第18回RIETIハイライトセミナー

第4次産業革命の動きと課題―流れに乗り遅れないために(議事概要)

イベント概要

議事概要

世界はデジタル技術の進歩により、「第4次産業革命」と呼ばれる段階に突入している。人間の労働が機械に代替されるかもしれないという議論にも注目が集まっており、日本が世界の流れに乗り遅れないためにも、そうした変革への対応が求められている。今回のセミナーでは、RIETIの長岡貞男プログラムディレクター・ファカルティフェローが第4次産業革命を、ソフトウエア関連発明に関する分析からひもとき、グローバル市場を目指した商品開発や人材育成の重要性を説いた。また、岩本晃一RIETI上席研究員は、ビジネス技術を活用した新しいビジネスモデルを紹介するとともに、雇用への影響について論じ、日本は技術進歩を阻害しない働き方改革の取り組みが求められると結論付けた。

理事長挨拶

中島 厚志 (RIETI理事長)

このハイライトセミナーは、できるだけタイムリーな経済課題について幅広い視点からRIETIの研究成果を含めて、関係する研究者にご登壇いただき、横断的に俯瞰する趣旨で始めたものである。

今、AI(人工知能)やロボットなどによる第4次産業革命が話題である。一方では、人の労働が機械に代替されるという議論もあるし、そもそも第4次産業革命がどういう形になるのかということもあり、そこに向けて各国がしのぎを削っている。

今回のハイライトセミナーは、前半では第4次産業革命の基盤としてとても重要なソフトウエア分野に焦点を当て、その研究開発や特許等の視点から見えてくるもの、あるいはIoT(Internet of Things)、AIなどで出現しつつある新しいビジネスモデルとその雇用への影響、後半では日本産業の課題と展望について、長岡 貞男RIETIプログラムディレクター・ファカルティフェローと岩本 晃一RIETI上席研究員にお話しいただいて、専門的な見地から議論する。

講演1 『第4次産業革命』とソフトウエア関連発明

長岡 貞男 (RIETIプログラムディレクター・ファカルティフェロー / 東京経済大学教授)

ソフトウエア関連発明の把握

IoTやAIによる第4次産業革命は、ソフトウエアが関与して実現されるため、ソフトウエア関連発明を把握することで第4次産業革命の広がりを理解することができる。

AIについては、既に特許分類が付与されているのでこれを使って把握した。それ以外については、米国の特許庁のチーフ・エコノミスト・オフィスがその審査官の協力を得て作成した米国特許分類を使ってソフトウエア関連発明を把握した。これを、(1)AIを含む狭義のソフトウエア、(2)それ以外でC&C分野のソフトウエア、(3)C&C以外の分野のソフトウエア、そして(4)ハードウエアと更に四つに類型化した。文部科学省科学技術政策研究所 塚田尚稔主任研究官との共同研究に基づく報告である。

ソフトウエア関連発明の重要性の高まり

EUが公表した世界のR&D(研究開発)2014年の支出上位2500企業の分布を見ると、本社ベースで米国が約3分の1の829社と最多で、日本の360社、中国の301社と続く。中国は1社あたりの金額は多くはないが急速に伸びている。業種別では、ソフトウエア・コンピュータサービス(10%)は医薬・バイオ(18%)、テクノロジー機器(16%)、自動車および部品(16%)に次いで研究開発投資額で4番目である。ソフトウエア・コンピュータサービス産業がAIやIoTにおいて非常に重要な役割を果たしているが、同分野の研究開発の支出シェアの77%は米国企業であり、この分野は基本的に米国の産業がドミネートしていることははっきりしている。

1970~2013年のソフトウエア関連発明の全発明におけるシェアを米国特許登録(全世界の出願人)ベースで見てみると、1970年にソフトウエア発明は10%強だったが、2000年代後半に5割近くを占めるようになり、急速に拡大している。日本の出願人について同じデータを見ると、同様にシェアは拡大しているが、たとえば自動車などC&C以外の分野でのソフトウエア的な発明、つまりハードとソフトが融合した分野でのソフトウエア関連発明の比率が非常に高い。逆に、AIを含む純粋なソフトウエア発明のシェアは低い。

