第8回RIETIハイライトセミナー

消費税引き上げ後の物価・景気 (議事概要)

イベント概要

  • 日時:2014年7月2日(水)16:00-18:00
  • 会場:RIETI国際セミナー室 (東京都千代田区霞が関1丁目3番1号 経済産業省別館11階1121)
  • 議事概要

    講演1 消費税引き上げ後の物価・景気

    深尾 光洋 (RIETIプログラムディレクター・ファカルティフェロー/慶應義塾大学商学部教授)

    1. 景気の現状と見通し

    2013年度のGDP成長率は、消費税引き上げ前の駆け込み消費や住宅投資による押し上げもあり、2.3%であった。その反動を考慮すると、2014年度は0.7%前後まで低下すると見込まれる。この程度の成長率が年度で実現できれば、雇用環境は悪化しない。年度初めには多少落ち込むかもしれないが、年度ベースで見れば横ばい圏内の動きであり、まずまず底堅い成長になるだろう。

    2. 安倍政権の経済政策の評価

    金融政策は、期待に与える効果(アナウンスメント効果)が大きい。今回、安倍政権は日銀が長期国債を大量に買い入れる量的金融緩和を行ったが、これには直接景気を押し上げる効果はあまり期待できない。民間銀行が保有する低金利の国債が利回り0.1%の日銀当座預金に入れ替わっても、貸出を大きく押し上げる要因にはならない。しかし、0.6~0.7%の利息が付いた長期国債が大量に日銀に吸い上げられると、銀行の収益を圧迫し、その分どこかで貸さなければ利息が稼げないので、ある程度は貸し出し圧力が出てくる。

    さらに、アナウンスメント効果の大きさは、どういうタイミングでどうアナウンスするかに左右される。リーマンショックにより、日本だけがゼロ金利・量的緩和をしていた円安の時代が終わり、アメリカやヨーロッパもゼロ金利・量的緩和を導入したことにより、円の為替相場が上がってしまった。しかし黒田日銀総裁の下で、日銀がヨーロッパやアメリカをしのぐほどの量的緩和をしたので、為替相場が下がってきた。量的緩和のアナウンスメント効果で円安に誘導し、景気を良くしたといえる。

    円安の背景には、経常黒字の減少も効いている。原発停止による天然ガスや石油の輸入増、高齢化に伴う家計の貯蓄率の低下、長期にわたる財政赤字により、日本の経常黒字は減ってきている。また、民間企業による対外直接投資の拡大も円安に寄与している。外国の企業や不動産といった実物を買う場合、外国の国債を買う場合と違って、為替のリスクをあまり考えなくていい。投資先の国の為替相場が安くなっても、現地の実物の資産の上昇でカバーできるからだ。こうした要因がアベノミクスのスタートとが重なって、円安が実現できたと考えられる。

    3. 物価、株価の動向

    では、物価はどうなっているのか。日本のGDPデフレーターは、1994~1995年にピークを打って以来、年平均1%前後低下してきており、累積で20%ほど下落したが、最近になって下げ止まりつつある。デフレーターがほぼ横ばいになれば、消費者物価の上昇率は、GDPデフレーターのインフレ率を0.7%上回っているので、今後は消費者物価上昇率は、0.7%程度になると判断している。

    ただし、消費者物価は輸入品の影響を受けやすい。現在、原油などの1次産品価格の高騰と円安が物価を一時的に押し上げている面がある。

    日経225種でみた株価については、まだ低めだが、東証一部上場の時価総額で見ると、1991年ごろとあまり変わらないので、すでにいい線まで戻ってきていると判断すべきだ。

    図1:GDPデフレーターの動向(2000=100)
    図1:GDPデフレーターの動向(2000=100)
    4. アベノミクスのリスク

    アベノミクスのリスクとして、1つは日銀の巨額損失がある。来年初めの段階で、消費者物価の上昇率は1%程度になるだろう。日銀がさらなる国債の買い入れを行った場合、金利上昇によって国債価格が大幅に下落すると、財政上の大きな負担を生ずるリスクがある。日銀のロスバッファーは、銀行券の残高にほぼ対応する。現在は90兆円近くあるが、金融市場の金利が2~3%あれば預金金利は1~2%になるので、銀行券需要は長期的には40~50兆円まで減ってもおかしくない。こうなった場合の日銀のロスバッファーがそれほど大きくないことは、大きなリスクといえる。

