RIETI-IWEP-CESSA Joint-Workshop

Industry-specific REER and Pass-Through Effect in Economic Integration between China and Japan(報告書)

イベント概要

  • 日時:2014年12月13日(土)/14日(日)
  • 場所:中国社会科学院(CASS)
  • 報告書

    清水 順子 (学習院大学)

    RIETIバスケット通貨研究会(小川英治FF)では、中国社会科学院(CASS)の世界経済研究所(IWEP)、横浜国立大学アジア経済社会研究センター(CESSA)とともにJoint-Workshopを企画・開催してきた。3回目を迎える本年は、2014年12月13日と14日の両日、北京の中国社会科学院で開催された。過去2回のワークショップでは、RIETIで公表されているAMU乖離指標や産業別の実効為替相場、および中国で研究されている産業別実効為替相場のデータについて、双方のデータ構築に関わる論文が報告された。本年のワークショップでは、それらのデータを用いつつ、為替相場のパススルーや金融政策の波及といったより広いテーマで日本経済や中国経済、さらに日中関係に焦点を置いて実証分析を行った研究成果が双方から報告され、活発な意見交換が行われた。

    以下、それぞれの報告論文とその討論内容について簡潔にまとめる。

    Paper 1: OGAWA Eiji and WANG Zhiqian: Effects of Exit Strategy of the Quantitative Easy Monetary Policy on East Asian Currencies

    報告者:王志乾 (一橋大学)
    討論者:孫杰 (中国社会科学院)、丁剣平 (上海財経大学)

    FRBは、世界金融危機の鎮静化に伴い、これまでに打ち出した量的金融緩和策を終了した。米国の景気回復を背景に、2008年末以降、FRBが続けてきたゼロ金利政策は近いうちに解除される見通しだ。これによって、新興市場国に流れ込んでいた資金が米国に逆流し、新興市場国における通貨の下落や株安が懸念されている。このような背景の下に、本稿の主な目的は、米国の金利の変動が東アジアの新興市場国の金利や為替相場の変動ならびに資本フローの動きにどのような影響を及ぼすのかを明らかにすることである。分析の結果から、以下のことが示唆される。

    (1) FRBの金融政策の出口戦略によって、米国の金利が引き上げられると、東アジア諸国の金利もそれを追随するような形で上昇することが予想される。
    (2) 東アジア諸国金利の上昇が抑制されたり、あるいは後れを取ったりすると、米国に有利な金利差が発生し、東アジア諸国の通貨は米ドルに対して減価することが予想される。
    (3) 日本と米国との間で生ずる金融政策の出口戦略のタイミングのずれによって、日米金利差が拡大することになる。これは、低金利の円資金を調達して行うキャリートレードを促し、日本・円以外の東アジア諸国通貨を増価させる方向に作用すると予想される。
    (4) FRBによる金融政策の出口戦略は、米国の金利を引き上げ、内外金利差や予想収益率格差が東アジア諸国に不利となり、ほとんどの東アジア諸国において証券投資やその他投資において資金逆流や資本流出が発生することが予想される。

    このように、今後、FRBは金融政策の出口戦略によって米国金利を引き上げると、東アジア諸国の金利に対して上昇圧力がかかる一方、東アジア諸国から資本が流出するとともに、東アジア諸国通貨が減価することが予想される。

    これに対して、第一討論者の孫杰氏は、AMUおよびその応用分野の研究を評価したうえで、以下のコメントを行った。まず、東アジアの通貨協力におけるAMUの役割とその重要性を強調した上で、AMUによる政策協調は現在のアジアにとっては難しい問題であるとの認識が示された。さらに、米国と日本の金利差の拡大が東アジア諸国通貨に与える影響、ユーロ圏の金利も分析に取り入れた理由、そしてサンプル期間の分け方について、より具体的な説明をすべきである。最後に、本論文の分析手法に関して、より理論的な根拠を重視するモデルの使用が提案された。