2010年代に出願された特許の先進5カ国の特許登録状況を比較すると、件数は日本が米国の約3分の1、ドイツ・英国・フランスは日本の4分の1あるいはそれ未満である。構成を見ると、日本はその他の分野(ハードとソフトが融合する分野)でかなりシェアが高いが、米国と英国は狭義のソフトウエアの分野のシェアが高い。どの国も発明の約4割をソフトウエアが占めている。

各類型の特許件数を1960年代以降の全期間に対する2010年代の伸び率で比較すると、米国と日本はそれほど差がないが、狭義のソフトウエアの分野では米国の方が日本よりかなり高い。

AIに絞って見ると、日本のその長期的な伸び率(2010年代の発明が全期間に占める割合)は米国の3分の1しかない。また米国以外の主要国と比較しても伸び率は低い。この点で日本は流れに乗り遅れているといえる。2010年時点でシェアは米国が55%と圧倒的に高く、続く日本、ドイツ、カナダ、英国はそれほど大きな差はないが、その伸び率において日本だけ低いことが問題である。

われわれはEUの2500社のデータと特許データをつないだデータを構築して研究をしてきたので、産業と技術を掛け合わせて分析することができる。それによると、米国が圧倒的に強いソフトウエア・コンピュータサービス産業のシェアが、狭義のソフトウエア分野において約4割と非常に高いことが分かる。次に重要なのはTechnology Hardware & Equipment Industryだが、この2つを合わせると狭義・広義を合わせたソフトウエア関連発明の6~7割を占める。ソフトウエア・コンピュータサービス産業が、AIやIoTの基幹ソフトウエアの開発においてコアとなっている産業であることを確認できる。

ソフトウエア・コンピュータサービス産業で、R&D支出が多い企業としてはMicrosoft、Google、ORACLE、IBMやFacebookなどが挙げられる。IBMを除くと、1970年代以降の新規参入企業でコンピュータソフトウエアやコンピュータサービスを専業として急速に伸びてきた企業である。日本の上位は富士通と日本電気であり、これらは多角化企業でコンピュータサービスもソフトウエアも手掛けている企業である。最近は中国企業の伸びが顕著で、百度や騰訊も研究開発支出で世界の上位に入っている。

ソフトウエアの重要性は、多くの産業で高まっている。1つの例は自動車産業である。日本、米国、ドイツの自動車産業におけるソフトウエア関連特許の割合を見ると、日本は28%、米国は25%、ドイツは33%で、自動車産業の分野でもソフトウエアが非常に重要になっている。ソフトウエア分野の中でも、C&Cの分野の比率がかなり高いのが最近の傾向である。

ソフトウエア発明増加の背景:ソフトウエア関連発明の創造過程と進歩性からの示唆

ソフトウエア発明がなぜ増えていくのかをまず理解することが、今後の政策等の在り方かを検討していく上で重要である。このためには、ソフトウエア発明の創造過程、知識源、発明の実施の特徴など発明の内容の理解が手がかりを与える。1つの仮説は、統合して利用できるデータが豊富になったこと、コンピューティングパワーが拡大したこと、AIの技術が進歩したことなど補完財の拡大で、ソフトウエアに体化可能な発明機会が増大している、すなわち、補完財が増えたからソフトウエア発明の機会が増えたという考えである。

これに代替的な仮説は、ソフトウエア自体に新しいいろいろなブレークスルーが生まれたことである。しかし、以下の発明の内容についての分析は、ソフトウエア発明自体に新しいブレークスルーが起こったというよりも、いろいろな補完財の拡大による技術機会が豊富になったことが、ソフトウエア発明拡大のドライビングフォースであることを示唆している。

