第19回RIETIハイライトセミナー

大きな不確実さを抱える経済・市場の現状と展望-政策不確実性指標をもとに(議事概要)

イベント概要

議事概要

世界経済は回復基調にあるといわれるが、一方で米国のトランプ大統領の誕生や英国のEU離脱(Brexit)など、世界的な政治の不安定さにより、不確実性はこれまでにないほど高まってきている。今回のセミナーでは、政策の不確実性を定量的にとらえる指標を用いて、伊藤新RIETI研究員が主要国、グローバル全体の政策の不確実性の特徴について紹介。さらに1987年以降の日本における政策不確実性の変動要因、市場や景気との関係性について言及した。また、深尾光洋RIETIシニアリサーチアドバイザーは、地球温暖化、技術進歩、オルタナティブ・ファクトなど政策以外にも不確実性の要因があると指摘し、政策不確実性指標を用いる際の注意点と、同指標を用いて社会事象をどう捉えるかについて解説した。

理事長挨拶

中島 厚志 (RIETI理事長)

世界経済の回復は鮮明だが、一方で米国のトランプ大統領の誕生やBrexitにより、政策の不確実性やリスクの指標は高まっている。

今回のハイライトセミナーでは、伊藤新RIETI研究員から政策の不確実性を定量的に把握する政策不確実性指数について、深尾光洋RIETIシニアリサーチアドバイザー(武蔵野大学経済学部教授)から政策不確実性指数の必要性と注意点についてお話しいただき、専門的な知見から議論する。

市場動向の概観

中島理事長: 世界の輸出数量は拡大しており、特にハイテク製品の生産・出荷が好調である。マーケットでは、ハイテク株が3分の2を占めるNASDAQ株価指数が急激に上昇している。これはバブル期の日経平均株価や高騰期の原油価格の推移と類似しており、バブル期の日経平均株価のピーク時に近づきつつあるような勢いである。

また政策不確実性指数は日米とも過去平均を超えて高いのに対し、日経平均株価のVIX指数は大きく低下している。米国では、2017年6月の平均VIX指数が、1990年以降の発表において月別では一番低くなっており、ショック時の変動が大きくなる可能性が増大している。

深尾: 経済は回復しているのにもかかわらず、物価や賃金はなかなか上昇しない。これが政策不確実性の背景の1つである。また、VIX指数の低さがショートストラドルを増加させていることも、ポイントの1つだ。これは市場が、株価は上がりも下がりもしないと思っている証拠で、米国の株価は二次モーメントのバブル(変動制が縮小するバブル)にあるのではないかと思われる。しかし、バブルはいずれ崩壊するため、VIX指数が低くても安心はできない。むしろ危険な状態ともいえる。

講演1「日本・世界が直面する政策の不確実性」

伊藤 新 (RIETI研究員)

新聞報道をベースにした政策不確実性指数

政策の不確実性について、3つのパートに分けて話す。まず政策の不確実性を定量的にとらえた指標である、政策不確実性指数について簡単に説明する。次にその指数を拠り所にして、日本や世界が直面する政策をめぐる不確実性の現状をとらえる。最後に政策の不確実性と経済または市場の関係性について述べる。

政策をめぐる不確実性は、実際に目でとらえられないため、何らかの形で定量化する必要がある。シカゴ大学のデービス教授やスタンフォード大学のブルーム教授らの研究グループは、新聞記事に着目し、政策の不確実性をとらえる指標を開発した。彼らの研究論文は昨年、経済学分野のトップジャーナルに掲載された。彼らが新聞報道からつかもうとした不確実性は大きく3つに分類される。1つ目は、誰が政策決定をするか。2つ目は、どのような政策がいつ実施されるか。最後に政策の効果はどれほどか。彼らは、ニューヨーク・タイムズやワシントン・ポストなど全米主要10紙に掲載された記事の中から、economy、policy、uncertaintyに関係する用語を含む記事を収集し、それらを用いて指数を算出した。彼らは、無作為に抽出した約1万2000記事の精読から得られた情報をもとに、ヒトの精読による結果をもとにした指数とその用語セットによるコンピュータ検索の結果をもとにした指数を作り、比較している。両者は似通った動きをしている。コンピュータを使って指数を作ることにある程度妥当性はある。同様のアプローチにより日本を含む世界約20カ国・地域の指数が作られている。