    第二討論者の丁氏のコメントは次の通りである。まず、AMUおよびAMU乖離指標の計算について、マクロ経済変数のみならず、ミクロ経済変数も考慮に入れる必要はないか。また、東アジア地域において金利による為替への影響が大きいと認識しているものの、為替のパススルー効果も無視できないのではいか、との指摘を受けた。

    Paper 2: YANG Lu: China's Shift from the Demographic Dividend to the Reform Dividend

    報告者:YANG Lu (中国社会科学院)
    討論者:章沙娟 (横浜国立大学)、佐藤 清隆 (横浜国立大学)

    本論文は、中国の生産年齢人口は2010年にピークを迎え、中国経済にとって人口ボーナスが消えるという問題に対して、経済の潜在成長率を低める要因を分析することにより、政策提言を行うことを目的としている。標準的な経済成長モデルにより、人口出生率(TFR)、労働力参加率、全要素生産性(TFP)、人的資本という4つの要因が潜在成長率に影響を与えていると仮定し、そのシミュレーション分析結果に基づいて、5つの政策提言を行っている。

    この論文に対して、第一討論者の章氏は以下3つのコメントを行った。第1に、本論文での労働生産性の定義は、従来の定義と異なり、付加価値(Y)を労働と人的資本で除しているものを使っている。この定義に基づくと、先行研究においては人的資本が労働生産性にプラスの影響を与えるのに対して、人的資本は労働生産性にマイナスの影響を与えることになってしまい、少々理解しがたい。第2に、もし、労働生産性の定義を従来の定義と同様のものにすると、潜在成長率のモデル式も変わってしまう。それでも、同じ結果であるかどうかを調べる必要があるだろう。第3に、全要素生産性を推定する際に、どのような方法を採用しているのかが明確でない。全要素生産性を推定する場合は、内生性の問題がある。既存の研究によると、その内生性問題を解決しようとする複数の方法があり、それがかなり重要な要因となるため、本論文でも同様にそれらの方法を使って、頑健性のチェックを行うべきである。

    第二討論者の佐藤氏は次のコメントを行った。中国の経済成長にとって人口ボーナスは重要な要因ではあるが、それ以外の要因(たとえば対内直接投資による地場企業の生産性向上など)も考察に含めるべきではないか。また、この論文の結論として、市場メカニズムのいっそうの導入の必要性が指摘されている。この提案自体に異論はないが、その場合にはさまざまな規制も取り除く必要がある。たとえば、為替管理を撤廃し、為替レートが市場メカニズムで決まるようになると、中国経済の成長はどのようになるのか。単に人口成長率や労働力参加率に注目するだけで、中国の今後の成長を占うのは難しい。

    Paper 3: YANG Panpan, LI Xiaoqin, XU Qiyuan: Value-Added Exchange Rates for China: Facts and Implications

    報告者:YANG Panpan (中国社会科学院)、LI Xiaoqin (China Center for Economics and Business)
    討論者:清水 順子 (学習院大学)、佐藤 清隆 (横浜国立大学)

    本論文は、付加価値(value-added)という観点から中国の産業別実効為替相場データを創出し、そのデータを産業別、貿易財と非貿易財、そして従来のIMFやBISが算出している実効為替相場と比較し、その違いについて論じたものである。結果として、中国の付加価値産業別実効為替相場は、産業ごとに差があること、また貿易財の実効為替相場が非貿易財のそれよりもより増価していること、またIMFやBISの実効為替相場と比較すると、付加価値実効為替相場は7-8%増価していることが示された。これらの結果を踏まえて、中国元の為替相場水準を議論するうえで、付加価値ベースの実効為替相場が重要な指標となりうると結論づけている。

    これに対して、第一討論者の清水氏は、本論文は初めて中国の産業別付加価値実効為替相場のデータを構築したという点で高く評価できるとした上で、以下4つのコメントを行った。第1に、RIETIで公表している中国の産業別実質実効為替相場の結果と比較すると、本論文では繊維産業が一番増価しているのに対して、RIETIのデータでは繊維産業は必ずしもその他の産業と比較した場合にそのような位置づけになっていない点をどのように考えるか。第2に、非貿易財の各国ウェイトがどのように計算されているのかが明らかではない。第3に、付加価値を考慮すると対米のように最終財貿易が多い国ほどウェイトが高くなり、対日や対韓国のように中間財貿易が多い国ほどウェイトが低くなる傾向にあるが、一方でアジアのサプライチェーンを安定的に保つためには、このような地域連携の重要性を調整する必要があるのではないか。第4に、本論文では名目実効為替相場を計算するのみに終わっているが、できれば実質ベースでの実効為替相場を計算することが望ましいと提案した。