その手がかりの1つに、発明創造のプロセスがある。発明がどういう契機で生まれたかということである。経済産業研究所で実施した発明者サーベイの結果によると、狭義のソフトウエア発明は、それが研究開発の主要な目標ではなく、発明は予想できた副産物だった割合がかなり高い。また、研究開発の成果ではなく、研究開発以外の通常業務から発明になったものがかなり多い。発明のアイデアが通常業務から生まれたものが15.3%もあり、研究開発としてではなく直面している問題のソリューションに取り組む中で見つかったソフトウエア発明がかなり多いことが分かる。

また、AIの発明に着目して、特許庁は、これらがどういった技術課題をAIで解決しているかを分析している。それによると、全く新しい解決手段を与えるよりは、既にあるものの正確性、高速性・リアルタイム性、利便性、安全性・信頼性などを高めて、効率的にすることが大半である。

次に、どういった知識源が発明を生む研究開発プロジェクトを駆動したかを見た。特許文献や製品ユーザーは、ハードウエアの発明では非常に重要だが、ソフトウエアの発明では低くなっている。ソフトウエアの発明とは、特定の顧客毎に解決手段をオプティマイズするよりも、特定の顧客から独立してユーザーを抽象化しながら一般的なアルゴリズムを作っている所に特徴があるといえる。そして、特許文献の重要性が低く、逆に技術的なカンファレンスの重要性がかなり高いことは、速報性のある知識が発明の源泉としてかなり重要になっていることを示している。

もう1つ重要なのは、実用化における特徴である。発明を実用化するときには、発明の組み合わせが重要であることが、ソフトウエア発明の特徴である。また、発明を生み出した研究開発からのリターンを得る中で、企業秘密はあまり重要ではなく、製造能力の重要性も比較的低いことが示唆されている。

発明の人材

米国特許のPCT出願特許は、発明者の居住地のみならず外国籍かどうかをも認識ができる。米国企業の発明の場合、狭義のソフトウエアでは「外国籍の発明者のみの発明」、つまり米国人が関与していない発明が38%もある。これは米国のインドや中国等の子会社で発明されたものであると考えられる。それから、「自国籍の発明者と外国籍の共同発明」が22%もあり、これはたとえば米国にいるインドの発明者が米国に生まれた人と共同で発明したものである。従って、米国企業が持っている特許の60%には外国籍の人が関与していることになる。ハードウエアの発明と比較するとソフトウエア発明は、外国籍の発明者のみの発明が多いのが特徴である。

一方、日本では「外国籍の発明者のみの発明」が18%で、「自国籍の発明者との共同発明」は2%しかない。この結果、外国籍の発明者が関与している発明は2割である。他国と比較して極端に少ないわけではないが、米国と比べると国際化が遅れていることは明白であり、また他国と比較して国際共同発明が少ないことは際だった特徴である。

狭義のソフトウエアを日米欧企業で比較すると、ドイツ企業で外国籍の発明者を活用している割合が案外少ないのは、海外でソフトウエア開発をしているケースが少ないからだと思う。日本はドイツよりは少し多いが、フランスよりは少なく、米国と比べると3分の1の水準になっている。

今後の課題

第4次産業革命において、従来から進んでいるICTによる技術革新の加速化とともにイノベーションの駆動力の幅の広がりを観察している。AI、データ、センサーとコンピュータが組み合わされることで、広範な分野のイノベーションが実現する。多くの産業で多様なイノベーションの機会が生まれてきているので、それを追求していくことが重要である。

また、競争的なソフトウエア・コンピュータサービスは、ソリューションをグローバルに活用した考え方でなければ提供できないので、グローバルな市場を目指した商品開発を行わなければならない。そのため、人材のグローバル化も必要であり、国際的な共同開発に取り組める人材を日本で育てていくことが非常に重要である。

標準の重要性は既に示唆した通りである。また、データが重要な新しい生産要素であり、質の高いデータの蓄積とアクセスの円滑化が求められる。ソフトウエア発明がドライブしているというよりも、第4次産業革命がソフトウエア発明をドライブしているといった方が正しい。それ故に、進歩性や開示によって価値ある発明をきちんと保護していくことが必要である。