日本については、デービス教授と国際通貨基金(IMF)のエコノミストと私が共同して指数を作った。指数は朝日新聞、日本経済新聞、毎日新聞、読売新聞の朝夕刊に掲載された記事をもとに算出されている。economyに関係する日本語として「経済」と「景気」、uncertainty に関係する日本語として「不透明」「不安」「不確実」「不確定」を採用した。そしてpolicyに関係する日本語として「税制」「財源」「国債」「政府の債務」など全部で32語を採用した。1987年1月から記事を収集した。全政策の指数に加えて個別政策の指数も作っている。たとえば財政政策不確実性指数は、さきほど述べた3つのカテゴリーの用語に加えて「プライマリーバランス」「年金給付」「医療費」「診療報酬」など財政政策に関係する用語も含む記事をもとに作られている。

日米の政策不確実性指数

1985年1月から2017年6月までの米国の指数の推移から、3つの特徴が見て取れる。第1に、指数は大統領選挙など政治的な要因により高まる。第2に、指数はロシア危機や世界金融危機など経済ショックが起きたときに上昇する。最後に、指数は湾岸戦争や9.11など安全保障政策をめぐる不確実性が強まるときに上がる。直近では2016年の大統領選挙のとき指数は大きく上昇した。

視線を米国から日本へ転じると、指数の推移からは2つの特徴が見て取れる。まず、米国と同様に大きな経済ショックが起きたり、首相の辞任や衆参ねじれ国会など重要な政治イベントが起きたりしたとき、指数が上昇する。次に米国とまったく対照的に、指数は湾岸戦争や9.11のときに上がっていない。最近では消費税率引き上げが再延期されたり、英国で欧州連合(EU)からの離脱の是非を問う国民投票がおこなわれたりした昨年の半ばに指数が大きく上昇した。

日本の個別政策別の指数

財政政策不確実性指数は、1990年代後半のアジア通貨危機や国会でねじれ現象が生じたとき、2000年の衆院総選挙で連立与党が議席を減らして政治が不安定化したとき、2002年に景気対策をめぐり政府と与党が激しく対立したとき、2010年のギリシャ危機や鳩山首相が辞任したとき、2011年の米国政府の債務問題や菅首相が辞任したとき、そして2016年に消費税率引き上げが再延期されたときに上昇している。

財政政策に関する不確実性は、政治が不安定なときに高まる傾向がある。1998年に国会ではねじれが生じて政治が不安定となったが、このとき不確実性が高まっている。また2000年代後半から2010年代初めにかけて政治の不安定さが趨勢的に増しているが、この時期に財政政策をめぐる不確実性が大きくなっている。もっとも政治が安定していても不確実性が高まる場合がある。2012年末に安倍政権が発足して以降、政治は確かに安定している。しかし、昨年5月に消費税率引き上げの再延期が決まったとき、不確実性が大きくなった。首相は2019年の税率引き上げがどのように担保されるか、財政黒字をどのようにして生み出すかについてきちんと説明しなかった。また、2002年の小泉政権のときも政治は安定していたが、財政健全化をめぐる政府と与党の激しい対立を受けて不確実性が高まった。

金融政策不確実性指数は、2001年の量的緩和政策の導入や昨年のマイナス金利政策の導入のように、政策運営の仕方がそれまでと大きく変わったところで上昇している。また指数は2008年3月に大きな値を示している。このとき参議院で政府提出の次期日銀総裁人事案が相次いで否決された。通商政策不確実性指数は、トランプ政権が発足した今年1月に過去30年間で最も高い水準に達した。

グローバル指数

いくつかの主要な国に目をやると、英国の指数はEUからの離脱の是非を問う国民投票がおこなわれたあたりで大きく上昇している。足元の指数は投票後の水準より低いが、過去の平均的な水準と比べると依然として高い水準で推移している。フランスの指数は2000年代後半から上昇傾向を示している。今年4月から5月にかけておこなわれた大統領選挙のとき、指数は過去30年間で最も高い水準に達した。

