が安全性を保つためにどのように責任を取るのかということが議論された。ロボットをAIで制御するといっても、AIだけで全てをコントロールできるわけではない。ロボットをコントロールするには、ロボットが危ない状況に陥ったときにルールベースで制御するような仕組みを組み合わせて安全性を担保しなければならない。だから、AIの部分だけを取り出して危険性を議論するのは極めて危険である。

また、AIが人間と同じような能力を手に入れて、何か脅威を起こすのではないかという話もよくあるが、その状況にはまだ遠く、そこをごちゃ混ぜにして議論するのは技術の発展を大きく阻害しかねない。AIの現状や位置づけを正しく理解して議論することが極めて重要である。

Q&A

関口解説委員:シンギュラリティ(技術的特異点)は本当に近いのか。

西川CEO:技術的に見て、人の脳を超えるようなもので、たとえば囲碁など部分的に特化した問題を解くことは実現できると思うが、複雑な論理的思考ができる段階に到達するめどはまだまだ立っていないという認識である。

AIが人の能力を超えなくても、ネットワークにつながることによって生まれる新たな脅威もある。現在のAIと人の脳は違うものであり、その特性を理解した上で脅威を捉えていかないと、思わぬところで新たな脅威が出てくる恐れがある。

セキュリティの部分に関しては、IoTは現実世界に影響を与えるようになるので、どのようにしてセキュリティを守っていくのか、どうやってAIに変な挙動をさせないようにするのかといった点で、理論的な進化がまだまだ必要だと思う。

プレゼンテーション2

伊藤 元重(経済産業省産業構造審議会新産業構造部会長/東京大学名誉教授/学習院大学国際社会科学部教授)

今日のテーマは、マクロ経済政策との関連でお話しする必要があると思う。成長戦略については、データの扱いの問題や人材育成、ベンチャーが出やすい環境づくりなど、政府が取り組まなければならないことはたくさんあるのだが、一番の当事者は企業である。企業が実際にどのように動くかというものがないと、全体のサイクルが回っていかない。

成長戦略のポイント

アベノミクスの評価にはいろいろな考えがあると思うが、成果の出ている分野と成果がなかなか出てこない分野に分かれる。企業の収益で見ると、非常に高い収益を上げている企業が多いという点では、成果が非常に見えている。雇用についても、有効求人倍率が過去30年で最高水準で、労働需要がかなり出てきている。名目GDPの増加も目に見える成果である。

そのような中で、なかなか成果が見えてこない分野があって、潜在成長率もその1つである。成長率が伸びないということは、マクロ的に見て難しい問題が起きているということである。

そこで注目すべき数字が、貯蓄投資バランスである。企業部門を見ると、貯蓄のGDP比がアメリカは1%、ドイツは2.5%だが、日本は5.1%であり、極端に高い数字になっている。投資や賃金上昇にお金が回らないために、日本全体に閉塞感が漂っているのである。

日本の政策として非常に重要なのは、お金を投資や人材育成のために使うサイクルを回していくことであり、ここに成長戦略の重要なポイントがある。その根底としてAI、IoT、ロボットなどが将来社会を変えていくためのビジョンが重要になると思う。

投資しない企業は生き残れない

なぜ投資しないのかと企業に問うと、人口が減っていくからという答えが必ず返ってくる。これは、過去を見ながら将来を見ている(backward looking)という意味で非常に悲観的な視点である。

ある大手自動車メーカーのトップは、2050年までに日本のCO2排出量を約80%削減するという内容のパリ協定を受けて、「自動車メーカーは2050年には電気自動車や燃料電池しか作れないことになるから、今の延長線上に自動車産業はない」と話していたが、その通りだと思った。

つまり、投資しない企業は生き残れないのである。いくらガソリン車やハイブリッドを作っても、10年後、15年後には通用しない。社会が変わると思ったら、投資しない企業は生き残れないという問題意識をしっかり持つことが重要である。

企業にお金がないわけではなく、お金を使うアニマルスピリッツやきっかけがないのである。その点では個々の問題も非常に重要だが、社会全体で産業を変えていくという見方をわれわれが共有することが、マクロ政策をさらに進める上で非常に重要だと思う。

Q&A

関口解説委員:民間企業からなぜ、これほどアニマルスピリットが出てこないのか。

伊藤部会長:こういう話を日本の大企業の人にすると、「そうはいっても難しいんじゃない?」と言われる。ここが日本の非常に悩ましいところで、イノベーションとは何かをもう一度考えていただきたい。

S&P500の近年の高収益を引っ張ってきたのはGAFAだが、いずれも10〜20年前にはなかった企業である。つまり、イノベーションとは、かつて存在しなかった企業が出てきて、それが社会を引っ張っていくことである。技術革新には改良型と破壊型があって、改良型なら大企業が喜んでやると思うが、イノベーションはどこかで大きな破壊が必ず起きるのである。

イノベーションが起きて社会を破壊し、新しいものが出てくるような環境をどのように作っていくかということは、通常の政策のレベルを超えた難しさがあるのだが、しっかり考えていかなければならないことだと思う。