AIの技術開発は日本企業が遅れてきた面もあるが、現時点では日本の民間企業もAIをベースにした研究などに取り組んでおり、次のブレークスルーのための基礎研究強化の後押しも政府には求めたい。

講演2  第4次産業革命の動きと課題-流れに乗り遅れないために

岩本 晃一 (RIETI上席研究員)

はじめに

ビッグデータやIoTといった言葉の定義を議論することにはあまり意味がないと感じている。欧米では、Digitalization(アナログをデジタルに置き換えること)、Computerization(人間の活動の中にコンピュータを導入すること)、Networking(個々の機械をネットワークでつなぐこと)という言葉を使う。目の前で起きている現象の本質を理解するには、これらの言葉の方が正確だと思う。

今、産業界が最も期待する技術はIoTとAIといわれており、この2つの技術が今後の企業の競争力を決すると多くの経営者が考えている。

新しいビジネスモデル

ドイツ、米国、日本における新しいビジネスモデル事例を紹介する。

ケース1 能力の販売

圧縮空気の設備を販売していたドイツのKAESER KOMPRESSOREN社は、設備は売らず、納入はするものの所有権は自分たちで持ちながら設備を動かし、圧縮空気を販売するビジネスを始めた。つまり、製造業のサービス化である。

ユーザーは、メーカー自身が機械を最適制御で運転することにより、電気代を平均14%抑えられる。また、機械の所有権はメーカーにあるので、厄介なメンテナンス作業から解放され、メンテナンス代のほとんどを占める人件費を約半分に削減できる。

さらに、KAESER社は顧客ごとの運転状況データをインターネットで全てドイツ本社に送り、最適な運転方法をネットを介して指示することでさらに3%の省電力を実現し、サービス業に転換してから売り上げを毎年10~20%伸ばしている。

ケース2 インダストリアル・インターネット事業

米国のゼネラル・エレクトリック社(GE)は、ジェフリー・イメルトCEOの下、ファイナンス部門を切り捨て、インダストリアル・インターネット事業を始めた。産業機器の販売から、産業分野で顧客の成果を最大化するデジタルサービスの提供に転換(デジタルトランスフォーメーション)したのである。

オープンプラットフォームである「プレディックス(Predix)」を開発し、3~4年前から社内にCDO(Chief Digital Officer)を設置して「UXデザイナー」「データサイエンティスト」の養成を始め、顧客と共に考えるという仕事のやり方に変えた。顧客と共に課題を発見・解決して、結果としてプレディックスのクラウドサービスを提供する。

日本で初めてプレディックスを導入したのはLIXILである。GEは米国から「UXデザイナー」「データサイエンティスト」を派遣し、共同でセッションを開催して全工程を検証する中で、現場に職人を派遣する割り振り業務に課題を発見した。そして、「プレディックス」のクラウドサービスを用いて効率的に自動で割り振る形にすることでそれを解決した。

ケース3 i-labourマーケット

米国の「i-labourマーケット」は、ネットを用いて需要と供給をマッチングさせる点ではUberやAirbnbと同じ原理だが、既にUberなどよりも大きな市場に成長していると言われている。

i-labourマーケットで仕事を発注する国と受注する国のシェアを見ると、発注側で圧倒的に多いのが米国で、受注側で圧倒的に多いのはインドとフィリピンである。i-labourマーケットにより、わざわざ米国に移住しなくても、自宅にいながら米国から仕事を受注できる。

たとえば、米国の選挙期間中には、米国からインドやフィリピンに、選挙関連の書類作成や選挙人に発送するメールの作成といった大量の業務が流れていた。本来、これらの業務を行っていた米国人の仕事が失われたことになり、経済格差の要因になっている。