グローバル指数は、2000年代後半に起きた世界金融危機以降、上昇傾向にある。この指数は米国、カナダ、ブラジル、チリ、英国、ドイツ、イタリア、スペイン、フランス、オランダ、ロシア、インド、中国、韓国、日本、アイルランド、スウェーデンそしてオーストラリアの世界18カ国の指数をそれぞれの国のGDPにもとづくウェイトで加重平均することにより算出されている。仔細にみると、指数は2010年代初めの欧州債務危機や米国で政府債務をめぐり民主・共和両党が激しく対立したとき、昨年の英国での国民投票や米国での大統領選挙、今年初めのトランプ新政権が発足したときに大きく上昇している。足元の指数は200を下回る水準まで低下しているが、過去20年間で世界経済が直面する政策の不確実性は依然として大きい。

世界金融危機以降、日本は外国の政策をめぐる不確実性に以前にも増して直面している。日本の指数と米国、欧州、グローバルの指数との相関係数を世界金融危機の前後で算出した。その結果、金融危機後の相関係数は危機前より高いことが分かった。

政策の不確実性と株価のボラティリティとの関係

日本の政策不確実性指数と株価のインプライド・ボラティリティをデータがともに利用できる1990年6月以降でプロットすると、両者は似通った動きをしている。1997年や1998年に政策不確実性指数と日経平均ボラティリティ・インデックス(VI)はともに上昇している。また2000年代後半に政策不確実性指数が上昇したところで日経平均VIも上昇している。もっとも両者が異なる動きを見せるときがある。2010年代に政策不確実性指数が高い水準に達している一方で日経平均VIは上昇していないときが何度かある。米国についても政策不確実性指数とVIXは概ね似た動きをしている。しかし、2012年や2013年そして2016年以降、政策不確実性指数は高い水準に達している一方、VIXは低位で推移している。

また政策不確実性指数は株価とも相関している。1990年代後半に政策不確実性指数が大きく上昇したところでTOPIXは下がっている。同様のことは2000年代前半、2000年代後半から2010年代初めそして2010年代後半にもあてはまる。このように政策不確実性指数と株価とのあいだには負の相関がある。最後に政策の不確実性と景気の関係性については、両者のあいだに先行と遅行の両方向の相関がある。政策不確実性指数と鉱工業生産指数の伸び率の時差相関係数を算出すると、鉱工業生産指数の伸び率は4カ月から5カ月先の政策不確実性指数と相関がある。またその伸び率は1カ月から4カ月前の政策不確実性指数とも相関している。

まとめ

これまで述べてきたことを要約すると、日本では首相の交代や激戦となった国政選挙のところで政策の不確実性が高まる。また、1997年から1998年のアジア通貨危機、2008年の世界金融危機、2011年に米国で政府債務をめぐり民主・共和両党が激しく対立したとき、昨年の消費税率引き上げの再延期や英国でEUからの離脱の是非を問う国民投票がおこなわれたときに政策の不確実性が大きかった。

次に世界金融危機以降、日本は外国の政策をめぐる不確実性に以前にも増して直面している。最後に、政策不確実性指数は株価と負で相関しており、景気とは先行と遅行の両方向で相関している。

講演2「不確実性指標の重要性について」

深尾 光洋 (RIETIシニアリサーチアドバイザー/武蔵野大学経済学部教授)

世界で不確実性が高まる理由

経済における不確実性は増大するだろう。不確実性指標を全体として見ると、日本は1997年頃からデフレに入り、ゼロ金利が開始されてから高まっており、これは通常の金融政策による需給調節が難しくなったことが1つの要因である。欧米では世界金融危機以降、全体に高い傾向にある。また、そのような状況下では、財政が悪化する傾向があり、これが財政政策による需給調整を難しくしている。日本がデフレに突入し、さらに世界金融危機により、欧米もゼロ金利と量的緩和を始め、世界で経済政策運営の不確実性が高まった。