    第二討論者の佐藤清隆氏は以下のコメントを行った。1)名目の付加価値ベースの実効レートを推計することで、果たして対外的な輸出競争力を分析できるのか。2)本論文はWIOD (World Input-Output Database) を用いてデータ構築を行っているが、WIODはASEAN諸国のほとんどを内生国としてカバーしていない。インドネシアのみが内生国に含まれている。中国を中心とした国際価値連鎖においてASEAN諸国との取引は重要だと考えるが、残念ながらWIODはそれを考慮できていない。このWIODに基づくデータ構築には限界があるのではないか。3)なぜ非貿易財部門やサービス産業の付加価値ベース名目実効為替レートを構築する必要があるのか。4)最も重要なのは、名目実効レートではなく、実質実効レートを付加価値ベースで構築することである。少なくとも先行研究に従ってGDPデフレーターを用いるなど、物価データを用いた実質実効為替レートの構築を試みるべきである。

    Paper 4: ZHANG Shajuan: Industry-specific Exchange Rate Fluctuations, Japanese Exports and Financial Constraints: Evidence from Panel VAR Analysis

    報告者:章沙娟 (横浜国立大学)
    討論者:LI Xiaoqin (China Center for Economics and Business)、YANG Panpan (中国社会科学院)

    本論文は、日本企業の直面している金融制約が為替レートショックに対するその反応にどう影響しているかを検証することを目的としている。実証分析では、異なるレベルの金融制約を持っている企業の輸出が為替レートショックに対する反応の違いを比べるためにPanel-VAR分析を用いている点、さらに、一国全体の為替レートを使うことから発生する推定の結果のバイアスを削減あるいは軽減するために、産業別の実質実効為替レートを用いている点に特徴がある。本論文は実証分析により主に以下3つの結果を得た。(1)為替レートは日本の輸出にマイナスの影響をしている。(2)金融制約は企業が為替レートショックにどう反応するかに重要な要因であり、金融制約が比較的高い企業はより為替レートショックを受け易い。(3)企業の対内的な金融制約が高い場合に、その企業が直面している金融環境を改善する、つまり、対外的な金融制約を弱めることによって、為替レートショックの影響を軽減することができる。

    これに対して、第一討論者のXiaoqin Li氏からは、異なるレベルの金融制約を持っている企業の輸出が為替レートショックに対する反応の違いを比べる時に、その違いの有意性も出したほうがいいという意見があった。確かに、そのようにすれば単に図の違いを比べるよりも説得力があり、今後の論文の改善に役立てたい。

    第二討論者のPanpan Yang氏からは、貨幣政策といった同時に為替レートの水準と金融制約に影響している要因も考慮したほうがいいのではないかとのコメントがあった。貨幣政策は確かに為替レートの水準と金融制約に影響する重要な要因で、説明変数である為替レートと金融制約の相関を高めるが、実際に2つの変数の相関はそんなに高くないため、実際の分析結果に貨幣政策を考慮していなくてもさほど影響はないと考えられる。

    Paper 5: SATO Kiyotaka and Thi-Ngoc Anh NGUYEN: Asymmetric Exchange Rate Pass-Through in Japanese Exports: Application of the Threshold Vector Autoregressive Model

    報告者:Thi-Ngoc Anh NGUYEN (横浜国立大学)
    討論者:DAI Mi (北京師範大学)、XU Jianwei (北京師範大学)