ディスカッション

関口解説委員:日本は、デジタル革命の第1フェーズでは負けたかもしれないが、この先リアルの世界と関わったときにチャンスがあるというのが非常に大きなメッセージである。しかし、バーチャルの世界でこれだけプラットフォームを押さえられてしまった中で、日本は本当に勝負できるのか。

矢野所長:今の体制を保つ限りはできない。今やろうとしているのは、今持っているバーチャル世界の技術を、単純に現実のものを動かすことに適用することのように見える。自動運転サービスのような、物から発したバーチャル技術の活用は、アイデアさえあれば1つ1つ蓄積できる。そのようなアニマルスピリットが生じるものを考えていく必要があるし、勇気を持ってまい進することがない限り、うまくいかないだろう。

関口解説委員:リアルデータを活用する点では、日本は優位に立てると感じるか。

西川CEO:現時点で勝機はあると思う。一方でGAFAをはじめ、AIの技術力が高いプレーヤーがリアルの世界にどんどん出ようとしているので、非常にきわどい勝負だと思う。彼らは彼らのやり方で、これまでの製造業とは全く違う概念で、サプライチェーンのコントロールを全て機械にさせたり、AIと現場が結びついてレイヤーをまたがった最適化をしようとしている。それができると、コストで勝てなくなってしまう。それは今の産業構造を大きく変えることにもなるので、そのトランスフォーメーションにはかなりの覚悟が必要である。

伊藤部会長:われわれにはGAFAのユーザーという側面と、その分野で競争している側面の両方がある。日本全体の国益を見れば両方でメリットがあれば良いのであり、全ての分野でGAFAと競争する必要はない。彼らが行っていることのメリットをわれわれがユーザーとして使えれば、それはそれで利益を得られる。だから、日本が比較優位になりそうなところをやっていくことが重要ではないか。

それから、バーチャルとリアルの世界を分けて議論するのは、あまり好ましくないかもしれない。われわれの世界で「補完と代替」というのだが、経済のバリューが生まれるのは補完の分野である。つまり、バーチャルにできないことがリアルにあり、リアルにできないことがバーチャルにある。それを融合したところに本当のメリットが出てくるはずだ。なので、リアルとバーチャルの補完性を考える必要がある。

関口解説委員:そうなると、産業構造の変化があれば、就労構造も変化せざるを得ない。AIやロボットに代替される仕事では、雇用の円滑な移行が求められる。

三浦課長:おっしゃるとおり、就業構造も大きく変わっていくだろうが、足元では人手不足で悲鳴が上がっている。生産年齢人口が減り始め、労働者が足りないことが成長の制約要因として顕在化しているように感じる。その流れの中で、AIやロボットに代替されて仕事がなくなるのを悲しむのではなく、積極的に他の分野へうまく移動することを考えることで、人口減少という大問題を解決するきっかけになればいい。

関口解説委員:このような産業構造の変化を思い描いたときに、個々人のリテラシーやスキルが必要になると思うが、どのように育てていけばいいのか。

西川CEO:楽観的かもしれないが、AIというツールを手に入れたら、人はもっと進化していくと考えている。そのための環境を積極的に提供し、現状をAIとインタラクションすることから感覚的に理解してもらうことを地道に続けていくことが必要だ。

関口解説委員:ある意味、成長力や生産性の高いところへの雇用の流動化をどのように進めるかという課題でもあると思うが、どう考えるか。

伊藤部会長:当面は深刻な人手不足なので、非常に楽観的な見方をすれば、これが省力投資につながればというところが1つある。もう1つは、日本の全要素生産性(TFP)がなかなか上がらない。中長期的には技術革新が後押しして生産性を上げることが大事だが、3〜5年ぐらいの中期でTFPを上げるには、生産性が低いところから高いところに労働をシフトする産業構造の調整が必要である。

関口解説委員:当然、どの仕事が脅かされ、どの仕事が残るのかということについて、お考えは多いと思う。その点で示唆があればお願いしたい。

矢野所長:結局は機械に負けるようなことは起きない。常に仕事は残っていく。人間がやるべき仕事は、常に高度化しながら必ず一番トップのところで残る。人間は、それを達成していく必要がある。高度成長期を考えると、日本的な制度の下でも労働の移動や配置換えはできていた。もし本当にこのビジョンが実現するなら、新たな労働の形が出来上がり、われわれの次の働く場所が自然とできてくると思う。

関口解説委員:今後、ビッグデータとAIを掛け合わせていろいろなことが生まれるときに、利活用のためのルールはどうなるのか。

三浦課長:ルールの切り口の1つとして、まず個人情報の取り扱いがある。経済産業省では今年度以降、スマートホームについて実証事業を行い、どのようなビジネスモデルがあり得るのか、どのようなデータが取れるのか、データをどのように活用する可能性があるのかを検証しようとしている。その中で具体的な問題点を見ながらルールを整備していくことが必要になると思う。