成長率は不安定要因の目安となるのか

一昨年の終わりから去年にかけて需給ギャップと労働市場が改善していた局面で、日本経済新聞では状況が悪化しているという記事が目立った。GDPと雇用の伸び率の低さがその論拠だが、日本では年間1%ずつ生産年齢人口が減少しており、働ける人をフル稼働しても労働力の供給は年間1%ずつ減っていくため、これは当然のことである。女性の労働参加や高齢者の雇用拡大により、労働時間で見た総労働力はほぼ横ばいとなっている。労働人口が減っているので、労働需給はむしろ改善している。GDPの伸びは低いが、労働需給は改善し人手不足が高まっている。このような状況にもかかわらず、成長率だけに注目した新聞記事の存在が、政策の不確実性を増大させている。

政策による起こりうる不確実性とは

先に述べたように、日本と欧米のゼロ金利と量的緩和により、政策の不確実性が高まった。これは景気の刺激に失敗すると政府債務が増大するためだ。量的緩和の実行は中央銀行資産のGDPに対する比率を拡大させるし、量的緩和の停止も中央銀行に大きな損失を生じさせうる。日本のように政府債務残高が高くなってしまった国は世界的に見ても、たいてい財政危機に直面するものだが、それが従来信用力のあった日本であるというだけで免れているのが現状である。中国については、投資GDPが異様に高い状況にもかかわらず、成長率が低下している。GDP比4割超という固定資本形成に対し6、7%の成長率しかない。つまり総投資の3割ほどが、将来リターンを生まない非効率な投資であると思われる。中国の投資の限界生産力の推定では、投資の相当部分がマイナスのリターンになると思われる。不採算の投資の背後には不良債権が生まれる。その結果、中国の特に政府系企業の不良債権拡大が発生するリスクがある。

オルタナティブ・ファクトによる不確実性増大

政策不確実性増大のもう1つの要因として、伝統的なメディアやオピニオンリーダーの拡散と弱体化がある。新聞論調、テレビ解説が世論を形成できず、ツイッターやブログによるファクトチェックのない意見が拡散している。その結果、オルタナティブ・ファクトを多くの人々が信じるようになった。米国ではトランプ大統領による経済的合理性、科学的合理性を欠いた言動を多くの人が信じたためにTPP離脱やパリ協定離脱を招き、英国では明らかにEU条約を読み込んでいないEU離脱派の言動を多くの人が信じたためにEU離脱を招いた。オルタナティブ・ファクトにより、通商政策、外交政策、国際紛争勃発の予見性が低下している。

自然災害による不確実性増大

CO2濃度上昇による温暖化の進行は、さまざまな分析により裏付けられているところだが、温暖化により海面上昇すれば、世界の不動産価格が下落リスクに見舞われる。世界の大都市は沿岸部あるいは河川の下流地域にあるが、水面上昇に高潮が重なると危険な状況になる。たとえば東京なら、平均的な海面が1メートル上昇すれば、台風などの高潮と相まって相当の部分が水害にあう可能性がある。この予想により、水害が発生する可能性の高い地域の不動産価格が下落し、金融機関の担保となるバランスシートが悪化する。温暖化は金融システムへのリスクが拡大し、不確実性を増大させる。

国際紛争も不確実性増大の要因となる。ISISや南スーダンの紛争はもちろんだが、北アフリカと中近東地域の国際紛争にも干ばつには強い相関があるという研究結果がある。アラブの春が起きたアラブ諸国の政治不安は、干ばつによるものではないかと言われている。地球温暖化のシミュレーションを見ると、温暖化による干ばつの被害地域の見通しは南ヨーロッパ、中近東、北アフリカ全域と、地中海全沿岸地域に渡る。オーストラリアでは東海岸以外の全域、米国では東海岸以外の全域が含まれる。先進国なら対応できるが、途上国は食糧生産低下と貧困層の生活悪化が予想される。シリアの不安定性の背景には、アサド大統領という要因もあるが、シリア奥地の農家が、干ばつにより食糧難に陥り、都市に集まってきたという理由が裏にある。干ばつによる国際紛争の拡大は政治的な不安定性を生み、ロシア、米国などの大国やトルコの介入を生み、非常に不安定な状況となる可能性がある。