    本論文は、Threshold Vector Autoregressive Model (TVAR)を用いて、日本の輸出企業の価格設定行動が円高期と円安期でどのように異なるかを分析している。先行研究の多くは、1)ある一定の水準の為替レートを基準として円高期と円安期を分けて分析する、2)為替レートの毎期の変化に着目し、その変化(増価もしくは減価)によって円高期と円安期を区別して分析する、3)為替レートのボラティリティが大きいときと小さいときに分けて価格設定行動の違いを検証する、というアプローチをとっている。しかし、現実には、輸出企業はある採算レートを想定して、生産・輸出計画を立てており、この採算レートを基準として、為替レートが円高水準にあるのか、円安水準にあるのかを判断していると考えられる。実際の為替レート水準の変化に伴い、採算レートも徐々に変化するはずであり、このように時間を通じて変化する採算レートを推定する必要がある。本論文は、Time-varying thresholdを推定することによって、時間を通じた採算レートの変化を捉え、円高期と円安期を区別してインパルス応答関数の分析を行った。1985年1月から2013年12月の全期間では、円安期と比べて円高期の方がパススルー(価格転嫁)行動が強くみられることが明らかになった。さらに全期間を2つの期間に分割して分析した結果、前半(1985年1月~1999年12月)では円安期のパススルー率が非常に低いのに対して、後半(2000年1月~2013年12月)は円安期にパススルー率が高まっており、円高期と円安期で価格設定行動に違いが見られなくなることがわかった。

    本論文の報告に対して、第一討論者のMi Dai氏より以下のコメントを得た。1)本論文の分析結果が、先行研究と比較してどのように異なるのか。また、分析結果の解釈をより明確に論じるべきである。2)為替レートの変化の方向に基づいてThresholdを推定する必要はないのか。3)先行研究と異なり「契約通貨ベースの名目実効為替レート」を用いていることの利点は何か。4)輸出相手国別の価格設定行動の分析は可能か。

    また、第二討論者のJianwei Xu 氏から次のコメントを得た。1)Time-varying thresholdの推定方法の妥当性を明確にすべきである。2)2000年を基準として、サンプル期間を前半と後半に分けているが、なぜ2000年を選んだのか。また、サンプル期間の分け方にもっと工夫ができるのではないか。3)他の非線形のモデルで分析することが可能か。

    Paper 6: DAI Mi and XU Jianwei: Exchange Rate and Export Prices: Quality Matters

    報告者:DAI Mi (北京師範大学)
    討論者:小川 英治 (RIETIファカルティフェロー)、吉見 太洋 (南山大学)

    本論文は、中国のマイクロデータを用いて輸出価格に対するパススルー率と製品の品質に関する関係を分析したものであり、分析の精緻さ、論文の構成、データの希少性などの面から見て大変質の高い研究であった。とりわけ、人民元建て輸出価格に対する為替パススルー率が先進国のデータを用いた先行研究と比較して非常に低いこと、輸出先の所得水準が高いほどパススルー率が上昇すること、高い品質の財であるほど高いパススルー率が観測されることなど、興味深い発見が複数提示されており、大変示唆に富むものであった。

    本報告は、2000年から2006年までの期間の高度にディスアグリゲートされた企業‐生産物レベルの中国の貿易データを利用して、為替相場が輸出価格に及ぼすパススルー効果を分析したのである。中国においては為替相場の変化に対して輸出価格の反応が低いことを見出している。さらに、輸出生産物の質を考慮に入れて、生産物の質が為替相場に対する輸出価格の弾力性にどのように影響を及ぼすかを分析した。分析の結果は、質が高まると、為替相場に対する輸出価格の弾力性を高めるというものである。さらに、生産性や輸入集中度を比較して、生産物の質が為替相場に対する輸出価格の弾力性の全体の変動の大半を説明することも示した。

    これに対して、第一討論者の小川氏は以下の2つのコメントを行った。第1に、本論文では、回帰式Δlnxfpct =σ lnpfct +φP +φct +εfpct において、代替の弾力性の値σ を所与として、残差εfpct を生産物の質として推定している。しかし、この回帰式において、需要と供給の両方が生産物の生産量を決定する状況においては、価格と質の他に総需要などの他の要因を考慮に入れる必要がある。その総需要は、中国の輸出先諸国のGDP総計によってあらわされるかもしれない。

