イベント概要
議事概要
冒頭、プロジェクトリーダーである植杉威一郎(RIETファカルティフェロー/一橋大学)より、ヨーロッパに拠点を置く金融論に関する研究者の国際的なネットワークであるMoFiR(Money and Finance Research Group)が、神戸での年次コンファレンスを6月11日と12日に開催した後に、本日(6月15日)東京で、RIETI、一橋大学、日本政策金融公庫と共催国際ワークショップを開催する意義を述べた。
更に、本日発表される7本の研究の位置づけをそれぞれ紹介した。いずれも、経済における資金配分に重要な役割を果たす銀行に関する研究であり、国際化やサプライチェーンにおける銀行の役割(Minetti発表、vanHoren発表、Ogura発表)、イノベーションや労働市場における銀行の役割(DeHaas発表、Ueda発表)、金融政策との関係やその波及経路としての銀行の役割(Udell発表、Presbitero発表)に大別できる点を述べた。
Raoul Minetti, "Financial Constraints, Firms' Supply Chains and Internationalization"(coauthored with Pierluigi Murro, Zeno Rotondi, and Susan Zhu)
Raoul Minetti(Michigan State University)は、イタリアの企業レベルデータを用いて、企業ごとの借入制約がサプライチェーンの形成に対してもつ効果を検証した結果を報告した。信用割当に直面している企業や銀行とのリレーションシップが弱いとみなされる企業ほどサプライチェーンに依存している点、長期よりも短期の流動性を調達するための代替的な手段としてサプライチェーンが機能している点、仕入先の企業規模が大きいほどサプライチェーンの流動性提供機能が強い点が明らかになった。これらから、借入制約に直面した企業にとってサプライチェーンにおける企業間信用が資金調達の代替的手段となっていることが示唆される。
討論者の 宮川大介(一橋大学)は、サプライチェーンに依存することで運転資金が増加することが確かめられれば上記の結果を補強できる点、地域ごとの金融機関支店数に対するM&Aが生じた金融機関の支店数の割合という操作変数が資金の供給側と需要側の両方の競争条件も反映している点などを指摘した。フロアからは、イタリアにおけるサプライチェーンの安定性についての質問、サプライチェーンへの参加が実物面・金融面の条件をどの程度識別できているかという点についての質問がされるとともに、サプライチェーンを形成する際の潜在的な取引相手を明示的に考慮する必要性などが指摘された。
Ralph De Haas, "The Limits of Lending: Banks and Technology Adoption Across Russia"(coauthored with Cagatay Bircans)
Ralph DeHaas(European Bank for Reconstruction and Development)は、ロシアの企業レベルデータを用いて、借入制約が企業のイノベーションに与える効果を検証した。金融機関からの借入制約が緩むと、その企業にとって新しい投入物や技術を導入しやすくなる点、特に取引先企業との協力や外部コンサルティングといった形態でのイノベーションに対して借入制約の効果が存在する点、企業独自のR&Dに対しては借入制約緩和の効果は観察されない点が明らかになった。これらの結果を踏まえると、金融機関は、技術移転を受ける側の経済におけるイノベーションに対しては重要な役割を果たすが、新技術を生み出す経済におけるイノベーションに対しては役割が限られている可能性がある。
討論者の Bjorn Imbierowicz(Goethe University Frankfurt)は、得られた結果は、企業の株式による資金調達と借り入れによる資金調達の性格の差異からも解釈できると指摘した。すなわち、貸付主体は株式保有主体よりもリスクへの耐性が弱いので、新技術を生み出すイノベーションよりも既存の技術の新規導入によるイノベーションの方を支持するはずであり、今回得られた結果は、その理論的な予測と整合的であると述べた。更に、経済の発展段階の違いで先行研究における実証結果の違いはどの程度説明できるのかという点を質問するとともに、企業ごとの借入制約を借入申込の拒否で測ることの潜在的な問題点を指摘した。 フロアからは、金融機関のイノベーションに対する役割をより直接的に調べるために、企業ごとの借入制約が金融機関によるものなのかその他の条件によるものなのかを区別できないかという指摘や、イノベーションの計測には成功バイアスがある(成功した技術導入だけが報告されやすい)ようなので、技術導入と事後的な収益性の相関を確認してはどうかというコメントがされた。