ケース4 オープンプラットフォーム

日本のファナックは昨年夏、オープンプラットフォーム「FIELD system」の早期開始に向け、NTTグループとの協業を発表した。ネットワークに接続できるセンサーや計測器を作って販売することにより、「FIELD system」をみんなで作り上げていこうという発想である。

三菱電機は、「e-F@ctory Alliance」というファナックと同じようなアライアンスを組み、300社が共同してIoTシステムを作り上げるCC-Linkというネットワークを以前から有しており、CC-Linkを導入した自社サーボモータ工場では、生産性が180%向上し、不良率が10分の1に落ち、エネルギー消費が25%減った。この数字をもって顧客に販売している。

ケース5 AIによる株のトレード

ストック・レンデイング・トレード(株の貸出取引)の分野で、日立の人口知能「H」の運用が始まった。AIが実際にビジネスの現場に本格的に導入されて、しかも実績が出ているのは、これが初めてのケースではないかと思っている。

これまでは機関投資家から貸し出しの注文が入っても、提示が遅かったり提示レートが高かったりして他社に取られることが多く、注文も多過ぎるため全てに対応できなかった。これが解消されたことにより、導入後6カ月で収入が7%増えたそうである。

ドイツ政府がミュンヘン大学に委託した調査により、デジタルビジネスの世界の傾向がわかった。すなわち、企業は、顧客との新たな接続機会を増やすためにデジタル技術を使おうとしている。つまり、客が何を欲しているかという情報を取り、顧客の要望にカスタマイズして受注しようとしているのである。今後は、いかに顧客にカスタマイズしたものを提供できるかによって企業の勝敗が決することになる。

雇用に与える影響

過去の雇用のデータを見ると、スキル度が中レベルの職業は雇用が減少し、スキル度が高・低レベルの職業の雇用が増加しており、これが世界の経済格差の一因とされている。

もう少し細かく見ると、中レベルでも、ルーティン業務がどんどん減る中で、コミュニケーションを必要とする業務は増えている。低レベルの業務も、技術が進歩すれば機械が人間を100%代替する日はいつか必ず来るので、その日を境に減少に転じるだろう。

国別では、米国はルーティン業務の減り方が大きく、高スキルの職業の増え方が大きい。一方、日本はルーティン業務がそれほど減っていないし、高スキルもほとんど増えていない。技術が進んで機械で代替できるにもかかわらず人間が働いており、高スキルの人を養成してこなかったという現状維持傾向が非常に強い。技術進歩に対して雇用状態が合っていない。ここに日本の低い生産性、弱い国際競争力の要因の1つがある。技術進歩を阻害しない「働き方改革」が求められる。

米国で数年前からプラットフォーム・エコノミーという経済学の分野が出現している。プラットフォーム・ビジネスを分析するもので、マネーとビッグデータがどんどん本社に吸い上げられ、最下層で働く人々は非常に低賃金で不安定な状態に陥り、やがて技術進歩により機械に置き換えられるとされる。たとえばUberでは運転手を主に移民が担っているので、自動運転車が普及して移民の仕事がなくなると、欧米でさらに社会が不安定化するため、欧米においてAIが与える雇用問題の深刻さは、日本の比ではないと思う。

その中で、雇用問題に国を挙げて最も真剣に取り組んでいるのがドイツである。ドイツは2013年4月に完全自動無人化工場を目指すインダストリー4.0構想を発表した。そのわずか5カ月後に、米国で10~20年以内に47%の職が消滅のリスクにさらされるとするFrey & Osborneのレポートが出され、ドイツにおいて第二のラッダイト運動が起きるのではないかという恐怖が広がった。

ドイツ金属労働組合(IG Metall)を支持基盤とする政権与党・社会民主党が、「未来のスマート工場は無人工場ではなく、企業活動の中核は人間が担う」と声明を発表したことで、インダストリー4.0の完全自動化無人化工場構想は軌道修正を強いられた。

