イベント概要
議事概要
通商ルール作りにおいて、WTOドーハ・ラウンド交渉が停滞している一方で、環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)、東アジア地域包括的経済連携(RCEP)などメガFTAと呼ばれる広域の経済連携の動きが加速している。日本再興戦略においても主要な柱の1つとして国際展開戦略を掲げられ、戦略的な通商関係の構築と経済連携の推進をはかるための交渉が行われている状況を踏まえ、RIETIは特別セミナー「メガFTAによる新しい世界貿易と日本の戦略」を開催した。
セミナーでは、ペトリ教授(米国ブランダイス大学)と浦田秀次郎ファカルティフェロー(早稲田大学大学院教授)という日米を代表する論客による講演が行われ、経済連携の進展が世界及び日本の経済成長に及ぼす影響について、それぞれの考えを実証的に示した。
開会挨拶
藤田 昌久 (RIETI所長・チーフリサーチオフィサー(CRO)/甲南大学教授/京都大学経済研究所特任教授)
日本経済を本格的な成長軌道に乗せるためには、急速な成長を遂げるアジア新興国をはじめ世界の成長を取り込み、日本の科学技術力を活かした貿易・投資とビジネス展開を促進することが重要な課題となっている。政府においても、TPPや東アジア地域包括的経済連携(RCEP)といったメガFTAの動きが加速する中、世界に「経済連携の網」を張り巡らせる交渉が進められている。
RIETIは、日本の経済成長を確固としたものにするグランドデザインを理論・実証的に研究することを使命とし、1)世界の成長を取り込む視点、2)新たな成長分野を切り開く視点、3)社会の変化に対応し、持続的成長を支える経済社会制度を創る視点、の3つを踏まえた研究を行っている。本日のセミナーが、皆さまの理解を深める一助となることを願っている。
講演1 「世界貿易の新たな展望:TPP、RCEPなどのメガ地域交渉」
ピーター・A・ペトリ (ブランダイス大学国際ビジネススクール カール・J・シャピロ国際金融教授)
1. TPPと世界貿易
環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)は世界経済にとって重要なプロジェクトであり、日米などの参加国は妥結に向けて緊密に協力する必要がある。20年前にウルグアイ・ラウンドが終結されて以降、国際社会は、世界貿易の新たなルール作りで目立った成果をあげていない。私たちは、その後の大きな変化に対応する新たな方法を必要としており、TPPはその実現に向けた戦略の一環となることが期待できる。
現在、12カ国がTPPの交渉に参加しているが、その中で日本は米国に次ぐ経済大国である。TPP交渉参加国の国内総生産(GDP)を合計すると世界全体の約40%と高い経済力となり、日本や米国、シンガポールなどの高度な先進国から、ベトナムのような工業化の初期段階にある国まで、多様な参加国で構成されている。
TPP以外では、世界のGDPの26%を占める東アジア地域包括的経済連携(RCEP)と同44%を占める米EU間の環大西洋貿易投資パートナーシップ(TTIP)の2つが大規模な(メガ)通商交渉として現在進行中である。3つの交渉を合わせると、世界のGDPの77%を占めることになり実際のところ、ボトムアップ方式で世界の貿易体制のルールが見直され始めている。世界の貿易体制は、トップダウンのグローバルな交渉に基づく一連の古いルールから、主要な国が地域ごとに連携して一連の新ルールを策定するというボトムアップへと転換を図りつつあり、きわめて重要で特別な時期を迎えているといえる。
RCEP、TTIPを含む進行中の交渉の中でTPPが最も先行している。このため、TPPのルールが、TPP以降に各国が策定する貿易ルールや、世界貿易体制に重大な影響を与えるとみられる。その経済効果は、貿易、投資、技術・知識の交流の拡大を通して顕在化するだろう。TPP自体も12カ国に拡大しており、現在の交渉が妥結される前にせよ後にせよ、16カ国へとさらに拡大する見込みである。TPPは特定の産業にとって重要なため、多くの国が政治的に交渉の行方にきわめて敏感になっている。
歴史的にみて、貿易が急拡大した重要な時期は2回あった。まず20世紀初頭、そして最近では第二次世界大戦終結後である。この期間に対GDP比の貿易量は大幅に増加し、著しい経済成長を遂げた。関連性は完全には明らかでないが、過去の事例をみると、貿易の拡大と経済の成長・繁栄はきわめて密接に関連している。現在、かなり長期にわたった成長期を経て、貿易の伸びは減速している。今、再び高度経済成長期を迎えるためには、貿易ルールの改善とグローバルな経済関係の制度化が求められている。