技術進歩による不確実性増大

技術進歩も不確実性をもたらす。シェールガスにより、米国の天然ガス価格が低下するなど、天然資源の相対価格の変化により、不確実性は増す。太陽光発電や風力発電のコストが下がれば、競争力のバランスが変化し、鉱山業者や石油開発会社、原子力開発企業の株価が低下する。サウジアラビアなどエネルギー生産国の国際収支の悪化は、不安定要因となる。デジタルカメラができればフィルムは不要になり、自動運転が拡大すれば運転手不要論が出る。まずは長距離トラックから機械化が進むことになるだろう。また、財務諸表の自動分析により証券アナリストは代替される。資産運用が自動化されればディーラーは不要となる。X線検査を機械で読み込めるようになれば、検査の担い手は、医師から機械に移っていく。機械と人間を比べて、人間のほうがエラーを起こしやすいとなれば、医療過誤を避けるために機械に任せようということになるだろう。これらが全て、不確実性の増大要因となる。

仮想通貨による不確実性増大

金融面では、仮想通貨という新たなアセット通貨が登場した。ビットコインは中央銀行の管理なしに流通可能であり、国際決済にも使われるようになっている。値動きが激しいため、投資としてはリスクが高いが、少額であれば国境を越えた簡易なペイメントであり、この新しい技術による資金決済はさらに拡大する可能性がある。すると、この種の技術は暗号システムに頼っているため、脆弱性となりうる。量子コンピュータにより、高速な計算ができるようになれば、長い暗号でも簡単に解けるようになり、金融の暗号技術は解読のリスクに晒されるだろう。

経済の不確実性と政策の不確実性の関係性

政策の不確実性が経済の不確実性に影響するのか、経済の不確実性が政策の不確実性に影響するのかという因果関係については、双方向で先行遅行があるという意見に賛成だ。しかしどちらかというと、経済の不確実性が政策に影響しているのではないか。ただ、トランプ大統領の気まぐれによる政策や、黒田日本銀行総裁のサプライズによる景気刺激策など、俗人的な政策が経済に影響を与えることもある。黒田総裁の場合は、中央銀行がサプライズにより、マーケットの予想しない政策を打ち出すことにより、景気が刺激されることを想定した政策である。

政策不確実性指標の注意点

政策不確実性指標は、指標と実体経済との因果関係が明確でないため、その使用に注意が必要である。指標が上昇すると株価や金利、為替相場が不安定化して経済が不安定化するのか、経済の不確実性の高さがマクロ政策の予測困難性を生み、新聞記事が増えて指標上昇を生むのかは明らかではない。初めてのデフレを経験し、金融政策が対応困難となり、金融政策の不確実性が高まっているのではないか。また、消費税率引き上げの見直しが何度もあったことを受けて、新聞記事が増えて、指標が上昇したことも考えられる。

1997年における日本の不確実性の上昇をアジア通貨危機による影響とみる意見もあるが、三洋証券、山一証券、北海道拓殖銀行などの連続破綻という国内の金融危機とする見方も十分にできる。また日本の金融危機が、アジア通貨危機を悪化させたとする見方も可能である。特に韓国の金融危機は、日本の金融危機により引き起こされた可能性が高い。日本の金融機関が自らの資金繰りに不安を覚え、韓国に出していた短期ローンを急激に回収したことが要因となったとも考えられる。このように、指標と実体経済との因果関係が逆である可能性もある。

ディスカッション

中島:
経済や市場ばかりか政策対応も不確実性の影響を受ける、または不確実性をもたらすとなると、それらが互いに影響してリスクが増え、政策対応が十分にできなくなる。すると今後は内外経済や市場がかなり不安定化し、相互に因果関係が錯綜する時代になるかと思うが、これについてどう思われるか。

深尾:
日本の財政、日銀バランスシートについて言うと、黒田総裁の2%のインフレ目標は達成できない方がいい。ゼロか若干プラスのインフレでじわじわ上がり、ゼロ金利か低金利を維持し、長期金利も低いままなら日銀は損を被らないし、財政ファイナンスコストも非常に低い。リスクが高いのは、むしろインフレ目標が達成できる場合だ。物価上昇率が2%で定着すると、長期金利を3%、短期を1.5%までは上げる必要があり、そうなると10年国債の価格は3割下落する。財政では利払い費が急増する。こういう意味で不確実性は高まっている。

