イベント概要
開催報告
RIETIにおいて、「企業統治分析のフロンティア:企業成長・価値創造と企業統治」プロジェクト(リーダー:宮島英昭ファカルティフェロー)のワークショップが開催された。昨年度の会社法改正の議論に引き続き、アベノミクスの成長戦略の一環として注目を集めている企業統治改革について、これまで本プロジェクトが進めてきた研究の成果を報告し、今後の企業統治改革の方向性について議論した。ワークショップで報告された研究の概要と成果は、以下の通りである。
蟻川靖浩氏(早稲田大学)は、これまで十分に検討されてこなかった日本の非上場企業の財務政策に関する研究を報告した。本研究は、「企業活動基本調査」の個票データをもとに、注意深く比較対象企業を抽出して上場企業と非上場企業を比較している。その結果、(1)上場企業と非上場企業の収益性(総資産利益率)の分布には有意な差が観察されないこと、(2)非上場企業の負債比率が有意に高いこと、(3)非上場企業の成長機会(売上高成長率)が有意に高いこと、(4)非上場企業の財務政策はマクロ経済環境の変動に影響されやすいことが明らかにされた。また、日本企業が資金需要の有無に関わらず上場を維持する傾向があることの背景には、銀行の貸出行動において、成長機会の多寡よりも「上場」していることが重要な決定要因となっている可能性があることが指摘された。
田中亘氏(東京大学)は、倒産手続きにおいて株主と経営者の地位の維持をどこまで認めるべきかという問題に接近するため、裁判記録からデータを収集することで、現行の民事再生手続きにおいて株主と経営者がどの程度地位を維持しているのか、また、何がその地位の維持の有無を決定するのかを実証的に分析した研究を報告した。本研究では、(1)新事件(2005年以降)と旧事件(2004年以前)を比較すると、前者において株主と経営者ともに地位の変動を被る確率が高いこと、(2)株主の地位が変動する事件の主要な類型は、再生債務者が事業を他者に譲渡して解散するものと、既存株式を全部無償取得した上で増資をするものであること、また、(3)再生債務者の規模(負債総額)が大きく、財務状態が悪化しており、主要株主の持株比率が低い場合に、株主の地位が変動する確率が高いことが明らかにされた。
胥鵬氏(法政大学)は、大規模なサーベイ調査から得たデータをもとに、日本企業の現金保有の目的と流動性管理のメカニズムを解明した研究の報告を行った。本研究では、(1)米国企業と同様に予備的動機が現金保有の最も重要な動機となっているものの、余剰資金が非効率な経営につながるという懸念が弱いこと、(2)当座貸越の利用やメインバンクへの信頼感から、米国企業よりもコミットメントラインの設定率が低いこと、(3)多くの日本企業が余剰資金と当座貸越、コミットメントラインを代替的と捉えていること、(4)多くの日本企業が株式や社債による資金調達に不自由する一方で、銀行借入がいつでも利用可能であるため、需要面から見た資金制約はほとんど感じていないこと、(5)企業が直面する資金制約の程度や財務柔軟性と同様に、ガバナンスの強弱が現金保有の目的や流動性管理に影響を与えていることが示された。
牛島辰男氏(青山学院大学)は、日本企業のセグメントデータを用いて、日本においても多角化ディスカウントが存在するのか、また、法的に分割された事業体を内部に抱える組織形態(たとえば、持株会社)に対して株式市場はいかなる評価を与えるのかについて検証した研究の報告を行った。本研究では、(1)米国で観察されるディスカウントより低いものの、日本でも5-7%程度の多角化ディスカウントが観察されること、同様に、(2)7-9%程度の持株会社ディスカウントが観察されること、(3)内生性の問題を十分に考慮しても上記の結果は頑強であることが明らかにされた。
井上光太郎氏(東京工業大学)は、アジア・環太平洋地域の企業を対象に、企業のM&A行動と支配権価格(プレミアム)に企業文化および法起源がどのような影響を与えるのかを分析した研究を報告した。その結果、クロスボーダー案件において、(1)不確実性回避の傾向が強い国の企業は、大きな価値創造が期待されるM&Aに限定して実施していること、同様に、(2)不確実性回避の傾向が強い国の企業は、買収後に高い保有比率を選好することが示された。また、(3)クロスボーダー案件のプレミアムの水準は高くなる一方で、アジア地域を対象としたクロスボーダー案件は相対的にプレミアムの水準が低くなること、(4)買収者がコモンローである場合にはプレミアムの水準に有意な差は観察されないが、被買収者がコモンローの場合ではプレミアムの水準が有意に高くなることが示された。