最も楽観的なシナリオはTPP交渉の年内妥結である。実現すれば、RCEPもかなり早期にまとまる可能性があり、TTIPと中韓FTA交渉もこれに続くだろう。中国がTPPに参加するのか、あるいはTPP参加に大きく前進した国とどのように連携するのかは不透明だが、これまで以上に関与を深める可能性はある。また、世界貿易機関(WTO)において、地域交渉に基づいた複数国間(プルリ)協定がこれまでより多く締結される可能性もある。
2. TPP交渉と影響
しかし、この楽観的な結末に至るまでの道のりは長い。TPP交渉では、各国とも望ましい最終協定の骨子が見えてくるまで、譲歩の切り札は出してこないだろう。協定の本文は基本的に文書化されているが、なお「議論中」の選択肢が多数残されており、現在、各国政府は非常に厳しい決断とコミットメントを迫られている。TPPの課題の1つは、サプライチェーン、電子商取引、インターネット、新興経済国の台頭などの問題で合意に至ることである。また、TPPは、所得水準や技術レベルが大幅に異なる国々から成る集団に対してメリットを示す、という課題にも対処しなければならない。過去の交渉ではこの点が最大の難関だった。たとえば、ドーハ・ラウンドでは多くの発展途上国の懸念に対応しようとしたが、その過程で、自らの利益にはならないと感じた先進国や企業の意欲は失われていった。
TPPは、途上国に優れた生産機会とより円滑な技術移転を提供する一方、サービスや知的財産、投資の分野で先進国の利益に沿うように取り組んでいる。先進国、途上国双方の貿易と成長を加速させるためには、このような互恵的な協定が必要である。最後に、ほかの協定と異なるTPPの特徴は、関税と国境措置の重要性低下を認識し、各国間で相容れない規制や基準、手続きなど、重要性が増してきた「各国内」の非関税措置に取り組んでいることである。TPP交渉の争点には知的財産、農業、投資、サービス、政府調達などが含まれている。これはこの協定がいかに巨大であるかを示すとともに、交渉が少数の重要な対立点に絞り込まれていることを物語っている。これまでに大きな進展があったということだ。
過去3年にわたり、私はMichael Plummer教授、Fan Zhai博士とともに、TPPが参加各国にどのような影響を与えるのかを計算し、TPPの効果をモデル化する幅広い研究を行ってきた。応用一般均衡分析を用い、これを21世紀型の貿易協定によりふさわしいモデルにするため、多数の改良を加え、新しいデータやメカニズムを追加した。モデルの構築にあたり、15年間に世界経済がどのように進化するのかを予測する基本シナリオから始めた。これによって、貿易政策に変更が加わる以前に、各国経済がどう変化するか理解することができる。次に、貿易政策の影響を付加する。この大規模なモデルには、世界銀行やモデル構築コンソーシアム、そして世界経済の評価を行っている数多くの情報源から得られる情報など、膨大なデータが含まれる。結果は完全ではないが、少なくとも貿易協定から期待できる効果の全体像をつかむことはできる。
試算の結果、メガ地域貿易協定は大きな所得効果をもたらすということがわかった。アジア太平洋地域のすべての国が地域協定に参加すればその経済効果は最大となり、年間2.3兆ドルが見込まれる。より規模の小さいTPP12カ国の場合でも経済効果は2230億ドルで、日本が約半分の利益を得ることが見込まれる。このケースでは、中国はTPP交渉に参加しないため、TPPのネットワークに参加するベトナムやマレーシアなどの国に輸出の一部を奪われる。韓国と東南アジア3カ国が加わり16カ国になると、世界の経済効果はほぼ倍増し、日米両国にとっての経済効果が増し、中国から東南アジアの生産国に移転する取引が増える。
RCEPは、中国、日本、韓国という東アジアの主要3カ国が互いの市場へのアクセスを大幅に改善させることから、世界全体にとってより重要である。試算では、RCEPは大きな成果を上げる。ただし、日本はすでに多くのアジア諸国と妥当な協定を結んでいるため、このシナリオではTPP12やTPP16ほどの経済効果は得られない。これに関して特に強調したいのは、日本にとってどの協定もきわめて重要だが、米国が参加しているという理由でTPPの重要性が特に高いという点である。しかし、それ以上に重要なのは、すべての協定を合わせると、経済効果が最大になるという点である。アジア太平洋地域全体の自由貿易協定は、過去に締結されたどの貿易協定よりもはるかに大きな所得効果をもたらすだろう。