    第2に、生産物の質を説明変数に加えて、為替相場に対する輸出価格の弾力性を推定する回帰式

    Δlnpfpct =α +β ΔlnNERct +γ ΔlnNERct Qft +θZft +μpc +φt +εfpct (2)

    において、生産物の質Qft が為替相場変化率ΔlnNERct との交差項として推定されている。この交差項の係数γ が何を意味するのかが不明である。為替相場に対する輸出価格の弾力性β と生産物の質Qft との関係がβft =a +bQft +εft a :定数項、b :生産物の質に対する為替相場に対する輸出価格の弾力性の反応度)と仮定して、この関係式を回帰式Δlnpfpct =α +β ΔlnNERct +μpc +φt +εfpct (1)に代入すると、次式が導出される。

    Δlnpfpct =α +a ΔlnNERct +b ΔlnNERct Qft +ΔlnNERct εft +μpc +φt +εfpct

    この式と回帰式(2)を比較すると、β =a ,γ =b ,θZft NERct εft ?が求められる。すなわち、回帰式(2)のβ は為替相場に対する輸出価格の弾力性の定数項を表し、回帰式(2)のγ は生産物の質に対する弾力性の反応度を表す。本報告では、この点に焦点を当てている。一方、回帰式(2)のθZft は為替相場に対する輸出価格の弾力性に影響を及ぼす企業の特性として扱われているが、この計算によれば、θZft はΔlnNERct εft との組み合わせであるべきであろう。もしこのことが正しければ、回帰式(2)は、Zft ではなく、Zft ΔlnNERct として推定すべきであろう。

    第二討論者の吉見氏は、本論文の貢献を踏まえた上で、いくつかの追加的な頑健性検証の方向性について提案を行った。第1に、同氏の研究では、輸出量を価格に回帰した誤差項を品質の代理変数として用いている。しかしながら、多くの理論分析において、価格と品質は同時決定する内生変数であることが示唆されており、推定上もこうした同時決定が誤差項の内生性の問題を生む可能性がある。この点について、操作変数法などを用いた品質推定の可能性を提示した。第2に、アジアにおける多くの貿易はドル建てで決済されている。これを踏まえて対ドル為替を用いた頑健性分析も実情を見る上で有益である旨を提案した。最後に、為替パススルーの計測において、期初・期末・期中平均のどの為替変数を用いるべきかについてもコメントを加えた。

    Paper 7: HAYAKAWA Kazunobu, Han-Sung KIM and YOSHIMI Taiyo: FTA in International Finance: Impacts of Exchange Rates on FTA Utilization

    報告者:吉見 太洋 (南山大学)
    討論者:XIE Jianguo (南京大学商学院)、CHEN Sichong (中南財経政法大学)

    本研究は、為替相場がFTAスキームの利用率に対してどういった影響を与えるかを検証することを目的としている。為替の変化は少なくとも2つの経路を通じて、FTAスキームの利用率に影響を与える。第1の経路は、FTAスキームを利用した時としない時を比べた際の超過利潤に関わるものである。FTAスキームを利用することで、そうでない時よりも大きな輸出利潤が得られるのであれば、輸出企業はFTAスキームの利用を選好するであろう。第2の経路は、付加価値率に関わるものである。原産地規則の定めに基づけば、輸出国企業はFTA関税スキームの利用に際して十分な付加価値を生み出さなければならない。本研究ではまず、輸出国通貨の輸入国通貨に対する減価が、これら2つの経路を通じてFTAスキームの利用を後押しすることを理論モデルに基づいて示す。また、韓国の輸入における、ASEAN韓国FTA利用率の製品レベルデータから、こうした理論仮説が実証的にも支持されることを示す。更に差別化の程度が大きい財であるほど、為替相場がFTAスキーム利用率に与える影響のインパクトが小さいことを明らかにする