中島:
技術進歩により不確実性が高まるとすると、不確実性やリスクは悪い面ばかりでなく、良い面もあるのかもしれない。すると今の時代は大きな転換点にあるという見方もできるように思うが、どうお考えか。

深尾:
歴史はそうやって回ってきたという気がする。過去の長い歴史を考えれば産業革命で蒸気機関など色々な技術革新があり、それにより経済が回り、大きなディスラプションが起きて、世の中は進歩してきた。今の大きな進歩は、AIやコンピュータの技術進歩だ。素晴らしいことだが、同時にそれで生計を立てていた人は仕事がなくなってしまう。プラスもマイナスもある中で、ポジティブアジャスメントが必要だ。進歩が起きれば、産業構造を変えていかないといけない。当然政策も同じだ。政策不確実性指標で言うと、金融政策の不安定性とそれによる財政政策の課題がある。

中島:
深尾先生がご指摘されるリスクは相当幅広いが、米国に倣って開発された不確実性指標は、範囲が限定的とも見える。自然災害リスクも織り込んでいないようだが。

伊藤:
さきほど述べたように、政策不確実性指数は、政策をめぐるさまざまな不確実性をとらえるために作られた指数である。たとえば、自然災害リスクに対してどのような政策がいつとられるかという不確実性が大きければ、そのリスクのことは部分的に指数に反映される。自然災害リスクの増大と環境政策面からの対応は強く結びついており、環境政策不確実性指数の作成は有益かもしれない。

付け加えて言うと、わが国における政策の不確実性はほとんど財政政策と金融政策の2つの政策の不確実性に起因している。抽出された政策の不確実性に関する記事のうち、財政政策に関係する記事数は全体の6割を占め、金融政策に関係する記事数は全体の3割を占める。

中島:
指数と実体経済の因果関係が明確でない、あるいは指数が示す意味があいまいだというご指摘についてはどのようにとらえるか。

伊藤:
データ分析の結果は、政策不確実性指数と景気指標の間に先行と遅行の両方向の相関があることを示している。一方では負の経済ショックによる景気悪化への政策対応をめぐり不確実性が大きくなる、つまり経済活動から政策不確実性への矢印が存在する。他方で政策の不確実性の予期せぬ高まりが経済活動に影響する、政策不確実性から経済活動への矢印が存在する。経済学者やIMFなどの国際機関は後者に大きな関心がある。しかし、前者の関係性を何らかの方法でうまく処理して除かないと後者の関係性をきちんと調べられない。

深尾:
過去の経済データで不確実性指標を説明し、説明できない部分は、政策の本当の不確実性が経済にどのように影響を及ぼすかを見れば、分離できる可能性があるのではないか。

伊藤:
その通りだ。マクロ経済の研究者がよく使うのが、多変量自己回帰(VAR)モデルに政策不確実性指数を取り込むアプローチである。しかし、VARモデルを推定して得られた結果には2つの解釈があり得る。1つは、識別された政策の不確実性ショックが経済の変動を引き起こしているという解釈。もう1つは、そのショックと連動する、モデルに含まれない変数が経済の変動を引き起こしているという解釈。そういうわけでVARモデルの推定結果をもとに因果関係を確かめることは難しい。

中島:
不確実性が高まるのに、株価も上がるという、逆相関となっていることは、どのように見ればいいのか。

伊藤:
考えられる1つの解釈は、政策の不確実性の高まりが株価へもたらす負の効果を打ち消すほどの良いニュースが同じ時点で報じられたことである。

深尾:
景気がある程度良くなってきたので、財政再建を始めるか、または量的緩和をやめるかという不確実性が出てきたのではないか。企業収益も、雇用も、求人倍率も非常に高く、景気は相当良い状況にある中で、景気刺激策をいつやめるかというところで不確実性が上がっているのではないか。