関口解説委員:そもそもデータは誰のものかという議論は、部会ではどうなっていたのか。

伊藤部会長:忘れてはいけないのは、データの扱いやネットワークの考え方が中国とアメリカとヨーロッパとで違い、どれがベストか分からないことである。だから、とりあえずプライバシーの問題やデータ活用の範囲について、議論しながら進んでいくしかないだろう。ただ、日本として、中国とアメリカとヨーロッパのどれを目指すのかということについては、しっかり議論しなければならない。ルールは1回作ってそのまま動くのではなく、いろいろな失敗や成功が経験しながら形成されていくものだと思う。そうはいっても、ルールをしっかり評価しなければならないが、同時にいろいろなことを実験しながらルールを進化させていくことが重要だと考える。

矢野所長:極論を言うと、ルールなど考える必要はないと思う。問題が起こりつつ、ものを考えていくことが必要で、先回りして全部やろうとすると、何もいいことはない。できるだけ幅広く活動範囲を設定して、その中で問題が起きたときに、常識的に考えてどのように対処していけばいいかを考えればよい。

それができれば、日本は非常に明るくなると思う。だからこそ、今日のビジョンは非常にいいものだと思う。せっかく新しい技術を作って新しい世界を築こうとしているのだから、あまりルール形成を先走って心配することはない。

関口解説委員:ルールメーキングで政府に求めることはあるか。

西川CEO:ロボットや自動車は安全性がきわめて重要なので、安全性の担保について日本の力を結集すべきだと思う。本当にレベル4(高度自動運転)の時代が来たときに、安全な自動車を造ることは大きな競争力になるのではないか。もともとの競争領域である性能のデータは各社が持っていればいいが、安全性評価や安全性のためのデータ活用は国が主導してほしい。安全性を高めるためのノウハウを企業間や国との連携で高めていくことは、一長一短では行かないと思う。

関口解説委員:データの利活用について、企業としての競争力を生かす部分もあれば、みんなが協調して利活用できる領域もあると思う。そのあたりの仕分けはどう考えたらいいか。

三浦課長:デジタルに答えが出る問題ではないと思う。自動運転の安全に関わる部分は、むしろ規制してでも協調領域にしていくべきかもしれない。ダイナミックマップについては、自動車会社や地図会社などが協調して取り組む機運が出ているが、ものすごく意見の対立があって利害調整に苦労している。なので、10年後にこのビジネスはどうなっているかというビジョンを共有しながら、コンセンサス作りを丁寧に行っていく必要があると思う。

関口解説委員:日本はAI人材の面で、どうすればキャッチアップできるか。

西川CEO:私たちは、国内外を問わず人材を集めているし、海外の優秀な研究者とのコミュニティーを広げる活動もしている。それによって多くの技術を知る環境ができると思うし、最新の研究に触れる機会も増やせる。もともと世界的にニューラルネットワーク(神経回路網)の研究者は多くないので、数学的素養があればキャッチアップは容易だと考える。そうして数学のできる人がディープラーニングを勉強できる機会を提供することで、キャッチアップするスピードを速める活動をしている。

関口解説委員:コンピュータに代替されないものも新たな技術として身に付けなければならないが、このような職業訓練はどのようにあるべきか。

三浦課長:今後増える仕事は当然、情報サービスだけではない。たとえばおもてなし型のサービス部門は結構増えるのではないか。代替が利くような部門はどんどん減ってくるが、高度にカスタマイズされた商品を相手に合わせて売る部門は増えるだろう。なので、全くなじみのないAIの世界をみんなが勉強しなければならないわけではなく、それぞれが置かれた環境や能力に応じて必ずいろいろな職業が残ると思う。職業訓練も世の中の変化に合わせて重点化を図ることが大事だと思う。

関口解説委員:AIを活用するに当たって、倫理性が欠如してしまう危険性はないか。

西川CEO:現在のAIが人間の倫理観を変えるレベルにまで到達するかというと、まだその道は見えていないというのが私たちの見解である。一方、AIをコントロールする技術の開発は必要である。AIはブラックボックスといわれているが、技術が進化すればホワイトボックスになっていく。AIがどのような原理で動いているのかという解明自体をしていかなければならないし、解明できたとしてもAIだけで動かすとコントロール不可能になってしまう部分もある。しかし、ソフトウェアなので、いろいろなソフトウェアを組み合わせることでそのソフトウェア自体を制御することもできる。そのための安全性を保証するようなAI研究がこれから盛んになるのではないか。

関口解説委員:昨今の変化は指数関数的であり、非常に速度が速いことを認識しなければならない。その点で、乗り遅れてしまうことは大きなリスクであり、危機感を持たなければならないが、うまく生かせば日本が再生する大きなチャンスにもなる。今日お集まりの皆様が、それぞれの企業や現場で腕まくりをして、「これからやってやるぞ」という気分になっていただければ幸いである。

*当初予定していた安宅 和人ヤフー株式会社チーフストラテジーオフィサーが当日急用のため欠席となり、三浦課長がパネリストを務めました。