その後、ドイツ政府は雇用問題を研究するArbeiten4.0プロジェクトを立ち上げ、ZEWに委託してFrey & Osborneの説を検証したところ、消滅のリスクがある職は米国9%、ドイツ12%だった。

その直後、IG Metallの次席にBenner氏が女性で初めて着任した。彼女は、ドイツが国際競争力を失えば労働組合の仕事もなくなるので、インダストリー4.0の推進は不可欠だが、組合員の雇用を守るために新しい技術の下でも働けるように職業訓練所を充実せよと訴えている。こうした過程を経て、今、ドイツでは冷静で深い議論が可能な状況になっていると聞いている。

雇用の未来に関する世界の論調

将来、中スキルのルーティン的業務は減少を続け、今は増えている低スキルの業務も、人間を100%代替する機械が登場すれば減り始める。高スキルの業務は増加傾向が続くが、これだけでは雇用を吸収できないので、さらに新しいビジネスモデルで雇用を生み出すことが求められる。

これまでドイツと米国は新しいビジネスモデルを模索する競争をしてきた。ビジネスモデルはだんだん見えてきたため、これからは市場への早期参入者利得を得るための競争が一層激しくなるだろう。そのために新しいビジネスモデルを発展させる技術リーダーの養成に力を入れ始めている。ドイツでは職業訓練所を充実させて、新しい職場でも働けるように職業訓練の充実強化を図っている。

国によって、雇用環境・制度は大きく異なる。日本には日本に合ったやり方が必要で、日本型雇用慣行を前提に取り組んでいくべきであろう。危機感と覚悟を持って第4次産業革命に取り組み、「失われた20年」ぶりに訪れた絶好のチャンスをつかまなければ、グローバル競争から脱落しかねないという危機感を私は抱いている。

ディスカッション(敬称略)

中島: ここからディスカッションに入りたい。長岡 貞男RIETIプログラムディレクター・ファカルティフェローと岩本 晃一RIETI上席研究員のプレゼンテーションについて、いくつか質問をさせていただき、その上で、今後日本が流れに乗り遅れないためにはどうすればよいのか意見を伺っていきたい。

なお、その前に、経済産業省経済産業政策局の井上課長が出席されているので、まず政府の方針などコメントを頂戴したい。

井上博雄(経済産業省経済産業政策局 産業再生課長): 政府としても、第4次産業革命に危機感を強く持って取り組まなければならないと考えていて、RIETIの研究活動も参考にしながら議論を進めている。重点分野はソフトウエアだが、日本は伝統的にそれほど強くない。そこで、日本が強いハードと弱いソフトを結び付けて、全く新しい価値を生み出す観点から、自動走行などにおいて新しいバリューチェーンを作ることが求められる。また、日本は社会課題先進国なので、健康、医療、介護などの分野での議論も進んでいる。

並行して、かなり大胆な規制改革が必要なので、ロードマップを目標逆算で作っている。いろいろな省庁で取り組みを進めているが、世界の動きはとても速く、政府としてもキャッチアップできていないのが悩みである。

そこで、長岡先生には、ソフトウエアの開発や発明について、日本の強みや弱みはどこにあるのか聞きたい。また、岩本先生は、既存の業種の壁を崩すオープンなプラットフォームを作る上で、データの活用が鍵だとおっしゃった。日本でもそういったデータプラットフォーマーとなる企業が生まれる可能性はあるか。

長岡: 多くのタスクの組み合わせによって成り立つ製品の開発では、日本企業が個別のタスク毎に高い品質を実現できる能力とチームワークの強さが製品レベルの高さにもつながっている。ソフトウエアも多数のタスクのコンビネーションだと考えることができるので、本来は日本の強みになるはずだが、いろいろな事情で実現されていない。

また、職務がフレキシブルな点も日本の強みである。日本がロボット先進国である理由として重要なのは、労働組合が職能制ではなく企業ユニオンで、従業員は企業が必要とする仕事をすることになっているからである。だから、AIの導入が労働組合の反対でうまくいかないということは日本では起きない。その点で、AIの活用で日本が先進国になる可能性は十分あると思う。