Yoshiaki Ogura, "Network-motivated Lending Decisions"(coauthored with Ryo Okui and Yukiko Umeno Saito)
小倉義明(早稲田大学)は、企業間取引ネットワークにおいて重要な位置を占める企業への銀行の貸出行動を理論モデルで定式化するとともに、膨大な企業間取引情報を用いた実証分析結果を示した。まず、独占的な金融機関は、貸出先の企業が取引ネットワークで重要な位置を占めている場合には当該企業に低い金利で融資することを、理論的に示した。次に、企業間取引ネットワークのデータを用いた実証分析では、こうした理論的含意を支持する結果が得られたことが示された。
討論者の Salvatore Capasso(University of Naples)は、理論モデルについて、借入制約がなければ均衡解は一意に存在するが、金融機関の最適化行動をモデルに取り入れたときに均衡解が一意に存在するかは示されていない点、理論上負債と自己資本の区別がないために実証分析への含意が限られる点、家計の最適化行動のなかに金融機関への出資と他の資産運用機会との間の資源配分に関する最適化が含まれていない点などを指摘した。実証分析については、収益性をとらえる変数として用いられている信用評点は企業のリスクをとらえているかもしれない可能性や、ネットワークにおける企業の重要性指標は借入依存度や企業規模とも相関している可能性を指摘した。フロアからは、ネットワークにおけるハブ企業は政治的な影響力が高い場合が多いために借り入れできるのではないかという指摘、企業の生産性をコントロールすべきではないかとの指摘、Caballero-Hoshi-Kashyapが行った企業退出過程における効率性の議論と関連付けることの重要性についての指摘などがされた。
Kenichi Ueda, "Bank Competition, Job Security, and Economic Growth"(coauthored with Stijn Claessens)
植田健一(東京大学)は、労働政策と銀行規制が企業の経済活動に及ぼす効果について、理論モデルを提示するとともに実証分析を行った。理論的には、企業特有の人的資本投資が存在する下では、企業を清算する場合の金融機関の交渉力に最適水準があるものの、事前にはそれにコミットすることができない。このため、労働者の権利を保障する政策の強化はコミットメントの手段として働き、企業の収益性を高める効果をもつ。米国の州・産業レベルのデータを用いた実証分析では、州ごとの労働者保護政策と銀行規制の緩和を外生的な事象とみなして、労働者の権利保障が強い州ほど、知識集約的な産業の成長がより大きくなること、この効果は銀行間の競争が強まるほど増大することを示した。
討論者のTeng Wang(Erasmus University)は、実証結果について、銀行規制の緩和は企業とりわけ中小企業の資金調達をより容易にする一方で、知識集約的な産業に中小企業が多いとすれば、借入制約が緩んだことで成長が促されたとみることもできる点を指摘した。フロアからは、労働者側のバーゲニングパワーは企業特有の人的資本水準の関数と考えられるのではないかという点や、理論上、企業も銀行も倒産を戦略的な選択肢として考えるようになっていることを考慮する必要性などが指摘された。
Neeltje van Horen, "The Role of Foreign Banks in Trade"(coauthored with Stijn Claessens and Omar Hassib)