    第一討論者のJianguo Xie氏からは、現状の線形推定のみではなく、非線形推定についても試してみてはどうかという指摘があった。本研究では、説明変数に交差項を含んで非線形推定を行うと、その係数が弾力性として直接解釈出来ないケースがあるという計量経済学上の問題を踏まえて、推定を線形に留めている。また、本研究では韓国の関税レベル(HS9桁)のデータを用いており、財ダミーを用いると多くのケースで計算上の収束が得られないという問題がある。しかしながら被説明変数が定義上0から1の範囲をとることから、Xie氏が指摘するように非線形推定を通じた頑健性の確認も重要である。この点については実現可能性も踏まえて、今後の検討課題としたい。

    また、第二討論者のSichong Chen氏からは、そもそも為替相場とFTA利用率との関係はその他のマクロ要因を通じた見せかけの相関である可能性があるとの指摘があった。また、為替を考慮した推定と考慮しない推定の決定係数の上昇幅がそれほど大きくなく、規模的に為替がどの程度重要なものであるかという点にも指摘を頂いた。前者の指摘について、先行研究などが指摘するさまざまな変数を調整してもなお、為替のFTA利用率に対する影響が頑健に確認されることから、見せかけの相関である可能性は低いと考えられる。しかしながら、後者の指摘にあるように、規模的にどの程度重要な決定要因であるかについては、決定係数との関連からもより注意深く検討をする必要がある。

    Paper 8: SHIMIZU Junko and SATO Kiyotaka: Abenomics, Yen Depreciation, Trade Deficit and Export Competitiveness

    報告者:清水 順子 (学習院大学)
    討論者:ZHANG Jie (中国人民大学)、CHEN Sichong (中南財経政法大学)

    本論文は、アベノミクスによって円安に転換した後も貿易赤字が改善されない要因について、Jカーブ効果に関する実証分析、為替相場が輸出物価に与えるパススルー分析、および産業別実質実効為替相場を用いた日韓産業比較、という3つの異なる視点から分析を試みた。その結果、以下3点が確認された。第1に、リーマンショック後の円高により、日本企業がアジアの生産拠点との国際分業を一層強化した結果、円安による工業製品の輸出増は同時に海外拠点からの部品輸入の増加も伴うことで、貿易収支改善効果が起こりにくい構造になっている。第2に、日本企業は海外市場における熾烈な価格競争に直面しているため、現地の販売価格を安定化する行動(PTM行動)をとっており、為替変動より輸出価格の改定は行われていない。実際にJカーブ効果の存在の有無を確認する実証分析結果からも2000年代は為替相場が貿易収支改善の効果をもたらしていないことが示された。第3に、産業別実質実効為替レートの動向を見ると、今回の円安で日本の主要産業が輸出競争力を高めていることが示唆される。

    これについて、第一討論者のZhang氏からは、日本の貿易収支は赤字化したものの、所得収支の黒字により経常収支は依然として黒字を保っていることから、そもそも貿易収支の赤字のみを分析するよりも所得収支やサービス収支を加えた経常収支に対して為替相場の変動が与える影響を分析すべきではないかとの指摘があった。さらに、アベノミクスによる円安基調がこのまま続くと、アジア通貨間、特に中国元と韓国ウォンの通貨下げ競争が再燃する可能性はないのかとの質問があった。さらに、円安の影響により、円高時に海外移転した日本企業が日本国内に回帰する可能性はないのかとの質問があった。これらについては、今後の日本企業の動向に注目したいと考える。

    第二討論者のChen氏からはタイトルのアベノミクスについて、アベノミクスと円安の関係を分析したものではないとの指摘があったうえで、本論文の分析内容は多岐に渡っており、それぞれの分析に焦点を当てて3つの論文に分けた方がよいのではないかとの提案をいただいた。さらに、本論文で行っている時変パラメータモデルを用いたパススルー分析について、(7)式はランダムウォークを仮定しているが、その仮定は妥当なのかとの指摘があった。さらに本論文では為替相場に関するパラメータの変化のみに焦点を当てているが、他の不確実な要素についても同様の分析ができるのではないかとの指摘があった。この点については、今後の論文改訂の際に参考にしたい。

    Paper 9: XIAO Lisheng: RMB Internationalization: A Playfield for Speculators or a Platform for Real Economy