TPPが発効すると中国は損失を被るが、中国のGDP全体でみるとわずかにすぎない。このように、TPPは、ほかの貿易相手国から貿易を奪うことによって恩恵を得るような貿易圏ではない。むしろ、TPPによって生み出される経済効果の大半は、参加各国の間の貿易拡大と生産性の向上から得られる。大きな変化がもたらされ、これらの協定の結果、多くの国において非常に強力な新規部門が誕生する可能性がある。
TPP協定による経済効果の要因はきわめてわかりやすい。その多くは加盟国の生産性向上に関係している。すなわち、生産性がより低い産業からより高い産業へのシフト、産業部門内であれば生産性がより低い企業からより高い企業へのシフトである。また、どの国でも、輸出産業は輸入競争産業と比較して賃金が10~20%高い傾向にあることがわかっている。強力な産業が成長するにつれ、労働生産性と賃金は上昇する傾向にあり、これは貿易に参加する国すべてに共通している。すべての国で輸出が増え、より高技能、高賃金の雇用が促進されれば、地域全体にウィンウィンの結果が生まれる。米国などの一部の国や地域では、過去10~20年の経験をふまえ、貿易に対する懸念が抱かれているが、当時は著しい貿易不均衡が生じていた時期である。その状況では、通常、貿易協定締結に伴って得られる経済効果も不完全で、輸出入も増加しない。TPPはそれを実現し、地域全体の労働者に恩恵をもたらすはずである。
TPPについての中国の見解はこの1年で大きく転換した。TPPに公然と大反対するのではなく、中立の立場に変化してきた。中国政府はTPPを綿密に研究していると公式に発表しており、共産党中央委員会第3回全体会議の発表からも、通商政策と地域ネットワークへの参加が政府の優先課題になっていることがうかがえる。一方、米国は中国と投資協定に関する交渉を行っている。米国は、TPP交渉への中国の早期参加に強い関心を示しているわけではないが、どの程度、前進するのかを見極めようとしている。非公式な場では、米中両国の学者、政策立案者の関心は大幅に高まってきている。議論から明らかになったのは、経済大国である米中が相互の貿易ルールを改善できれば、巨大な経済効果を得られる可能性が高いということだ。
当然ながら、大きな経済効果が得られる一方で、犠牲と痛みを伴う調整、そしておそらく両国での猛反発といった調整コストが伴うため、慎重な計画と行動が必要とされる。しかし、その経済効果は過小評価されるべきではない。中国を国際社会のルールにより深く組み入れることができれば、ほかの面での緊張緩和にも大きく寄与しよう。中国の発展に伴い、東シナ海や南シナ海などで現在見られる政治的緊張が緩和されることが望まれる。10年先、20年先を見据える中国人の間では、中国が国際社会にとってより不可欠な存在になるためには何が必要なのか、非常に前向きに考える動きがあり、このことは万人にとってメリットになるだろう。
地域貿易協定については、いくつかのシナリオが考えられる。1つはTPPとRCEPの競合関係だが、可能性は低い。むしろ、両者は互いに補完し合う可能性が高い。2つ目は、TPPが最終的に大規模なアジア太平洋自由貿易圏(FTAAP)に発展する可能性で、それほどかけ離れたシナリオではない。ただし、その実現にはTPPを成功裏に妥結すること、4カ国の新規加盟、最終的に中国が参加することなど、多くの事柄をクリアする必要がある。可能性がないわけではないが、かなり難しいといえる。さらに、地域の主要な経済連携がすべて参加するという、並行的な取り組みの可能性もある。これにはTPP、RCEPのほか、ある種の米中協定まで含まれることも考えられる。この場合、各国はほかのどの市場にも参入できるため、経済圏同士の競争は和らぐ。より長期的には、地域全体を包含する自由貿易協定へと転換するかもしれない。そのためには何よりもTPPなどの地域貿易交渉がまず軌道に乗り、終結することが不可欠である。
3. 米国内の状況
このような組み合わせの下で、政治の重要性はますます高まっており、さらに注視が必要である。米国のオバマ政権は協定締結にきわめて意欲的である。TPP交渉の先頭に立つ通商代表にマイケル・B・フロマン氏を任命したことがこれを物語っている。さらに、オバマ大統領は、これまで行った一般教書演説のたびに貿易政策を優先課題とする姿勢を示してきた。同時に、現在、オバマ政権に対する反発がますます強まっている。特に、米国で通商法を成立させるうえでカギとなる貿易促進権限(TPA)法案をめぐる議論で、表面化している。米国と交渉している諸外国は、オバマ政権が協定を可決できるのか関心を寄せている。