Neeltje van Horen(De Nederlandsche Bank)は、国・産業レベルの貿易および金融取引のデータを用いて、国際的に活動する金融機関の活動が貿易におよぼす影響を実証的に分析した。海外の金融機関が進出している地域では、特に輸出先の国の金融機関が進出しているほど、輸出が大きいことが示された。この効果は、金融システムの発展程度をコントロールしても観察され、外部資金の依存度が高い産業でより強い。そして、金融システムの発展の程度が高い地域から低い地域へ金融機関が進出した時に、後者から前者への外部資金依存度の高い産業の輸出が飛躍的に増えることが示された。これらから、国際展開する金融機関が貿易を促進する上で重要な役割を果たしていることが示唆される。
討論者の松浦寿幸(慶応義塾大学)は、実証分析の推計式は、国際貿易理論のGravityモデルとしても解釈できるので、それらの研究を引用してはどうかという点を提案した。2国間の貿易コストに影響を与える要因として、文化的な違い、隣接する場合には国境の形状、通貨協定などの制度的要因などもある点を指摘した。フロアからは、輸出だけではなく純輸出に注目することの意義、海外からの金融機関の進出の内生性への対処の必要性、国内の金融機関で国際業務を行うものの役割の重要性、海外法人での使用言語の違いがもたらす効果、2国間における比較優位の議論との関連性についてのコメントがされた。
Gregory F. Udell, "Sovereign Stress, Unconventional Monetary Policy, and SME Access to Finance"(coauthored with Annalisa Ferrando and Alexander Popov)
Gregory F. Udell(Indiana University)は、EU債務危機とその後の金融政策対応が中小企業の資金調達に与えた影響を分析した結果を報告した。債務危機発生後には、危機に陥った国々で信用割当と信用保証の利用が増加した点、ECBによる金融政策対応(OMT)の発表後には信用割当に直面する企業の割合は減少し企業の金融機関に対する融資申込みが増加した点、それに加えて、信用保証、企業間信用、政府による補助的な融資の利用が減少した点が示された。これらを踏まえると、危機への金融政策対応により、企業の資金調達環境を好転させたといえる。
討論者の胥鵬(法政大学)は、OMTに先立っていくつかの危機対応が実施されているが、実証結果ではそれらの効果も混ざっている可能性を指摘するとともに、企業の資金調達を説明する推計式の説明変数に、ヘアカット率と金融機関の健全性を表す変数の交差項を入れてはどうかという提案などを行った。フロアからは、OMTの信用割当に対する効果と、借り手のセンチメントを介した申込み融資額に対する効果の識別可能性に関する質問、OMTの適用を受ける程度の金融機関間のばらつき程度に関する質問などがされた。
Andrea F. Presbitero, "The Bank Lending Channel in a Frontier Economy: Evidence from Loan-level Data"(coauthored with Charles Abuka, Ronnie K. Alinda, Camelia Minoiu, and Jose-Luis Peydro)
新興国経済では、金融システムの発展段階が低く、金融政策の銀行貸出のチャネルを通じた効果の波及程度が弱いと考えられる。Andrea F. Presbitero(International Monetary Fund)は、ウガンダの貸出レベルのデータを用いて、金融政策に大きな変化があった2010-2014年の時期を分析対象とし、銀行貸出チャネルを定量的に評価した。利子率の低下は金融機関の貸出量と貸出件数の両方を増加させたものの効果はさほど大きくはないこと、また、自国通貨建てと外貨建てのローンでは効果が異なることが分かった。それから、自己資本比率の高い金融機関ほど、金融政策の効果の伝播の媒介機能が弱いことも示された。
討論者の平田英明(法政大学)は、貸出件数に対する金融政策の効果を測定する推計で、時間に依存する企業ごとの要因をコントロールできていない問題点を指摘するとともに、金融政策の効果の伝播の程度を、不良債権比率に対する効果をみることでも検証できるのではないかという点をコメントした。フロアからは、ケニアなどウガンダの近隣諸国のデータが利用できるとしたら、ウガンダの金融政策ショックを識別できるのではないかという指摘などが行われた。
最後に、Alberto Zazzaro(MoFiR and Università Politecnica delle Marche)と砂田透(日本政策金融公庫)から閉会の挨拶がされた。