    もう1つは財政だ。現在の安倍政権の中期財政計画でも、財政再建はできないという見通しになっている。消費税を10%まで上げ、社会保障改革を全て実施し、かつ、成長率が2.5%まで上がると想定しても、相当な赤字が残ってしまう。しかも、日本の生産年齢人口の人口成長率は-1%なので、GDPの成長率が2.5%になるには1人当たり生産性が3.5%上がらなければならないが、そんなことは実現不可能である。したがって、成長率はせいぜい0.5%、うまくいっても1%で、現在の安倍政権のやり方では、成長率は目標値を達成できないというのが私の判断である。

    5. 日本経済の回復を持続するための政策手段

    そこで考えるべき手段が、移民の受け入れである。ただし、労働力だけ借りて、要らなくなったら返そうという考え方でうまくいった国はない。社会に溶け込める人を入れていくことが重要で、その際にキーポイントとなるのが語学力である。たとえば、日本語能力試験が1級レベルであれば、看護師資格などの試験にも受かる。そういう人に対する就労ビザの発給を緩和していくことで、人材を入れていくべきではないか。

    講演2 東大物価指数からみた物価動向

    渡辺 努 (東京大学大学院経済学研究科教授)

    1. 物価上昇率2%を実現するには

    アベノミクスや異次元の金融緩和によって物価が上昇し始め、1995年から約20年にわたって続いていた緩やかなデフレから、ようやく脱却しつつあるようにみえる。しかし、内外の予測機関の多くは2014~2015年も前年比1~1.1%程度の伸び率が続くとみており、目標とされる2%のCPI(消費者物価指数)上昇率が実現するという楽観的な見方はしていない。

    失業率とインフレ率の関係を表すフィリップス曲線を見ると、70~80年代は右下がりの傾きを持っているが、90年代は傾きが小さくなり、2000年以降はほぼフラットになっている。すなわち、失業率(景気)はそれなりに上下しているが、その割にCPI上昇率はほとんど動いていないのである。物価が景気に対する感応度を落としたことが、長期にわたる緩やかなデフレを招いた原因といえる。

    フィリップス曲線の傾きがもう少し大きくなれば、同じ需要刺激でもより効率的に物価に結び付く。あるいは、傾きが変わらないにしても、曲線を上方にシフトさせれば、それほど大きな需要の刺激がなくても物価上昇率を2%に持っていくことが可能になる。そのためには、期待インフレ率を上昇させる必要がある。

    2. 東大物価指数からみえてくるもの

    本当にそういうことが起きているのかどうか、東大物価指数の日常の動きを見てみたい。東大物価指数とは、日本全国のスーパーマーケット約300店舗で販売される約30万点の商品について、その価格が前年同日と比べて何%動いたかを計算した上で、その商品のその日における販売数量を踏まえたウエートを用いて、価格の変化率を加重平均して作成した物価指数である。

    東日本大震災の際には、買いだめのために水やパンの需要が高まり、物価は-0.5%から1.5%まで上昇した。需要にそれぐらい大きな動きがあれば、物価は2%ぐらいたちどころに上がるのである。ただし、数量は先に激しく動くが、物価はゆっくり小幅にしか上がらない。また、日次物価指数(特売と通常価格の両方を含む)と通常価格の指数との乖離が大きくなっていることから、地震に伴う一過性の増加に対して、通常価格はあまり動かさず、主として特売価格で調整を図っていることがわかる。