超党派によるTPA法案は、数週間前に上院財政委員会に提出された。通常、超党派法案は与野党の強い支持を得られ、共和党指導部も賛成の意向を表明している。しかし、2014年11月の中間選挙を控え、民主党指導部はこのタイミングでTPA法案を議会にかけることに慎重である。これは今回の中間選挙が民主党にはかなり厳しいと予想されるからである。とはいえ、TPA法案が成立しないということではない。また、仮に成立しなかった場合でも、TPPを前進させるための方法がほかにないわけではない。オバマ大統領が議会とは無関係に動き、TPPを妥結に近い状態にまでもっていく可能性もある。その場合、議会はTPAの可決により前向きになるかもしれない。しかし、TPAは11月の中間選挙後まで進展しない可能性が高い。
最も楽観的なシナリオでは、2014年4月の大統領訪日がTPPに関する重要課題の一部を解決する糸口になるかもしれない。11月の中間選挙後には、米国の法的措置の選択肢がさらに増える。つまり、TPPはいずれ妥結される可能性がきわめて高いが、そのタイミングがはっきりしないということである。米国の政治家は国内世論を気にしているが、現在、世論は二分されている。「米国が世界経済に関与するのはよいことか」と米国民に尋ねれば、過半数、おそらく70%は「よいことだ」と答えるだろう。その一方で、「米国は世界に関与すべきか、あるいは基本的に国内利益を尊重すべきか」と尋ねれば、国民の50%前後が米国は国内利益を尊重すべきと答え、世界に関与する必要があると答える国民は38%にすぎないだろう。米国の世論はますます孤立主義に傾いている。アフガニスタンとイラクでの戦争を経て、米国民は米国が海外に関与することにうんざりしているのである。この感情が貿易協定にも及んでおり、貿易協定を望ましいと考える国民の比率は35%から22%に低下し、貿易協定が悪影響をもたらすと考える比率は32%から45%に上昇した。この結果から、貿易協定を通じた世界への関与に対するある種の漠とした不安が見て取れる。
そして米国民に、具体的にTPPが自分達にどういう影響を与えうるかと尋ねると、圧倒的に否定的な答えが返ってくる。彼らは、TPPが雇用や賃金、環境、食の安全にマイナスの影響を与え、大企業を利するだけで中小企業にとっては害になると懸念している。人々の疑念と懸念はきわめて強く、どんな変化も自分たちにとっては有害なのではないかと心配している。残念ながら、これが現在の政治状況である。米国は依然として、非常に厳しい景気後退から脱却中であり、技術の動向は労働者にとって逆風となっている。さらに巨額の財政赤字に苦しみ、政治体制は大きく分裂している。しかし、経済状況が改善し、強い政府が出現し、議会の結束が高まり、米国民の自信が回復すれば、このような意見も大きく変わる可能性がある。
4. 今後の課題
TPPは誰しもが恩恵にあずかることができる大規模なプロジェクトである。経済効果は大きく、協定妥結の実現は、もはや手に届くところにある。しかし、各国政府の取り組みはいまだ十分とはいえず、米国などの国では世論の抵抗が強く、妥結できるか予断を許さない。この状況を覆すには各国政府のリーダーシップがきわめて重要であり、協定の年内妥結が最も理想的である。
講演2 「加速するメガFTA交渉と日本のFTA戦略」
浦田 秀次郎 (RIETIファカルティフェロー/早稲田大学大学院アジア太平洋研究科教授)
1. 日本経済の状況
1990年代初めのバブル崩壊以降、日本経済は「失われた20年」といわれる低成長が続いたが、2012年末の第2次安倍政権発足後には回復基調となってきた。1989年時点で中国の5倍以上あった日本のGDPは、2010年に追い越され、現在は中国を大きく下回っている。米国のGDPは着実に上昇しており、日本の低迷ぶりが際立っている。
経済成長を実現するには、「労働力投入」「資本投入」「生産性の向上」のいずれかが必要である。日本の人口は、2050年を待たずして1億人を切ることが予想され、高齢化も進むことから、海外の労働力が流入しない限り「労働力投入」による経済成長は見込めない。GDP比の貯蓄率をみると、日本は以前より低下してきているものの、現時点ではほかの先進国に比べて大きな遜色はみられない。しかし、少子高齢化に伴い日本の貯蓄率はさらに低下し、国内貯蓄からの資本の増加は期待できない。日本は海外からの直接投資も入りにくいため、「資本投入」の観点からも日本の経済成長は難しい。