中島:
今後の経済の動向あるいは注意点についての見通しを教えていただきたい。内外経済の展開あるいは金融政策について、具体的にはどうご覧になっているか。

深尾:
労働需給がタイトなため、物価はじわじわ上がり始めると思っている。賃金はあまり上昇していないが、これは退職する人の数が、マーケットに入る若い人の数の倍だからだ。退職間近の方の収入は、新人の約2.5倍あり、労働者の年齢構成比の変化だけで、現在の賃金水準は1%押し下げられているが、実際はほぼ横ばいだ。各年齢を見ると皆、賃金が上がっている。そう言う意味ではパート、期間工の賃金はこれからも上がるだろう。物価が上がると金利の水準調整が起きるが、スピードは大切で、ゆっくり起きるほうがショックが少ない。

中島:
今までのゆるやかな景気回復が続くが、1人当たりで見ると良い状況にあると理解した。その中で、政策対応、日本の財政、金融政策でも転換点について何か、念頭におありか。

深尾:
財政金融だけで成長率を無理やり2〜3%上げようとすると、かなり問題が出てくる可能性がある。人口政策が大事だ。

介護コストのインフレは一番重要で、現在、財政で一番危ないのは介護保険だ。後期高齢者の急増と人手不足が相まって介護保険はコストが数倍になりうる。今の給与水準のままで介護コストが数倍になれば、貯蓄があっても自分の金で介護してもらえないリスクがある。

財政面ではインフレ率が上昇すると政府の利払い費が急増するだろう。現在はゼロ金利だが、物価が上がると金利を上げる必要があり、日銀の利払い費と政府の利払い費が急増する。これをうまくコントロールしなければいけない。

中島:
逆説的だがコスト増、インフレ、金利上昇がむしろリスクであると理解した。政策不確実性指数から見える今後の内外経済あるいはマーケットの展望、注目すべきポイントはあるか。

伊藤:
データ分析の結果は、政策不確実性指数が株価と負で相関していること、そして遅行関係にあることを示している。政策の不確実性を高めないことが株式市場にとって望ましい。政府は政策の先行きが不透明な状況を作り出すべきでない。またG20などの国際会議を通じて外国の政策不確実性が高まるのを抑えることも必要だ。

中島:
経済産業省経済産業政策局の井上課長が出席されているので、コメントないし質問をいただきたい。

井上誠一郎(経済産業省経済産業政策局 調査課長):
マイナス金利政策の評価についてお尋ねしたい。欧州中央銀行のマイナス金利が0.4%であるのに対し、日本銀行のマイナス金利は0.1%でしかないが、大きな影響があった。当時、今後、更なる引き下げがあるのではないかとの指摘もなされ、不確実性が高まったという見方もあったが、深尾先生はどのように評価されているか。

深尾:
導入のタイミングが良くなかった。一昨年の後半から景気が良くなってきているところで、ゼロ金利という劇薬があり、マーケットへのサプライズとなり、政策の不確実性を高めたという面がある。導入の理由は、2%のインフレターゲットが達成されなかったからだろう。しかし他国は、オープン前に議論し、問題点を洗い出してから導入している。日本が議論をしなかったのは、サプライズとして導入したからであるが、結論として、そもそも入れる必要がなかった。

Q&A

Q:
データ元が新聞記事だが、新聞というメディアの状況を見ると、部数が減って財政が厳しくなり、事実を調べるための足腰が弱くなっており、その分コメントに依存していると感じる。そうなると、書きやすいマクロの記事が増える。現実から指標に至るプロセスにはゆがみが生じているのではないか。

伊藤:
新聞記事を使っている最大の理由は、長い期間にわたって指数のデータが利用できるためだ。記者が書いた記事の量が有識者によるコメントの量より多いか少ないかは、さほど重要でない。重要なのは、世間で関心が高い、または大きな問題だとみられている事柄が新聞紙面で的確に報じられているかである。新聞での報じ方は今と昔で違っているかもしれないが、その新聞の役割は現在もなお果たされていると考えられる。

中島:
日本の指数を見ると、大きく不確実性が高まる時が過去に比べて増えているように見える。客観的でなくなった、またはバイアスがかかって記事の書き方が変わってきたということはあり得るか。

伊藤:
日本と同様に、米国やフランスなど海外の国々でも政策の不確実性が大きくなる頻度が高まっている。こうした海外要因がそれを生み出す一因であると考えられる。