    一方、アベノミクスではどのようなことが起きたかというと、インフレ率は2013年の年初に-1.5%だったものが、現在はほぼ0で、約1.5%改善している。また、アベノミクスのスタート後、日次物価指数と通常価格のみの指数は、ほぼパラレルに上がっている。これは、特売による価格調整ではなく、通常価格の下落スピードの緩和、あるいは通常価格の引き上げを行ったことを意味しており、その店舗が、需要の増加がある程度長続きするという見方を持っていることを裏付けている。

    3. 経済イベントのおよぼす影響

    4月4日にQQE(Quantitative and Qualitative Easing:量的・質的金融緩和)がスタートした。その前後の円ドルレートと日次物価指数の動きを見ると、QQEのアナウンスがあった段階で、すでに為替は大きく円安方向に動いている。一方、日次物価指数は、その時点で明確なターニングポイントが生まれているわけではない。物価はそれほど急速には動かないので、4月4日程度のショックではきれいな反応は見えないのである。

    消費税増税の前後で見ると、駆け込み需要もその後の反動減も、今回の方が97年のときよりも大きい。消費の回復は、この300店舗について見る限り、前回よりもやや遅い。物価は、前回は価格転嫁が不十分で、4月第1週で税抜き価格がマイナスになっていたが、今回は4月1~2週で+1%弱までいっている。これは増税分が100%以上転嫁されたことを示しており、消費税増税を機に一斉に価格を更新したことがうかがえる。しかし、その後、売上が伸び悩んだこともあり、特売を増やすなどの価格調整が始まり、結果的に価格の動きも再び0近傍を行ったり来たりしている。

    4. インフレ期待を上げる方策

    われわれは、インフレ期待が全般的に上がったかどうかではなく、どのような人が期待を上げ、どのような人では上がっていないのかを調べることで、インフレ期待が上がるメカニズムに何らかの見当が付くだろうと考え、調査を行っている。たとえば、インフレが来ることをとかく強調する新聞記事を日常的に読んでいる人は、物価が上がると思っている率が高いことがわかっている。インフレ期待を上げるには、各種メディアを通してそうした情報を消費者や企業の方が仕入れ、しかもそれを信じるというプロセスが重要になる。われわれの結果は、日銀の政策やアベノミクスによって、そのプロセスのなにがしかは起きているということを示している。つまり、政策によるインフレ期待の変更は、ある程度は効果を持つといえる。

    また、年代別にみると、第2次オイルショックや戦後のハイパーインフレを知る年配の人ほどインフレ期待が高い。

    インフレ期待は人生における物価経験を反映しているので、若い世代の人たちに、これからはインフレだと説得するのは難しい。彼らのインフレ期待が低いままインフレを迎えてしまうと、ただでさえ賃金や労働環境が不安定な世代が、インフレによる被害も集中的に受けてしまう危険性がある。若い世代に経済教育をしていくことが、その世代のためにも、全体的なインフレ期待を上げるためにも重要なのではないだろうか。

    図2:物価上昇を予想する人の割合(年齢別)
    図2:物価上昇を予想する人の割合(年齢別)

    パネルディスカッション

    モデレータ:中島 厚志 (RIETI理事長)

    消費税引き上げに伴っての景気回復、物価の動向について

    中島: 2014年4月以降、足元の景気は消費税増税の影響で悪くなっているが、これは想定の範囲内なのか。

    深尾: 駆け込み需要の反動は、事前の予想よりはやや強いのではないか。先ほど、消費税導入の影響はGDP比で13年度+1%、その後は-1%ぐらいで、今年は0.7%と申し上げたが、最近の動きを見ると、もう少し低いかもしれない。

    渡辺: 消費税引き上げ後、われわれが集めている300店舗の売上は元の水準に戻っていない。連休明けもマイナスが続いているのは、反動減というよりも、また違う要因があるのではないか。

    中島: 生産指数はやや下がっているようだが、国内の雇用が改善していることから、むしろ国内需給は改善していると見ていいのだろうか。

    深尾: 製造業は人がまだ余っているが、非製造業は明らかに足りない。製造業の人を再教育して非製造業へ回していけば、100万人単位で動かす余地はある。ただ、終身雇用で動かない部分があり、難しい。