そうなると、残る手段は「生産性の向上」で、その実現には、国内で構造改革を進め、対外的には市場開放を進めることが有効である。この観点から、日本経済の明るい将来を実現するためには、FTAやTPPが必要だと考えられる。日本は貿易立国だと考えられているが、2012年の貿易GDP比率では、日本は米国を若干上回っているものの、APECの平均を下回っている。一方、韓国は突出して高い水準にある。一般的に経済の対外依存度は、国内の経済規模が大きいほど低い傾向にあるが、それを勘案しても日本の貿易開放度が相対的に低いことを示している。
さらに顕著なのは、日本の対外直接投資GDP比率の低さである。直接投資は、単なる資金の流入だけでなく、経営ノウハウや技術といった経済成長に貢献する要素の流入を同時にもたらす。その点からも、対内直接投資の拡大は重要な課題といえる。
2. メガFTA交渉の現状
各FTAの交渉において特徴的なのは、途上国への対応である。TPPは途上国への特別優遇は適用しないとしているが、自由化までの期限延長の検討は行われているようである。それに対しRCEPは、途上国の特別優遇を認める方向がうかがえる。その1つの理由として、カンボジア、ラオス、ミャンマーはTPP交渉には参加せず、RCEP交渉にのみ参加している。TPPとRCEPは異なった内容を実施できるFTAであり、補完的な関係といえよう。
東アジアでは、いくつかのFTAが同時進行している。現在、RCEPの交渉参加国の中でも日中韓が別途交渉を行っており、中韓のFTA交渉も進んでいる。2010年に横浜で行われたAPEC首脳会合では、アジア太平洋自由貿易圏(FTAAP)の設立を目指すことが合意されている。
3. 日本のFTA戦略
わが国は、現在までに13のFTA(12の2国間FTAおよびASEANのFTA)を発効しており、さらに現在、TPP、RCEP、日EU、日中韓などのメガFTAが交渉中となっている。日本のFTAの特徴として、FTAカバー率が20%弱と低いため、今後さらにFTAを締結する余地は大きい。日本は、FTA政策を十分に推進していない状況といえる。FTA貿易自由化率を見ると、米豪FTAは99~100%、米韓FTAは98~99%と高い水準にあるが、日本は概ね85%強に留まっている。TPPでより100%に近い自由化率が求められる場合、日本がこれまでのFTA政策で対応するのは難しい。まさにこの点が、日米間の大きな課題となっている。
FTAの推進は、アベノミクス第三の矢「成長戦略」における重要項目の1つである。日本のGDPは、12カ国のTPPが発効すれば2.0%増、RCEPでは1.8%増、FTAAPでは4.3%増となることが試算されている(Petri, Plummer and Zhai, 2012)。このように日本経済に大きなメリットをもたらすFTA、TPPであるが、推進にあたっては、農業、保険・金融、医療サービスといった競争力の乏しい分野からの反対が障害となっている。非関税障壁の問題もある。しかし、日本経済の将来を明るいものにするには、一部の既得権者の反対によって政策が進まないことは、あるべきでない。
4. 結論
日本経済は、人口減少や閉鎖性、財政赤字といった構造的な問題に直面しており、再び成長軌道に戻るためには、国内の構造改革を進め、対外的には開放政策を進める必要がある。またWTOドーハ・ラウンドが停滞する状況では、次善の策としてFTAの推進が重要といえる。最終的には世界レベルのFTA、つまりWTOでの自由化に結びつけるために、第一段階としてメガFTAを形成していく必要があるだろう。
メガFTAにおいても、TPPは重要である。米国や日本といった先進国が早期にルールを定めなければ、台頭する新興国経済がさらに拡大する中で、日本企業はルールのない状況で競争しなければならない。
FTAやTPPの交渉を進めるうえで、国内の反対には、発生する被害への所得補償、トレーニングや教育の提供といったセーフティネットが必要である。的確に対応することで被害を最小に抑え、メリットを最大化することが可能となる。まさに今、安倍首相とオバマ大統領という日米のリーダーがTPPの重要性を認識し、相互に譲歩しながらTPP交渉をまとめていくことが求められる。