それから、ソフトウエアとハードウエアは本来補完的なもので、いいハードウエアの資産を持っていればAIでそれを活用できる。日本企業はハードとソフトの両方を使いこなしてきたので、両者を融合する力は今後も日本企業の重要な資産になると思う。

一方、弱みは、個別のローカルソリューションをグローバルソリューションに高める抽象能力である。そのために、ソフトウエアやコンピュータサービスをグローバルに販売する専業企業が日本には存在しない。また、グローバルな人材を使うような制度になっていない。言語の問題などの障害を克服すれば競争力を高める源泉の一つになると思う。

岩本: 日本企業にとってオープンプラットフォームビジネスはこれまで手がけたことがないビジネスであるため、リスクが高い。それにチャレンジできる可能性があるのは、1つはたくさんのエンジニアを抱えて非常に高い技術力と財務基盤を持った大企業、もう1つは感性がほとんど外国人のような日本人の若者が始めているベンチャー企業である。そういう会社は小さいので途中で駄目になる可能性が高いため、プラットフォームビジネスは規模の経済性が働くので、ある程度成長するまでリスク分散して支えてあげれば、幾つかは大企業に成長する可能性もある。

中島: 日本企業はR&D支出のシェアが高いのに、競争力やイノベーションでなかなかトップにならないのはなぜか。

長岡: 日本は競争力がないように思われているのは、コンピュータ・サービスやソフトウエア分野におけるR&Dシェアが落ちていることが基本的な原因ではないか。たとえば自動車産業や娯楽製品(ゲーム産業)の研究開発では日本は世界のリーダーだが、ソフトウエアやコンピュータサービスの分野で活躍する日本企業が非常に少ないことが、そういう印象を生んでいると思う。

中島: 日本やドイツの狭義のソフトウエア開発のバリューが相対的に低いのは、製造業のウエイトが高いからだとすると、製造業のウエイトが相対的に低い英国や米国は第4次産業革命、特にソフトウエア発明を通じた革命に有利で、日本やドイツには不利に働いているように思えるがどうか。それから、今はハードの時代、ハードとソフトの融合の時代を過ぎてソフトの時代に入りつつあるようにもみえる。だとすると、日本は未だハードとソフトの融合の時代にあってソフトの時代にリーチしていないと思うが、どうだろうか。

長岡: 英国と米国で狭義のソフトウエアの分野の発明が多いのは、産業構造の違いを反映したものであることは確かだが、英国の場合は特許件数自体が非常に少ない。日本とドイツを比較すると、C&C以外の分野でのソフトウエア発明は日本の方が割合も高く、日本の方が遅れているとは思えない。インダストリー4.0については日本の産業も遜色なく取り組むことができるのではないかと思う。

ハードとソフトはそれぞれ特徴があるが、どちらかのアドバンテージが強くなれば境界は変化していく。AIが進んでいるので、組み合わせの最適化の方向はソフトウエアの方向だとはいえる。しかし、ハードが必須であるビジネスが非常に多いのも確かなので、ハードが全く駄目だということにはならない。また、産業組織という観点からは、米国のコンピュータ産業の歴史において、産業組織の垂直分割への変化を促してきたのは、米国でも新規企業である。日本の場合は、スタートアップが弱く、そういった部分の強化も重要だと思う。

中島: 日本は技術進歩に雇用の変化が合っていないという話があったが、米国のように職につく就職ではなく、就社慣行の強い日本としては、AIを導入しても雇用がかなり守られる面があるので、その点では強みという気もするがどうだろうか。

岩本: 日本は就社傾向が強く、社内で雇用をある程度守ろうとするので、ルーティン業務を担う機械が出現したとしても、人間の雇用を守るために人間が仕事を続け、生産性が低いのかもしれない。つまり、技術進歩に雇用がなかなか合わないスタイルになっている。日本の雇用が米国のように大きく変化することが、日本という風土のなかで果たして本当に人間にとっていいことなのかどうか分からないが、少なくとも技術進歩の足を引っ張らない程度に雇用の流動性を確保した方がいいと思う。