    また、賃金の上昇は主に給与の低い非正規労働者で起こっており、正規はあまり上がっていない。ベアが2.1%といっても、定期昇給分が1.9%ほどある。また、管理職以上は高齢化するにつれて賃金カットになっている。この部分が含まれていないので、ベアはかなり過大に出ているのではないか。

    中島: 今年の末までに消費税率を10%に上げるかどうかを決定しなければならないが、7-9月のGDPの指標しか出ていないタイミングで判断できるのか。また、足元はデフレ脱却と見ていいのか、今後の展開次第では再びデフレに戻る可能性も強いのか。

    深尾: 上げない方がリスクが大きい。消費税を上げると決めたら突っ走った方が、もう1回前倒し支出の効果が来るので安全だろう。今度上げるときに、来年以降もさらに引き上げると言って上げるのが、景気には一番良い。

    渡辺: 2014年4月に消費税率が上がった結果、税抜き価格が1%上がった。消費税引き上げのタイミングで価格を変えるという協調行動が取りやすかったからだ。次も、より価格を上げやすい環境ができ、物価に良い効果を持つのではないか。したがって、デフレ脱却や2%の目標実現については、より楽観的に見ていいと考えている。

    日銀の金融政策の効果について

    中島: 金融政策の結果、物価に対するマインドの変化は起きてきているのか。

    渡辺: 現状、マインドの変化をチェックする唯一の方法がフィリップス曲線だが、2013年、2014年を見る限り、まだ最終的にフィリップス曲線を動かすには至っていない。

    中島: 深尾先生の資料では「1%強のインフレ率を達成した段階で一度量的緩和をやめ、2%のインフレ目標は数年かけて達成するのが望ましい」とある。すでにインフレ率は1%を超えた水準にあると計算されるが、量的緩和をこの段階でやめるのか。

    深尾: 現在はGDPデフレーターが0付近にあるので、消費者物価の基調的な上昇率は0.7%程度と考えられる。今後、物価上昇率が+1%を超えたあたりで、テーパリングを始める方が安全だろう。日銀のリスクの吸収能力からいって、その限界を超えるような金融緩和はまずいという判断だ。

    今後の財政健全化と経済活性化について

    中島: 積極的な財政金融政策で景気が持ち直しつつあり、企業業績も回復していた。今後はどのように財政健全化と経済活性化を行っていくべきだろうか。

    深尾: 女性の労働力率は徐々に上がっているが、労働時間は若干減り気味である。労働供給の面から見ると、男性はマイナス、女性は横ばい圏内で成長率を底上げしているが、成長率を2.5%まで持っていくのはとても無理なレベルである。本気で移民を入れても、0.5~1%の成長率が達成できればいい程度といえる。

    プライマリーバランスを0にすると、政府債務は利払い分だけ増える。今後、仮にGDPデフレーターが0になったとしても、名目成長率がせいぜい0.5~1%だとすると、政府債務の平均金利が0.5~1%を上回っている限り、負債GDP比率は上がり続ける。プライマリーバランスを黒字化する目標にしないと、話にならない。

    中島: 日本は過去20年ほどCPIが0%近傍、欧米は2%近傍で来たが、一部逆転する形になっている。この2%の差が国民の物価に対するマインドがもたらしていたものとすれば、その逆転は大変なことではないか。

    渡辺: インフレ期待も物価上昇率も、外的ショックに感応しにくくなっている。ヨーロッパでは需要が低迷し、本当はもっと物価が下落してもいいのだろうが、緩やかな物価下落、あるいは物価上昇率が0に近づくようなことが起きている。このあと、期待がそれほど大きく崩れることはあり得ない。フィリップス曲線も平坦なので、いかに需要が落ちようが激しいデフレにはならず、日本型のだらだら続くデフレになる可能性の方が高い。

    フィリップス曲線がフラットになっているのは、企業間の競争が激しくなったために、原価や需要の変化に対する価格の反応度合いが鈍くなってしまうからだと考えられる。これはそう簡単には直らないという前提の下で議論する必要がある。