    報告者:肖立晟 (中国社会科学院)
    討論者:小川 英治 (RIETIファカルティフェロー)、王志乾 (一橋大学)

    本報告は、中国人民元の国際化および人民元による国際貿易決済の影響要因について分析することを目的としている。まず、近年人民元国際化の状況を詳しく紹介した上で、中国の国際貿易におけるインボイス通貨の選択と人民元による貿易決済との関係を明らかにした。本論文の最大の貢献は、為替相場増価圧力と金利スプレッドに基づいて、人民元建て資産の相対的魅力を表す指標としたクロスボーダー裁定指数を構築した点にある。そして、そのクロスボーダー裁定指数とインボイス通貨の指標との間の関係を実証的に分析し、人民元の国際化の推進役として貿易取引と金融取引を識別することが試みられている。実証分析の結果、輸入人民元決済とオフショア人民元預金の両方がクロスボーダー裁定指数と有意に正の相関を持つことが示された。

    第一討論者の小川氏は、本論文に対して以下3つのコメントを行った。第1に、クロスボーダー裁定指数の目的は何か。本報告論文において、「クロスボーダー裁定指数は主にクロスボーダー人民元取引決済の過程における裁定動機を反映する」また、「クロスボーダー裁定指数の構築の目的は、人民元建てクロスボーダー取引における裁定要因を定量化して測定することである」と書いてある。

    第2に、「裁定」は、複数の市場の間で収益率の相違を利用し、先物取引などを組み合わせることによって、その間の利鞘を求めるリスクなしの金融取引のことである。しかし、本論文での「裁定要因」とは何を意味するのかが、明らかではない。

    第3に、本論文において、「二国間為替相場の変動で二国間スプレッドを除することにより、為替相場の変動の相対的なスプレッドを除去して、人民元と他の主要貿易決済通貨におけるシャープ・レシオを計算する。人民元清算銀行を設立する経済の順序に従って当該のウェイトとして人民元貿易決済を導入し、人民元クロスボーダー裁定指数を計算する」と書いている。しかし、なぜシャープ・レシオがクロスボーダー裁定指数を掲載する際に利用されるのかが不明である。

    本報告者のシャープ・レシオの定義は、以下の通りである。

    Sp=r_rmb-ri*/vol(ermb)

    しかし、ファイナンスの教科書によれば、シャープ・レシオは、リスク資産に投資する際のパフォーマンスを計測するために、リスクのないベンチマークと比較したリスク(標準偏差)単位当たりの超過収益あるいはリスクプレミアムとして定義される。この教科書的な定義に従えば、以下の式のようになるべきである。

    Sp=rrmb-(ri*+logF(t,t+1)-logSt)/vol(rrmb)-vol(ri*+logF(t,t+1)-logSt)

    最後に、本報告の研究においては人民元建て貿易決済比率とインボイス通貨と裁定との間の関係が実証的に分析されている。HS分類データがインボイス通貨の指標として使われている。本研究ではこれによって何を意味させようとしているのか。クロスボーダー裁定指数がシャープ・レシオのデータによって計算されているが、シャープ・レシオをクロスボーダー裁定指数としてみなすことがよいのかが疑問である。

    第二討論者の王氏は、本論文に対して以下3点に焦点を当てて討論を行った。第1に、産業の分類についてである。肖氏は、インボイス通貨および決済通貨の選択が産業により異なると説明し、人民元建ての貿易を考察する際、労働集約型産業を分析の対象から外す一方、ハイテク産業を含むべきだと指摘しているが、この点については産業分類の根拠をより具体的に説明する必要があるだろう。第2に、本論文の分析に用いられている1つ重要なデータ(RMB internationalization arbitrage index)は、肖氏が独自に計算したものであるが、データの動きの意味が検討されていないことを指摘した。さらに、データを計算するための定義式およびデータの計算については、より具体的な説明がなされるべきである。第3に、分析手法について、本論文は誤差修正モデルを用いているが、各変数の定常性や長期関係について分析を行ったものの、共和分システムにおける各系列の特性を調べていない点が問題である。この場合は、共和分ベクトルおよび調整係数の有意性を検定する必要があると指摘した。