その際、日本では会社を移ることが非常に難しいので、技術進歩によって機械が代替する仕事から、人間が必要とされる仕事に移れる社会の仕組みが必要である。新しい技術の下で働ける職業訓練を充実させ、新卒一括採用のような制度ではなく、途中入社をしやすくする形で、技術進歩を妨げずに流動化を図り、雇用も守っていくスタイルが非常に理想的である。

中島: AIが欧米の産業に日本より速いスピードで入っていくと、現状でも主要産業で負けているのに、さらに技術的に負けてしまう可能性が出てくる。また、仮に日本の雇用が相対的にうまく調整できて守られたとしても、それは一段と労働コストが掛かり、スピードの面でさらに不利になっていくと見えるが、どう解釈すればいいか。

岩本: 競争力の要素はコストだけではなく、たとえばユーザーが欲しいと感じるニーズを反映するなど、いろいろなものがある。日本が雇用を守るために、本来なら機械化できる仕事を人間にさせて、依然として生産性が低ければ、日本製品の競争力は落ちていくので、日本の製造業は危機感を持って頑張らないと、輸出競争力が低下しかねない。

中島: この点で優先的に行うべきことは何か。政策の観点に加えて、企業はどう対応しなければならないのか。

長岡: 企業レベルでも、社会においても、基本的にはAIを活用していくことであり、在宅勤務などにおいて、活用能力を高めることが重要である。とにかく活用するところから始めて、次世代の創造的な部分における力をつけることが重要ではないか。今はAI自体がクラウド化して供給されるようになり、中小企業もAIに取り組める時代になった。ネックになるとすれば人材であり、その育成へのサポートが重要だと思う。

岩本: 民間企業がなかなか投資しない状態が続き、大きな電機メーカーでも経営が危なくなる今の時代にあって、一歩でもいいからとにかく足を踏み出してほしいというのが願いである。中小企業は全体的に、IoTやAIへの投資に踏み出せない傾向にある。そのような中で、とにかく他に先んじてIoTを導入し、競争力をつけることが中小企業にとって1つのチャンスではないかと思う。

Q&A

Q: 今後、ソフトウエアの最先端を取った者が総取りできるという枠組みの中で、日本はなかなか勝てないのはまずいと思っている。この点でご意見を伺いたい。

長岡: ネットワーク外部性が強いソフトウエアでは、先駆的な発明をした企業が競争優位に立つ可能性がある。しかし、Googleは検索サービスを独占しているわけではなく、ディープラーニングにしてもカナダのチームが独占してはいない。イノベーションが競争的に行われている。

ただ、その競争者の中に日本企業が入っていない。しかし、日本の大学にもAI研究の歴史に残るような非常に重要な仕事をしてきた人がおり、ブレークスルーにつながる部分で政府が人材養成を支援することが非常に重要だと思う。

岩本: 1995年のインターネット元年から今までの約20年間で、天才的な人が作ったベンチャーが巨大企業に育った事例は全て米国である。これまでの20年間で日本で起きなかった社会現象が、これからの20年で日本に起きるとは思えない。日本的なやり方は、基本的に「カイゼン」活動なのだと思う。これまで日本企業は現場で日々「カイゼン」活動を繰り返してきて、それが日本の競争力を作ってきた。今、日本企業がIoTやAIを導入しているのも、「カイゼン」活動の一貫である。「カイゼン」活動が本質であって、ツールとしてたまたまIoTがそこにあるので、IoTを使った、と言う方が日本企業の傾向としては正確ではないかと思う。

米国企業のような天才的な人たちが作るビッグビジネスと、日本企業のような「カイゼン」活動を積み上げて競争力を作るビジネスのトレンドは、今後も続くと思う。結果的にどちらが勝つかは、将来になってみないと分からない。